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海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


海のジグソーピースNo. 237 <北極サークルアセンブリー in アイスランド> [2022年04月13日(Wed)]

 昨年、2021年10月13日から10月16日にアイスランドのレイキャビックで開催された北極サークルアセンブリー(Arctic Circle Assembly)に参加をする機会を得ました。

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北極サークルアセンブリー会場の様子

 「北極サークル」は、アイスランド共和国のオラフル・ラグナル・グリムソン前大統領の提唱で2013年に始まった北極の諸問題、特に北極域の政治、環境、人々の生活、先住民の文化等について積極的に議論する世界最大級の国際会議です。アイスランドに到着して驚いたのは、街中の人々がマスクをせずに、コロナ前の生活を送っていたことです!総会にもコロナ禍の最中とはいえ、ハイレベル政府関係者、研究者、ビジネス関係者など1,400人ほどが対面で集まり議論が交わされました。

 アセンブリーでは、北極圏国・非北極国の代表が様々なスピーチを行いました。その内容について米露仏韓の代表の発言を要約すると以下の通りでした。

マコウスキー米上院議員
・過去、議会議員であれ、政権であれ、米国のほとんどの人は北極に関心を抱いていなかったが、現在米国国内における北極への関心は非常に高まりつつある
・米国の新たな砕氷船の建造が開始された
・グリーンランドのヌークに総領事館を開設した
*現在、グリーンランドの氷が地球温暖化の影響で融け始めていることにより、石炭や亜鉛、銅、鉄鋼といった天然資源の採掘が可能となってきている。アメリカはトランプ前大統領がグリーンランドへの関心を表明して以降、投資を拡大している。
・米国北極域における水深の確保された港の建設や、ブロードバンドの敷設、水や衛生設備などの基本的なインフラの整備を進めている
・米国にとって重要な外交的役割を果たすことを期待し、国務次官補(北極担当のポストの設置を提案している
・アイスランドとの自由貿易協定を締結するために動き出している

コルチュノフ 露北極担当大使
・ロシアは持続可能な開発と社会的・経済的・環境的側面のバランスを慎重に取ることを最重要視している
・北極圏の先住民の言語的・文化的遺産を活用するプロジェクトを開始した
・ロシアは議長国として北極評議会の強化を目指す
・通信の発展やグリーンエネルギーに関する会議を開催する予定
・北極域における建設的な協力を促進し、平和と安定を維持し、持続可能な開発のための責任あるガバナンスを確保する

ダルヴォール 極域・海洋問題担当大使(フランス)
・フランスの北極政策を一言で表すとしたら、科学、科学、そして科学である
・主に科学者を通じて北極域に関与しており、ほぼすべての北極圏国にて研究活動を行っている
・北極と南極の両方を網羅する初の包括的な国家政策を起草し、既にマクロン大統領に提出している
・その研究活動拠点の中心はブレストである
・デンマークやグリーンランド政府と緊密な協力関係を構築している
・次回ASM4はロシアとフランスが2023年に共催する

崔鍾文 韓国外交部第二次官
・韓国は国際社会の責任ある一員として、北極の環境と人に貢献する活動に全面的に取り組んでいる
・韓国は北極圏国との二か国間対話を継続して行っており、また日中ともハイレベル対話を行っている
・2021年10月には「極域活動推進法」が可決された
・新たな調査用砕氷船を建造し、北極海の高緯度地域で、より大規模な国際共同研究や探査を行うことを計画している(2027年の完成を目指している)
・水素エネルギーを用いる、完全自律型の通年の北極基地の設置を目指している(ロシア主導のスノーフレーク・プロジェクトへも参加)

 コロナ渦の最中とはいえ、北極圏国からのみならず非北極国からも多くの人々がアセンブリーに参加をしており、北極域への関心の高さを感じました。今回のアセンブリーでは、現在、各国がグリーンランドに注目していることが伺え、マコウスキー米上院議員が「アメリカがヌークに総領事館を開設した」ことを強調する等、積極的な発言がありました。現在グリーンランドでは鉱物資源開発が進んでおり、それを見据えての発言であると思われます。また、ロシアが北極海航路の利用を拡大すると発言する一方で、シンケビチュウス欧州委員より「北極海航路における重油使用量の削減を促進する」との発言がある等、各国の政策の差異も見られました。

 また、先住民によるセッションも多くみられたことが印象的でした。中でも、10代、20代の先住民のスピーカーが、自分たちが伝統的な文化を維持しながら、よりよい生活を営んでいくためには何が必要なのかを討論し、大きな注目を集めました。また、「Through a Reindeer Herder’s Eyes (2018)」といった映像も会場で上映されました。

 笹川平和財団海洋政策研究所と北極サークルは、来年2023年に「北極サークル日本フォーラム」を共催することを計画しており、アセンブリーで正式に開催のアナウンスメントを行いました。フォーラムの詳細について、北極サークルよりもうすぐ告知がありますので、ご関心がある方は是非ご参加下さい!

海洋政策研究部 幡谷 咲子

海のジグソーピースNo. 236 <UNEA-5:世界初プラスチック汚染に向けた国際協定の策定へ> [2022年03月23日(Wed)]

 現在、プラスチック製品は我々にとって日常生活の必需品です。1950年に世界のプラスチックの生産量は200万トンでしたが、2017年の総生産量は3.5億トンと大きく増加し、2040年までにその生産量はさらに2倍になると予想されています。国連環境計画のウェブサイトによると、1950年から2017年まで92億トンのプラスチックが生産され、そのうち約70億トンがプラスチックごみになったとのことです。また、Jambeck 2015によると、海洋に流出しているプラスチックごみの量は、世界全体で年間およそ800万トンにのぼるといいます。プラスチック汚染はすでに地球規模の環境問題となっています。

 さて、国連環境総会(UNEA)は、国連環境計画(UNEP)の意思決定機関であり、原則として2年に1回開催される国際会議です。2022年まで合計5回のUNEAが開催され、毎回プラスチックごみに関する議論がなされてきました。

 COVID-19の影響を受け、第5回のUNEA(UNEA-5)は2段階のアプローチで開催される(主語がUNEA-5なので、「開催される」が正しい)こととなり、“Strengthening Actions for Nature to Achieve the Sustainable Development Goals”というメインテーマで、持続可能な開発目標(SDGs)を達成するため、Nature-based solutions(自然に根差した解決策)を求めていました。UNEA-5の第1回会合(UNEA-5.1)は 2021年2月にオンラインで実施され、約150か国の代表、市民団体、NGOなどが参加し、主に緊急を要する手続き上の決定が行われました。そして、2022年2月28日から3月2日まで第2回会合(UNEA-5.2)がハイブリッド形式で開催され、約175か国の代表及びステークホルダー、メジャーグループなどが参加し、プラスチック汚染をはじめ、生態系の回復、生物多様性の保全、気候変動の緩和・適応などに関する14本の決議が採択されました(写真)。

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UNEA議長による決議を採択する様子(上)と
プラスチック汚染決議を採択した後に各国代表が喝采する様子(下)
(出典:国連環境計画ウェブサイト)

 その中、歴史的な決議として「プラスチック汚染を無くす:法的拘束力を有する国際文書にむけて(End plastic pollution: Towards an international legally binding instrument)」が採択され、生産から、設計、処分に至るまで、プラスチックのライフサイクル全体を網羅的に考慮すべきことが明記されました。また、2024年までプラスチック汚染に関する法的拘束力を有する国際協定を作成するため、2022年に政府間交渉委員会(Intergovernmental Negotiating Committee:INC)の設立を求めました。INCは2022年の後半から作業を開始し、法的拘束力を有する文書の作成が期待されています。この文書では、プラスチックのフルライフサイクルにおいて多様な代替品の提案、再利用可能またはリサイクル可能な製品や材料の設計、そして国際協力の強化といった内容を反映するべきことが要求されました。

 長い間、プラスチック汚染に特化した国際条約の策定が期待されてきましたが、UNEPがリードする形でようやく今回のUNEA-5.2において世界初のプラスチック汚染を無くすための法的拘束力を有する国際協定の策定に着手しました。UNEPの事務局長Inger Andersenより、この協定は、パリ協定以降の、最も重要な国際的な多国間の環境協定でもあることが強調されました。私が『海の論考(OPRI Perspectives)』に寄稿した「国連環境総会(UNEA)における海洋プラスチックへの取組と今後の展望」にも書いたように、今、世界中の国々では海洋プラスチック問題に対して様々な取組がなされています。これらの取組を受けて今後、海洋プラスチックに関する国際的な科学データの継続的収集、観測技術の促進、各国間の関連情報の交換、グローバルな専門家の意見交換、あるいは既存の取組の枠を超えた革新的なソリューションの開発なども一層進むと考えられます。世界の国々や人々が努力や知恵を結集し海洋プラスチック問題の解決に取り組む社会が、そう遠くない将来に実現することを期待しています。

海洋政策研究所 朱 夢瑶

海のジグソーピースNo. 235 <イリオモテヤマネコと海ごみ問題から考える「森と海のつながり」> [2022年03月01日(Tue)]

 つい先日、ある調査の一環で、西表野生生物保護センター(環境省西表自然保護官事務所)のレンジャーの竹中康進さんにオンラインでインタビューをさせていただく機会がありました。実は海洋政策研究所に入る前になりますが、私は石垣島にある自然保護官事務所で2年間勤務していたことがあり、その際に西表野生生物保護センターにもよくお邪魔していましたので、当時のことを懐かしく思いながら、大変楽しくお話を伺いました。

 皆様もご存じの通り、西表島には「イリオモテヤマネコ」という世界中で西表島にしか生息していない貴重なヤマネコがいて、絶滅危惧種に指定されています。生息数は2007年の時点で約100頭と推定されていますが、交通事故などによりその生息が危ぶまれています。イリオモテヤマネコを目撃するのは難しく、島民でも野生のイリオモテヤマネコはなかなか見ることができませんが、自動カメラの映像や糞の分析からその生態などが分かっています。

 西表野生生物保護センターは様々な業務を行っています。中でも最も重要な仕事がこのイリオモテヤマネコの保護活動です。島内の道路には、ヤマネコやその他の野生動物が道路を横断する際に交通事故にあうのを防ぐため、道路の下をくぐって移動できるよう野生生物用のトンネル(アンダーパス)がなんと123か所も設置されています。このアンダーパスがゴミなどでふさがってしまうとヤマネコが通れなくなってしまうため、環境省やボランティアの方々などが定期的に清掃を行っています。また、同センターでは、西表島北部のユチン川の河口付近の海岸の漂着ごみの清掃も年1回程度行っています。これは、地域の団体と協力して行いますが、トン袋で何袋もの大量のプラスチックごみを回収し、バケツリレー方式で近くの道路まで運び上げる大変な作業だそうです。

 このような砂浜に打ち上げられた大量のプラスチックごみ―中には漁網やロープなどの漁具も多く含まれています―は、潮の満ち引きや台風の際の強風などの作用で、時間が経つとマングローブ林やアダンなどの木からなる海岸林の奥へ奥へと入り込んでいき、回収が非常に困難になります。竹中さんのお話では、こうしたプラスチックごみがイリオモテヤマネコの生息地に入ることで、その生息にも影響が出る可能性があるのではとのことでした。

 「森と海のつながり」と言うと、我々海の専門家は、例えば上流で木を伐採すると土砂が海に流れ込んだり、「魚付き林」と言われるように森からの栄養素が海の生き物をはぐくんだりなど、「森→海」の関係に注目しがちですが、このヤマネコの例のように、逆に「海→森」のつながりもあるのだということを改めて考えさせられます。考えてみれば、他にも鮭が川を遡上して森の生物の栄養源になるなど、「海→森」のつながりは様々な例があると思います。しかし、海岸に落ちているごみを見てそれがイルカやウミガメ、海鳥などに影響を与えることは想像できても、ヤマネコのような森林に住む生き物にまで影響を与えるとはなかなか想像が及ばないのではないでしょうか。改めて、自然というものの複雑性を認識し、そして色々な角度から物事を考えることが大切だと実感しました。

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野生のイリオモテヤマネコ(提供:西表野生生物保護センター)

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海岸近くの漂着ごみ(提供:西表野生生物保護センター)

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漂着ごみの回収作業の様子(提供:西表野生生物保護センター)

海洋政策研究部 豊島 淳子

海のジグソーピースNo. 234 <海からの「ジグソーパズル」> [2022年01月27日(Thu)]

 私は考古学者ではありませんが、失われた世界にあったすぐに実用に耐えないような遺物の発見というロマンが特に好きです。チェスやルービックキューブがなくてももちろんのこと、銅像や絵画は眺めなくても生きていけます。しかし、こうした非機能的なものは遠い過去の時代の人間のあり方についてユニークな洞察を与えてくれるのではないでしょうか。そして、その視点は、私たちの社会を見直すきっかけにもなると思います。エジプトの砂漠や中米のジャングルなど、人を寄せ付けない極限環境には、こうしたものが多く残されていますが、最近まで行けなかった海底、特に地中海にもこうしたものが多く残っているはずです。例えば、南仏のコスケール洞窟に出入りしていた先史時代の人々の創作意欲を知る1万年近く前までは、海水面が今より100m以上低かったからです。同じように、その東にあるエーゲ海で起きた嵐は、古代ギリシャ人の心を知る新しい窓を私たちに残してくれました。私は常々、古代ギリシャ人の文学、哲学、芸術の才能に感銘を受けていますが、1900年にアンティキティラ島沖で難破した大量の荷を積んだローマのガレー船から回収された古代ギリシャの銅像の傑作品は、その感銘をさらに深めることとなりました。私が数十年前にアテネを訪れた際、これらの修復された銅像や工芸品を実際に目にしましたが、芸術家が表現しようとした理想を紀元前300年頃のイオニアの都市国家で多くの人々が共有していたであろうことに思いを馳せずにはいられませんでした。しかし、その時は、同じ難破船から引き上げられた小さな石灰化したブロンズの塊がこの古代人が持っていた全く別の天才について何かを語ってくれるとは思ってもいませんでした。

 この難破船から回収された銅像は、古代美術の再発見として、当時の文化界に大きな衝撃を与えました。その他の回収物にも驚きもありましたが、その中にあった靴箱ほどの大きさでの謎めいたブロンズの物体は最初ほとんど無視されていました。しかし、その破損された謎のブロンズ像に対する驚きは、年月を経て増すばかりで、今に至って大きな発見につながりました。

 銅像と謎の物体を積んでいたのはローマ船で、紀元前70年から60年にイオニア地方の沿岸都市ペルガモンかエフェソスから航海していたようです。クレタ島とギリシャ本土を結ぶイオニアからローマへの通商路を西に航行中、おそらく嵐に遭ってアンティキティラ島近海で沈没し、2000年後に再発見されるに至ったのでしょう。1900年、嵐を避けるためにこの島に寄った海綿採集船に乗り込んでいたダイバーが離れる前に海綿採集の試しにダイビングをしました。海に飛び込んだダイバーが海底で最初に目にしたのは、砂地から突き出た人間の手足、次に馬、人の顔などの破片、そして質素な箱でした。箱はおそらく「ついでに」という感じで持ち込まれたのでしょう。

 これらの銅像はすぐにつなぎ合わされ、よく知られるギリシャ人が理想としていたアスリートの心身の落ち着きぶりを示しましたが、その中で秀でたのは現在「アンティキティラ島のエフェベ(青年)」と呼ばれている像でした。


 一方、石灰化したブロンズの塊はあまり注目されませんでしたが、ある日亀裂が入り、それが割れてブロンズ製の歯車であることが明らかになりました。歯車の原理は古代世界でも知られていましたが、貿易船の美術品やワイン壺の中からこのような遺物が発見されることは、全く予想外でした。また、当時のものとしては珍しく、コインサイズの青銅製歯車の1mmほどの歯が正確な間隔で仕上げが施されていました。

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The register.co.ukantikythera_mechanism.jpg

 驚きはすぐさま広がりましたが、それが何であるかは、少しずつ分かってきたり、長い間壁にぶつかったり、「ユリイカ」(ギリシャ語でEurekaに由来する感嘆詞)と声をあげたくなるほど答えに悟った瞬間もありました。最初のヒントは、破片に記された数字がバビロニア時代から知られていた天文周期の月や年に一致したことでした。例えば、19は月の満ち欠けの周期の年数、252は日食の予測に使われる月の周期の月数のように。しかし、1970年代に2次元X線検査をしたところ、機械と呼べるに値する物体の中に30個もの歯車があり、しかもそれが互いに入り組んでいて、表面からは全く見えないことが判明しました。歯の正確な数を把握するのがこの段階から鍵になることも分かりました。しかし、歯が欠けたこともあり、機械そのものの用途が掴めなかったのでレントゲン写真を見ても、歯車の意味を解明するに至りませんでした。

 その後、1990年にリニアトモグラフィーという初期の3D技術を用いた2度目のX線検査が行われました。2005年には、さらに高解像度の3D画像とデジタル画像技術により、これまで読み取れなかった表面の詳細が明らかにされ、まさにユリイカの時がきました。複雑な歯車列の仕組みがはっきりと見えるようになり、中の歯車やプレートに刻まれた文字さえ解読できるようになりました。これで歯車の複雑な配列を決める論理まで分かるような手引書に当たるようなものでした。

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Scientific American, January 1, 2022; Credit: Tony Freeth and Jen Christiansen
(graphic), UCL Antikythera Research Team (model)

 この新しい情報により、歯車が当時知られていた月や太陽、5つの惑星の周期と一致していると結論づけることができました。背面には2つの文字盤があり、月の満ち欠けの周期を追跡するカレンダーを表示して、日食の発生と色まで予測していました。また、前面にはこれらの天体を実際に回転させながら表示するというミニプラネタリウムのようなものだったと考えられています。

 楕円軌道が知られていなかった時代に、「アンティキティラ島の機械」が着目したさまざまな天体の周期の関係性を理解していたことは、それだけで驚くべきことだと思います。しかし、私のようなカジュアルな愛好家にとっては、ハンドルを回すだけで難解な知識を瞬時に提供できる機械式モデルにこれらの概念を構成し、それを機械にモデル化するというアイデアが最も印象深いところでした。世界の歴史の中で先行者がおらず、ヨーロッパでは14世紀の時計まで、1500年間も同等の後継者がいなかったことを考えると偉業というしかありません。

 ギリシャの美術や建築の傑作は、原型から発展の弧を描き、その頂点に達した後、緩やかに停滞していく過程を描いています。「アンティキティラ島の機械」に関する研究者の報告では、このメカニズムを「悪魔のように複雑」と表現しているが、私にはこれほど複雑な工学的技術が、たった一度だけ突然出現したのだろうかという疑問があります。刻まれた碑文には、都市国家コリントとその植民地のひとつであったシラクサの暦学的名称との関連が紹介されているが、そこの最も有名な人物は言うまでもなくアルキメデスでした。この機械が作られた時期は、紀元前200年から紀元前70年の間と思われますが、シラクサが侵略され、アルキメデスが亡くなったかなり後となります。しかし、もしかしたら、「アンティキティラ島の機械」はアルキメデスが構想し、彼の死後も続いた研究や技術の伝統の産物である可能性もあるかもしれません。近い将来、このような海からのジグソーパズルが、偶然の産物にせよ、研究の成果にせよ、数多く生み出されることを期待したいと思います。

海洋情報発信課 ジョン・A・ドーラン

海のジグソーピースNo. 233 <好奇心を生む海洋科学のアウトリーチについて―真鍋博士のノーベル物理学賞を受けた一考察> [2022年01月12日(Wed)]

 「西高東低の気圧配置では北風が吹く」。この一般的な冬型の天気は、実は通常の流体では考えられない現象です。西が高く、東が低いのならば、風は西から東に流れるからです。このことは、次の流体力学の基礎方程式(ナビエ–ストークス)を見ても分かります。

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ナビエ–ストークス方程式(Navier–Stokes equations)

 ここでは単純化するため粘性や外力が無い場合の式にしていますが、左辺の速度vの時間tによる変化や移流は、圧力pの勾配に依存することを示しています。すなわち、圧力の勾配(傾き)の方向に流れが出来ること、また、圧力の差が強いと速い流れが、それが弱いと流れは遅くなることを示しています(∇は勾配を示す演算子)。

 では、なぜ西高東低の気圧配置のときに、流体である気体が北から南に流れるのでしょうか。それは、地球が回転しているためです。数式による説明は省略するのですが、地球上の大気や海洋といった流体は、地球の自転による回転系の流体力学の法則に従うため、等圧線と並行に流れることになります。この地衡流という法則により、他にも様々な地球上の現象を説明することができます。筆者は、これが応用物理学である気象学や海洋物理学といった地球流体力学の醍醐味のひとつと考えています。

 流体力学の方程式は、数式を展開するだけでは多くの場合に解析解を得ることが出来ない非線形と呼ばれる種類のものです。そのため数値シミュレーションを使って計算を行うことが一般的となっています。地球流体力学も同様に複雑な数式となるため、通常は「紙と鉛筆」の手計算で解くことは出来ません。しかし、面白いことに、様々な仮定を置くことで手計算でも、自然現象に見られる特徴的な現象を説明することが出来ます。先に示した地衡流という圧力と流れの関係も、地球流体力学の授業の最初に数式の展開を習います。そして、より複雑な現象に、手計算で挑戦していくこともできます。昨年、ノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎博士から比べると、かなり程度は低いものでしたが、筆者も、地球惑星物理学科に所属していた学生時代に、数学の得意な友人とチャレンジしたことを思い出します。偏微分方程式を展開していくことで、また、いま見ている現象のなかで必要のない要素を敢えて無視することで、手計算でも様々な地球上の現象を説明することが出来る。そういったことを感じられるのも、地球流体力学の魅力といって良いでしょう。

 このような科学的な部分に加えて、地球流体力学には「現業」という役割があります。天気予報が代表的な例で、日々の精度の高い天気予報は私たちの暮らしには欠かせません。また、中長期の気候変動予測も現業と呼んで良いと考えます。先般の軽石の漂流予測のような海流予測も「現業」と言えるレベルになってきました。2021年から開始された「国連海洋科学の10年」の公認事業(Endorsed Decade Actions)のなかにも、「Digital Twins of the Ocean」というプログラムがあり、全世界の海洋をコンピュータ上で可視化する試みが行われています。また、より複雑な沿岸域についても、同じく公認事業である「Coast Predict」というプログラムが「現業」としての沿岸予報にチャレンジしていきます(詳しくは『Ocean Newsletter』第514号をご参照ください)。

 「現業」では社会に役立つという大きな意義があり、その精度向上などに貢献することは科学者にとってもやりがいのある仕事です。このような「現業」での数値予測精度の向上とあいまって、科学的な発見も行われてきました。真鍋博士の業績に限らず、山形俊男博士によるインド洋のダイポールモード現象の発見など、いくつも好例を見ることができます。一方で、精度向上などの社会からの要請に応えるあまり、ともすれば科学的興味を見出しにくい分野になりやすいのも確かです。最近では、スーパー・コンピュータを活用した研究そのものが、とても大規模かつ複雑となり、一般の方に科学的な面白さを伝えることが難しくなりつつあることは否めません。

 そこで、このような海洋科学を含む地球科学の特徴を踏まえて、若い世代に興味を持ってもらえるようするための一つの方策として、第一線の科学者による一般向けのアウトリーチについて、本稿の後半で紹介してみたいと思います。と言うのも、日本の科学界全般に言えることですが、この分野においても若い科学者の減少が課題となっており、科学界の高齢化の進行が顕著になっているからです。

 筆者がこの分野を志した要因となった本に、野崎義行博士による『地球温暖化と海』という一般書があります。この1990年代の本では、海洋に二酸化炭素が吸収されるメカニズムを分かりやすく示すとともに、そのメカニズムだけでは、実際に海洋に吸収されているだろう推定量を説明することが出来ないという「ミッシング・シンク(不明な吸収源)」という課題を提起していました。当時、「それならば自分で課題に挑んでみよう」と思ったのを今でも覚えています。その後、大学院において真鍋博士の論文も参照にしながら、大気モデルと海洋モデルを結合した気候モデルを構築して、海洋深層循環の再現を試みました。残念ながら家庭の事情もあり修士課程後に就職したため研究そのものは中途半端で終わりましたが、現象を簡略化しながら、当時のスーパー・コンピュータのレベルでも計算できる気候モデルを構築していった修士課程の日々は楽しいものでした。

 筆者は、若者向けのアウトリーチとして、野崎博士のような一般書が重要と考えます。最前線の科学者が提示する課題が、科学者の卵たちの関心をくすぐるためです。例えば、最近のそのような一般書として、磯辺篤彦博士による『海洋プラスチックごみ問題の真実』があります。海洋プラスチック問題について最新の科学的知見をもとに詳しく紹介している本ですが、実は、この本でも「ミッシング・シンク」が取り上げられています。それは、微少なプラスチックが何故か海洋中で観測されないという現象で、最新の科学でもまだ説明ができていない課題です。このような最新の科学でも分からない課題(謎)こそ、科学的興味を呼び起こすもので、昔の筆者のように「ワクワク」するような若い世代がどんどん出てくることを期待しています。

 最近では一般書だけではなく、YouTubeなどのツールを通して科学者の成果や課題を知ることも出来るようになっています。海洋政策研究所でも、2017年の真鍋博士の講演会の様子を、博士の許可を得て昨年10月にYouTubeから配信しました(こちらからご覧ください)。音声と写真、講演資料から構成した動画ですが、とても生き生きと楽しそうに講演される博士の様子を音声から知ることが出来ます。


真鍋淑郎博士 特別講演会「地球温暖化と海洋」(2017年10月31日)

 奇しくも、「国連海洋科学の10年」では“An Inspiring and Engaging Ocean(夢のある魅力的な海)”という7つめの社会的成果が注目されています。世界の人びとが海の理解を通じて行動することが大切だからです。コロナ禍ということもあり、最近では磯辺博士のように一般書を執筆される科学者も多くなっています。本稿を読んで、そのような本を手に取ってみたいと思って頂ければ幸いです。

海洋政策研究部主任研究員 角田 智彦

海のジグソーピースNo. 232 <函館市の水産業の現状と新たな取り組みの紹介> [2021年12月23日(Thu)]

 世界的な新型コロナウイルス感染症の拡大、漁業者の高齢化、地球温暖化による海洋環境の変化等が要因となって日本の漁獲量は全国的に減少傾向にあります。このような状況を打破するために、今後水産資源の適切な管理と水産業の成長産業化を両立させるような新たな取り組みを行う必要があります。

 今回はそのような地域の事例として、日本を代表する水産都市である北海道函館市のイカ釣り漁業、昆布漁業の現状、新たに取り組まれる予定のキングサーモンの養殖事業、そして今後新たに考えられる水産業の振興策についてご紹介したいと思います。

 まず、スルメイカ漁業についてですが、函館市ではイカ釣り漁師の廃業が続くなど、厳しい状況が続いています。廃業の主な理由は後継者不足とイカの漁獲量の不安定化です。また、最近では、燃料費の高騰も大きな課題です。前浜でのイカ釣り1回で、ドラム缶4〜5本の重油を使用します。昨今の油代の値上げでドラム缶1本およそ2万円かかるため、経営に大きく響いています。集魚灯の電気量を抑えるためにLEDの導入も検討したそうですが、以前ほどの集魚効果がなかったために元通り白熱灯を使用している漁業者が多いそうです。

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写真1:函館漁港の船入澗防波堤とイカ釣り漁船

 次に昆布漁業ですが、こちらも状況は芳しくありません。函館市では主に真昆布やガゴメ昆布が漁獲されますが、昆布の生産量は減少傾向にあります。理由は経済的な課題と環境的な課題があります。まず経済的な側面として、昆布は収穫作業に時間と燃料費がかかる一方で市場での価格が低いため、漁業者にとって漁獲するインセンティブが少なく、漁獲量がなかなか増えません。また、環境の側面では、昆布の生産量が減ってしまう要因として水温の変化、食害等があります。気候変動の影響で水温が上昇したため、函館市の天然昆布の分布が変化したり生存率が下がったりしています。加えて、水温の上昇によってアワビ、ウニといった昆布を食べてしまう生き物の活動が活発化したため、食害が増えています。既に昆布の移植用幼体を培養して、海中のモニュメントに植え付けて藻場を造成する技術はあります。しかし、上記の要因に対して頑健な昆布はまだできていないので、昆布を増やすまでには至っていません。

 漁獲された昆布は加工され、様々な食品として販売され、函館市に一定の経済効果をもたらします(写真2および3)。しかし、コストの問題から昆布を乾燥させるのに効率の良くない機械を使ったままだったり、昆布の生産・流通量が上記の理由から不安定だったり、コロナで百貨店での販売がなくなったことなどを受けて、思ったように昆布の加工食品を生産・販売できなくなっています。

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写真2(左):函館空港のレストランで提供されているがごめ昆布が入ったラーメン。
写真3(右):函館梶原商店で店頭販売されている様々な昆布加工食品

 以上のようにイカ、昆布ともに生産量が減少している函館市では、地域の漁業を支えるために新たな取り組みが必要になります。実際に函館市では令和3年度から10年度までキングサーモン(天然マスノスケ)の完全養殖技術に関する研究を推進しています。まずは浮沈式生け簀を使った海面養殖でキングサーモンの種苗生産を行い、その後陸上での完全養殖を行う予定です。このような取り組み以外にも我々は、イカの高鮮度・高付加価値化、昆布の新しい乾燥機械の導入による生産の効率化、そして天然昆布を保護し二酸化炭素の吸収源としてクレジット化するなどの取り組みが、函館市の漁業を支えるために役に立つのではないかと思います。今後は理論面だけでなく、実証面でも持続可能な海洋経済の構築に貢献できるように引き続き事例研究を邁進します。

海洋政策研究部 田中 元

海のジグソーピースNo. 231 <近代海洋絵画史にみる科学とアートの関わり> [2021年12月10日(Fri)]

 「国連海洋科学の10年」で社会的成果として挙げられている7つの目標、すなわち「7つの海」の一つに、「夢のある魅力的な海(an inspiring and engaging ocean)」があります。これは科学コミュニティが人間の生存・経済活動に直結する要素に加えて内的な要因を重視することを表明したという点で、非常に重要な一歩であったと言えるでしょう。Claudet 2020によると、海洋リテラシーの向上は、科学・経済とならんで海洋におけるサステイナビリティ確立のための柱の一つであると考えられています。海洋リテラシーの向上を目指す上で、科学と社会を繋ぐための「科学コミュニケーション」が重要視されていますが、その一つの表現方法の一つにアートの存在が挙げられます。2021年11月にイギリス・グラスゴーで行われたCOP26 におけるVirtual Ocean Pavilion(VOP)オープニングイベントでも、海洋酸性化をテーマとした詞が朗読され、科学とアートの一層の結びつきに対する期待が述べられました。そこで今回のブログでは、科学コミュニティからアプローチされることが未だ多いとは言えない科学とアートの関係について、歴史を振り返りながら考えてみたいと思います。2021年に入ってから、フランス近代派ゴッホ印象派といった近代絵画に関する展覧会が国内各地で開催されていることや、印象派絵画の巨匠であるクロード・モネの誕生日(11/14)を先日迎えたことを踏まえ、アートの中でも近代絵画、特に近代の海洋絵画にスポットを当ててみることにします。

 18世紀から19世紀に起こった産業革命に伴う科学技術の発展は、近代美術の誕生そのものに影響を与えたと言われるほど、大きな変革をもたらすものでした。鉄道や蒸気機関など新しい輸送形態と産業の誕生は、人々の生活や労働形態を変化させただけでなく、都市部への人口集中や資本主義の発達にも寄与しました。交通網の整備や新聞・雑誌の登場、そしてフランスで起こった市民革命も相まって、これまで一部の権力者に限られていたアートの鑑賞が一般市民にも広がる、いわゆる「文化の大衆化」が起こりました。当時の西洋画壇において隆盛していた新古典主義は形式や主題・写実性を重んじるものであり、歴史画・宗教画を至高とし、風景画を低俗なものとする伝統的な価値観が色濃く残っていました。この中で、上述した社会背景の変化から、美とは様式に囚われた絶対的なものではなく、既存の各個人がもつ主観的なものである、という価値観の多様化が生まれました。現在ロマン主義と呼ばれている絵画群は、これまで重視されていた理性や合理性に対し、絵画の上に自己の心情を投影することを目指したものです。イギリスの画家ウィリアム・ターナーは、海の風景画を多く描きながら、その中にある人間の存在をはるかに超えた強大な力を表現しようとしました(図1)。今日私たちの周りで多くみられる「メッセージ性」を持つ海洋絵画のルーツとして、この時代は重要な意味を持っていると言えるでしょう。ロマン主義の台頭に対し、画家の主観すらも徹底的に排除し、私たちの目に映るありのままの自然や人々の暮らしを描こうとしたのが、19世紀中ごろのフランスを中心に起こった写実主義です。ギュスターブ・クールベは、伝統的な手段を否定し、目の前にある風景に対して脚色も現実逃避もすることなく、ありのままの自然を描きだすことを目指しました(図2)。私たちが美しく愛おしいと感じる、ありのままの海を描く風景画は、この時代に端を発していると言えるかもしれません。クールベは作品を通じて社会的声明を発する社会芸術家としても知られており、農民や労働階級などの現実をありありと描きだしています。これも科学技術発展の反動として広がった市民の間の貧富の差をとらえたものであり、その意味で間接的にではあれ科学とアートが交わった例と言えるかもしれません。その後、ロマン主義で重視された個人の感覚世界、そして写実主義で目指されたありのままの自然の描写は、自然を通して画家の目が捉えた一瞬の光を描くという印象派絵画に結実していきます。

 ヨーロッパ内部における文化芸術の価値観の変容に加え、輸送・旅客技術の発達、それに伴う西洋列強の植民地化の進展は、海を越えた世界、すなわち西欧から見た異文化との接触を加速させました。19世紀中盤以降は万国博覧会が開催されるようになり、オリエンタリズム(東方趣味)やジャポニスム(日本趣味)など、これまでの西洋画壇になかった対象や画法が見られるようになりました(図3)。また、写真技術という新たなメディアの出現は、写実絵画の地位を脅かすことになりました。画家たちは「絵画でしか表現できないもの」の追求を意識するようになり、新たな表現様式や、人間の内的世界の描写に挑戦しました。このような流れの中でフォービズムやキュビズムのような技法の探求が試みられ、のちにダダイスムやシュールレアリスム、そして抽象絵画といった想像力を重視する美術運動が発展することとなります。

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図1:ターナー「難破船」
(ロンドン・テート・ギャラリー蔵)

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図2:クールベ「エトルタ海岸、夕日」
(新潟県立近代美術館・万代島美術館蔵)

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図3:ゴーギャン「ファタタ・テ・ミティ(海辺で)」
(ワシントンDC・ナショナル・ギャラリー・オブ・アート蔵)

 このように、様々な形で近代絵画の形成・進展に寄与した産業革命ですが、人間活動の拡大によって生まれた地球環境問題という負の影響が長い時間を経て表面化してくるのに応じて、皮肉にも新たな文化芸術の展開に結びつくことになります。それが、近年気候変動や生物多様性の減少、海洋プラスチックなど人類共通の課題に対して、蓄積された科学的エビデンスも踏まえた上で、サステイナビリティの重要性についてアートを通して啓発しようとする試みです。このような現代美術の特徴は、海の美しさそのものをinspireするのに限らず、海における課題について人々をinspireする、という現代特有のものとなっています。現在も、海洋研究開発機構ウッズホール海洋研究所水産研究・教育機構などの科学者コミュニティに属する様々な研究機関が、アートを通した海洋リテラシー向上のための多様な取り組みを実施しています。

 世界は海で繋がっています。そして、アートは国境も言葉も超えます。だとすれば、これらの間の結び付きについて可能性を模索するのは、非常に自然な発想ではないでしょうか。
アートが超えるのは言葉だけではありません。ターナーの海が肌に打ち付ける波の冷たさを、モネの海が柔らかな潮風と陽光を感じさせてくれることは、アートが時代も越えて私たちをinspireすること、そして海とのengagementを再確認させてくれることの証明であると言えるでしょう。このような、科学とアートという、より広い意味での”Transdisciplinary”な取り組みを前に進めるための機会としても、海洋科学の10年に寄せられる期待は大きいと言えます。私たちの目の前にある美しい海を写実的に描いた作品が、200年後に「古典主義絵画」と言われないような世界になることを願っています。

海洋政策研究部 田中 広太郎

海のジグソーピースNo. 230 <『52ヘルツのクジラたち』を読んで> [2021年11月24日(Wed)]

 『52ヘルツのクジラ。世界で一番孤独だと言われているクジラ。その声は広大な海で確かに響いているのに、受け止める仲間はどこにもいない』…町田そのこ著『52ヘルツのクジラたち』の一節です。

 そんなはずはありません。なぜなら、大型ヒゲクジラの音声について少なくとも数百編の論文が出ており、52ヘルツはありふれた周波数とわかっています。シロナガスクジラに録音機をとりつけて記録した音声をあらためて見直してみても、確かに52ヘルツの成分を含んでいました。しかし、読まずして安易な指摘をすべきではありません。鯨類の音響学を研究してきた者として、タイトルが気になりながらも近くの書店で買い求めたのは出版後1年以上も経ってからでした。

 物語は、知られたくない過去を抱えた主人公のキナコを中心にすすみます。彼女を救い出したアンさん、ひょんなことで知り合った子供、それぞれが助けを求めて発した52ヘルツの声は誰にも届きません。たぶんかれらを虐げた人たちも、どこかで52ヘルツの声を上げていたに違いないのです。聞こえない声を聴いてくれるひとがまわりに一人でもいれば、その声に耳を澄ます時間を身近なひとたちが少しでももてたら、こんなに悲しくてつらいまま生きなくて済んだかもしれません。

 世界で一番孤独だと言われている52ヘルツで鳴くクジラは、実は観測事例に基づいています。最初に報告したのは、著名な鯨類学者のワトキンス(William Alfred Watkins)博士です。沈没したタイタニック号を発見したウッズホール海洋研究所に所属する博士が、同研究所の発行する技術レポートとして2000年に出版しました。この報告によれば、すでに知られていたシロナガスクジラやナガスクジラの音声に比べて52ヘルツは高い周波数で、類似の音は他に記録がありませんでした。後年の論文では、声の主はシロナガスクジラとナガスクジラのハイブリッドと推測されています。最近の知見を加えれば、アラスカ沖の摂餌域でよくみられる比較的高い周波数の社会性コールを発しながら、南下したクジラではないかと思われます。もしかしたら、歌を歌わない雌だったかもしれません。繁殖期の雄のクジラは歌を歌います。その声は低く、雌の誘因や同種の雄に対する誇示の機能があるといわれています。一方で、雌は繁殖期に雄の歌を聴いてその品定めを行っているとのことです。

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地球上でもっとも体重の大きな動物であるシロナガスクジラ
(アイスランド北部沖。撮影:Maria Iversen)。
追いかけるゴムボートと比較するとその巨大さがわかる。発する鳴音は極めて低い周波数であるが、摂餌海域では52Hzの成分も含む。

 他者に自分の声が届かない状況というのは単なる比喩ではなく、海中で現実に起こりつつあります。海中の人工騒音レベルが近年増えてきているためです。人工的に発せられる騒音の周波数はクジラの音声に近いためマスキング効果があり、コミュニケーションできる距離が短くなっている可能性が指摘されています。冷戦終結後の1990年代から海中の音響観測装置やデータが民間でも利用できるようになり、海の騒音問題が徐々に明らかになってきました。

 ところで、雑音が多くなり本当に必要な情報が届かなくなっているのは、なにもクジラに限ったことではありません。情報の洪水に悩まされ、日々忙しく過ごしている現代のヒトも似たようなものではないでしょうか。あまりに多くの情報に晒されていると、かえって大切なものが捉えにくくなります。高速デジタル網で世界が瞬時につながる社会では、大量の情報がやりとりされているのに届けたい気持ちが届かず孤独さが増しているようにもみえます。コロナ禍で増えたオンライン会議で相手がほんとうに伝えたいことが受け止められているのでしょうか。

 『52ヘルツのクジラたち』では、虐待、離婚、介護、ジェンダーなど、難しいテーマが次々と突きつけてきます。それでも聞こえない声を聴こうと努力する主人公たちの物語に対して、鯨類音響学者としての野暮なコメントは不要だと思います。一読者として、素直に心に響く本でした。

海洋政策研究部長 赤松 友成

海のジグソーピースNo. 229 <海を超えた「海洋フォーラム」> [2021年11月10日(Wed)]

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行から1年以上が経過し、「新たな日常(new normal)」が定着しつつある今日この頃です。そんな中でも、我らが海洋政策研究所は日本国内のみならず、世界の海洋政策に資する知見の創出と普及に日夜取り組んでいます。この「新しい日常」の中でも、大きく変わったものの1つはシンポジウムや研究会のオンライン開催でしょう。当研究所もこれまで東京虎ノ門の当財団ビルにて毎月対面で開催していた海洋フォーラムを2020年5月からオンライン開催に切り替えています。

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第182回海洋フォーラム(2021年6月16日開催)の様子
(太平洋島嶼国の有識者の方に現地から参加していただきました)

 この結果、みなさんに直接対面でお会いし、さまざまな意見や情報を交換するという海洋フォーラムの位置付けは大きく変わりました。一方で、海外のみなさんが多く参加されるようになったことは、とても大きな変化だと感じています。また、これまでは準備や調整に多くの時間を要していたものがスピーディーに開催できるようになったばかりでなく、東京や大阪などの大都市のみで開催していた海洋フォーラムをそれ以外の地域でも開催できるようになったことも大きな変化だと思います。そう考えると、COVID-19によって、海洋フォーラムは空間も時間も超えることになったのではないでしょうか。

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第186回海洋フォーラム(2021年10月28日開催)の様子
(ノーベル物理学賞の発表直後から準備をはじめて、数日後に開催が決定しました)

 100年前のスペインかぜのようであれば、もうしばらくCOVID-19の大流行は続くと思われます。まず当面はオンラインで、アフターコロナの際には、ぜひみなさんがお住まいの街で開催できればと思います。そんな「新しい日常」が訪れることを楽しみに、それまでみなさま、お元気でお過ごし下さい!!

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第182回海洋フォーラム(2021年7月20日開催)の様子
(葉山マリーナの屋外デッキという本当に外部(=野外)での開催となりました)

海洋政策研究部 小森 雄太

海のジグソーピースNo. 228 <海洋を巡るパラオ・ウィプス新政権の課題と展望> [2021年10月20日(Wed)]

 今月10月3日(日)に成田を出て日付が変わる深夜、パラオの空港に降り立ちました。コロナ禍後初めてとなる1年8か月ぶりの出張です。パラオ到着後の簡易検査時に左手首に青のビニールのリストバンドを付けられ、5日目のPCR検査で陰性が確認された結果、ようやくリストバンドを外すことができました。そして、10月12日(火)にスランゲル・ウィプス Jr.大統領と執務室で懇談を行いました。

 オンラインの会議で挨拶をさせてもらったことがあったものの、ウィプス大統領とお会いするのは初めてで、背が高く、機転が利いて、実務的との印象を受けました。53歳、アメリカで生まれ、教育を受け、小売りや建設といった実父の事業を兄弟3人で受け継いで展開する実業家といった経歴からも頷けます。先月末にニューヨークの国連総会で演説を行い、前の週に帰国したばかり。今回の懇談では、来年2月にパラオが開催する「私たちの海洋会議(Our Ocean Conference)」の準備、海洋政策研究所との連携、海洋や沿岸環境保全等に関する日・パラオ連携等について意見交換を行いました。ウィプス大統領は11月にイギリス・グラスゴーで開催される気候変動枠組条約締約国会議(COP26)に出席を予定していて、その往路ワシントンDCに立ち寄る予定だといいます。3度目の訪米を控える一方、大統領就任後、未だ訪日が実現していないウィプス大統領は、早期に訪日が実現すること願っていると話していました。

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Photo 1 スランゲル・ウィプス Jr. パラオ大統領との懇談(関係者撮影)

 来年2月に開催が予定されているパラオでの「私たちの海洋会議」にはアメリカのジョン・ケリー大統領気候変動特使も出席を予定していますが、COP26への参加も予定しています。また、アメリカのバイデン大統領もCOP26に出席するとの報道がなされています。パラオは気候変動問題と密接に関係しています。10月初旬に長雨と豪雨が続いたパラオでは、先週10月11日、「気候変動がパラオを猛襲」との見出しと共に土砂崩れや道路の陥没、冠水の写真がパラオの地元の週刊新聞に掲載されました。

 現在パラオには、アメリカ海軍の遠征高速輸送艦「シティ・オブ・ビスマーク」が停泊しており、100人とも300人とも言われる乗組員が、パラオの飲食店に多少の活気をもたらしています。他方、今年夏に海上自衛隊の護衛艦「かが」を含む3隻がパラオに寄港した際には日本の感染予防策の理由で乗組員はパラオに上陸しなかったとのことでした。また、パラオ南部のアンガウル島では老朽化していた滑走路の改修に併せて、米軍関係者用の住宅などの整備が進んでいるとも聞くことができました。

 10月14日(金)には、日本財団の支援で改装されたニッポン・アサヒ野球場でのナイトゲームを観戦しました。現地の人は「メジャー・リーグ」と呼んで、8チームが「パラオ・メジャー・リーグ(PML)」と刻印された公式野球を行っています。「Ishkawa」や「Inawo」と日本の選手を彷彿させるような名前を背番号の上に記した若者もいました。あわやホームランという大ファールには「オシイ」の声。野球はアメリカ生まれでも、野球用語には日本語がたくさん残っているといいます。前日の雨で順延された当日の試合では、ホームランが飛び出し9対0の5回表、あと1点でコールド勝ちという勢いでスタンドが盛り上がる中で、突然の停電。30分たっても電気が戻らずノーゲーム、再試合となってしまいました。

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Photo 2 ニッポン・アサヒ野球場で選手や審判と交流(関係者撮影)

 日本と歴史を共にし、日本の文化を色濃く残すパラオ。理想と現実を見据えて、日・パラオの連携を進め、持続可能な海洋の実現に向けて両国、そして海洋政策研究所が牽引的な役割を果たしていくことを願っています。

海洋政策研究部主任研究員 小林 正典

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