東京都港区虎ノ門に笹川平和財団ビルはあります。上階の海洋政策研究所の窓からは虎ノ門の交差点と、その向こうに広がる千代田区霞ヶ関の官庁街を望めます。ビルに隠れて見えませんが、霞ヶ関からなだらかに続く潮見坂の上に国会議事堂がそびえ、さらに永田町へ続いており、ここが日本の中枢だと強く感じます。そして、笹川平和財団ビルの正面には金比羅神社、その界隈には海運や船舶の会社も多くあり、港区の由来を知れます。日本に生まれ育っても、こうした場所は自分には特に馴染みなく関係のないところと思っていました。それが不思議なご縁に導かれ、未知の世界に分け入って5年が経つ今、私の見る「科学と社会・政策との結節点」について記したいと思います。
政策立案、政策決定の場ではさかんに「科学的エビデンスを基とした政策」の必要性、重要性が叫ばれます(図1)。海洋政策研究所にも科学と社会の結節点との位置づけで、「自然科学・社会科学・人文科学の統合による政策形成」、「国際社会において政策決定者が実現可能な政策の提案」、「地域からグローバルスケールまでの政策実現の環境整備」を担うことが望まれており、この命題の基に各種事業が展開されています。
私は OPRIに来る前、サンゴ年輪試料から過去の気候や環境変動を復元する古気候・古環境研究の場にいました(
海のジグソーピース No.128)。地球科学としての海洋を見て、教育にも携わってきました。そこから繋がって、OPRIでは近年の気候変動やサンゴ礁・島しょの環境問題を海洋政策の視点で追い、学校での海洋教育の機会を広げる役割も担ってきました。その中で、科学の知見をどうしたら社会の変容、政策に繋げられるのだろうか?と考える機会がありました。
気候変動については、この5年間で取り巻く状況が大きく変わりました。国連気候変動に関する政府間パネルIPCCから 1.5℃特別報告書、海洋雪氷圏特別報告書が相次いで出されましたが、その中で大気と海洋の温暖化影響が顕著に現われ、今まさに我々が地球の気候システムや生態系システムの転換点にいると警鐘が鳴らされています。IPCC 報告書は多くの科学エビデンス(査読付き科学論文)のレビューを基に、各国政府の推薦を受けた科学者と専門家が執筆しています。100年を越える温暖化の長期記録は観測データになく、サンゴ年輪など地質試料による復元研究がエビデンスとなり引用されるため、私にとっても身近なテーマで関心があります。研究者としては長時間の労力と予算を費やしてまとまった論文成果が、もちろん社会で活用されたいと願いますし、またIPCC報告書作成の段階で関わる多くの研究者や査読者は、自身の研究や教育業務の傍らボランタリーで膨大な作業に従事し貢献しています。こうして作成されるIPCC報告書は他と比べても影響力が強く、各国の政府関係者を動かし2015年パリ協定枠組みが合意され、温暖化対策が進められています。
一方、科学とともにこの数年の世界の流れを加速させたのは、スウェーデンのグレタさんに代表される若い世代から発せられた声でした。熱意が次々と大きなうねりになって世界に伝播する様子に驚きました。これほど市民の力がグローバルな地球環境に影響を与えたことが近年あったでしょうか?それだけひっ迫した喫緊の課題とも言えますが、人々の声は各国の政府代表、政治家の意識を変化させ、脱炭素化の目標が次々と掲げられていきました。しかし日本の対応はひどく遅く、世界から非難が集まりました。経済界からの声に押され科学エビデンスの薄れる状況が長く続いた中、今年に入りようやく2030年の脱炭素目標:2013年度比46% 削減が宣言されました。もはや世界の潮流を無視できない状況に追い込まれた形です。グレタさんが国連で涙ながらに訴えた「科学者の言うことを聞いて!」という言葉に胸を打たれました。
昨年からのコロナ禍で、日本国内の対策とワクチン接種の遅れが報道されるたび、私は気候変動問題とまったく同じ構図であることに愕然としています。経済は無視できない。しかし科学エビデンスを尊重する迅速で強い対応ができないでいると、事態は改善せずにむしろ悪化してしまうのです。コロナについても、グレタさんの言葉を借りたいという思いに駆られます。
どれほど素晴らしい科学の知見や情報があり皆が知っていても、それだけでは人々の行動は変わらないし、変えられないのが現実です。グレタさんたち若い世代のように当事者として真剣に向き合わなければ、あるいは実際に痛い目に遭わなければ、行動が変わらない。政治家に働きかけて科学に耳を傾けてもらうこと、長い時間をかけて教育現場で言い続けること、そうして市民が理解して声を上げ社会のムーヴメントをつくること、一見効率の悪いこうした方法が王道で重要なのだろうと思います。科学者は自身でその切迫性や深刻さを理解する故、このプレゼンターとして適任です。しかし実際には研究から政策まで、一切合切の全てを負うことは、一人の人間にとって過酷なのです。今も研究現場では、若い研究者が正規のポストや予算を得るために、短期プロジェクトで採用され論文を書くことに追われています。研究者が全てを担わないためにも、科学を理解して分かりやすく社会や政策へ繋ぐ「チーム」が欠かせません。そのために?海洋政策研究所には理系も文系も、背景の様々な多様なメンバーが揃っています。科学と社会を知るメンバー同士がうまく連携し、チームになれば理想的です。けれど実際には分野ごとのギャップによる戸惑いや、目の前の多種の事業に追われ、連携できるところとできないところが散在しているように見えます。自身も政策分野への学びが不足していたし、研究所内のコミュニケーションギャップに悩んだことがあります。次第に専門用語にも慣れて見渡せるようになるけれど、まだまだ未熟だと感じています。しかし他にない貴重な経験をしたとも思います。
科学と社会の接点で活躍する人たちが増えるためには、次のことが必要と提言します。
研究教育諸機関には、副専攻とインターンの制度を取り入れて欲しい。科学専攻の学生も、社会科学を学び政策の現場を見て体験する機会があるべきです。博物館の科学コミュニケーターのように、政策分野にも明るく、分かりやすい言葉で伝え広める人材がもっと必要です。そして研究と実務を交互に経験し、それが評価される還流システムがあって欲しい。また、初等中等教育の科学教育をもう一度見直して、文系も理系も関係なく論理的思考の向上を計るカリキュラムが必要です。この現場では時に、政策提言とはいえないような紙面に文字が空虚に並ぶ意味を持たない文書や、目的の分かりにくい会議を見かけます。しっかりした意味のある文書と明確なゴールをもった会議に変えていく人材が求められます。
日本でも、科学の知見を社会に結び付け、その変容に繋げていく地道な努力が必要だと思います。
OPRI での5年間の職務を終えることとなりました。政策研究の立場から見る海洋は、全く異なる世界で驚きの連続でした。気候変動・海洋酸性化に関する国連本部での会議(2017海洋と海洋法に関する国連非公式協議プロセス第18会期「気候変動の海洋への影響」)にNGOとして参加し各国代表から切実な現状を聞いたこと、苦労して解明したツバルのサンゴ礁劣化の科学知見を気候変動・海面上昇の対策のために、と現地政府に共有するも現地国のニーズや政治で埋立開発が進められていく、国際支援の難しさを知った経験(
海のジグソーピース No.179)、支援する海洋教育プログラムを参観しに北海道から沖縄・奄美諸島まで全国の学校を訪問したこと(
海のジグソーピース No.17)、直接航路では繋がらない伊豆・小笠原諸島の6島の都立高校生たちが初めて島しょサミットで対面し交流して輪が広がった場面(
海のジグソーピース No.41、
海のジグソーピース No.97)、多くの忘れられない貴重な経験をさせて頂きました。有難うございました。
図1 IPBES 生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学・
政策プラットフォームの目指す科学と政策の統合(出典:
環境省)
2020年1月 世界のコロナ感染の広がる直前に訪問した南太平洋ツバルにて。ナヌメア環礁出身の人たちの新年祭に参加させて頂きました。2晩通して続く歌とダンスの大饗宴、人々から発せられる熱量、生きるエネルギーを感じます。コロナ禍で忘れたくありません。
海洋政策研究部 中村 修子