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2016年05月06日

大山あがり雑感その1

 大山さん、大山祭り、大山あがり。歴史好きの年配者は、信仰の対象に関心が向きがちで、そういう話になるのだが、私が興味を寄せるのは、移ろいがちな神や仏や権現さまではなく、人々の「行為」なのである。聖よりも俗のほう。祭りのご馳走ではなく日常の食生活というような。

 先日も記したことだが、奥出雲町佐白で、他の話からふと大山さんの祭りがあると聞いて驚いた。いや、あるとは思わなかった。3年間も過ごしてきて一度も聞かなかったし、地誌・郷土史・町史への記載など一切ない(はずなのだけど見落としているだけという可能性もある。これは要確認である)。
 大山さんへはこの溜池の脇を通ってあがるのだときいた。なんという透き通った水面だろう。なんという芽吹きの麗しさだろう。山あがりは、やはり春、生命の息吹を感じることがその核心にあったと思うのだ。
 名称も「大山(だいせん)さん」である。まず、雲南・奥出雲と県境を越えたいくつかのエリアで、地理的にこの分布を確かめていきたい。



 それにしても、何をやろうとしているのか、私は。調べようと思っているのだから、その目的と方法を整理しておいてもよさそうではないか。……というわけでさくっと書いてみた。あくまで雑に。
名称:大山あがり再び
 春に山へあがり飲食遊興を行う「大山あがり・大山祭り」と呼ばれる民俗祭事がある。牛馬の神への信仰がうたわれているが、その基層は古代の歌垣にまで連なることが民俗学・歴史学から考察されている。注目すべきは「滅びない」ことであり、昨今復活を目論む「講」が雲南に実在する。その構造を分析してみることと、復活に向けての提言を目論む。
 雑感その1はここまで。その10くらいまでは続くだろう。思い出し思い出し断続的に。
タグ:山あがり
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