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神奈川県川崎市宮前区で宮前親子学級を企画・運営しているグループ、宮前おやこの会「おひさま」のブログです晴れ
ひとりめの育児は「これでいいのかな?」と不安や悩みがつきもの。ブログでは育児&育自のエッセンスと私たちの活動内容を紹介していまするんるん
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16年度 第12回親子学級[2016年11月24日(Thu)]
2016年度 第12回親子学級
『子ども達を支えていくということ』


今回はスクールソーシャルワーカーの入海 英里子さんに話を伺いました。

スクールソーシャルワーカー(以下SSWr)の仕事

川崎市の場合は区に1人。多摩川で亡くなった上村くんの事件により、2人いる所も。

問題を抱えた子どもの環境を調整する仕事。
例えば誰かをいじめた時、その子は何が苦しくてそういう行動をしたのだろう、と考える。学校ではどうだろう?誰か1人でもこの子を認めている大人がいるかを確認し、いないようならそういう人を作る。もしくは、養護教諭や校長先生など、誰でもいいから1人、その子を愛してくれる人を作るお仕事。

―貧困と非行

貧困と非行はリンクしている。
おうちが貧困で、親が一生懸命働いていて子供が放っておかれている場合は、家庭の方にも着目して、この子が愛されて育てられていくように調整していく。
また、地域の人から子どもに愛を届けていける仕組みを作ったりもしている。

―家庭から依頼されることも

学校は連絡をしてくる親をモンスターペアレントと思っていたり、親の方は学校が頼りないと思っていたり。学校と家庭を結ぶお手伝いをすることもある。

―子ども自身の力になるように

いろんな人と会って話をしたり調整したりする仕事であるが、渦中の子どもには絶対に会う。これは子どものニーズを確認するため。親の考えていることと、子どもの求めていることが違うこともよくある。親だから当たり前だが、事実に感情が上乗せされてしまうこともよくある。子どもは親にそれはやってほしくなかったと思っている例もある。
SSWrの仕事は、本人の力で解決しようとする力をつけてあげるお手伝い。すべてを親が(学校に電話するなりして)片付けてしまうのは得策ではない。自分がやられたことで親も傷つけてしまったと無力感を感じないように、その子の等身大でできることを一緒に考える。

カウンセラー(SC)とソーシャルワーカー(SSWr)の違い

基礎が心理学と社会福祉学で少し違う。焦点が個人の内面なのか、個人を取り巻く環境かの違い。

「在る」ことを認める

不登校、自傷行為をする子どもたち、非行に走る子たち、他の子を傷つけてしまう人たち、そんないわゆる“非行少年”の内側には、必ず「悲しい」「つらい」「苦しい」「痛い」「愛してほしい」「大切にしてほしい」「認めてほしい」「信じてほしい」という気持ちがある。必ず。その気持ちを表現する方法が非行である。
入海さんが出会う子供たちはどの子も自己肯定感が低い(必ずそう)。

「在る」と「する」

「在る(ある)」→生まれてきてくれてありがとう。存在そのもの、命そのものが大切。
「する」→例えば自分から進んで挨拶「する」、勉強ができる、時間を守れる、など

土台の「在る」がきちんと作られていることが大事。

「在る」→養育→親がすること。“しつけ1:在る10”くらいの感覚でよい。
いくらSSWrが10個「在る」を伝えても、親の「1」が大きすぎて勝てない。
親が「在る」を認めることは本当に大事。

「する」を教育しようとすると「在る」がおろそかになってしまう。

子どもが(小学生とか)大きくなってくると、もう抱っこできなくなってしまう(子どもが自分から来てくれれば抱きしめられるけど、こっちから行くと嫌がられたり照れて抱っこさせてくれなかったりする)から、今、まだ子どもが小さくてできるときにたくさん触れたり抱っこしたりして、「在る」を植え付けることが大事。

“教育”はあとからする時がくるから、今は"養育"をたくさんしておく時期。なぜなら、養育が自己肯定感を高めるから

“自分は大切な存在”ということをしっかり感じてもらう。(受講生のみなさんは、)今が言えるチャンス。「あなたが生まれてきてくれて本当にうれしいんだよ。ありがとう。」としっかりと言ってあげること。

教育は自己効力感。これは学校の役目。
→ただしこれは、土台(の「在る」)がしっかりしていないとうまく乗ってこない。

「在る」を保障=無条件の愛。ベースをとにかく塗ろう。その環境を作ろう。

愛情のサポートネットワーク

子どもが良くない言動をしたら→表現してくれたから、その子の痛みが初めて知れて、その子に対して愛情の輪を作っていくチャンスをもらっているのだと思う。
今自分たちも、一緒に受講している人の子どもたちにとっては近所のおばちゃんであり、“愛情のサポートネットワーク”の一員である
子どもが好きで関わりたいけどなかなかやることができないでいる地域の人と、助けを求めているこどもとをつなげる仕事が大好き。

専門職<暮らし
心理士と病院と学校と支援センターと…。専門家だけで子どもをなんとかしようと考えられがちだけど、本当に救える人は24時間近くにいる“暮らし”の人である、と入海さんは考える。

家庭=養育>教育
学校=養育<教育
地域=養育=教育

地域の人は養育能力も教育能力もどちらも持っている。

子ども達は大人をよく見ているから、大人がただ「丁寧に暮らす」、それだけで教育になっていると思う(地域教育力)。

ブータンの偉い人に、「日本は経済発展していて自殺者が多くて、幸せなんですか?」と聞かれた。「幸福度」と「経済発展度」。ブータンと日本はそれぞれが真逆。

大人が幸せそうに生活していますか?子どもたちはよく見ている。別にいつも「ハッピ〜!」みたい生活しなくてもよい(笑)。普通に満足して生きていますか?

丁寧に暮らす
挨拶をする
すっごいことをしなくていい

人との関わりの重要性

非行少年も25(〜30)歳くらいで成人になる。ただし、その間にどういう人と関わっていたかで全然違う人生になる。

声をかけるだけでもずいぶん違う

「おはよう(あなたが大事だよというまなざし)」があるといいなあと思っている。(「おはよう。あなたが大事よ!」と毎日言ったら気持ち悪がられるでしょうから、あなたが大事よの部分はそういう気持ちを込めて。)

いつもそこに在る場所
いつもそこにいる人

不登校の子どもたちの居場所を地域の人に協力してもらって作った。
夕方(昼夜逆転している子が多いから)に「勉強会」をしている。保護者が送り出しやすいように「勉強会」という名前をつけているが実際は勉強していない。
ご飯を食べられない子がいるので、ちょっとした軽食を出す。最初はおばちゃんが作っていたが、今では自分で作りたいと言い出した子どもが自分で作っている。
イベントなども子どもたちが自分で企画してやる。それを大人がサポートする。

寛容さ

今は空き地で遊んでいたら“不法侵入”と訴えられるような時代。

どんどん不寛容になっている気がする。
公園であれしちゃだめこれしちゃだめ→じゃあゲームする→ゲームも長時間やっちゃダメ。
→じゃあ子供たちは何をして遊べばいいの??

こどもの情動をゆるさない社会
泣くのを迷惑がられたり

「理想??の子ども像」
→みんな、これを求めてるでしょ?でも自分は自身でできる?????(当然できない)

おうちでは→「理想の子ども」の真逆でいい!!!!!ぼーーっとしていていい。何もしなくてもいい。 
今のうちにちゃんとやらないと社会で通用しなくなるんじゃないかと心配しなくていい。
TPOなどは社会で学ぶから大丈夫。
「あなたが大好き。大丈夫。大事よ」とだけやっていればいい。

Aあぶない
Kきたない
Uうるさい
プレイリーダー天野さんの言葉(こどもはAKU)
今はみんな、汚いのはいや。除菌大好き。危ないのはダメ。うるさいのは「しーっつ!」としてしまう。
快・不快 を感じる機会(例えば泥の中に裸足で入ると、足の指の間からむにゅ〜っと泥が出てくるのを、気持ち悪い!と思うか逆に気持ちいい!と思うか、など)を親が除菌してしまうと機会を取られてしまう!
子ども=AKUを許容しがたい社会を大人が作っている。

おうちで良い子→学校で落ち着かなかったりいじわるしたりする。
でも、おうちでは良い子だから、親はびっくりする。「えっうちの子が!」
親のものさしの良い子をずっとしていると、他の大人との信頼関係がつなげない

親に褒められるから○○ちゃんに優しくする、みたいな子になってしまう。
現に入海さんの子どもの頃の話。
親に「いい子ね〜優しい子ね〜」と言われるから、いい子をやるしかなかった。
偽善者で、外面はいいけど裏ではいじわるしていた。
20歳の時に気が付いて、良い子を演じるのをやめた(遅かったけど)。

おうちではね
ぼけ〜ぼや〜 言われたことやりゃしない もーーーーー!
くらいがちょうどいい

おうちではね(幼少期)
ご飯を食べて 歯磨いて 時々お風呂さぼっちゃったりして よく寝る
あとはかわいいかわいいかわいいかわいい だいじだいじ ハグハグ だけ!!!

くらいに思っていて大丈夫。

あとは「面白がる」こと。
「何に興味があってあなたはずっとその穴の前にいるの〜?」くらいに面白がる。

子どもが思春期になったら

親が子育てに自信がなくなった時→子どもが思春期!かもしれない。
原点に帰ること。「生まれてくれてありがとう」
何歳になっても「在る」を保障しよう。
自分の子どもは自分の親には相談できなくても、友達の親には相談できるかも。
子どもは親より愛情深い。親を思っているからこそ、心配かけたくなくて相談できないこともよくある。親が子を愛しているのが伝わっているからこそできないこともある。
逆に、子どもの友達が自分に相談してくるかもしれない。子どもの友達にとって近所のおばちゃんになれることを覚えておいて。

よく「褒めて育てましょう」と言うが、「ほめる」とは「する」を保障すること。
なので、ほめる+αの愛を伝えるのが大事。その+αは出し惜しみしない、当然わかっていると思わない!

家庭訪問で親が一番聞いてくる質問が、「うちの子はお友達とうまくいっていますか?」

友達100人いりません。
親に存在を保障されている子は自然と友達ができる
「お友達とうまくいっていますか?」
その親の必死さが、子供に、「友達を作ってうまくやらなきゃ」というプレッシャーを与えている。
ひとりでも大丈夫。自然と何かをきっかけに仲良くなるから。無理やり作らなくて大丈夫。
親はとにかく「あなたは大丈夫。あなたは大事な存在だよ」と言い続けること。

レールをひかない。自分で行くから。

子供へ一首
どのような道をどのように歩くとも、いのちいっぱいに生きればいいぞ 
みつを

保護者の自尊感情
保護者の自尊感情もとても低い。
その子にとっては親なのだから大丈夫。できないことがたくさんあっても大丈夫。
子どものことだけかわいいと思っていれば大丈夫。等身大で生きること。
人の親と比べて必死にダメダメと思っている姿を子どもに見せるのはとてもよくないこと。

―ねばならないを優先しない
刺さるよチクチクビーム(自尊感情が低くなる)
電車で子どもが泣いたとき
ちゃんと挨拶できないとき
お礼が言えないとき

「しなければならない」という感情にならないように。
挨拶を強要されたら気持ちよくない!しなければならないから挨拶するの?

子どもに強要しなくても、自分が自然にやればいい。
その経験で、そのうち自分でやるようになる。

入海さんは、チクチクビームは心の中で「うっせー!」と思う。
惑わされない。
それから、自分が刺す側にいかないように。

―迷惑をかけよう
「迷惑をかけない子に育ってほしい」とよく聞くが。
そんなことない!そうしていたら大人になったらすべてを許容できない人に育ってしまう。
人とつながる力。「ありがとう」「ごめんなさい」が身につくチャンス。

―正しい親をしなくていいよ。
ちょっとくらいずっこけてていい。ずっこけてるくらいがちょうどいい。
「ダメ」を保障しよう。
完璧な親は子どもにプレッシャー。


自身の自尊感情 はどうかな?と今日を機会にとらえてみてください。
「結構自信ない!」と思う人は、誰かに褒めてもらう。
心をハグしてもらえるような関係性の友達を作るとか、心をハグできる1人の時間を作るとか、自分が生きていて楽しいなと思える状況を作る、そういうことを大切にするとよい。

あのね
親は子供をみているつもりだけれど
子供はその親をみているんだな
親よりもきれいな汚れない目でね
みつを

子どもは親をどこまでも許す

自身を問う
自分たちの在り方を問う

<いつも入海さんがしていること>
自分が自分を理解しているか
自分のことを嫌って苦しんだ時代もあったけど最近はまあいっかと思うようになってきた
子ども達には腹黒いといわれていて、それも隠していない

毛利甚八さんの「オトナ基本法」
入海さんは、第五条「人生を楽しむ」が一番好き。

不寛容な社会を作っているのは自分達であると認識することが大事。

「おとなに必要だと思うこと」
みんな認められたい。私たちにも必要なこと。お互いに大事にしあいましょう。

人をあたためるためには、自分の環境を整えておいて、自分があたたまっておかないといけない

<入海さん自身の、家庭でのお話>
「とりあえず死なないようにする」を目標に無理はしない。
ご飯は「私が作らなきゃいけない!」ではない。スーパーでお惣菜を買って帰ることも許す。あきらめる。できることをする。自分が無理することは子どもにとって不都合だ。
よくイクメンが家事に「協力する」という言葉。
「“協力”?やめてよ。主体になって!あなたの子でもあるのよ」

今では自然に、ご飯作りは夫 自分は掃除など。
でも「ご飯作りは夫の役割だから」と言って自分の方が早く帰宅したのに作らない、とかそういうことではない。できることはする。得意な方がやる(夫の方が料理が得意で美味しい)。性的役割分業からの解放で楽になった。

子どもの権利条約

これが作られたということを、川崎市は誇りに思って良い。

大人が「(子どもの権利条約が)できあがった〜!いつ発表しよう?」と思っていた時に、子どもたちが別室で作ったメッセージ
「まず、おとなが幸せにいてください」

私たちの仕事は教育することではなく、自分自身がそこはかとなく幸せに生活するようにしておくこと。それだけ。
(講義タイトルにもある)「子ども達を支えていくこと」=「自分自身が楽しく生きるということ」です。

<質疑応答>
Q.いじめの時はSCとSSWrのどちらが関わるのですか?
A.被害を受けている子はSCや養護教諭がしっかり受け止める。
学校は被害を受けている子の立場に寄るのが楽。本当は加害者の方こそしっかり教育する必要があるのだが、社会的に「なぜ加害者をかばうのか」「被害者は大丈夫か」みたいになる。SSWrは加害の子に寄り添う方が得意。

“生まれながらにして加害者“の子は絶対にいない
環境がそうさせているはず。その環境統制は絶対にしなくてはいけないこと=SSWrの仕事。

入海さんはSCと協力して、被害者と加害者を分断せずに話し合いをするようにしている

時々「謝罪の会」というのが行われる場面がある。
謝罪の会にて事実確認(警察の尋問のような)→ごめんなさい(強要)→許してあげます(強要)→じゃあ握手(誰のため?!)
このようなことは、子どもたちにとってなんの教育にもなっていない!

加害の子にも寄り添い向き合って、本当に被害者の気持ちがわかるようになるまで話し合って、しっかり落とし込んで事前準備をしてから、「会ってもいい」と言ってくれる被害者と会って、きちっと伝えるの会をする(被害者が会いたくない場合はしない)。

どっちがどっちと決まっているわけでもないし、被害の子も見ることもあるけど、どっちかといったらSSWrが加害を見る方が多いかなと思います。

Q.相談を受けてからどのくらいの期間、ケアをしているのですか?
A.ケアの必要がなくなるまでずっと寄り添う。
学校としては、中3の3/31までというルールがあるが、その前に必要なくなれば自然にフェードアウトする。ただ、本当は3/31までだけどそこまでに解決していなければ、こっそり続けています。(→今は高2までケアを続けてもいいことになった)
例えばずっとべったりとケアするというわけでもなく、何かでつまづいた時に連絡がきて、その時だけケアをする、という形も。
基本的には、中学生の間に、自分で少しでも解決できるように育てておく。
普通は1年くらいで切れるようにした方がいいと言われているようだが、自分はそこまでうまくできない。
高校くらいになると自分の相談ではなく、友達からの相談ごとを抱えきれなくなって入海さんに相談してくるケースも。友達をみてやってほしいといわれると断れない。



ペン学級第12回の保育室だより(子ども達の名前はすべて仮名です)

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