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神奈川県川崎市宮前区で宮前親子学級を企画・運営しているグループ、宮前おやこの会「おひさま」のブログです晴れ
ひとりめの育児は「これでいいのかな?」と不安や悩みがつきもの。ブログでは育児&育自のエッセンスと私たちの活動内容を紹介していまするんるん
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13年度 第9回親子学級[2013年10月31日(Thu)]
2013年度 第9回親子学級『 人と比べてしまう理由(わけ) 』

今回は元和光大学講師の小沢牧子さんにお話しを伺いました。

生身の人が出会う場所は大事。今日は、貴重な時間を有意義にしたい。
2週連続だが2回目は皆さんが思っていることや、共有したい問題を話したい。私は経験や老いを通して見えることを話せる。若い世代の事は教えて欲しい。遠慮なく発言して欲しい。

―どうして不安になるんだろう?

昔は物を自分で作っていた。誰かと一緒に作ることで人と自然につながっていたから不安にならない。現在の消費社会は不安になって当然の社会状況。消費社会は、考える事をしなくても物が手に入る。作ることは「考える・決める・感じる」の積み重ね。考えていると、それに関する情報が目に飛び込んでくるようになる。考える事は生きることの基本である。

日常生活は「つくる」から「買う」へ、「関係」から「個」へ変化した。
’50年代は、身の回りの物を手作りしていた。子どもも手伝い、共同作業し、家族や地域の人間関係に満ちた日常。’70年代は、季節無視の食品や流通の発達など、石油依存の暮らしに疑問を持ち、消費社会・情報社会に流されつつも、話し合い(反原発集会、教科書とのギャップ)、自覚し、なるべく作り、考える面白さを楽しんで人とつながりを広めた。

現在、消費社会に巻き込まれて考える事を奪われている。考えない、作らない、買って、人と人との関係を失う。消費する事は便利だし、一人は気楽だが、わずらわしさと一緒に安心も捨てている。

便利になり良い事もあるが、得た物と同分量の物を捨てている。それが何か(大事な物だったか)気づかなくなる。考え、学ぶ場を失くし、生活の根っこがなくなり、不安になる。不安になったら、便利と引き換えに失くした物が何だったか、考えることで落ち着く。


―何でみんなこんなに憶病になったのか?

臆病とは、人にどう思われるか気になること。
消費社会によって、物があふれ、人や物のなじみが奪われ、消費社会の中で考えるのは値段と質くらいのもの。何でも「比較・値踏み」する習慣が強められた。子どもの頃から値踏み能力にたけてしまい、いじめにつながる。そして、自分はどう値踏みされるかと、臆病になってしまう。自分も値踏みしていないか?されていると思うと仲良くなれない


―子ども・おとなの暮らしを支えているもの

大人は、子どもを「育てる」のではない。子どもは「自分で育っていく」。子どもに注意している事は大人の都合に合わせてもらっている事が多く、折り合いをつけている。親のつとめは、社会を求めて仲間に寄って行く子どもを、仲間のところへ送り出してやることだ。

大人は仕事を通して社会とつながり、子どもは遊びを通して社会とつながる。子どもが求めているのは親より友達。

母子・親子の関係について書かれた物の方が多いが、それには政治が関わっている。それに惑わされず、実際は子ども同士の関係こそ子どもに大事なのではないかと思う。子どもは複数の大人の中で自ら育っていく力がある。

大人と子どもの生活を支えているものは変わらない。
自然・・・幸いを感じる。気分が変わる。癒される。公平で無言の守り神。子どもから教わる自然の大切さ。(ex.土を触りだすと止まらない。)

仲間・・・子供は、自分は社会に出ていく者で、それには仲間が必要だと知っていて、子どもの声がすると寄って行く。

なじんだ世界・・・人・場所・物でもなじむ事が大切。子どもが選んだものを一緒に大事にする事が安心につながる。 大人も子供も、人や物の「なじみ」が生活を支えている。(子どもにとって学校はなじんだ場所、だから大切。)


【質疑応答】
Q.自主保育をするか幼稚園に行かせるか迷っている。自主保育で他の子をみる覚悟がない。
子どもはどこでも育つと思うし、雨の日なども出来るか不安がある。

A.’70年代、自主保育は流行していた。自主保育も幼稚園もそれぞれの意味がある。自主保育は大人も子どもも考えるチャンスが多い。人間関係で苦労も多いが、それは場数を踏まないと力が付かない。そういう機会が減った今では、場数を踏むという意味でも面白い。同じ考えの人が多く、やりがいがある。
幼稚園の利点は、やってくれるから楽、だけでなく、色々な人や家庭(いわゆる「シャバの世界」)を知る機会が多い。自分が考えもしないような人に会うことも、かけがえのない事。世の中は色々な人で成り立っている。どちらでも、世の中を面白がり、考えること。
「期待」は人にお願いする事。自分で考え、自分の生活がどうなっているかが大事。自分たちが地域で何をやっているか、地域でどう生きていくかが、大事。

ペン学級第8回の保育室だより(子ども達の名前はすべて仮名です)


次回は、引き続き小沢牧子さんにお越しいただき、「人とつながる、その苦楽」というテーマでお話しを伺います。

眼鏡ブログ担当ひつじいのつぶやき眼鏡
今回感じたのは、今を知るには昔のことを知ることが不可欠なんだなあということ。違う世代の人の話を聞くと、いろいろなことが見えてきます。「子どもは自分で育っていく」という言葉で、肩の荷が下りた気がしました。
13年度 第8回親子学級[2013年10月24日(Thu)]
2013年度 第8回親子学級
『 ワークショップ 〜育児とメディア・リテラシー〜 』


今回は川崎市立西生田中学校の中村純子先生にお話しを伺いました。

まず始めに、受講生自身の幼少期・学生時代・社会人・現在・・・各時代においてどのようなテレビを見てきたか、また、自分の子どもにどのようなテレビを見せてきたかを、各グループで自己紹介してもらいました。

それから、便利なアプリ・WEBサイトなどのデジタル情報について意見交換しながら、テレビやスマホなどのメディアについて気づいたことを以下の分類で付箋紙に書き出して模造紙に貼りました。

 ピンク色の付箋紙…デメリット、良くない使い方
 黄色の付箋紙…注意、子育てで気をつける事
 緑色の付箋紙…メリット、いい使い方

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企画.jpg

−メディアが悪い?
新しいメディアが出てくると「眼が悪くなるのでは?」という話しが必ず出てくる。活字が初めて出てきた時ですら同じだった。メディアがどう変わろうと、人間は目、耳で情報をキャッチする。
メディアが悪いわけではなく、どう付き合うかが重要。メディアを使いこなす自分自身がしっかりすれば良い。

−メディア・リテラシーとは
メディアからの情報をクリティカルに(=吟味・分析して)読み解き、自らの情報発信に役立てる能力。SNSなど自分から発信する情報は変な風にとらえられると炎上したりする。送る前にちょっと考える(クリティカル)ことが大切。

−メディアについて教えること
食事をする・道を歩く・メディアを見る・・・一日で一番長い時間費やしているのは何だろうか??
食事については「姿勢よく食べる」「テレビを消して食べる」、道を歩く際には「周りをよく見て歩く」「親の内側を歩く」など子どもに教えているが、メディアにふれる際は「TVは離れて見る」くらいで教えていることは少ない。

 メディアの見方(元TBSキャスター・内閣官房審議官 下村健一さんの言葉)
  ・良く吟味しよう
  ・1つの見方に偏らない
  ・描かれていないものを考えよう
  ・結論を速断しない

−メディア・リテラシー5つの質問(Center for Media Literacy より)
・このメッセージの発信元、情報源は?どのメディア?どんな立場?
・私達の関心をひくために、どんな工夫がなされているか?どんな言葉・色・音・タレント?
・このメッセージは他の人はどう解釈するか?立場によっていろんな解釈がある
・このメッセージで描かれているものは何か?描かれていないものは?
・このメッセージは、なぜ、送られてきたのか?時代の価値観・送り手の意図・読者の期待 


カーナビは目先の道を教えてくれるのに比べて、地図は自分で全体像を見る。情報は全体を見渡す目が必要。これは何に対しても言える事。子どもから聞いたことも鵜呑みにしない。子どもは自分に都合のいい事しか言わなかったりするので、他のお母さんに話を聞く・教師に直接確認するなど、客観的・多角的に情報を判断するべき。



ペン学級第7回の保育室だより(子ども達の名前はすべて仮名です)


次回は 「人と比べてしまう理由(わけ)」 というテーマで小沢牧子さんのお話しを伺います。

ひらめき参考
今回の講義に関係する以前の講義をまとめています。
興味のある方はリンク先の記事も読んでみてください。
情報(テレビ・インターネット等)とのつきあい方


晴れブログ担当きば子のつぶやき晴れ
スマホのおかげでいつでもどこでも情報を見れるようになったけれど、あふれる情報に踊らされたり不安を煽られたりすることがありますたらーっ(汗)私は、毎日楽しそうに育児しているママ友の様子をブログで見る度に「私はこんなに楽しそうに育児できていないからダメだもうやだ〜(悲しい顔)」と無駄に落ち込んだりした時期がありましたあせあせ(飛び散る汗)テレビ・ネットをはじめ、子どもが話してくることも含めてあらゆる「情報」に踊らされることなく、色々な視点で情報を選別していきたいですパンチ
13年度 第7回親子学級[2013年10月17日(Thu)]
2013年度 第7回親子学級
『 不安はどこからやってくるの? 』


今回は宮前区馬絹にある泉福寺の副住職 浮岳亮仁さんにお越しいただき、お話しを伺いました。

今日は、ボ〜っと聞いてください。聞くだけ。なるべくリラックスして。メモもしなくていい。聞いている最中に自分が何を感じ何を思い出すか。話を聞いて思い出したことがみんなの財産になります。高畑勲監督のジブリ映画「おもひでぽろぽろ」は、ジブリ映画の中では一番つまらないといわれているが・・・確かに最初はつまらなかったが数回見て監督の話を聞いて奥が深い映画だと感じた。1989年くらいが舞台の映画で、当時の車・物が描かれていて、ストーリーは心に残らないが、それを見ていろいろと当時を思い出して、自分が何を思ったか、自分のことも思い出し、自分の気持ちに残る映画。心の中にとどめてもらえたらありがたい。
話は聞きっぱなしで帰ってください。どんな気持ちでこの日を過ごしたか、を心に留めておいてもらえたら、それでいい。

―現在
馬絹の泉福寺で副住職をしており、民生委員、こんにちは赤ちゃん訪問員もしている。お寺の境内には近くの「もものか保育園」の子どもたちも来てにぎやかです。馬絹生まれ馬絹育ち、紅茶や宝石で有名なスリランカに3年間留学したこともあるが、それ以外は馬絹にいる。子供のころは宮崎台駅まで父親を迎えによく行った。当時は電車が3〜4両編成で父親が降りてくるのがすぐにわかるほど乗降客が少なかった。この辺りの様子も以前とは変わったなあ、と感じる。

―現在までの経緯
娘も現在通っており5代にわたり宮崎小学校に通っている。その後、地元の中学→高校→成城大学→大正大学に行き、お坊さんの資格を取得。よく「どうしてお坊さんになったの?」「いつからなりたくなったのか?」と聞かれる。ずっとお寺で育って子供のころから「大人になったら」と考えていた。小学生の頃、将来の夢、を書くときに、周りの人は、パイロット、や、歌手、などと書いているので、恥ずかしくて「お坊さん」とは書けなかった。「立派な人」と書いた。なれたかなれないかは自分の評価。
高校生くらいがバブル期で、それまではドルが高く海外旅行は考えられなかったが、夢がみんな広がった。「地球の歩き方」の本を読んだりした。3年生で進路を考えたときに、推薦で4年で確実にお坊さんになれる大学をすすめられたが、周りは受験勉強をしているのに自分はつまらない、このままお坊さんになっていいのか、と考えるようになった。親は受験には反対。現役で受かったら他の大学に行ってもいい、といわれ、親の協力が得られないまま、朝早く起きて勉強したり、学校に残って勉強したりした。
大学4年間はオーケストラに所属、バブル期のピークだった。すかいらーくの深夜のアルバイトなどをし、お金もたくさんはいってきた。しかし、つきあい、遊びにもお金がかかる時代だった。4年生のとき、遊び仲間は就職活動を始め、9月の解禁日には内定を4~5社ほどもらっている状態。家には段ボール箱で会社案内が届き、そのまま開けずに捨てていたが、実はその中に企業のテレホンカードが入っていることを知り、開けるようにした。今から見れば、社会全体がおかしくなっていたように思える。仲間は就職。自分は、「いつかお坊さんにならないと自分が後悔する」と思い、あらためて大正大学へ。3年間でお坊さんの資格を取得し、スリランカへ留学。シンハラ語の仕事もしている。留学中に知り合ったのが今の奥様。現在、小4と小2の子供がいる。

―不安はどこからやってくる?
不安とは何だろう、克服するには戦略が必要。そのためには敵をよく知ること。
不安とはどこに来るのか
→一人一人の心の中にある。不安であるかどうか、自分の心を見る。

「心」(こころ・しん)→「うら」とも読む
古い日本語。例えば、うらさみしい、うらざむい、など。

「面」(めん)→「おもて」
 心は内側、裏側だから昔の人はこのように使っていた。

「気」は、ものの状態。天気、とは、天(空)の状態のこと。この「気」を見るようにする。

―不安とは何か
心の中には自分にとって良いもの(楽・安・快など)、悪いもの(苦・辛・痛など)、など、いろいろなものが混ざって濁って存在していて、どれが一番多いのか。不安はどちらなのだろう。
→どちらでもない。良くも悪くもなく、安定していない状態。安らかではなく濁った状態。この「安らかではない」ことは悪いことなのか?ちなみに、シンハラ語で「不安」とは、「ごちゃごちゃした状態」のことをいう。
例えば、朝、アイロンをつけっぱなしにしたのではないか、火をつけっぱなしだったのではないか、児童室の子どもはどうしているか・・・未来は想定できない。何が起こるかわからない→不安の始まり。
不安とは、将来・未来への漠然とした悪い予感→将来・未来への理想の形「こうなったらいいな」が期待である。混沌としている。本来は同じようなものである。

不安ではない状態を、「気が済む」という。本来は「気が澄む」と書く。
 「安心」(あんじん)、という仏教の言葉は、気持ちを安らかにする、苦しみがなく安らかな状態、澄みきった状態。
すなわち、仏様。そのようにする力を身につけよう、というのが仏教。

―不安をなくすには
気が澄む状態になる手段として、人に相談することがある。例えば、お寺にお守りを持参してきて「効果はいつまであるのでしょうか?」という相談を受けたとする。
「そんなバカな質問を」と思わずに、「信じる限り効力はあります」と答える。これは本に書いてあるわけではない。どうしたら相手の人の気が澄むのか、相談してきた本人が納得する答えを言う。相談とは、都合のいいことを答えてもらいために聞くことであり、納得する答えを得たいものなのである。実際ははっきりした答えはない。
自分の不安をどう思っているか。自分の心の中を見ることが大事。よく考えてみるとたいしたことではなく、思い出すだけで減っていくこともある。ほったらかすと菌みたいに増えることもある。
不安は未来からやってくる。過去の起きたことは不安にならず、後悔、反省、回顧などとなる。これから起こることにしか不安はない。
自分の思い出・経験など昔のことを話したりよく思い出すこと。自分の背負ってきた過去は財産である。これらを自分の子どもにも与えてほしい。困難や辛いときは自分の過去の体験から乗り切ること。これを乗り切ったらまたそれが大切な過去となる。

―ご自身の経験より
浮岳さんは国際結婚。外国人のお嫁さんで大丈夫か不安だったが、期待のほうが大きかったから乗り切れた。不安はゼロにはならないが期待のほうを膨らませた。
奥様の3年前のがん検診で悪性リンパ腫とわかり不安だった。今では急にリンパ腫がなくなった。それでも不安だったが、主治医の先生より「その時その時の状態だけでみてください。その瞬間元気ならそれで良いと考えてください」という言葉で安心した。不安がやってくる未来を見ない。むしろ見ないほうがいい。
自分も心配性で絶えず悪いことを考えてしまう。日ごろの生活で原発の問題はどうか。今朝も市民館まで無事に来られるか。それでも今までも不安を抱えながらここまでやってこられたじゃないか、という自信もある。→自信と不安は背中合わせ。今までの経験がないから最初は不安だが、場数をこなし同じことを無事に済ませられると自信につながり不安は少なくなる。
広島東洋カープのファン。高橋慶彦選手は毎日素振りを1000〜2000しないと眠れないとのこと。彼女の家に行くときにもバットを持参する。王貞治も同じことを言っていた。明日の試合で打てるかが不安で今出来ることは何か?不安を払拭するためには素振りをするしかない。可能性があるから人は不安になる。まったくなければ不安にもならない。

―欲があるから不安がある
子どもと大人の不安は違う。
子どもは無限の可能性がある。先の漠然とした不安。大人は自分には無理と諦めると不安はなくなる。子どもと比べると諦めていることが多い。欲があるうちは不安はなくならない。大人は経験・知識から導き出された不安がある。仏教の「安心(あんじん)」は、諦めること、すなわち可能性がなくなることが大事で、期待・要求があるうちは不安である。

―メディアが不安の原因に
ソーシャルネットワークサービス(携帯やパソコン、ミクシイ、ライン、ツイッター、フェイスブック)など、本来は人と人とを繋げるためのもののはずなのに、新たな不安の原因となっている。昔では無かった種類の不安もある。

―感受性、心身の状態によって不安は変わる
人によって、感受性によって、不安も変わる。姉妹であっても、人前に出ても緊張せず不安・心配を感じることが少ない娘と、もう一方は細かいことが心配で色々なことが不安になる娘とタイプが全く異なっていたりする。
心身の状態によっても不安は大きく変わる。病気の人だと、「自分は病気だから不安が大きくなっている」と認識できるかどうか。
心の病は病院にいってみてもらったほうがいい。心の病気になると、人に話して治るものではない。生年月日も生まれた時間も同じくらいでお互い足も速く性格も似ていてよきライバルで特別な友だちだった友人が、しばらくぶりに会ったら様子が変わっていて、いろいろなことに不安を持つ統合失調症になっており、突然の夜中の来訪などもあった。彼は自分の病気を自覚していて「病気だから(幻聴が)きこえているんだよね」と心の病の不安をもっていた。彼は6年前に別の病気で他界した。心の病、本当に変だな、と思ったときにはお医者さんへ行ってください。

―不安は悪いもの?
不安とは必ずしも悪いものではなく、いろいろな原動力にもなる。不安は行動の原動力である。王貞治さんも夜、不安だから素振りをした。放射能に対して、不安だから勉強しておこう、と思い、ネットなどで調べてみる。不安というエネルギーが調べるという具体的行動につながる。

―不安があるから安らぎが育つ
日本の仏教は大乗仏教。同じことを話すときは同じ格好で。法事などの役目があるときは、そのような格好で。お坊さんも結婚してみんなと同じ悩み・苦しみ・不安がないと安らぎが育たない
・天台宗
人々の苦しみを同じ目線で。悩みも共有、皆と安らぎの方法を考える。総本山のご本尊にはみんなと同じ目線に仏様がいる。
・仏教の花は蓮(ロータス)
濁ったところでしか育たない。咲いたら花はまったく汚れていない。汚れた煩悩の中からきれいに咲く。それを目指そう!

―不安を期待に変える
お坊さんへの修行中は比叡山で2ヶ月を過ごす。最初の1ヶ月は朝5時起床・夜10時就寝。外部からの通信は一切断たれてしまう。今の若い修行の方は携帯・スマホがなくなり辛いらしい。分刻みのスケジュール。残りの1ヶ月は午前2時起床・水を浴びる・午後8時就寝。4〜5時間の睡眠時間。山から下りる時はどれほどの解放感か!退院式後に京都に泊まろうとしたが行き方がわからなくなっていた。不安を覚えた。
自由を得た瞬間に不安になる。希望(可能性)があるから不安を期待に変える。どういう風に不安を期待に変えるか。

―不安とうまくつきあう
人間だから欲望・煩悩がある。家族がいれば皆の欲は違う。上手く欲を調整すること。いろいろと考える力があるから人間人生には不安が伴う。ネガティブにとれば暗くもなる。いかに上手くつきあうか!細かいことを気にしだせばキリが無い不安。うちの亀さんは不安はなさそうです。いろいろなことができる力がある人間じゃないから。

いつでも泉福寺にお立ち寄りください。

【質疑応答】
Q.葬儀の時のお焼香などの仏教のマナーを教えてください。お焼香は何回やるものですか?
A.その場にあわせてください。一般的には3回といわれます。宗派などで違いはあります。作法はお坊さんが決めることではないし、それぞれ、地方などでもルールが違う。前の人の真似でいいのでは?自分が思うほど他の人はみていないですよ。


ペン学級第6回の保育室だより(子ども達の名前はすべて仮名です)


次回は「育児とメディアリテラシー」というテーマで西生田中学校教諭の中村純子先生にお越しいただき、ワークショップを行います。

ひらめき参考
今回の講義に関係する以前の講義をまとめています。
興味のある方はリンク先の記事も読んでみてください。
自分について考える

眼鏡ブログ担当ひつじいのつぶやき眼鏡
お坊さんの話を聞く機会はあまりないので、とっても興味深かったです。欲がある限り、不安はなくならないんですねあせあせ(飛び散る汗)欲深い私は一生不安と離れられないわふらふら上手に不安とつきあえるように、自分の心と向き合う時間を大切にしよう目
13年度 第6回親子学級[2013年10月10日(Thu)]
2013年度 第6回親子学級
『 子どもの発達に遊びが大切なワケ 』


今回は帝京大学教授の杉本真理子先生にお話を伺いました。

最初に、受講生がグループに分かれて意見を出し合い、アリサの印象に残ったシーンを発表してもらいました。

赤ちゃんがうんていを登っているシーン
・自分は子どもが歩いてから公園デビューさせるものだと思っていたので歩くまで行っていなかった。
・危ないからと止めずに見守るところに感動した。自分もやらせてあげたかったけど、出来なかった。
・自分なら下で支えてしまう。見守っていたのがすごいと思った。
→杉本先生:いきなりやらせようとしても出来ない。赤ちゃんの時からの積み重ね。

竹馬で山を登るシーン
・すごいと思った
→杉本先生:竹馬は徐々に高さを上げて、練習している。
・山を登って降りる目標をやり遂げた。普通なら途中で泣いたりする。弱音を吐かずにやり遂げた。
・諦めない強さ。先日、自分も竹馬にチャレンジしてみたが、とても難しかった。
→杉本先生:竹馬は、動作のぎこちない子には出来ない。竹馬をすることで、バランス感覚や協応動作が自然と訓練される。

泥団子をテーブルに並べて、片づけるシーン
・自分で考えてきれいになるまで工夫していた。
・何か目標を見つけたら、やり遂げるまで諦めない。
・自主的に最後まで一人でやることがすごい。
・ご飯を食べる机にも関わらず、泥遊びをさせてあげる寛容さ。自分はやらせてあげられない。

砂場遊びのシーン
・砂場と水場をはなして体力をつけさせる工夫がすごい。砂・水は汚れるからやらせていなかったが砂場に行ってきた。子ども達ははじめは遊べなかったが、自分が砂場で山を作ってあげたら、それを壊していた。
→杉本先生:お母さんが作ったものを、壊すことも大事な体験。

お絵かきのシーン
・絵を油性マジックではみ出す事もなく描くことが出来ていた。自分なら水性マジックや絵の具を使わせてしまう。
→杉本先生:身体の発達に合わせた保育。まずは形が大きく、筆圧が薄くても描けるマジックを使わせている。指先が発達すると、小さい絵が描けるようになってくるし細いペンや絵の具も使えるようになる。
・最初は点や線だった絵が、だんだん細かく描いていくシーン。想像した絵を描いていた。
→杉本先生:豊かな体験がもとになり、想像できるようになる。

針に糸を通す・雑巾を縫うシーン
・みんな騒がず静かに集中している所がすごかった。
→杉本先生:赤ちゃんの頃からあそこに居る子達は諦めないが3歳?から入った子はうまくいかないと「アー!」となったりする
・自分は子どもが寝てから針仕事をしていた。見せてあげる方が良いと思った。
・先生の関わり合い方、距離感が素晴らしい。難しい事もお手本を見せてさせてみる。子どもに悔しいという気持ちをさせないと、やる気にならないのだと思った。
→杉本先生:何のために縫っているか、子どもが理解している。縫うことが目的ではなく「使う物を作ること」が目的。運動会の縄跳びも自分で作る。目的のあるものを作っているから、子どもは頑張れる。

友達との関わり
・洋服のお着替えを友達に教えられる
・子どもが自発的に自分の事も、他の子のお世話もする。うちの子は待ってしまうほう。

障がいがある子(大ちゃん)との関わり
・ほめ方、お世話など。声のかけ方が大人っぽくてびっくり。
・お散歩のシーン。思いやりの心を育める。
・自分たちで考えて、工夫して、大ちゃんの世話をしていてすごい!お世話ごっこではなく、最後までしてあげていた。
・散歩の時のおむつ替えやいすの持ち運び。役割分担できていた。
・大人や、他の子の模倣から始まる。

保育士との関わり
・先生が危ない!とか言わずに見守っていた。
・保育士がほとんど手を出さない。
→杉本先生::主役は子どもたち。
・保育士が見本を見せた後は、ひたすら見守る。

運動会
・見学した幼稚園の運動会よりレベルが高い。
→杉本先生:赤ちゃんの頃から培った運動能力があるから、レベルの高い運動会になる。
・運動会の障害物がすごい。全員が出来るのも、さらにすごい。子ども同士で励ましあって、みんなできるようになったのもすごい。子ども同士の団結力。自分たちで解決する力を持っている。
→杉本先生:高校の体育の専門家が教えに来る幼稚園を見に行ったが、子どものことを知らない人だった。専門家がくるから良いわけではなく、ちゃんと子どもの事を理解している教育者がいるか、見なくてはいけない。身体を使うことも遊んでいないと身に付かない。自分は過保護に育てられているから逆上がりができない。
・自分も逆上がりをやってみたら、出来たけれども難しかった。子どもにも沢山体験させてあげたいと思った。

卒園式
・園児が立派にみえた。自分たちの想像では、もっとかわいらしい卒園式のイメージだが、幼稚園のレベルではなくびっくりした。

受講生の感想に対して杉本先生から補足の説明をしていただいた後、子どもにとって今の時期何が必要なのかについてお話をしていただきました。

有能感
子どもが声をかけてきているのに母親がスマホを見て無視することを繰り返したりすると、子どもは「スマホを見ているときは何を言ってもダメだ」と子どもが学習してしまい、最終的には人との関わりをやめてしまう。「○○やって」、「いや」など、すぐ口にする。(学習性無力感

それに反してアリサは「やれば出来る!」という気持ちを強く持っている(有能感

今やらなくてはいけない事=遊び
遊ぶことによって、運動能力が身について・集中力・諦めない心が育っていく。字は今教えなくてもきちんと覚える。算数につながることは、遊び体験の中にたくさんある。日常生活と遊ぶことで、算数の概念がしっかり養える。フラッシュカードなどの上塗りの知識は意味がない。

便利なことは子どもにとってどうか?
幼稚園のバスも給食も大人にとっては便利なものだが、子どもにとってはどうなのか?バスがあると、時間調整のため保育時間に制限ができて子どもの遊ぶ時間が少なくなる。給食だとお弁当を作る手間は省けるが、子どもは何を食べさせられているのか?お弁当なら親が食べる量を調節してあげられるが給食だとできない。大人にとって便利なこととは裏腹に、失われているものがある。

人間の一生を8段階に分けて考えたエリクソンの話
1.乳児期→基本的信頼・・・希望
2.幼児期→自律性・・・意志「いやだー!」「○○したいー!」という意志を力で押さえつけるのではなく、ダメな事をきちんと説明し、納得させてあげる事が大切。自分の意志を通す事・意志を抑える事を学ぶ。
3.就学時〜小学生前半→積極性・主体性・・・目標
4.小学生後半〜中学生→勤勉性・・・有能感⇔劣等感
5.青年期・・・アイデンティティの確立をするとき。
6.若い成人期・・・親密さを見出すとき。自分を無にして相手に関われるか。
7.成人期・・・世代性 次の世代を育てる。責任を持つ。
8.老年期・・・統合 自分の人生を振り返った時、良い人生だったと思える老後

有能感をもって小学校にあがった方が良い。そのため入学までは遊ぶことが大切。遊びから基本的信頼感・自律性・積極性を学び、それらを養えていないと有能感をもつところまでたどりつけない。小学生前半までは、遊びから学ぶことが大切。
幼稚園の見学に行ったら、子どもと保育者を見る。先生のうわべの説明を聞くだけでなく、子どもが何を体験しているのか、よく見ないといけない。

その後、絵本の話をしました。
14ひきのねずみシリーズに描かされているように、家族みんなでテーブルを囲んでご飯を食べることが大切。
絵本は心を育ててくれる。ママとのコミュニケーションになるので、読み聞かせDVDなんてダメ。

かいじゅうたちのいるところ」「ぼくはおこった」等の本を紹介し、「だいじょうぶだいじょうぶ」を読み聞かせしてもらいました。


ペン学級第5回の保育室だより(子ども達の名前はすべて仮名です)



次回から、プログラムも後半に入ります。
後半の初回は泉福寺 副住職の浮岳亮仁さんに「不安はどこからやってくるの?」というテーマでお話を伺います。

ひらめき参考
今回の講義に関係する以前の講義をまとめています。
興味のある方はリンク先の記事も読んでみてください。
子どもの心と体が育つために大切なこと

眼鏡ブログ担当ひつじいのつぶやき眼鏡
子どもが何かしたいと言ったとき、やらせてみて失敗したら、まだ〇歳だから早いよね〜で終わらせることがある。〇歳だから、ちいさいから無理、じゃなくて何でもやらせてみればいい。親が最初からできないなんて決めつけちゃいけないよねあせあせ(飛び散る汗)
13年度 第5回親子学級[2013年10月03日(Thu)]
2013年度 第5回親子学級 
『 子ども時代の遊び体験談! 』
『 子ども達の様子(保育室ビデオ) 』


自主保育B.B.だん所属の足立直里さんから「子ども時代の遊び体験談!」というテーマでお話を伺いました。

自己紹介

10年ほど前に親子学級を受講。当時知り合いが居なかったので孤独で、子どもを「かわいい」と言っていつも声を掛けてくれる大家さんの存在がとても救いになった。

カンガルーねっとに入ってからは、ママも子どももそれぞれ異年齢の中で刺激を受けた。自主保育をしているママに出会い、その人が学生時代みたいにキラキラ輝いているように見えた。自主保育仲間では内気で気持ちを出せないママもいて、大人も子どもも色々な人がいるけど、それでいいんだなぁと思っている。


スライド上映より

泥遊び 

子どもにとって一番身近な自然、どろんこ。手・足の先からぐちょぐちょした感覚を味わう。大人はつい先を考えて止めたくなるけれど、子どもは「やりたいことを今やってみる」砂を足にかけつづけ「目的もなく、ただやり続ける」

水遊び

蛇口から落ちてくる水を掴もうとしたり、雨上がりの水たまりに入っていく。

遊具がなくても楽しく遊ぶ

神社の階段脇にある石の坂道を滑り台に見立てて滑ったり、段ボールに入って遊んだり、台風後の漂着物で遊ぶ。

黙々と遊ぶ

二人で言葉もなく泥をこねる。みんなで黙々と落ち葉をただただ集める。

雨の日も雪の日も遊ぶ

どしゃ降りの雨の中、わざわざ濡れに行ったり傘で基地を作る。手を真っ赤にして雪でお寿司を作ったり、どんな天気も「遊び」になる。

挑戦する

木から飛び降りる時も「やってみようと自分で決めて、タイミングを計って自分の力でやってみる」うまくできた喜びも、できなかった悔しさも、全部自分で受け止める。昨日まで登れなかったタワーを、自分の限界を、自分の力で越えていく。

ケンカ

つかみかかって大げんか。「とめなくちゃ」「もう少し見守ろうか」・・大人も葛藤する。ケンカと仲直りを繰り返しながら、子ども同士の距離が兄弟のように近づいていく。

ひとりの時間

大人はつい「お友達と仲良く遊ぶこと」を求めてしまうけど、子どもにとって一人遊びは豊かな時間。自分のペースで、やりたいことを飽きるまでひたすらやる。そして静かに自分を取り戻す。

親子じゃないから

親じゃないから甘えることができるときもある。自分の子じゃないから、優しくできることもある。みんなの子どもをみんなで育てる。子どもを見守る温かい目がいっぱいある。

大人も楽しい

自主保育って子どものためだと思うかも知れないけど、本当は大人の方が楽しんでいるかも。

スライドを見た後は、受講生や企画委員からの質問に応えていただきました。


質疑応答

Q:幼稚園で勉強をしないと学校で困らないかと前週話題にあがったが、どうか

A:勉強は学校で一から教えてくれるから大丈夫。それよりも自分の気持ちを表現したり、心の根っこを育てることの方が大事だと思う。とは言え、勉強をやらせるべきだったかなと思うこともあったが、本人にやる気が無いとダメ。

Q:泥んこするのは良いが、着ている服によって止めたり親の都合で止めても良いのか

A:兄弟のスケジュール等によってこちらの都合を強いたり、親の都合で止める場合はもちろんあるが、自主保育の活動中に充分思い切りやらせてあげているという想いがあるので、こちらの都合もきいてもらおうと思う。

Q:夢パークみたいな場所だと何をしても人目が気にならないが、普通の公園だとうるさい・汚い・危ないなどなど人目が気になる。活動中は何か言われたりしないのか

A:個人で遊ぶよりも集団の方が目についてしまうので、言われることはある。どんなこともどんな場合も、その都度「ここまではいいけど、これ以上はやめよう」とかみんなで考えて対応している。

Q:怪我についてはどうか

A:自主保育だからということではなく幼稚園に行っても怪我はする。怪我した現場を目の当たりにするか否かの違いだけ。ただし子どもが自分の力で行動した分には大した怪我にはならない。大人が手を貸してしまった時の方が危ない。

Q:当番制で子どもを見るというのは負担ではないか

A:自分の子どもを自分だけで見なくて済む。親子二人きりではケンカしても子どもがひとりぼっちになってしまうけど、みんながいてくれると誰かが間に入ってくれる。自分一人きりで「どうにかしなきゃ」と思うより良い。



講義後半は児童室にいる子ども達の様子を映したビデオを観て、保育者の田浪由紀子さんにお話しを伺いました。

「お友達と遊んでいましたか?」と聞かれることが多いが、3歳でも並行遊びをしていれば充分で一緒に遊ばないことは普通。一緒に遊ぶことよりもまずは「一人で遊ぶことを見つける」ということが大切。

人の物を取ったり取られたりがあるが、取られたとしても気持を消化する力が子どもにはあるので、取る・取られるというやり取りは見守っている。大人の判断だけで何でも止めることはないんじゃないか。

質疑応答

Q:児童室で他の子がトイレに行くのを見て自分の子どもはどう反応しているか

A:誰かがやっているのを見ては(出ないけれど)トイレに行く。興味は持っている。

Q:物にあたることがあるがどうしたらいいか

A:児童室ではそういう姿がまだ見られない。物を投げたりして物にあたっている時は、代わりに投げるボールを渡してあげたり、ぎゅっと抱きしめてあげたりしてはどうか。投げる行為をやめさせるだけではなく、他の物に代えたり、気持ちにより添うといいのではないか。

Q:おもちゃへの執着がすごい。他のことやり合っても勝ってしまう。やられてしまえば少しは学ぶこともできるはずだが

A:いつまでも勝ち続けることは無い。集団に入ったらやられてしまうだろう。→「だけど上の子にはヘラヘラするんです・・」→それも子どもにとって大切な処世術。


ペン学級第4回の保育室だより(子ども達の名前はすべて仮名です)


次回は、帝京大学教授の杉本真理子先生から「子どもの発達に遊びが大切なワケ」というテーマでお話を伺います。

ひらめき参考
今回の講義に関係する以前の講義をまとめています。
興味のある方はリンク先の記事も読んでみてください。
子どもの心と体が育つために大切なこと


眼鏡ブログ担当ひつじいのつぶやき眼鏡
子どもは外にいるだけで遊べちゃうんですね。うちの子どもはあまり外に出たがらないんだけどたらーっ(汗)これから気候もいいし、たまには時間を忘れて親子ともに外で思いきり遊んでみようかなexclamation