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理事からのメッセージ(17) [2007年10月30日(Tue)]
「コミュニケーション」

人間関係の基本はコミュニケーションです。コミュニケーションが質、量ともに充実してこそ、人間関係は良好で豊かなものになります。もとよりそれは、友人、知人といった他人との関わりに限りません。夫婦間、親子間といった家庭内においても、また自分自身との関わりにおいても同様です。

ところがこのきわめて大切なコミュニケーションが、今、大変な危機にさらされています。コミュニケーション技術(上手に人の話を聞き、相手の気持ちを理解し、受け止める、また自分の考えや思いをわかりやすく相手に伝える力など)は、多様な人間関係の中ではじめて培われます。

しかし、少子化、核家族化、人間関係の小集団化等により、大人も子どももそれらを身につける機会を得られなくなってきているのです。また、充実したコミュニケーションは、ときに意見の衝突、自我のぶつかり合いの中で成し遂げられるものでしょう。しかし近年の風潮として、人と意見が衝突することを避け、深く関わらないようになってきており、心の通い合う人間関係を築けなくなってもいます。

さらに、一見、インターネット、携帯電話の普及等、IT技術の進展がコミュニケーションを充実させているように見えますが、そこで交わされているのは無味乾燥な情報の交換ばかり。携帯電話で頻繁に友人と連絡している多くの子どもたちも、アンケートでは「親友はいない」「孤独だ」と答えています。

昔は自然に身についたコミュニケーションの技術。しかし今は自ら積極的に学ぶようにしなければならないのかもしれません。そうしなければ、お互いますます意志の疎通がうまくいかなくなり、信頼関係も支えあう関係も築けなくなってしまうでしょう。

特に親にとって問題は深刻です。親自身がコミュニケーション下手だと、どうしても子どももコミュニケーションをうまくとれなくなり、ともすると学校の中で友達や先生と上手に関わっていけなくなってしまうからです。また、親子の間で深い信頼関係が築けず、適切な家庭教育、しつけができなくなってしまうということも考えられるでしょう。

まずは、お互い親である自分自身からコミュニケーションのあり方を反省し、少しでもよい関わり方ができるよう努めていかなければなりません。そこから、よい親子関係、家庭が生まれ、子どもたちもすくすくのびのびと育っていきます。さあ、お互い元気に、まずは朝の挨拶を交わすことから始めてみましょう。
(理事 大江弘)
理事からのメッセージ(16) [2007年10月12日(Fri)]
「修了者の声に学ぶ」

先日、親学アドバイザー養成講座修了者の方々と懇談する機会がありました。受講してよかったことや変化したこと、親学勉強会(当協会が講座修了者の方々に開催をお願いしている親学について学びあう会)を開催するにあたっての問題点、課題等について、率直にご意見を伺いました。

ある方は、勤務先の保育園で、子どもの送り迎えに来園されるお母さん方に対した、“○○ちゃんは、□□な気持ちだったから△△したんですよ”というような、子どもの気持ちに触れる一言を伝えられるようになったそうです。おかげで、それまで子どもに対しあまり関心を向けておられなかったお母さん方も、子どもの気持ちに目を向けられるようになったといいます。

またある方は、受講を通じて、仕事が忙しいとはいえ、いかに子どものメッセージにしっかり耳を傾けていなかったかに気づかれたそうです。そこで受講後は、学んだことを生かし、子どもの気持ちにじっくり寄り添うように心がけられたところ、子どもと意志の疎通がより図られるようになったばかりか、自分自身に気持ちのゆとりまで生まれるようになったとのことです。

中には夫婦間のコミュニケーションが活発になって、夫が子育てに熱心に協力してくれるようになったという方もいらっしゃいました。さらには、講座で学んだことを生かすことで、学校の先生方との関係が良好になったという声もありました。

親学アドバイザー養成講座で受講された内容は同じものであっても、受講者それぞれの立場、立場で学んだことを上手に応用し、積極的に生かしておられることに私はたいへん感銘を受けました。と同時に、修了者の皆さんの熱心さに頭が下がる思いで一杯でした。

今後、今回の懇談でお寄せいただいたご意見を踏まえ、親学勉強会を開催していただきやすいような工夫を凝らし、情報の発信や支援に取り組んでいきたいと思っています。講座で学ばれたことが、個々の子育ての場で生かされることももちろん大切です。しかし、親学勉強会を通じ、より多くの方々へ学びの輪、支援の輪が広がることはさらに大切で、当協会の強い願いでもあります。さらなる皆さんのご協力を是非お願いしたいと思います。

(大江弘 理事)

理事からのメッセージ(15) [2007年09月15日(Sat)]
「モンスターペアレントと親学」

「林間学校のときの写真にあまりうち子が写っていないのはどうしてか」「義務教育なんだから給食費など払う必要はない」「クラスに気に入らない子がいるのでその子を別のクラスに替えてほしい」「髪の毛を染めるのは本人の個性、それを咎めるのは学校の横暴だ」などなど、学校に対して理不尽なクレームをつけ学校運営に支障をきたすような親を、モンスターペアレントと言います。最近、新聞紙上でもたびたび取り上げられるようになっているのでご存知の方も多いのではないでしょうか。

もちろん多くの親・保護者は、みな常識を備えた普通の方々ばかりです。こうしたモンスターペアレントはごく一部に過ぎません。しかし、モンスターペアレントがたった一人いるだけで、それでなくても忙しい校長、教頭、担任の先生がクレーム対応に走り回ることになってしまいます。また、窓口の担任の先生が追い詰められ、ついに精神的に病むことも少なくありません。これでは、学校運営に支障が出るのも当然でしょう。つまり、モンスターペアレント一人の存在が、めぐり巡って多くの子どもたちの教育にも好ましくない影響を与えることになるのです。決して他人事だと看過できる問題ではありません。

それでは私たちはどうすればよいのでしょうか。

モンスターペアレントのクレームの声に丹念に耳を傾けると、大人として未熟な親の姿が浮かんできます。自分の思うとおりにならないことが我慢できない。どんな問題の原因もすべて他人の責任だと考える。自分自身の孤独感や不安感、悲しみを自分自身で解決できず、それらを紛らわすために他者を攻撃する。つまり、本来、子どもから大人へ、そして社会人へと成長する過程の中で身に付けておくべきことが身に付いていないのがモンスターペアレントなのです。

そうした未熟な人たちを、一方的にせめても決して問題解決につながりません。かえって問題が大きくなるばかりです。まず必要なことは、そうした人たちの声に熱心に耳を傾けてあげること。そうすることで話を聞いてもらえたという充足感が生まれ、心が落ち着いて冷静に話しあうことができるようになります。また積極的に声をかけてあげること。それによって、孤独感や不安感などが軽減され、悩んでいることがあれば相談してくれるようになります。つまり、そうした対応をすることで、モンスターペアレントが自ら気づきを得、人として成長していく、言い換えればモンスターペアレントが大人として、社会人として成熟するようお手伝いをしていくことが、何より有効な方法なのです。

親は、子どもが幼稚園や保育園に通っている間だけ親なのではありません。同じ親が、小学校、中学校、高校、大学すべてにかかわってきます。つまり、親が未熟なモンスターペアレントのままでいることは、すべての園、学校に悪影響を与えることにつながるわけです。とすれば、親自身の成長を促すこと以上の解決策はないといっても過言ではないでしょう。

親学推進協会が願うのは、親学を学ばれた方あるいは親学アドバイザーの皆さんに、親が親としてのみならず、人間としてまた社会人として成長していく支援者になっていただくことです。是非、多くの方々に、この活動にお力添えいただければと願っています。
(大江弘 理事)
理事からのメッセージ(14) [2007年08月02日(Thu)]

『モンスターペアレント』

私は、“師範塾”という日本の教育の変革・発展を目指す教職者の人材育成事業に携わっています。最近、先生方から驚愕の事実を耳にします。いまマスコミで取りざたされている「怪物のような親」の実態です。

・うちの子は、家では掃除をさせていないので、学校でも掃除をさせないでほしいという親。
・うちはデジタル時計しか使っていないから、学校の時計もデジタルにしてくれと注文する親。
・ある生徒がふざけて教室の窓ガラスを割った。弁償を求めたら、割れないガラスを入れろと逆にクレームをつける親。
・授業よりも家族旅行を優先させて勝手に学校を休ませる親。
・授業中に生徒が突然倒れたため、救急車を呼んだ。大事に至らなくて良かったが、人前で救急車を呼ぶなんて恥ずかしいじゃないですかと文句をつける親。

教職者は教務と生活指導で手一杯です。ましてやモンスターペアレントのクレーム(わがまま)の対応で、ストレスの塊です。せめて「家では掃除の躾が行き届いていませんので、学校ではしっかり掃除をさせてやってください」という依頼なら、まだ救いがあります。

親学推進協会のミッションの柱に、家庭(親)と学校(先生)の架け橋となる“親学アドバイザー”を育成し、家庭教育と学校教育の充実を図るというものがあります。

上記のような親馬鹿ならぬバカな親たちに、気づきと自覚を促す学びと人材の育成が急務です!子どもが幸せな人生を送ることが出来るように育て上げる親としての学び(親学)の社会的意義と責任を痛感します。
(坂東弘康 理事)
理事の対談記事紹介 [2007年07月30日(Mon)]
フジサンケイ ビジネスアイにて「命について」と題して、当協会理事の釜堀信雄氏と、池澤直美さんとの対談記事が掲載されています。

下記リンクからご覧ください。

フジサンケイ ビジネスアイ 企画特集特別対談

理事からのメッセージ(13) [2007年07月26日(Thu)]
「叱られることは大切」

親学アドバイザー養成講座のある受講生の方から、「子どもを叱るときにしてはいけないことは何でしょうか」というご質問をいただきました。「叱る」というのはたいへん難しい問題です。子どもの躾に限らず、会社でもしばしば部下指導の研修などで取り上げられています。多くの親・保護者が、なかなか叱れない、叱り方がわからないなど、叱ることに躊躇し、思い悩まれるのも当然のことだと思います。叱ることで子どもが傷つくのではないか、子どもに嫌われるのではないか等など、考えれば考えるほどどうしていいいかわからなくなる。いきおい、叱るのではなくただ自分の感情のままに怒ってしまったり、叱らないですまそうとしてしまうことにもなりがちです。いったい私たちはどうすればよいのでしょうか。

感情のままに怒るのは論外です。子どもの健全な成長にとってそれは何の役にも立ちません。しかしそれ以上に今日、問題なのが、子どもを思うままにさせ、叱らないですませてしまおうとすることです。
人間は弱い存在です。ともすると厳しく自分を律したり、正したりできず、つい甘やかせ、してはならないことをしでかしてしまうことがあります。それは、3歳の子どもも80歳の大人も同様です。つまりいくつになっても叱ってくれる人が人には必要なのです。そうした人がいてこそ、自らを厳しく律することができ、正しく好ましい生き方もできるのです。

とりわけ子どもには、叱られることが必要です。子どものときにしっかりと叱られ、人間としての基本、共同生活を送っていくための基礎を身に付けておかないと、社会人として自立することができなくなってしまいます。フリーターやニートの問題も、つまるところこうしたところに原因の一端があると考えられます。しっかり叱られて育たないと、自分の足で歩いて生きていけなくなるわけです。

叱るのはかわいそう、叱るのは面倒、嫌われたくない、意識的無意識的にそうした思いが、叱ることをためらわせてしまうかもしれません。しかしそれは親の身勝手というもの。子どものことを心から愛し大切に思うならば、叱るべきときにはしっかりと叱る。そうすることが親としての責任を果たすことになります。これは親学でいう父性原理の働きですが、きわめて大切なことです。叱ることを躊躇してはいけないのです。

また、叱られることが大切なのは子どもに限るものではありません。大人になるとなかなか叱ってもらうことができなくなります。何か誤ったことをしていても、大概は叱られるどころか注意もされず、無視されるだけでしょう。そのため、大人になり親ともなれば、自分から求めてでも叱ってもらうようにすることが必要だといえます。自ら求めて叱ってもらう、そして叱っていただいたことに感謝する。そうしたことができるならば、親自身、正しくまっすぐ歩いていけるようになります。そしてさらに、自信を持って親は子どもを叱ることもできるようになります。叱り方を学ぶ一番いい方法は、叱られてみること、叱られ方を学ぶことだからです。

(理事 大江弘)
理事からのメッセージ(12) [2007年07月02日(Mon)]
社会で共有する「親学」

 最近では、新聞を中心に「親学」に関する活動を紹介する記事や報道が増え、嬉しく思いますが、依然として、子どもに対する家庭内の虐待や、「給食費を払わない」「学校側に非常識な要求をする」など、モンスター・ペアレントと呼ばれる保護者の報道も多く見られます。このような報道に、多くの人が、驚いたり、嘆いていることでしょう。その一方で、「我が家はそれほどひどくない」という感想を持つ人もいるかもしれませんし、子どもが成人した人たちには「関係のないこと」と考えている人もいるかもしれません。しかし、「親学」は報道にあるような一部の非常識な保護者や、特別な事情を抱えた家庭のためだけのものではありません。これは社会全体で取り組むべき大きな課題であると私たちは考えています。

 核家族化や共働きの家庭が増えるにつれて、子育てに対する地域社会の協力を求める声が広がりつつあるように感じますが、地域社会による子育ての第一段階は、基礎的な知識を親と子どもに関わる人たちが共有することであるといえるでしょう。家庭ごとに教育方針が大きく異なるのでは誰も他の家庭の子どもを教育することなどできません。「我が家には我が家の方針がある」というような偏狭な態度を止め、良い意見は積極的に取り入れる柔軟な態度や、自らが持つ知識や経験を他の家庭と分かち合う姿勢が大事です。

 子育ての基礎的な知識を社会で共有し、共に子どもを育てていくことは、決して新しいことではなく、幾世代にも渡って、日本社会のなかに培われてきたものです。この知識をもう一度見直して、子どもや孫の世代へと伝えていくことが現代に求められているのではないでしょうか。そのような基礎的な知識こそが私たち親学推進協会が提唱しているものなのです。
(望月文明 理事)
理事からのメッセージ(11) [2007年06月28日(Thu)]
「親になることと人間としての成長」

胎児から幼児へ、幼児から少年・少女へ、そして少年・少女から青年を経て大人の男性・女性へと人は成長します。この間、肉体の発達とともに心も成長を遂げ、20歳でようやく一人前の社会人として認められるまでになります。

もっとも、人としての成長はそれで終わるわけではありません。たしかに肉体の成長は止まり、徐々に衰えていきます。脳細胞の数は減少に転じ、お肌の曲がり角も好むと好まざるとに関わらず曲がらざるを得ません。しかし、肉体の成長が止まるとしても精神の成長まで止まり、衰えるわけではありません。人によっては精神の成長はさらに続いていくのです。

多くの人に共通した、その大きな契機の一つが親になることです。男性は父となり、女性は母となり、さらなる精神の成長を遂げます。子どもをもってはじめて気づくことがあります。父や母になることでようやく学べることがあります。人は、親になるということを通じて新たな発見をし、学び、成長していくのです。

さらにいえば、父は祖父に、母は祖母になることで、なお新たな精神的な発達を成し遂げ、人は人間としての円熟味を増していきます。人生は生涯勉強であり、親になることはすばらしいテキストを手にするようなものです。しっかりと学び、自分の成長に役立てていきたいものです。

(大江弘 理事)
理事からのメッセージ(9)「秩父教育研究所親学講座を終えて」 [2007年06月05日(Tue)]
五月二十六日、秩父市親学講座の第二章の「子育ての意義と喜び」を受け持ちました。
当日、前日とは打って変わり晴天です。
十二時三十分池袋発”レッドアロー号”で向う、車窓は一年中で最っとも、日本中が美しい季節の五月後半、溜め息の出るような緑一色の景色です。

                      

当日、五十名の受講者の参加でした。
会場はいっぱいです。
講座が始まり講義にはいり、八十分、受講の皆さんの熱心さに感動しました。
五十名の顔々、全員が真剣にノートを取りながら、話を聞く。
その空気は、講師である私にも伝わり少しでも多く、伝えたいそんな思いが、あれも、これもと時間の限りを、忘れて話しました。

親学を熱心に、学ぼうとする若い皆さんの、この思いは「子ども達の未来は幸福である」そのことを強く確信したのでした。
(益田晴代 理事)
理事長からのメッセージ(2) [2007年06月04日(Mon)]
21世紀に産声を上げた「親学」を核とする「親教育プログラム」は全国に広がり、政府・文部科学省の教育改革にも影響を与えつつあります。中央教育審議会生涯学習分科会審議経過報告の「家庭教育への支援」に明記された、「親になるための学習」と「親が親として育ち、力をつけるような学習」が「親学」にほかならないのです。

親が手間ひまかけ、心をこめ、心を尽くして心を伝える「心施(しんせ)」に徹する「手づくりの教育」によってはじめて子どもの心が育つのであって、子育てに合理化や効率化はなじみません。効率的な社会に子育てを合わせるのではなく、幸福を犠牲にし、経済・労働政策に偏重した「保育サービスの充実」策を見直し、子育ての意義と喜びが実感できる「親学」を全国に広げることによって、教育者としての親を支援し、学校、幼稚園、保育所を「親心」の回復を目指す「親学の拠点」にしていきたいと思います。
(橋史朗 理事長)