※今回の「海のジグソーピース」は2021年3月10日に投稿された
英語版を邦訳したものです。
私たちはいま、電気的で電子的な世界に住んでいます。携帯電話を操作し、テレビでニュースを視聴し、リモートワークやオンラインショップでパソコンを使うことで、このような世界に住んでいることを思い出します。しかし、私たちが
鉱物および金属から構成される技術圏に住んでいることは、未だにあまり気づかれていません。例えば、平均的な携帯電話は60種類以上の金属や貴金属が含まれています。また、銅、ニッケル、リチウムや関連する鉱物は、電気自動車のバッテリーやその他の部分を製造する際に使われる重要な材料です。さらに、パリ協定で設定された目標では、人類は前例のない規模での再生可能エネルギーと電気輸送のような
グリーンテクノロジーに縛られています。これらの技術は
重要な鉱物や金属の大量投入を必要とするため、地質学的希少性と抽出能力に基づく挑戦が今後のグリーンテクノロジー革命と世界の産業と経済の脱炭素化の
重要な要素となります。
現在、鉱物の採掘はほぼ完全に陸上で行われています。しかし、ほとんど全ての鉱物資源は
海底でも見つかります。現時点では、海底資源の採掘は難しくお金がかかるため、新たに開拓する動機付けを欠いています。一方でその変化は早く、戦略的鉱物に対する
旺盛な需要によって海底資源開発は促されてきました。世界銀行の見積もりによると、電気自動車、再生可能エネルギーシステムなどに利用される重要な資源の需要を満たすため、
2050年までに必要な生産量は約500%まで増えるといいます。したがって、環境や社会に配慮し、かつ倫理的な方法で十分な量の資源を確保できるかという疑問は日に日に大きくなっています。この難しい状況の中で、海底は約束された土地として、
経済な新境地であるグリーンエネルギーへの移行に不可欠な未開発の
原材料を多数提供しています。
海底コバルト鉱床の事例は、海底採鉱が将来数十年で果たすであろう中心的な役割を象徴しています。充電式バッテリー市場の浮揚の鍵となるコバルトに対する世界の需要は、
2030年までに2倍になると信じられています。世界のコバルト供給量の65%を占めるアフリカのコンゴ民主共和国では鉱物が
不適切な方法で頻繁に採掘されています。しかし、海洋は十分な供給と倫理的な採掘という視点から代替可能です。実際、多くのコバルト、ニッケル、マンガン、その他といった陸上から採取できる資源より潜在的に優れた資源が
海底のコバルトクラストに含まれています。従って、各国や企業がその恵みを掘り起こし、世界を
商業規模の海底採鉱の時代に導くまで、そう長くはかからないでしょう。
海底採鉱では、海底から水中の鉱物や堆積物を抽出します。現在、この活動は一般的に浅い沿岸水域に限定されています。そのため、海底採鉱と
深海底採鉱(Deep Seabed Mining; DSM)は区別する必要があり、後者は水深200mよりも深いところでの作業を指します。DSMは
多金属団塊の大きなエリアに関わる実験的な産業分野で、海山のコバルトに富むフェロマンガンクラスト、または1,400〜3,700mの深さにある活動中あるいは絶滅した
熱水噴出孔が対象です。その噴出孔は球状または塊状硫化物鉱床を生成し、それらは価値のある銀、金、銅、マンガン、コバルト、亜鉛などを含みます。
【図1】深海探鉱のイメージ(出典:New Zealand Environment Guide)
熱水噴出孔鉱床における世界で最初の試掘は
2017年に日本で行われましたが、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱業資源機構(JOGMEC)が沖縄トラフと呼ばれる、沖縄沖の海底地帯で日本の
排他的経済水域(EEZ:沿岸国を取り巻く200海里(約370km)の海域)内にある熱水鉱床のある海盆で採掘作業を実施しました。日本と同じように、沿岸国のEEZ内で行われる鉱業活動は、沿岸国の法律によって規制されています。現在まで、比較的少数の国々のみですが、中国やインド、アメリカ合衆国、
太平洋島嶼国9か国を含む合計32の国と地域はDSMの将来的な開発を想定した法的あるいは制度的な枠組みを構築しています。それに加えて、これらの国々が署名している場合、各国の管轄区域における海底採鉱に関連する他のさまざまな国際協定による規制も受けることになります。
公海における海底資源開発は、1994年に施行された国連海洋法条約(UNCLOS)によって規定されました。UNCLOSは、ジャマイカのキングストンに本拠を置き、167の締約国と欧州連合が参加する
国際海底機構(ISA)を設立しました。これは、EEZの範囲外で各国のDSMベンチャーを規制し、「人類共通の遺産のための」海底資源の管理を担当しています。合計8500万㎢のEEZにおける海底は国内法の管轄下にあり、2億6000万㎢の
国際深海底域はISAによって規制されています。
ISAは「
公海域の海底熱水鉱床に関する鉱業規則(マイニングコード)」も作成しています。これは各海域における海洋鉱物の探査、探査、開発を規制するための包括的な一連の規則、規制、および手順です。このマイニングコードは、UNCLOSおよびDSMに関連する1994年の実施協定によって確立された一般的な法的枠組みの範囲内にあります。現在まで、ISAは多金属硫化物(熱水噴出孔で形成される海底の塊状硫化物)、多金属団塊(深海平原のマンガン団塊)、海山に形成されるコバルトに富むフェロマンガンクラストの
3種類の鉱物資源の開発に関する規制を発行しています。探鉱および鉱業契約を付与する決定は、ISA評議会に付属する
法務技術委員会によって決定されます。この委員会は、評議会によって5年間の任期で選出された24人のメンバーで構成されています。この委員会の役割には、深海の探鉱および採掘ライセンスの発行、作業計画の申請のレビュー、探鉱または採掘活動の監督、およびそのような活動の環境への影響の評価が含まれます。
世界市場で高く評価されている鉱物の海洋堆積物のほとんどが位置する海域で、DSMはまだ行われていません。しかし、2021年2月の時点で、ISAは合計130万㎢を超える地域において、
30の請負業者と深海底に関する15年間の独占的な探査契約を締結しています。このような契約は、UNCLOS加盟国およびUNCLOS加盟国が後援する企業によって
保持されています。予想通りであれば、探鉱契約の保有者は、後で採掘を開始するために探鉱契約を求めるでしょう。このため、ISA加盟国は搾取契約を管理する環境規制の起草を早めるように
ISA事務局へ指示を出しました。実際、採掘活動は極端な地球物理学的条件で行われるだけでなく、生命に満ち、独特の環境を基盤とする独特の生態系で実施され、海洋生物圏全体に大きな影響を及ぼします。したがって、全ての潜在的なリスクを
評価し、新しい産業を
規制することは極めて重要な課題になるでしょう。
海洋の相互に関連する性質はその影響が体系的に及ぶことを意味するため、海洋生物資源に対する
環境への影響に関する考慮事項は、海底採鉱における複雑な方程式を解く際に大きく影響します。たとえば、ジンベイザメ、マッコウクジラ、オサガメなどの希少で絶滅の危機に瀕している
海洋生物は、廃棄物処理によって引き起こされる金属毒性のリスクにさらされています。また、マグロのような商業的な漁獲は潜在的な脅威にさらされています。それにもかかわらず、開発の観点から、特に太平洋島嶼地域の多くの小島嶼国の政府は、海底採鉱を自国の経済的および社会的幸福を改善するための
非常に有望な手段と見なしています。これに対応して、太平洋島嶼国は先進国の民間部門および国営企業が
スポンサーとなって、
クラリオン・クリッパートン断裂帯(CCFZ)の広い領域を探索しています。CCFZは、キリバスとメキシコの間の4,500kmの海底が含まれ、特に多金属団塊の鉱物堆積物が豊富です。ISAによって発行された30の国際探査ライセンスのうち、25は太平洋にあり、18は
CCFZにあります。さらに、
伝えられるところによると、太平洋島嶼国6か国の領海には何百ものアクティブな探鉱ライセンスがあり、太平洋島嶼の4つの国々がこの海域の探査ライセンスの付与を支援しています。
実際にパプアニューギニア(PNG)は1997年に海底鉱物探査の許可を
承認し、その後2011年にNautilus Minerals Ltd.というカナダの会社に鉱業免許を承認した最初の国でした。さらに、PNG政府はこのプロジェクトの30%の株式購入を選択しましたが、その採掘事業の破壊性を非難する国内および国際的な保護活動家による
連合の反対を受けました。最終的に、2019年11月、深刻な財政的および物流上の後退に直面し、Nautilus Minerals Ltd.は
破産宣告を受け、PNGは1億2500万ドルを失いました。これはPNGの年間の医療予算の3分の1に相当します。しかし、この会社の終焉は、海底採鉱の10年間の
モラトリアムの中でも、太平洋島嶼におけるDSMの道の終わりを示すものではありませんでした。それどころか、太平洋は引き続き世界の海洋採掘活動の最前線にあります。たとえば、カナダに本拠を置く海底採鉱会社のDeep Green Metalsは現在、ナウル、キリバス、トンガの政府の支援を受けて、CCFZの結節点に
狙いを定めています。
DSMは今後数年間で太平洋島嶼における政策議題の上位に位置付けられるでしょう。実際のところ、
分裂はすでに明らかです。ある陣営では、
いくつかの太平洋島嶼国の政府が自国の
経済的利益(または経済的救済)の見通しに駆り立てられ、鉱業の関係者や地域外の利害関係者と協力しています。もう一方の
陣営では、関係する太平洋諸島の政治的および市民社会の有力者が科学者や保護活動家と手を組み、世界中の国際機関や政府の支援を享受しています。特に、太平洋島嶼での深海採鉱時代の始まりは、国際秩序に相当の
地政学的影響を与えるでしょう。そもそも、鉱業収入のおかげで、一部の島嶼国は援助や開発援助への依存度が低くなり、それに応じた外交政策を再調整することとなります。加えて、地域内における権力の相対性が再形成され、新しい地政学的均衡につながります。また、太平洋島嶼が地理経済的な優位を獲得することにより、アクセスと影響力をめぐる
大国間の競争が結果的に激化するでしょう。そして、採掘可能な資源の世界地図が再描画されます。特に、レアメタルと重要な鉱物の既存の準独占的な状況はかなり少なくなるでしょう。
潜在的な投資家は海底の鉱床に注目し続けていますが、太平洋の海底を採掘することについての
論争は、世界中の環境保護論者、学者、政治家、起業家を巻き込み、太平洋島嶼をはるかに超えて広がっています。一方では、
2020年に深海採鉱キャンペーン・Mining Watch Canadaが発行したレポートや
2021年初頭にWWFが発行したレポートは、海洋生態系と太平洋島嶼の生活と文化にもたらされる危険性を警告し、海底採鉱のモラトリアムを促しています。一方、Deep Green Metalsが委託した
2020年の科学研究のような情報源は、海底採鉱による被害は陸上採鉱よりも大幅に少ないと主張しています。実際、海底採鉱への切り替え は遅らせることができますが、無期限に延期することはできません。これは、鉱物商品に対する地球規模の要求が今日の海底採鉱シナリオを明日の現実にするためです。太平洋およびその他の海域では、生態系の荒廃と開発関係者の処分を回避するには、ISAおよびその他の国際機関による綿密な監督と
効果的なガバナンス、責任ある最良慣行(best practice)を目指した政府および業界の規制、および参加と所有権の確保のための透明性のあるグローバル/ローカルコミュニティの関与が必要です。ジュール・ヴェルヌが1870年の水中アドベンチャー小説「海底二万里」で宣言したように、「
地球は新しい大陸ではなく、新しい人類を望んでいるのです」。
海洋政策研究部特任研究員 ファブリツィオ・ボッザート
(翻訳:橋本菜那)