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特定非営利活動法人おれんじの会(特発性大腿骨頭壊死症友の会)

 特発性大腿骨頭壊死症友の会です。患者・家族の交流と情報交換を目的として2007年11月に山口県を拠点に発足しました。患者の立場から疾患の原因究明・予防・治療の確立を求め、社会に対しては疾患についての正しい理解を求めるべく働きかけています。


「日本の医療が危ない」再考 [2016年10月12日(Wed)]
「日本の医療が危ない」再考 〜杉岡先生が遺したもの〜


 全文はこちら160930-日本の医療が危ない 再考(手帖社確認)修正版.docx


 日本の医療は、再生医療技術の躍進によって大きな転換を迎えようとしています。これまでは病気やけがで失われたら治すことができなかった状態から、患者さんが回復する可能性が出てきたのは、まさに夜明けの光が差すようです。
 細胞を用いた研究が加速する中で、創薬(薬を作って世の中に送り出す)も加速すると、皆さんもご存じのようにiPS細胞研究所長の山中教授は熱く語っておられました。これまでは病気の診断がついても全く手立てがなかった難病患者さんにとっては、病気を治す、あるいは進行を遅らせる薬がほしいという願いが生きているうちにかなうかもしれない。画期的なことです。

 一方で、国民医療費の増加、ひいては社会保障費の増加が国の財政を圧迫しかねないという議論がなされています。
 医療費の総額は、社会の流れから見れば増えて当然で、なぜ伸びを抑えなければならないのかの議論は経済の専門家に譲ります。整形外科医師の立場からは、杉岡洋一先生の考案した大腿骨頭壊死症に対する「前方回転骨切り術」(杉岡法)や、人工股関節を取り巻く、その後12年で医療現場はどうなったかのお話をしたいと思います。

 最近週刊誌をにぎわせた「飲んではいけない薬」「やってはいけない手術」の記事。記憶に新しいところです。要するに医療者側が営利目的で、儲けの良い治療法を患者に押し付けている、という内容でした。整形外科に関しては、人工関節全置換術、膝や股関節の手術がやり玉に挙がっていました。実は、「人工関節は儲かる」といった単なる金儲けの話では済まされない、問題の根深さがあるのです。

ここで、改めて、故・杉岡洋一先生暮しの手帖第4世紀11号にお書きになった「日本の医療が危ない」を読み返してみて、12年も前の記事なのにまさに今の日本の医療の岐路を予見されていたことに鳥肌が立つ想いです。

【近ごろ人工関節が増えるわけ・12年後】
 ここで、杉岡先生の文章から、日本の未来を予見し警告されていた下りをご紹介します。
「最近、アメリカの友人が。もう君の手術はやれないよ、というのです。手術が難しいからではありません。手術のあと必要な『後療法』を保険会社が認めないから、やりたくてもできない、その代り、関節部分を取り除いて、人工関節に交換する手術をする、というのです。」

 日本で年間に人工関節全置換術を受ける患者さんの数はうなぎのぼりです。アメリカの後を追いかけています。なぜ、人工関節が流行るのか。理由はたいへん複雑です。日本の社会構造、地域コミュニティの状態、病院の役割の変遷、リハビリテーションの問題、介護保険、医療・福祉いった社会保障にもコストパフォーマンスを求める社会的背景。これらの総合的な答えが「人工関節」に行きついています。
杉岡先生の考案した手術(以下「杉岡法」)は、手術後にすぐには体重をかけることができないので、入院管理のもと、専門的な長期間のリハビリテーションが必要です。退院までは2か月以上はかかります。そのあとも通院でリハビリテーションをして、徐々に社会復帰していくことになります。
 日本の健康保険は公的保険ですので、治療そのものは保障されています。ただ、当時と比べて、病院での入院日数の制約が厳しくなりました。一般的には3週間で患者さんを退院させなければならないのです。患者さんを追い出すわけにはいきませんのでリハビリテーション病院に、転院していただくことになります。ただし、どこもいっぱいでなかなか受け入れてもらえない状況にあります。

 包括医療はすでに導入されました。ありとあらゆるものが包括医療の対象となったわけではありませんが、一定規模以上の病院では導入され定着しています。クリニカル・パスという言葉をご存知でしょうか。もともとの発想の原点は工程表。工業製品の、です。病気別に病院独自(ほぼ全国同じですが)のパスがあって、あらかじめ決まったスケジュールに乗って治療が進んでいくのです。そして、3週目で退院おめでとうございます、となります。退院日に大安も仏滅も関係ありません

【休みたくても休めない、患者さんが患者になれない】
患者さんの生活環境も変わりました。家族構成をとってみても、核家族で、自宅の生活を手伝ってくれる人がいない割合が増えました。例えば、杉岡法の手術後、退院してもすぐには患者さんご本人が車の運転をすることはお勧めしていないのですが、独身の方や、高齢の親御さんと同居であったりすると、家族に通院の送迎はお願いできません。都市部に住んでいる患者さんであれば、公共交通機関で通院できますが地方都市では主な幹線以外はますます不便になっていて自家用車頼みです。
それどころか患者さんが実は介護者であったりもします。自分が手術のために入院する間高齢の要介護状態の親御さんをショートステイに入れて預かってもらわないといけない。なるべく短期に済ませなければ、介護保険の限度額をオーバーしてしまいかねない、といった深刻な問題もあります。
現役で働いている方の場合、勤務先で長期の休業が保障される人が少なくなりました。正社員が減って非正規・有期雇用(パート・アルバイトなどの非正規社員)の人が増えているといった社会背景があります。長期休むと生活していけない。それどころか職を失ってしまうかもしれない。そんな不安定な雇用状態にある人が多数派の時代です。

このような様々な背景を考えたとき、長くても3週間で歩いて帰れる人工関節全置換術は、病院にとっても患者さんにとっても社会的なメリットが大きいということになります。

【「杉岡法」こそ、再生の医療】
杉岡法では先生が「その後死んだ骨の部分も生きた骨に置き換わり、治ることがわかりました」と述べておられる通り、時間こそ年単位でかかりますが、骨が本来持っている再生能力に着目して、整形外科医の手術一つでややこしい細胞処理や移植をしなくても安全に患者さんを治療できる、究極の再生への治療法の一つだといえます。自分の骨ですから、手術後に治った時点では、激しいスポーツ、登山やマラソンなども安心してできるようになります。これは人工関節ではありえないことです。「一生持ちます」に関しては、20年過ぎると多少の関節症変化は出てきますが、それは同年代でも変形性関節症の人が増えてくるころでもあり、すごく損をしたということではありません。

【12年たっても、やはり日本は医師も看護師も足りない】。
医療現場で患者さんの安全を守るためには、業務の高度化・複雑化に対応する医療スタッフを増員することが一番です。入院期間が短縮したということは重症の人の割合が昔よりも多くなっているということです。まだまだ人が足りません。

【日本の公的保険は世界に誇る制度、絶対に守るべき。】
 日本人の健康長寿社会を生み出したのが公的医療保険制度です。保険証さえあればいつでもどこでも誰でも、好きな医療機関にかかることができる。それがじわじわと崩されようとしています。保険のきかない高度先進医療が混合診療解禁で入ってきました。早速、外資系の民間の保険会社が商品化して対応しています。杉岡先生の予見した通りの時代が目の前、いや、もう始まっているように感じます。高価な医薬品の健康保険のもとでの使用を「費用対効果」で検討しようという話も出ています。

すべての医療は患者さんの命を守るため。目的を間違えてはならないと思います。

引用文献:暮しの手帖第4世紀11号 健康交差点「日本の医療が危ない」/ 杉岡洋一
暮しの手帖第4世紀11号健康交差点.pdf

投稿者
渡邉利絵(わたなべりえ)
プロフィール
昭和38年生まれ。
平成元年島根医科大学卒。整形外科専門医。
本人が特発性大腿骨頭壊死症の患者で、平成2年に杉岡法の手術を受けた経験がある。
その後、市民ランナーとして、多数のマラソン大会を楽しむ。
フルマラソンのベストタイムは3時間14分07秒。
サロマ湖100キロマラソンなどのウルトラマラソンも数回完走した。



Posted by 渡邉利絵 at 11:26 | 論考 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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