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理事からのメッセージ(13) [2007年07月26日(Thu)]
「叱られることは大切」

親学アドバイザー養成講座のある受講生の方から、「子どもを叱るときにしてはいけないことは何でしょうか」というご質問をいただきました。「叱る」というのはたいへん難しい問題です。子どもの躾に限らず、会社でもしばしば部下指導の研修などで取り上げられています。多くの親・保護者が、なかなか叱れない、叱り方がわからないなど、叱ることに躊躇し、思い悩まれるのも当然のことだと思います。叱ることで子どもが傷つくのではないか、子どもに嫌われるのではないか等など、考えれば考えるほどどうしていいいかわからなくなる。いきおい、叱るのではなくただ自分の感情のままに怒ってしまったり、叱らないですまそうとしてしまうことにもなりがちです。いったい私たちはどうすればよいのでしょうか。

感情のままに怒るのは論外です。子どもの健全な成長にとってそれは何の役にも立ちません。しかしそれ以上に今日、問題なのが、子どもを思うままにさせ、叱らないですませてしまおうとすることです。
人間は弱い存在です。ともすると厳しく自分を律したり、正したりできず、つい甘やかせ、してはならないことをしでかしてしまうことがあります。それは、3歳の子どもも80歳の大人も同様です。つまりいくつになっても叱ってくれる人が人には必要なのです。そうした人がいてこそ、自らを厳しく律することができ、正しく好ましい生き方もできるのです。

とりわけ子どもには、叱られることが必要です。子どものときにしっかりと叱られ、人間としての基本、共同生活を送っていくための基礎を身に付けておかないと、社会人として自立することができなくなってしまいます。フリーターやニートの問題も、つまるところこうしたところに原因の一端があると考えられます。しっかり叱られて育たないと、自分の足で歩いて生きていけなくなるわけです。

叱るのはかわいそう、叱るのは面倒、嫌われたくない、意識的無意識的にそうした思いが、叱ることをためらわせてしまうかもしれません。しかしそれは親の身勝手というもの。子どものことを心から愛し大切に思うならば、叱るべきときにはしっかりと叱る。そうすることが親としての責任を果たすことになります。これは親学でいう父性原理の働きですが、きわめて大切なことです。叱ることを躊躇してはいけないのです。

また、叱られることが大切なのは子どもに限るものではありません。大人になるとなかなか叱ってもらうことができなくなります。何か誤ったことをしていても、大概は叱られるどころか注意もされず、無視されるだけでしょう。そのため、大人になり親ともなれば、自分から求めてでも叱ってもらうようにすることが必要だといえます。自ら求めて叱ってもらう、そして叱っていただいたことに感謝する。そうしたことができるならば、親自身、正しくまっすぐ歩いていけるようになります。そしてさらに、自信を持って親は子どもを叱ることもできるようになります。叱り方を学ぶ一番いい方法は、叱られてみること、叱られ方を学ぶことだからです。

(理事 大江弘)
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