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神奈川県川崎市宮前区で宮前親子学級を企画・運営しているグループ、宮前おやこの会「おひさま」のブログです晴れ
ひとりめの育児は「これでいいのかな?」と不安や悩みがつきもの。ブログでは育児&育自のエッセンスと私たちの活動内容を紹介していまするんるん
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13年度 第7回親子学級[2013年10月17日(Thu)]
2013年度 第7回親子学級
『 不安はどこからやってくるの? 』


今回は宮前区馬絹にある泉福寺の副住職 浮岳亮仁さんにお越しいただき、お話しを伺いました。

今日は、ボ〜っと聞いてください。聞くだけ。なるべくリラックスして。メモもしなくていい。聞いている最中に自分が何を感じ何を思い出すか。話を聞いて思い出したことがみんなの財産になります。高畑勲監督のジブリ映画「おもひでぽろぽろ」は、ジブリ映画の中では一番つまらないといわれているが・・・確かに最初はつまらなかったが数回見て監督の話を聞いて奥が深い映画だと感じた。1989年くらいが舞台の映画で、当時の車・物が描かれていて、ストーリーは心に残らないが、それを見ていろいろと当時を思い出して、自分が何を思ったか、自分のことも思い出し、自分の気持ちに残る映画。心の中にとどめてもらえたらありがたい。
話は聞きっぱなしで帰ってください。どんな気持ちでこの日を過ごしたか、を心に留めておいてもらえたら、それでいい。

―現在
馬絹の泉福寺で副住職をしており、民生委員、こんにちは赤ちゃん訪問員もしている。お寺の境内には近くの「もものか保育園」の子どもたちも来てにぎやかです。馬絹生まれ馬絹育ち、紅茶や宝石で有名なスリランカに3年間留学したこともあるが、それ以外は馬絹にいる。子供のころは宮崎台駅まで父親を迎えによく行った。当時は電車が3〜4両編成で父親が降りてくるのがすぐにわかるほど乗降客が少なかった。この辺りの様子も以前とは変わったなあ、と感じる。

―現在までの経緯
娘も現在通っており5代にわたり宮崎小学校に通っている。その後、地元の中学→高校→成城大学→大正大学に行き、お坊さんの資格を取得。よく「どうしてお坊さんになったの?」「いつからなりたくなったのか?」と聞かれる。ずっとお寺で育って子供のころから「大人になったら」と考えていた。小学生の頃、将来の夢、を書くときに、周りの人は、パイロット、や、歌手、などと書いているので、恥ずかしくて「お坊さん」とは書けなかった。「立派な人」と書いた。なれたかなれないかは自分の評価。
高校生くらいがバブル期で、それまではドルが高く海外旅行は考えられなかったが、夢がみんな広がった。「地球の歩き方」の本を読んだりした。3年生で進路を考えたときに、推薦で4年で確実にお坊さんになれる大学をすすめられたが、周りは受験勉強をしているのに自分はつまらない、このままお坊さんになっていいのか、と考えるようになった。親は受験には反対。現役で受かったら他の大学に行ってもいい、といわれ、親の協力が得られないまま、朝早く起きて勉強したり、学校に残って勉強したりした。
大学4年間はオーケストラに所属、バブル期のピークだった。すかいらーくの深夜のアルバイトなどをし、お金もたくさんはいってきた。しかし、つきあい、遊びにもお金がかかる時代だった。4年生のとき、遊び仲間は就職活動を始め、9月の解禁日には内定を4~5社ほどもらっている状態。家には段ボール箱で会社案内が届き、そのまま開けずに捨てていたが、実はその中に企業のテレホンカードが入っていることを知り、開けるようにした。今から見れば、社会全体がおかしくなっていたように思える。仲間は就職。自分は、「いつかお坊さんにならないと自分が後悔する」と思い、あらためて大正大学へ。3年間でお坊さんの資格を取得し、スリランカへ留学。シンハラ語の仕事もしている。留学中に知り合ったのが今の奥様。現在、小4と小2の子供がいる。

―不安はどこからやってくる?
不安とは何だろう、克服するには戦略が必要。そのためには敵をよく知ること。
不安とはどこに来るのか
→一人一人の心の中にある。不安であるかどうか、自分の心を見る。

「心」(こころ・しん)→「うら」とも読む
古い日本語。例えば、うらさみしい、うらざむい、など。

「面」(めん)→「おもて」
 心は内側、裏側だから昔の人はこのように使っていた。

「気」は、ものの状態。天気、とは、天(空)の状態のこと。この「気」を見るようにする。

―不安とは何か
心の中には自分にとって良いもの(楽・安・快など)、悪いもの(苦・辛・痛など)、など、いろいろなものが混ざって濁って存在していて、どれが一番多いのか。不安はどちらなのだろう。
→どちらでもない。良くも悪くもなく、安定していない状態。安らかではなく濁った状態。この「安らかではない」ことは悪いことなのか?ちなみに、シンハラ語で「不安」とは、「ごちゃごちゃした状態」のことをいう。
例えば、朝、アイロンをつけっぱなしにしたのではないか、火をつけっぱなしだったのではないか、児童室の子どもはどうしているか・・・未来は想定できない。何が起こるかわからない→不安の始まり。
不安とは、将来・未来への漠然とした悪い予感→将来・未来への理想の形「こうなったらいいな」が期待である。混沌としている。本来は同じようなものである。

不安ではない状態を、「気が済む」という。本来は「気が澄む」と書く。
 「安心」(あんじん)、という仏教の言葉は、気持ちを安らかにする、苦しみがなく安らかな状態、澄みきった状態。
すなわち、仏様。そのようにする力を身につけよう、というのが仏教。

―不安をなくすには
気が澄む状態になる手段として、人に相談することがある。例えば、お寺にお守りを持参してきて「効果はいつまであるのでしょうか?」という相談を受けたとする。
「そんなバカな質問を」と思わずに、「信じる限り効力はあります」と答える。これは本に書いてあるわけではない。どうしたら相手の人の気が澄むのか、相談してきた本人が納得する答えを言う。相談とは、都合のいいことを答えてもらいために聞くことであり、納得する答えを得たいものなのである。実際ははっきりした答えはない。
自分の不安をどう思っているか。自分の心の中を見ることが大事。よく考えてみるとたいしたことではなく、思い出すだけで減っていくこともある。ほったらかすと菌みたいに増えることもある。
不安は未来からやってくる。過去の起きたことは不安にならず、後悔、反省、回顧などとなる。これから起こることにしか不安はない。
自分の思い出・経験など昔のことを話したりよく思い出すこと。自分の背負ってきた過去は財産である。これらを自分の子どもにも与えてほしい。困難や辛いときは自分の過去の体験から乗り切ること。これを乗り切ったらまたそれが大切な過去となる。

―ご自身の経験より
浮岳さんは国際結婚。外国人のお嫁さんで大丈夫か不安だったが、期待のほうが大きかったから乗り切れた。不安はゼロにはならないが期待のほうを膨らませた。
奥様の3年前のがん検診で悪性リンパ腫とわかり不安だった。今では急にリンパ腫がなくなった。それでも不安だったが、主治医の先生より「その時その時の状態だけでみてください。その瞬間元気ならそれで良いと考えてください」という言葉で安心した。不安がやってくる未来を見ない。むしろ見ないほうがいい。
自分も心配性で絶えず悪いことを考えてしまう。日ごろの生活で原発の問題はどうか。今朝も市民館まで無事に来られるか。それでも今までも不安を抱えながらここまでやってこられたじゃないか、という自信もある。→自信と不安は背中合わせ。今までの経験がないから最初は不安だが、場数をこなし同じことを無事に済ませられると自信につながり不安は少なくなる。
広島東洋カープのファン。高橋慶彦選手は毎日素振りを1000〜2000しないと眠れないとのこと。彼女の家に行くときにもバットを持参する。王貞治も同じことを言っていた。明日の試合で打てるかが不安で今出来ることは何か?不安を払拭するためには素振りをするしかない。可能性があるから人は不安になる。まったくなければ不安にもならない。

―欲があるから不安がある
子どもと大人の不安は違う。
子どもは無限の可能性がある。先の漠然とした不安。大人は自分には無理と諦めると不安はなくなる。子どもと比べると諦めていることが多い。欲があるうちは不安はなくならない。大人は経験・知識から導き出された不安がある。仏教の「安心(あんじん)」は、諦めること、すなわち可能性がなくなることが大事で、期待・要求があるうちは不安である。

―メディアが不安の原因に
ソーシャルネットワークサービス(携帯やパソコン、ミクシイ、ライン、ツイッター、フェイスブック)など、本来は人と人とを繋げるためのもののはずなのに、新たな不安の原因となっている。昔では無かった種類の不安もある。

―感受性、心身の状態によって不安は変わる
人によって、感受性によって、不安も変わる。姉妹であっても、人前に出ても緊張せず不安・心配を感じることが少ない娘と、もう一方は細かいことが心配で色々なことが不安になる娘とタイプが全く異なっていたりする。
心身の状態によっても不安は大きく変わる。病気の人だと、「自分は病気だから不安が大きくなっている」と認識できるかどうか。
心の病は病院にいってみてもらったほうがいい。心の病気になると、人に話して治るものではない。生年月日も生まれた時間も同じくらいでお互い足も速く性格も似ていてよきライバルで特別な友だちだった友人が、しばらくぶりに会ったら様子が変わっていて、いろいろなことに不安を持つ統合失調症になっており、突然の夜中の来訪などもあった。彼は自分の病気を自覚していて「病気だから(幻聴が)きこえているんだよね」と心の病の不安をもっていた。彼は6年前に別の病気で他界した。心の病、本当に変だな、と思ったときにはお医者さんへ行ってください。

―不安は悪いもの?
不安とは必ずしも悪いものではなく、いろいろな原動力にもなる。不安は行動の原動力である。王貞治さんも夜、不安だから素振りをした。放射能に対して、不安だから勉強しておこう、と思い、ネットなどで調べてみる。不安というエネルギーが調べるという具体的行動につながる。

―不安があるから安らぎが育つ
日本の仏教は大乗仏教。同じことを話すときは同じ格好で。法事などの役目があるときは、そのような格好で。お坊さんも結婚してみんなと同じ悩み・苦しみ・不安がないと安らぎが育たない
・天台宗
人々の苦しみを同じ目線で。悩みも共有、皆と安らぎの方法を考える。総本山のご本尊にはみんなと同じ目線に仏様がいる。
・仏教の花は蓮(ロータス)
濁ったところでしか育たない。咲いたら花はまったく汚れていない。汚れた煩悩の中からきれいに咲く。それを目指そう!

―不安を期待に変える
お坊さんへの修行中は比叡山で2ヶ月を過ごす。最初の1ヶ月は朝5時起床・夜10時就寝。外部からの通信は一切断たれてしまう。今の若い修行の方は携帯・スマホがなくなり辛いらしい。分刻みのスケジュール。残りの1ヶ月は午前2時起床・水を浴びる・午後8時就寝。4〜5時間の睡眠時間。山から下りる時はどれほどの解放感か!退院式後に京都に泊まろうとしたが行き方がわからなくなっていた。不安を覚えた。
自由を得た瞬間に不安になる。希望(可能性)があるから不安を期待に変える。どういう風に不安を期待に変えるか。

―不安とうまくつきあう
人間だから欲望・煩悩がある。家族がいれば皆の欲は違う。上手く欲を調整すること。いろいろと考える力があるから人間人生には不安が伴う。ネガティブにとれば暗くもなる。いかに上手くつきあうか!細かいことを気にしだせばキリが無い不安。うちの亀さんは不安はなさそうです。いろいろなことができる力がある人間じゃないから。

いつでも泉福寺にお立ち寄りください。

【質疑応答】
Q.葬儀の時のお焼香などの仏教のマナーを教えてください。お焼香は何回やるものですか?
A.その場にあわせてください。一般的には3回といわれます。宗派などで違いはあります。作法はお坊さんが決めることではないし、それぞれ、地方などでもルールが違う。前の人の真似でいいのでは?自分が思うほど他の人はみていないですよ。


ペン学級第6回の保育室だより(子ども達の名前はすべて仮名です)


次回は「育児とメディアリテラシー」というテーマで西生田中学校教諭の中村純子先生にお越しいただき、ワークショップを行います。

ひらめき参考
今回の講義に関係する以前の講義をまとめています。
興味のある方はリンク先の記事も読んでみてください。
自分について考える

眼鏡ブログ担当ひつじいのつぶやき眼鏡
お坊さんの話を聞く機会はあまりないので、とっても興味深かったです。欲がある限り、不安はなくならないんですねあせあせ(飛び散る汗)欲深い私は一生不安と離れられないわふらふら上手に不安とつきあえるように、自分の心と向き合う時間を大切にしよう目