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海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


海のジグソーピース No.212 <産業連関表を利用した海洋経済・防災減災研究事例の紹介> [2021年03月31日(Wed)]

 今回は、海洋政策研究所の海洋経済・防災減災に関する研究についてご紹介させていただきます。本研究では、200年後まで人びとや生き物が安心して暮らせる健全な海洋環境の構築を目標に、自然資産や生態系サービスを持続的に利用しながら成長し、また災害に対しても頑健で回復力の高い海洋経済の実現に向けた政策研究を行っております。

 政策研究の中でも、新たな政策や何かしらのインパクトの効果を予測することは政策立案のための重要なステップの一つであり、多くの場合社会科学的な手法が用いられます(Bardach 2019)。そして我々の場合は、主に産業連関表(input-output table)を用いた研究を行っております。産業連関表とは当該地域の一定期間(多くは一年間)の産業間の購入や販売のやりとりを行列表で表したものです。産業連関表を用いることで、政策決定のために重要な基礎データである政策の経済効果が明らかになります。また、産業連関表はその地域の経済構造を明らかにするための重要な基礎資料にもなります。

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図1:産業連関表の構造(総務省2009より引用)

 海洋政策研究所は、まず既に産業連関表が存在する北海道函館市をパイロットスタディとして、海洋経済と海洋災害に関する研究を行いました。具体的には、海洋経済研究として、水産業の6次産業化政策を行った際にはイカ加工業へ補助金を投入すれば最も経済波及効果が大きいことを明らかにしました(田中・黄2020)。また海洋災害研究としては、現在想定されている最大強度の津波が生じた際には、食品加工業へ補助金を回すと最も経済回復が効率的ということを明らかにしました(Tanaka & Huang 2020)。 同様の手法を三重県にも応用し、新たに「資本脆弱性指標」を作成し、漁業以外にも電気機器産業や輸送機械産業なども津波に対して脆弱であるため、防災対策が必要であることを明らかにしました(Tanaka et al. 2021)。

 このように、産業連関表は政策効果を分析するうえで有用なツールですが、全国、県、政令指定都市単位で作成されているものが多い一方で、小規模な都市のものはあまり作成されていません。そこで我々は、2019年度から2020年度にかけて、一般社団法人海洋産業研究会と共同で調査を行い、それまで存在しなかった静岡県清水区の産業連関表を作成しました。この産業連関表は、我々の研究対象産業である海洋産業をより精緻に分類したものです。来年度以降はこの産業連関表を用いて政策研究を行い、産業連関表とともに、清水区の方の政策立案のための基礎資料として役立てていただこうと思っております。

 200年後にも人類と生物が共生し、持続的に発展できるような海洋経済の構築に向けて、引き続き産業連関表を用いた政策研究を行っていく所存です。

参考文献
総務省(2009)「産業連関表の仕組み
田中・黄(2020)「動学的一般均衡モデルを用いた補助金投入による 6 次産業化の政策シミュレーション―北海道函館市を例として」『海洋政策研究』第14号73-85頁。
Bardach, E., & Patashnik, E. M. (2019). A practical guide for policy analysis: The eightfold path to more effective problem solving. CQ press.
Tanaka, H., & Huang, M. (2020). Impact assessment and a fiscal recovery policy for tsunami risk: GIS and the general equilibrium approach in Hakodate city, Japan. Environment and Planning B: Urban Analytics and City Science, 2399808320977865.
Tanaka, H., Yoshioka, N., Huang, M. (2021) Disaster Impact Assessment and Vulnerability Index (VI) of a Tsunami: An Approach using Geographic Information System (GIS) and General Equilibrium for Mie Prefecture, Japan, Integrated Disaster Risk Management Journal. (Accepted)

海洋政策研究部 田中 元

Ocean Newsletter No.495 [2021年03月22日(Mon)]
No.495が完成いたしました。

『Ocean Newsletter』は、海洋の重要性を広く認識していただくため、
海洋に関する総合的な議論の場を皆様に提供するものです。 

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●南三陸町に復旧したネイチャーセンター
南三陸町自然環境活用センター任期付研究員◆阿部拓三

東日本大震災から9年を経た昨年2月、宮城県南三陸町が運営する研究・教育施設
南三陸町自然環境活用センターが復旧し再スタートを切った。
当センターの被災と復旧の経過を中心に、南三陸の自然環境をめぐる最近の動きや
課題について紹介する。


●クルーズで知る東京の海
(公財)東京都公園協会水辺事業部水辺ライン課長◆八馬 稔

東京水辺ラインが運航する3隻の水上バスには、防災船としての責務がある。
防災船が非常時に適切に活動できるように、平常時は隅田川と東京港を中心に
旅客船として運航している。
水上バスによるミニクルーズは、ゆったりとした時間の流れを楽しむことができる。
また、ボランティアのリバーガイドによる案内は、船旅の魅力にエッセンスを加えている。


●帆船ダンマルク号の航海訓練
東京海洋大学海洋工学部学生◆鶴巻碧衣

デンマークの帆船ダンマルク号での乗船実習に参加した約3か月間の航海体験を報告する。
部員の国際資格であるOSの養成訓練ならではのプログラムが多々あって、興味深かった。
大人数が同じ部屋で、ハンモックで寝起きする生活により、協調性やコミュニケーション
能力が養われた。
帆船という伝統を引き継ぎながらも、英語教育を始めとして、海運業界の現状に即した
学習環境となっていた。


●編集後記
同志社大学法学部教授◆坂元茂樹


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Posted by 五條 at 12:25 | Ocean Newsletter | この記事のURL | コメント(0)
海のジグソーピース No.211 <音楽と海事史> [2021年03月17日(Wed)]

 最近、私は中村とうよう氏が80年代から90年代にかけて制作したCDに目を通していて、音楽と歴史のつながりについて考え始めました。中村氏は当時まだメジャーではなかった様々なジャンルの大衆音楽を読者に紹介した先駆的な日本雑誌であるミュージック・マガジンを創刊し、斬新な意見を述べました。私は中村氏と直接知り合い、彼の多くの作品を翻訳させていただきました。その後、音楽を無形なアーチファクトの一種として扱う彼の見解を検討してみました。音楽は、形を生み、繁栄し、時には成長が止まるものの完全に消えはせず、歴史に影響します。例えば、彼のテーマのうち、大衆音楽の発展における「掛け合い(call and response)」の起源と役割は私に最も大きな印象を与えました。

 中村氏は、何度もアメリカ人の音楽学者アラン・ローマックス氏について語りました。ローマックス氏は、実際に畑や森や鉄道で働いている人たちの多くの労働歌を1930年代に録音した学者です。アメリカ南部で育った私としては、ブルース音楽と農作業の繋がりがごく当たり前なことのように見えました。しかし、グループの労働作業で協調するために使用された「コールアンドレスポンス」は、西アフリカにおいては昔から存在し、奴隷によって紹介されたものだと理解した時にこそ、無形の工芸品の重要性と、それらのルーツを探ることが、歴史的な繋がりを明らかにすると気づいたのです。アメリカの南部で歌われていたものは、いずれもゴスペル、ブルース、そしてロックンロールを生み出すルーツだったのです。高機能な農業機械が開発される前の私の両親の世代までは、未だに人々はテネシー州の熱い太陽の下で、ローマックス氏が録音した「Pick a Bale of Cotton」などの歌に合わせて綿花を収穫していました。残念ながら、このような無形の工芸品の多くの例は、何世代も超えて伝承され洗練されてきましたが、今では永遠に消失してしまいました。

 もしも、歌の斉唱や「掛け合い」形式を通じて、単純な反復労働の負担軽減や、団結することによる効率の最大化を目指していたとすれば、ピラミッドや万里の長城の建造時に実用されていたことが容易に想像できるでしょう。海上労働でも同様の状況だと言えます。確実な証拠は数世紀前までしか遡れませんが、現存する文献と陶器が、音楽と船上作業の関係性についていくつかのヒントを与えてくれます。例えば、古代ギリシャの記録に基づいて1980年代に再造船された三段櫂船The Olympiasでは、漕ぎ手を三段に配置し、170名が雇われました。古い映画では、舵取りのシーンで、大音量のリズミカルなドラムビートを利用して、海上の漕ぎ手を協調させる場面を描いていたものです。しかし、The Olympiasで実験してみた際、アウロス(バグパイプに似た音を発するリード付きダブルパイプ)の奏でるメロディーの方が、重なり合った長いオールの絡まりを防止するには、より効率的だと分かりました。文献を通じてアウロス奏者は古代船員の一員であったことは分かりますが、あいにく、かつてどのような歌が使用されていたかは、まだ明らかではありません。

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三段櫂船のイメージ(出典:1.bp.blogspot.com)

 労働作業の協調の必要性は、帆船上での作業にも当てはまりました。索具が増えるにつれ、15世紀以降は3本、さらに4本までにもマストが増え、多数の帆の上げ下げにも高度な協調性が船員に求められました。19世紀、捕鯨船における労働には捕獲が含まれました。様々な言語と時代の中、協調性と耐久力が要求され、英語で「シーシャンティ(sea shanty)」と呼ばれるものが誕生しました。

 シーシャンティとは、以前から私に馴染みのある用語でした。おそらく古い映画を通じて、船上労働には歌がよく伴うと知っていたからです。しかしここ数年でシーシャンティへの関心が爆発的に大きくなりました。今、世界中の人たちは、舞台、YouTube、特にTikTokで、過酷で危険な環境から自発的に育った、音楽家ではなく船員による何百年間の試行錯誤の成果を、一つの音楽形式として楽しんでいます。映画「白鯨」の1956年版にはいくつかのシャンティとバラドの表現が含まれ、2019年のミュージカルにもそれが多くみられました。2018年、イギリスのシーシャンティ演奏グループのThe Longest Johnsは、「Soon May the Wellerman Come」という曲を人気アルバム「Between Wind and Water」に収録しました。しかし、現在の世界的シーシャンティの大流行は、スコットランドの若い郵便配達員ネイサン・エヴァンズによって始まったものだと考えられています。彼は同曲のカバーを、今年1月にTikTokに投稿しました。そして、2月には、このカバーはイギリス、ドイツ、オランダ、スイスにおける音楽ランキングで一位を獲得し、TikTokでは絶えずリミックスされています。「Soon May the Wellerman Come」は、19世紀半ばのニュージーランドに遡り、オタゴに所在する捕鯨基地の補給物資を必死に待ち続けている捕鯨船の船員の視点で歌われた捕鯨歌です。

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シーシャンティのイメージ@(出典:Publicdomainreview.org)

 このジャンルの新たな大衆性は、コロナ禍によるものかもしれません。なぜなら、シーシャンティは単純でアップテンポな上、グループで歌うものなので、マッシュアップソングとして理想的であり、オンラインでも連帯感を与え、隔離によるストレスの発散につながったことで、人々が惹きつけられたのでしょう。しかし、コロナ禍と近頃のブーム以前からも、イギリス周辺の漁業組合での熱心なファンやニュージーランドのWellington Sea Shanty Societyによって、シーシャンティは保たれていたのです。また、アメリカ、マサチューセッツ州ウッズ・ホールで行われている、生徒が調査航海で海上に滞在するSea Semesterでも文化的な要素として教えられています。日本でも、帆船日本丸男声合唱団は過去25年間もシーシャンティの演奏をしてきました。イギリスでは、ファルマス国際シーシャンティ祭りに例年60,000人も集まりますが、今年は残念ながらオンラインで開催される予定になりました。

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シーシャンティのイメージA(出典:americanheritagemusic.com)

 このシャンティブームは2010年のBBCドキュメンタリー「Shanties and Sea Songs with Gareth Malone」でも予想され、イギリス周辺のシャンティの歴史的な背景が描写されています。更に、この伝統は様々な港や漁村で受け継がれ、イングランド・コーンウォールで現在も活躍中の漁師の仕事で実用されていることも示されています。

 しかし、農業機械の導入で畑と森における労働歌が消えていったように、19世紀蒸気船への切り替えにより、船上作業のルーティンも変化し、シーシャンティの役割が不要になりました。幸い、1920年代、アメリカの学者ジェームズ・マディソン・カーペンターがイギリスをまわり、青春時代に船上で実際にシーシャンティを歌っていた最後の人たちを録音したことにより、シーシャンティがどのように歌われていたかという証拠が残されました。

 数百年前の新興技術とTikTokやYouTubeのおかげで、何世紀も前の海洋のアーチファクトが蘇り、再び私たちの文化的語彙に含まれるようになりました。これはしばしば見落とされる海洋史教育において良い方向性ではありますが、何より重要なのはそれが楽しいことです!

海洋情報発信課 ジョン・ドーラン
(翻訳:松田佳成子)

海のジグソーピース No.210 <太平洋諸島の海底採鉱:新しい経済フロンティア?またはパンドラの箱?> [2021年03月10日(Wed)]

※今回の「海のジグソーピース」は2021年3月10日に投稿された英語版を邦訳したものです。

 私たちはいま、電気的で電子的な世界に住んでいます。携帯電話を操作し、テレビでニュースを視聴し、リモートワークやオンラインショップでパソコンを使うことで、このような世界に住んでいることを思い出します。しかし、私たちが鉱物および金属から構成される技術圏に住んでいることは、未だにあまり気づかれていません。例えば、平均的な携帯電話は60種類以上の金属や貴金属が含まれています。また、銅、ニッケル、リチウムや関連する鉱物は、電気自動車のバッテリーやその他の部分を製造する際に使われる重要な材料です。さらに、パリ協定で設定された目標では、人類は前例のない規模での再生可能エネルギーと電気輸送のようなグリーンテクノロジーに縛られています。これらの技術は重要な鉱物や金属の大量投入を必要とするため、地質学的希少性と抽出能力に基づく挑戦が今後のグリーンテクノロジー革命と世界の産業と経済の脱炭素化の重要な要素となります。

 現在、鉱物の採掘はほぼ完全に陸上で行われています。しかし、ほとんど全ての鉱物資源は海底でも見つかります。現時点では、海底資源の採掘は難しくお金がかかるため、新たに開拓する動機付けを欠いています。一方でその変化は早く、戦略的鉱物に対する旺盛な需要によって海底資源開発は促されてきました。世界銀行の見積もりによると、電気自動車、再生可能エネルギーシステムなどに利用される重要な資源の需要を満たすため、2050年までに必要な生産量は約500%まで増えるといいます。したがって、環境や社会に配慮し、かつ倫理的な方法で十分な量の資源を確保できるかという疑問は日に日に大きくなっています。この難しい状況の中で、海底は約束された土地として、経済な新境地であるグリーンエネルギーへの移行に不可欠な未開発の原材料を多数提供しています。

 海底コバルト鉱床の事例は、海底採鉱が将来数十年で果たすであろう中心的な役割を象徴しています。充電式バッテリー市場の浮揚の鍵となるコバルトに対する世界の需要は、2030年までに2倍になると信じられています。世界のコバルト供給量の65%を占めるアフリカのコンゴ民主共和国では鉱物が不適切な方法で頻繁に採掘されています。しかし、海洋は十分な供給と倫理的な採掘という視点から代替可能です。実際、多くのコバルト、ニッケル、マンガン、その他といった陸上から採取できる資源より潜在的に優れた資源が海底のコバルトクラストに含まれています。従って、各国や企業がその恵みを掘り起こし、世界を商業規模の海底採鉱の時代に導くまで、そう長くはかからないでしょう。

 海底採鉱では、海底から水中の鉱物や堆積物を抽出します。現在、この活動は一般的に浅い沿岸水域に限定されています。そのため、海底採鉱と深海底採鉱(Deep Seabed Mining; DSM)は区別する必要があり、後者は水深200mよりも深いところでの作業を指します。DSMは多金属団塊の大きなエリアに関わる実験的な産業分野で、海山のコバルトに富むフェロマンガンクラスト、または1,400〜3,700mの深さにある活動中あるいは絶滅した熱水噴出孔が対象です。その噴出孔は球状または塊状硫化物鉱床を生成し、それらは価値のある銀、金、銅、マンガン、コバルト、亜鉛などを含みます。

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【図1】深海探鉱のイメージ(出典:New Zealand Environment Guide)

 熱水噴出孔鉱床における世界で最初の試掘は2017年に日本で行われましたが、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱業資源機構(JOGMEC)が沖縄トラフと呼ばれる、沖縄沖の海底地帯で日本の排他的経済水域(EEZ:沿岸国を取り巻く200海里(約370km)の海域)内にある熱水鉱床のある海盆で採掘作業を実施しました。日本と同じように、沿岸国のEEZ内で行われる鉱業活動は、沿岸国の法律によって規制されています。現在まで、比較的少数の国々のみですが、中国やインド、アメリカ合衆国、太平洋島嶼国9か国を含む合計32の国と地域はDSMの将来的な開発を想定した法的あるいは制度的な枠組みを構築しています。それに加えて、これらの国々が署名している場合、各国の管轄区域における海底採鉱に関連する他のさまざまな国際協定による規制も受けることになります。

 公海における海底資源開発は、1994年に施行された国連海洋法条約(UNCLOS)によって規定されました。UNCLOSは、ジャマイカのキングストンに本拠を置き、167の締約国と欧州連合が参加する国際海底機構(ISA)を設立しました。これは、EEZの範囲外で各国のDSMベンチャーを規制し、「人類共通の遺産のための」海底資源の管理を担当しています。合計8500万㎢のEEZにおける海底は国内法の管轄下にあり、2億6000万㎢の国際深海底域はISAによって規制されています。

 ISAは「公海域の海底熱水鉱床に関する鉱業規則(マイニングコード)」も作成しています。これは各海域における海洋鉱物の探査、探査、開発を規制するための包括的な一連の規則、規制、および手順です。このマイニングコードは、UNCLOSおよびDSMに関連する1994年の実施協定によって確立された一般的な法的枠組みの範囲内にあります。現在まで、ISAは多金属硫化物(熱水噴出孔で形成される海底の塊状硫化物)、多金属団塊(深海平原のマンガン団塊)、海山に形成されるコバルトに富むフェロマンガンクラストの3種類の鉱物資源の開発に関する規制を発行しています。探鉱および鉱業契約を付与する決定は、ISA評議会に付属する法務技術委員会によって決定されます。この委員会は、評議会によって5年間の任期で選出された24人のメンバーで構成されています。この委員会の役割には、深海の探鉱および採掘ライセンスの発行、作業計画の申請のレビュー、探鉱または採掘活動の監督、およびそのような活動の環境への影響の評価が含まれます。

 世界市場で高く評価されている鉱物の海洋堆積物のほとんどが位置する海域で、DSMはまだ行われていません。しかし、2021年2月の時点で、ISAは合計130万㎢を超える地域において、30の請負業者と深海底に関する15年間の独占的な探査契約を締結しています。このような契約は、UNCLOS加盟国およびUNCLOS加盟国が後援する企業によって保持されています。予想通りであれば、探鉱契約の保有者は、後で採掘を開始するために探鉱契約を求めるでしょう。このため、ISA加盟国は搾取契約を管理する環境規制の起草を早めるようにISA事務局へ指示を出しました。実際、採掘活動は極端な地球物理学的条件で行われるだけでなく、生命に満ち、独特の環境を基盤とする独特の生態系で実施され、海洋生物圏全体に大きな影響を及ぼします。したがって、全ての潜在的なリスクを評価し、新しい産業を規制することは極めて重要な課題になるでしょう。

 海洋の相互に関連する性質はその影響が体系的に及ぶことを意味するため、海洋生物資源に対する環境への影響に関する考慮事項は、海底採鉱における複雑な方程式を解く際に大きく影響します。たとえば、ジンベイザメ、マッコウクジラ、オサガメなどの希少で絶滅の危機に瀕している海洋生物は、廃棄物処理によって引き起こされる金属毒性のリスクにさらされています。また、マグロのような商業的な漁獲は潜在的な脅威にさらされています。それにもかかわらず、開発の観点から、特に太平洋島嶼地域の多くの小島嶼国の政府は、海底採鉱を自国の経済的および社会的幸福を改善するための非常に有望な手段と見なしています。これに対応して、太平洋島嶼国は先進国の民間部門および国営企業がスポンサーとなって、クラリオン・クリッパートン断裂帯(CCFZ)の広い領域を探索しています。CCFZは、キリバスとメキシコの間の4,500kmの海底が含まれ、特に多金属団塊の鉱物堆積物が豊富です。ISAによって発行された30の国際探査ライセンスのうち、25は太平洋にあり、18はCCFZにあります。さらに、伝えられるところによると、太平洋島嶼国6か国の領海には何百ものアクティブな探鉱ライセンスがあり、太平洋島嶼の4つの国々がこの海域の探査ライセンスの付与を支援しています。

 実際にパプアニューギニア(PNG)は1997年に海底鉱物探査の許可を承認し、その後2011年にNautilus Minerals Ltd.というカナダの会社に鉱業免許を承認した最初の国でした。さらに、PNG政府はこのプロジェクトの30%の株式購入を選択しましたが、その採掘事業の破壊性を非難する国内および国際的な保護活動家による連合の反対を受けました。最終的に、2019年11月、深刻な財政的および物流上の後退に直面し、Nautilus Minerals Ltd.は破産宣告を受け、PNGは1億2500万ドルを失いました。これはPNGの年間の医療予算の3分の1に相当します。しかし、この会社の終焉は、海底採鉱の10年間のモラトリアムの中でも、太平洋島嶼におけるDSMの道の終わりを示すものではありませんでした。それどころか、太平洋は引き続き世界の海洋採掘活動の最前線にあります。たとえば、カナダに本拠を置く海底採鉱会社のDeep Green Metalsは現在、ナウル、キリバス、トンガの政府の支援を受けて、CCFZの結節点に狙いを定めています。

 DSMは今後数年間で太平洋島嶼における政策議題の上位に位置付けられるでしょう。実際のところ、分裂はすでに明らかです。ある陣営では、いくつかの太平洋島嶼国の政府が自国の経済的利益(または経済的救済)の見通しに駆り立てられ、鉱業の関係者や地域外の利害関係者と協力しています。もう一方の陣営では、関係する太平洋諸島の政治的および市民社会の有力者が科学者や保護活動家と手を組み、世界中の国際機関や政府の支援を享受しています。特に、太平洋島嶼での深海採鉱時代の始まりは、国際秩序に相当の地政学的影響を与えるでしょう。そもそも、鉱業収入のおかげで、一部の島嶼国は援助や開発援助への依存度が低くなり、それに応じた外交政策を再調整することとなります。加えて、地域内における権力の相対性が再形成され、新しい地政学的均衡につながります。また、太平洋島嶼が地理経済的な優位を獲得することにより、アクセスと影響力をめぐる大国間の競争が結果的に激化するでしょう。そして、採掘可能な資源の世界地図が再描画されます。特に、レアメタルと重要な鉱物の既存の準独占的な状況はかなり少なくなるでしょう。

 潜在的な投資家は海底の鉱床に注目し続けていますが、太平洋の海底を採掘することについての論争は、世界中の環境保護論者、学者、政治家、起業家を巻き込み、太平洋島嶼をはるかに超えて広がっています。一方では、2020年に深海採鉱キャンペーン・Mining Watch Canadaが発行したレポートや2021年初頭にWWFが発行したレポートは、海洋生態系と太平洋島嶼の生活と文化にもたらされる危険性を警告し、海底採鉱のモラトリアムを促しています。一方、Deep Green Metalsが委託した2020年の科学研究のような情報源は、海底採鉱による被害は陸上採鉱よりも大幅に少ないと主張しています。実際、海底採鉱への切り替え は遅らせることができますが、無期限に延期することはできません。これは、鉱物商品に対する地球規模の要求が今日の海底採鉱シナリオを明日の現実にするためです。太平洋およびその他の海域では、生態系の荒廃と開発関係者の処分を回避するには、ISAおよびその他の国際機関による綿密な監督と効果的なガバナンス、責任ある最良慣行(best practice)を目指した政府および業界の規制、および参加と所有権の確保のための透明性のあるグローバル/ローカルコミュニティの関与が必要です。ジュール・ヴェルヌが1870年の水中アドベンチャー小説「海底二万里」で宣言したように、「地球は新しい大陸ではなく、新しい人類を望んでいるのです」。

海洋政策研究部特任研究員 ファブリツィオ・ボッザート
(翻訳:橋本菜那)

Ocean Newsletter No.494 [2021年03月05日(Fri)]
No.494が完成いたしました。

『Ocean Newsletter』は、海洋の重要性を広く認識していただくため、
海洋に関する総合的な議論の場を皆様に提供するものです。 

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●東日本大震災から10年─われわれの経験と教訓の伝承
東北大学災害科学国際研究所 所長◆今村文彦

東日本大震災により広域で生じた巨大津波被害を検証し、黒い津波など従来にはなかった
被害像を紹介する。
今後の実践学的な防災を目指す学術研究の活動が始まり成果も出つつある。
震災から10年を迎え、記憶や経験の風化も指摘される中で、被災地をネットワーク化する
ことにより経験・教訓を伝承していく活動を紹介したい。


●東日本大震災を経た生態系から見直す海岸管理
東北大学大学院生命科学研究科教授◆占部城太郎

わが国の沿岸域の行政区分は複雑に入り組んでいる。海岸生物の多くは、これら行政区分を
横切るように生活している。
東日本大震災は人間社会に大きな影響を及ぼしたが、沿岸域では着実に自然が回復した。
高潮や津波などに対する防災インフラと生態系の保全は、潜在的にwin-winの関係になり得る。
しかし、そのためには、海岸法等が定める海岸保全区域を生態系の視線で見直す必要がある。


●みらい造船が切り拓く100年先の未来
(株)みらい造船代表取締役社長◆木戸浦健歓

東日本大震災を経て気仙沼市の造船5社と舶用関連事業者2社が新造船施設建設事業
主体として合併統合した。
震災後の施設復旧と復旧過程で見えてきた課題解決に向けた構想、そして新造船所と
新組織ができるまでの経緯と施設概要の説明とともに、(株)みらい造船完成の原動力を考えてみた。


●インフォメーション
「疫病と海」海とヒトの関係学4巻 刊行


●編集後記
帝京大学戦略的イノベーション研究センター客員教授◆窪川かおる


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Posted by 五條 at 11:15 | Ocean Newsletter | この記事のURL | コメント(0)