• もっと見る

海洋政策研究所ブログ

海洋の総合管理や海事産業の持続可能な発展のために、海洋関係事業及び海事関係事業において、相互に関連を深めながら国際性を高め、社会への貢献に資する政策等の実現を目指して各種事業を展開しています。


海のジグソーピース No.219 <「ジュゴンの暮らす島」に暮らす若者たち> [2021年06月02日(Wed)]

 今年から正式な取り組みが始まった国連海洋科学の10年では、活動の一つとして海洋若手専門家(ECOP: Early Career Ocean Professional)の育成やネットワーク拡大などが進められています。このブログが公開される2021年 6月 1-2日にかけて、オンラインイベントVirtual ECOP Dayが開催され、世界中のECOPたちが活動の紹介を行う予定です。これを契機に、研究者だけでなく多様な分野のECOPが相互に関われるような機会が少しずつ構築できればいいと思います。

 ECOPが持つエネルギーについて、実感したことがあります。私は以前、タイのタリボン島という場所で海産哺乳類ジュゴンの鳴き声の研究を行っていました。バヌアツのジュゴンについて2019年12月のブログで紹介されていますが、ここタリボン島には国内最大のジュゴン個体群が生息しており、ジュゴン保護区策定に向けて関係者間で協議中です。この島の大きな特徴として、ジュゴンウォッチングが重要な産業の一つとしてすでに組み込まれている点が挙げられます(図1)。漁業・生ゴムのプランテーションが主な生業であったこの島で、島外部からの観光客誘致、ならびに雇用の創出のために、ジュゴンは大きな役割を果たしています。ジュゴンが自分たちの生活に直結しているという背景も理由と思いますが、島の人々、特に若い世代の保護活動への参画意識は非常に高いです。

image001.jpg
image003.jpg
図1 ジュゴンウォッチングの様子(上)と見つかったジュゴン(下)
(出典:海辺のフィールドワーカー

 研究機関がジュゴンに関するワークショップを開催すると、多くの若者が集まり活発な議論が行われます(図2)。主に若者から構成される複数のNGOが活動しており、海草藻場の定期観察や、漁網にジュゴンが混獲されていないかのパトロールがなされています。実際に、絡まっていたジュゴンをレスキューしたこともあると、何人かの若者が照れくさそうに教えてくれました。彼らは、島の周りの海に関してはプロフェッショナルです。どのような種類の漁がどのあたりで行われるか、ジュゴンはどのあたりでよく見られるか、よく知っています。雇用が限られる状況の中でこの島に残る貴重な若手を取り込むことは、持続的な保護区マネジメントのためにとても重要です。この現地住民によるボトムアップ的な生態系保全とエコツーリズムに対する取り組みは、一つのモデルケースとして考えられるのではないかと思います。この島に限らず、大きなエネルギーを持つ若手世代に対してアプローチし、対話を図ることは、持続的なエコツーリズムと生態系保全を目指すうえで重要な要素の一つなのではないでしょうか。

image005.jpg
図2 研究者とのワークショップに集まったタイ・タリボン島の若者たち
(筆者撮影)

 調査中(タイではなくマレーシアですが)のある晩のことです。仲良くなった島の子どもを膝の上に載せ、ジュゴンの鳴き声を探してその日録れた水中音をPCで聞いていました。PCから「ピヨピヨピヨ」というジュゴンの鳴き声が流れた瞬間、彼が目を輝かせてこちらを振り返りました。私が「これはジュゴンの鳴き声だよ」と教えてあげると、「ジュゴン!ジュゴン!」と嬉しそうに何度も音を再生する少年。ささやかではありますが、こうやって海洋生物に興味を持ってもらうことは、Public Awareness向上のための1つのステップではないかと期待してしまいます。あわよくば、彼が将来のECOPになってくれないか…というのは、おそらく行き過ぎでしょう。しかし、きっかけとは大抵、些細なことではないかと思うのです。昔日本丸を見たNOAA高官のように−−小学国語の教科書に載っていた、「歌うクジラ」を読んだ私のように。

海洋政策研究部 田中 広太郎

コメント