東京音訳グループ連絡会 講演会報告
「視覚障害者の読書の現状と課題
〜今後の音訳者に求められる知識と技能〜」
講師:松井 進氏 千葉県立西部図書館 読書推進課
日時:令和元年10月15日(火)午後1:30 〜3:30
会場:飯田橋セントラルプラザ10階 A・B会議室
参加:39グループ 74人
松井 進氏プロフィール
1971年、千葉県生まれ。先天性緑内障を患い、統合教育を経て中学から盲学校へ。千葉県立千葉盲学校卒業後、米国オーバーブルック盲学校インターナショナルプログラムに参加。コンピュータプログラマーとしての訓練を受ける。1992年、点字による公務員採用試験を経て、千葉県庁職員に採用。
現在は「千葉県立西部図書館」に勤務。
一方、盲導犬に関する著作も多く、録音版、点訳版、大活字版、電子書籍版などの多媒体出版を実現して読書のバリアフリー活動を牽引。また当事者の立場から買う読書、借りる読書の実現と充実を目指して研究開発や普及活動に取り組んでいる。
盲導犬、黒のラブラドールレトリバー「ジョバンニ君」と共に会場にお越しくださった松井さん。
冒頭、台風19号の影響でお勤め先の西部図書館の書庫が水漏れの被害にあったことに触れられ、「何かと大変な中、多くの方々にお集まりいただいたので、少しでもいい情報を持ち帰っていただけたらと思います。」と挨拶。利用者としての立場から、また障害者サービス実務者としての立場から、忌憚のないご意見と将来展望を幅広く語っていただきました。
(内容は以下の通りです。)
1.視覚障害者の3つの問題<読み・書き・移動>をどう克服しているか

一般に外界からの情報の80%以上は視覚を通して得ているといわれるため、視覚障害者は別名「情報障害者」ともいえる。
@ 読み…点訳(視覚障害者の約9%しか読めない)、録音図書、大活字、対面朗読、OCR(文字読取装置)、PC&スマホなどの利用。
A 書き…PC、スマホ、代筆サービスなどの利用。
B 移動…白杖、ガイドヘルパー、盲導犬の利用。
*盲導犬メモ:日本の視覚障害者は約353,000人、盲導犬は約950頭(東京には約80頭、千葉には約30頭)一般のペットとの違いはハーネス(ハンドル)を付けていること。
ジョバンニ君は講演中もハーネスを付けてお仕事中。吠えない、噛まない、騒がない”の訓練通り、講師の足元に伏せて静かに存在を消している。
ジョバンニ君は薄いコートのような洋服を着用。それは、抜け毛予防のためであり、周辺への配慮。そして逆に、伏せることも多いので自分が汚れないためでもある。
C 情報障害…インターネットやEメール、TV・ラジオなどの活用。
・近年ではスマホなども積極的に利用されている。
2.図書館利用に障害のある人とは→2極化が進展している実態

図書館利用の具体的障害…@物理的な障害 A資料利用の障害 Bコミュニケーションの障害
・障害はかつての医療モデルから社会モデルへと変化している
「医療モデル」:医療的な欠損部分をどう補うか、障害者が努力して、リハビリテーションをして少しでも一般の人に近づく、という考え方
↓
「社会モデル」:社会的な障壁、不便さを社会がインフラを整備していくことで克服し、障害のあるなしに関わらず平等な社会を作っていこう、という考え方。ユニバーサルデザインに反映。
・自己責任時代から共同の支え合いに意識の変革が必要
3.私が読書問題に取り組むようになったきっかけについて

幼児期からの自らの読書方法、その変化…弱視児から全盲へ
・読む方法の変化…一般文字→(小学校高学年から)拡大コピー&大活字→(中学生から)点字&
録音図書→(高校生から)PC→(数年前から)スマホなど
・補助具の変化…眼鏡→ルーペ&単眼鏡→拡大読書器→音声読書機器&PC
・書く方法の変化…鉛筆→濃い鉛筆→サインペン→太マジック→レーズライター→点字板→PC
*私はかつて点字の触読に苦労した。盲学校に入った頃は幼稚園レベルの点字力と言われた。英語、数学の記号が読めず、試験で人生初めての0点を取ったことも。2年間くらいは低空飛行が続き、将来何ができるのかと悩んだ。
点字には基本的に漢字がない。先天性の視覚障害者で点字しか知らない人は漢字を知らなかった。私はPCを使うようになってやっと漢字仮名文の読み書きを復活させ、漢字文化に浸れると感じた。でも、PCを使う上での同音異義語、同音異字には泣かされた。
・最近ではスマホを積極的に活用して情報収集・発信する人も多くいる。時代の変化を感じる。
4.音訳者の役割
・音訳とは、視覚障害者など通常の活字による読書が困難な人たちに対し、文字や写真・図表・グラフなどの視覚情報を文字に置き換えて耳での読書に繋げる仕事。
読みの技法だけでなく、図や写真、表やグラフなどの視覚情報を言葉に代える技能の習得も重要。また、読み方の調査、図や写真などの説明文作成など、下準備が大切である。
・漢字や同音異義語など相手が誤解する恐れのある言葉には、適宜説明を加えていただきたい。
・本来は図書館の職員の仕事。公共図書館では些少ではあるが、謝金の支払い、または機材提供などでお礼をするよう努力している。
5.私と録音図書との出会い
*点字習得に苦労していた頃、録音図書を使うようになった。録音図書を片っ端から聞きまくった。通学時間も利用して、年間テープ1000本くらいは聞いた。点字が読めなかったから録音図書で勉強もしていたのだ。そんな時、点字図書館に勤めていた経験のある晴眼者の図書館司書の方が産休補助で盲学校の図書室に来ておられ、「目が悪くても図書館に勤めて、目の見えない人向けに情報提供している人達がいるんだよ」と教えてもらった。これこそが、復活のきっかけ。私の人生を変えた。

どのような録音図書は聞きやすいのか?聞き辛いのか? 様々な録音図書を聞いてみる
@ 良い音訳
表紙の説明 講師著「Q&A盲導犬 ともに暮らし、ともに歩き、広がる社会」より
表紙カバー/地の色、3枚の写真の内容、タイトルとのレイアウト、タイトル・副題文字の色、吹き出し・帯状のデザイン、著者名、出版社名など。
裏カバー、背、表カバー折り返し・裏カバー折り返し・本体表紙、遊び紙・扉/内容と写真説明
*表紙がイメージできる。さっと捲ってしまう表紙にこれだけの情報量のあることを我々視覚障害者は知るすべがない。だから、表紙の説明も大切。目で一瞬に捉えられる情報が耳からの情報に置き換えるとこんなにも大変だということ。
A 合成音声
今日の新聞社会面、書籍「図書館利用に障害のある人々へのサービス」他
*少々違和感はあるが、最近では結構きれいに聞けるようになってきた。
“早い・安い・まずい”のが合成音声。内容を理解するだけなら利用価値あり。
でも聞き心地は良くない。利用者の好みは分かれる。
B 悪い音訳
合成音声みたいな機械的な読み、独特のリズム・節、語尾が伸びる、声が暗い、声が震える、などのサンプル
*聞くに堪えない音訳、これなら合成音声のほうがいいと思える音訳もある。音訳は尊い行為、感謝もしているが、聞くのがボランティアになってしまうことも現実にはある。

iPadでキンドルの電子書籍を聞く
*ダウンロードして勝手に読ませるだけ。合成音声、はっきり言ってかなり使えます。

サピエ図書館から
「新着図書情報」や「人気のある本」の検索、「シネマデイジー」と「テレビデイジー」(NHK
「ひよっこ」タイトルロールの場面)を聞く。人気のサービス。

マルチメディアデイジー図書を聞く
音声とその部分のテキストや画像等を同時に再生できる。文字の大きさ、色、行間、読み上げ速度の変更も可。伊藤忠記念財団が製作し、特別支援学校などに寄贈。学習障害者、知的障害者ら視覚障害以外の人たちが利用できると大変期待されている。
6.録音図書利用の実態→利用者の置かれた環境や立場によりニーズは様々

PCやスマホを使い自力で情報を入手できる人と支援機器が使えずに困っている人が2極化している。
*スマホの音声アシスタント機能を使って対話型のやり取りを実演。「ここはどこ?」「今日の天気は?」「1ドルはいくら?」「この近くの飲食店を教えて」etc.
・中途視覚障害者が増加傾向にあり、高齢者も多い…点字の習得やPC操作ができない人は圧倒的に多いので、録音図書が大変活用されている。
・学生向けのサービス…勉強する時に録音図書が必要だが、時間がかかりすぎて待てない。
→本を預かって裁断し、PDFファイルにして利用者に送る。ただ合成音声による誤読が多い。
→OCRソフトでテキスト化、聞きやすいデータにして提供することも。圧倒的に学生さんが多い。
・娯楽性も重要…歴史小説、成人向けの図書(自分で検索、ダウンロードして読めることが大事。
女性音訳者は読み辛いと思うが、もっと音訳してあげて欲しい。)
・災害支援情報、地域生活情報の必要性がさらに増している…広報の音訳は行政の仕事、税金で行うべきことなので、対価をもらうべき。
・速報性の重要性
*DAISY雑誌を聞いてみる。「週刊朝日」10/18号、「週刊現代」10/12・19合併号など
速報性を確保するため大勢の音訳者で読む。人海戦術。ほぼ1週間遅れのデータアップ。
7.音訳者に求められる技能
@ 朗読技法の習得
A 図や写真、表やグラフなどの視覚情報を言葉に代える技法の習得
B 読み方の調査方法の習得
C 録音操作の習得(PCまたは専用の録音機器)
*音割れや、ヒスノイズのある録音を聞く。
→ボリュームコントロールの方法を覚えたり、ヒスノイズを削るソフトを使用するなどして防止して欲しい。
D 技能を高め継続して音訳をおこなうためには、初級講座終了後も定期的にスキルアップを目指すための講座を開催するのが望ましい。また、各地で音訳技法習得のための様々な講座が開催されているので、技術を磨いて欲しい。
E 活動の舞台も自分たちのボランティアグループ内だけでなく、点字図書館や公共図書館のほか、別の活動をしているグループに目を向けたり、音訳だけでなくガイドヘルパーをするなど幅を広げていただくのもいいと思う。
8.情報の伝え手としての音訳者の役割
@ 利用者のニーズに寄り添ったサービスを
A 利用者との接点の必要性…「視覚障害者を知らずして音訳は知らず」利用者を知らないと音訳だけを知っていてもダメ。利用者がどういうことに困っているのかを知らないと、言葉の説明ポイントも具体的にイメージできない。そのためには、たまにでもいいから視覚障害者と接して欲しい。一緒に食事をするとか、勉強会・交流会の機会を設けるとか。
B 社会的意義が非常に高い…サピエ図書館より全国に配信。またマラケシュ条約の発効により国際的な配信も可能になるので、世界中の読書障害者に役立つ可能性も。
C 自己実現と自身の生きがいを見いだせる…音訳は頭を使い、声を使う活動なので健康寿命も延びる。人にも自分にも役に立つ。
9.著作権法の改正について
・平成22年の著作権法改正により、利用対象者が従来からの視覚障害者だけでなく、「視覚著作物の利用が困難な人たち」にも拡大され、本のページをめくることが難しい身体障害者や読字障害者(知的障害者、発達障害者、学習障害者、ディスレクシアなど)の他、本年の著作権法一部改正により、視力や視野に問題がなくても、目の焦点を合わせるのが難しいなど眼球の使用に不全があり読書が困難だと認められる方や、上肢障害、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの読書困難者にも録音図書などが提供できるようになった。皆さんが作ってくださった録音図書は副次的に他の障害者の方も、寝たきりの高齢者や闘病中の方も使えるようになった。素晴らしいことだと思う。
・ただし、著作権法の絡みもあるので、届けるのは図書館に任せましょう。皆さんは供給に努めてください。また利用者と接点を持つことに専念してニーズを把握していただき、より良い録音図書を作っていただきたい。
・令和元年6月21日には「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(通称「読書バリアフリー法」)が施行された。このおかげで公共図書館でも障害者サービスをやらなくてはいけなくなった。もし地域の図書館が障害者サービスを提供していなかったら、ぜひ指摘してください。
10.お願い
ぜひ今後も読書障害者の応援団を継続していただきたい。そして、ボランティアを楽しんで、スキルアップしながら長期間の活動継続をお願いしたい。
・読書支援には今後も多くの支援者の協力が必要。情報は人間が生きるために必要不可欠。
正しい情報を伝え、学習し、豊かな生活が送れるようにするための支援をぜひお願いしたい。
図書館は誰もが利用でき、図書にアクセスできる場所。皆さんが作る音訳図書によって、社会復帰できる人がいるという可能性もあり、凄いことです。
・製作した図書は後世に伝えられ、今後読書障害になる人たちの支援に繋がる。
マラケシュ条約の発効により録音図書の国際間でのやり取りが可能になった。世界の読書障害者に役立つ可能性も秘めている。皆さんが作った録音図書が世界に羽ばたくことも知っておいてくだされば嬉しい。
質疑応答
1. Q 外国語を勉強したいという音訳ニーズはありますか?
A つい最近もイタリア語の勉強をしている学生さんから、テキスト化でイタリア語の資料を作って もらえないかと依頼があったが、イタリア語が解る音訳者を探せなくて作れなかった。それ以前にはドイツ語、フランス語の本の音訳依頼があり製作できた事例もある。ですから、そういう技能のある方は登録していただいて、うちの図書館でも読んでくださったら嬉しいです。特に学生さんから、テキスト化のニーズがあり実際にやっているが、外国語の符号とかはできないこともあるので断ってスキャナーにかけている。多言語を登録したユニコードがあり、OCRでかなりきれいにできるようになってきた。iPhoneに合成音声を読ませる外国語のエンジンがはいっているので、テキスト化したものを合成音声で読ませている。先ほどのドイツ語やフランス語の利用者さんは、そういうものと併用しながら学習されている。
2. Q 今後、合成音声がどんどん進歩していくと思うんですが、音訳者との住み分けはどうなっていくのでしょう? 心配です。
A 普通に読めるものは機械で読めるようになっていくと思う。まして読書バリアフリー法もできたので、キンドルなどで新たにアクセシビリティを確保できる電子書籍を作っていく可能性はある。
じゃ、音訳者の仕事はなくなるか?いや、そうではなくて、音訳者の仕事はより高度化する。
図や表やグラフ、写真など視覚情報の説明は機械ではまだできない。読み飛ばしです。皆さんに
は一目瞭然でも、視覚障害者には説明が必要。これを言葉に置き換える作業は高等技術で、
いくらAIが発達しても機械にはそう簡単にはできない。
ですから、私は住み分けだと思う。速報性でさっと読めるものは機械に読ませればいい。でも、ちゃんと学習するために細かい部分まで読みたいと思ったら、合成音声で読める資料は少ない。
そして、学習することを考えたら専門書がまだまだ少ないんです。そして特に少ないのが、YA
(ヤングアダルト)の分野で児童書やラノベ(ライトノベル)の音訳がほとんどない。利用者は大好きなんですけどね。うちの図書館ではラノベのリクエストがあったら点字データから合成音声に換えて渡している。
どうして皆さん、YAを音訳しないのかなぁ?マンガ本も少ないです。今日は葛飾の音訳グループもいらしてるが、「こち亀」(「こちら葛飾区亀有公園前派出所」)の音訳はすごく喜ばれていますよ。マンガ本も難しいから少ないですね。
だから、確かに普通の本なら機械の方が上かもしれないけど、そうじゃない分野がより重要に
なってくると考えてください。そして人間だからこそできるんだとプライドを持ってください。
よろしくお願いします。
3. Q 私たちのグループは、サピエ図書館に書誌情報の登録と、国会図書館の方にデータアップをして いるが、サピエ図書館で検索できるのなら、国会図書館へのデータアップだけでサピエ図書館への書誌情報登録はしなくても利用者の方々にご不便はないのでしょうか?
A これはシステムの非常に残念なところです。うちの図書館はサピエと国会両方に登録します。
サピエからログオンした場合はサピエの図書と国会図書館の図書両方が検索でき、ダウンロード
できる。しかし、国会図書館からログオンするとサピエの情報は入ってこない。両方に登録する
意味は、重複製作を防ぐためサピエにログオンできない立場の人達も検索ができないといけない
からです。この場合、サピエサーチと国会サーチ両方に情報を入れておかないといけない状況で
す。今はまだ二重作業、早く一本化して欲しいものです。
悪い録音図書の紹介に関しては、松井さんは最後まで申し訳なさそうにしていらっしゃいました。
しかし、音訳者には一般的には試聴できない音源であり、悪い例を自分に照らし合わせながら聞ける貴重な機会であったと思います。さらに、グローバルな将来展望や生きがいとしての音訳活動の示唆など、若手音訳者の方々にもぜひ伝えたい講演会となりました。
(以上)