子どもの貧困を考える
[2009年07月10日(Fri)]
昨年度から「子どもの貧困」というテーマが世間を
じわりじわりと騒がしています。
週刊東洋経済での特集、阿倍彩氏著の「子どもの貧困」、
山野良一氏著の「子どもの最貧国・日本」、以上のような
情報を通して多くの人が子どもの貧困を知るとともに一方
で驚きを覚えたのではないでしょうか。
「子どもの貧困」を見る観点は多様でとても一つに絞って語
ることはできませんがまず重要なキーワードは「相対的貧困」
という言葉です。
テレビでA国の裸足で学校へ通う途上国の子どもを見て「世界
には靴を履いて学校も行けない子どももいる、だからあなたは
恵まれている」とうかも知れません。
つまり、靴も手に入らないのは絶対的な貧困状況であると思うからです。
しかし、A国においてはまだまだ靴が贅沢品で社会に浸透せず、皆の
中に「皆が靴を履く」という意識は希薄だとすれば「靴を持たないこと」
は当人からすれば大きな問題ではないかも知れません。
一方で例えば、日本のような国に「靴を履いて学校へ行けない」という
状況はA国の子どもよりもある意味、貧困であるかも知れません。
このような事を考えると貧困の問題は絶対的貧困、相対的貧困を持ち出
すことで見方が大きく変わることに気づかざるえません。
では続きはまた今度。
じわりじわりと騒がしています。
週刊東洋経済での特集、阿倍彩氏著の「子どもの貧困」、
山野良一氏著の「子どもの最貧国・日本」、以上のような
情報を通して多くの人が子どもの貧困を知るとともに一方
で驚きを覚えたのではないでしょうか。
「子どもの貧困」を見る観点は多様でとても一つに絞って語
ることはできませんがまず重要なキーワードは「相対的貧困」
という言葉です。
テレビでA国の裸足で学校へ通う途上国の子どもを見て「世界
には靴を履いて学校も行けない子どももいる、だからあなたは
恵まれている」とうかも知れません。
つまり、靴も手に入らないのは絶対的な貧困状況であると思うからです。
しかし、A国においてはまだまだ靴が贅沢品で社会に浸透せず、皆の
中に「皆が靴を履く」という意識は希薄だとすれば「靴を持たないこと」
は当人からすれば大きな問題ではないかも知れません。
一方で例えば、日本のような国に「靴を履いて学校へ行けない」という
状況はA国の子どもよりもある意味、貧困であるかも知れません。
このような事を考えると貧困の問題は絶対的貧困、相対的貧困を持ち出
すことで見方が大きく変わることに気づかざるえません。
では続きはまた今度。
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