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海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


海のジグソーピース No.213 <気候変動と海―パリ協定の1.5℃目標の意味> [2021年04月14日(Wed)]

「カルボナード火山島が、いま爆発したら、この気候を変えるくらいの炭酸ガスを噴くでしょうか。」
「それはぼくも計算した。あれがいま爆発すれば、ガスはすぐ大循環の上層の風にまじって地球全体を包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均で五度ぐらいあたたかにするだろうと思う。」
「先生、あれをいますぐ噴かせられないでしょうか。」

 これは、宮沢賢治が1932年に発表した童話『グスコーブドリの伝記』(書肆パンセ)の一節です。当時の東北地方は冷害が課題となっており、賢治は人為的に二酸化炭素を増やすことで温暖化できないか考えていたそうです(※1)。温室効果の研究は、19世紀のはじめにフランスの物理学者フーリエの仮説から始まったもので、20世紀には理論としては成熟していましたが、それを賢治が知っていて、童話の題材にしていたことは驚きでもあります。
 
 宮沢賢治の時代から100年近くが経とうとしている現在、地球の平均気温は産業革命前と比べて、すでに1℃ほど上昇していると言われています。そして、「2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」というパリ協定が定める目標を達成するためには、更に意欲的な排出削減努力が必要となっています。地球温暖化は海洋環境にも大きな影響を与え、IPCCの最近の特別報告書では、例えばサンゴ礁について1.5℃の上昇で生息域の70−90%が減少、2℃では99%が減少と示されています。

 ここまで読んでいただいた読者のなかには、1日のうちに10℃くらい気温が変動することも多いのに、なぜ1.5℃や2℃の気温上昇が大変なのか。という疑問を持つ方も多いかと思います。むしろ、賢治の示した「五度」のほうが、より温暖化したと実感する数字ではないでしょうか。そこで、過去の例として、日本の夏季平均気温の推移を示したグラフを以下に示して、実際の状況を紹介したいと思います。


 このグラフより、赤線で示した平均的な気温は上昇を続けていることが分かります。しかし、ここで注目したいのは各年の変動で、特に1993年と1994年に焦点をあてたいと思います。1993年は冷夏となり米不足が社会問題化したことを覚えている方もいるかもしれません。しかし、その際の平均気温の低下をみると平年(赤線)と比べて1.5℃しか低くなっていないのです。更に、猛暑として知られている翌1994年の夏も1℃のみの上昇なのです。わずか1.5℃の平均気温の低下で、日本が米不足になったことを思うと、「平均」というものの怖さを分かって頂けるかと思います。このようにして考えると、パリ協定が掲げる1.5℃や2℃という目標の数字が、如何に大きなものか分かります。

 以前のブログでは、中学校で習う飽和水蒸気に関するクラウジウス―クラペイロンの式から、単純な水蒸気量の変化だけでも、温暖化による降雨の増加を説明できることを紹介しましたが、このように、ひとつのグラフを見るだけで、パリ協定の数値目標の意味を知ることが出来ます。

 日本の気候変動対策は、菅義偉総理大臣が昨年10月の所信表明演説において「2050年までに温室効果ガス排出実質ゼロ」を表明したことで、一気に加速しています。2025年の大阪・関西万博も、「日本の革新的な技術を通じて世界に脱炭素社会の在り方を示す」ことが打ち出されており、海洋政策研究所でも「海の万博」として、海洋からのイノベーションの提案を目指したいと考えています。今月に発行する『海洋白書2021』でも気候変動と海洋についての記事を掲載しており、また、来年発行予定の『海とヒトの関係学』シリーズ(※2)の第5巻では「気候変動と海」をテーマにするなど、気候変動と海洋の問題について、これからも精力的に取り組んでまいります。

※1:実際には噴煙などにより太陽光が遮られるため、『グスコーブドリの伝記』のような火山噴火の場合には、地球は寒冷化すると考えられています。
※2:『海とヒトの関係学」シリーズでは、第4巻『疫病と海』を2021年3月に発行しました。

海洋政策研究部主任研究員 角田 智彦