• もっと見る
<< 2026年08月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
カテゴリアーカイブ
最新記事
運営推進会議 [2026年08月31日(Mon)]
IMG_7686.jpeg
今晩は、めっきり涼しい夜です。
地域密着型認知症通所介護事業所「デイサービスセンター鷹匠町」で、
慣例の年2回開催義務の令和8年度第一回「運営推進会議」が、午後4時から開催。
参列者は市役所、第二地域包括支援センター、鷹匠町町会長、同民生委員、
家族代表、管理者、そして施設長の私。
記録者として事務方が1人参加し、総勢8人の情報交換的推進会議。
本日のテーマは当施設の「入浴について」の、意見交換。
何と、「水」に関連して想像展開して「防災」等の危機管理の話になりました。
昨今、熊本市の地震、富山、金沢等の線状降水帯水害、
ネパールの土石流被害等々、連日のこれらの報道で、
「私たちの身に起こったら」
で、エキサイティングが会話になりました。
危機管理のシュミレーションを事ある度に実践に向けて、
行動に素早く取り掛かれるように気構えて高齢者をケアする必要が迫ってる。
私は、生死の選択を迫られる場面になったら
「若い者が生きる」行動をとってと、つたえている。
参列者の様々な意見が出て、ほぼ全員が意見をガンガン述べて散会。
町会長さんから貴重な意見を頂いた。
「次回は、馬屋町、袋町、五十石町、の町会長、民生委員も呼んでほしい」と。
「鷹匠町、馬屋町、袋町、五十石町」を4ブロックの一括りで共に活動してると。
ワイは、へば、「新町、西大工町、駒越町」はどしたブロックだのさ、って思った。
やっぱり「第二地域包括支援センター」が取りまとめ情報共有の場開催してほしい。
次回は令和9年2月「運営推進会議」開催予定。
Posted by 石澤育子 at 22:58
「高平小五郎」駐米公使72歳で亡くなって100周年 [2026年08月28日(Fri)]
IMG_7684.jpeg
今晩は、25、26日上京し89歳の兄宅にりご機嫌伺いをした。
2026年3月22日(日曜日)の岩手日報の地方論(ジカタロン)
「高平小五郎没後100年」の論を述べる記事に、
長年「高平小五郎外交官」を研究している兄、「平野恵一」が取り上げられた。
姪が伊勢丹デパ地下で購入してきた「今半」すき焼き弁当を食べながら、
また、それが話題になり、「俺の書いた本を贈る」と、写真の兄の著書を送ってくれた。
日露戦争辺りの歴史教科書にも出てくる「ポーツマス講和会議」で日露講和条約締結にあたった
外務大臣「小村寿太郎」と全権委員を務めた「高平小五郎」駐米特命全権公使を研究していた。
「高平小五郎」は岩手県一関の出身。
長く保護司を勤めていた故義姉も一関の出身。
多分、その関係に起因して「高平小五郎」駐米公使の研究に没頭したのではと想像する。
60歳で職務を退任した後「高平小五郎」に没頭し資料集め等のために
短期間、英国オックスフォード大学ハートホード•カレッジ短期留学もしていた。
また、ポーツマス市で開かれた日露講和条約調印100周年記念祝賀にも出席し、
パーティー主催者ポーツマス市長シレール市長とのツーショットの写真も、
「ニューヨークに輝く 高平小五郎」(平野恵一 著)に載っていた。
5人兄姉であるが明治生まれの両親が亡くなってはほぼ交流がなかった。
4年前75歳で三男の兄が突然亡くなって、
「死」は年功序列でやって来ない。
我々兄姉も人生最終章真っ只中だと気がついて、交流が再開した。
89歳の高齢であるが娘息子の孝行で人生最終章を謳歌して姿に触れ実に嬉しい。
へば、本日、頸椎手術後の5回目の受診で腸骨の1部を頸椎5、6番に植え込み補強。
11月ラストの月曜日受診して去年の11月手術の成果の塩梅が確認取れるのだそうだ。
8月の最後の金曜日も後3時間です、おやすみなさいね。
Posted by 石澤育子 at 20:31
宮越家の金屏風 [2026年08月26日(Wed)]
IMG_5756.jpeg
26日水曜日の東京も熱波で、外歩くと止めどなく玉の汗。
そんな中、上高田の功運寺に88歳の姉と待ち合わせて両親の墓参。
その後、功運寺に無線タクシー呼んで新宿高島屋に走り姉と2人で寿司ランチ。
何時もはデパートの食堂はゴチャゴチャ混んでるがラッキーなことに空いてた。
姉と新宿で別れ、腹も満腹JRで上野の東京都美術館へ。
世紀の大発見の小川三次氏のステンドグラスが北の果て青森県北津軽郡「中泊」にあるじゃ。
古いステンドグラスだけじゃなく御宝だらけ持ち主「宮越」家の離れ「詩夢庵」
そこに明治の頃より見事な狩野派の作「金屏風襖絵」が物語を潜め鎮座してました。
その、世紀の大発見片割れが大英博物館にあったんだど。
その離れ離れになって北の果て「中泊の宮越家」さ、もう一つはロンドンの大英博物館さ。
それが、上野公園内動物園前赤い煉瓦造りの「東京都美術館」で今回お披露目。
私行ってきたんです。
嬉しかったあー、青森県のお宝、宮越家の金屏風一対を観にウジャウジャの見物人来てて。
ぐるっと一回り早足で展覧会見回って羽田空港へ。
もう1人の85歳の姉が歯医者の娘に連れられて羽田空港にきた、私に会いに。
へば、思い出いっぱい楽しい記憶を反芻し風呂さ入って寝るじゃ、おやすみ。
Posted by 石澤育子 at 23:27
涼風真世さん初「新橋演舞場」舞台で歌う [2026年08月26日(Wed)]
IMG_7669.jpeg
今晩は、飛行機遅れて夜の9時半過ぎ自宅到着。
25、26日の熱波の東京に単独弾丸行動で行ってきました。
25日は「演劇人祭」2026、日本演劇協会が主催、築地の新橋演舞場でした。
ここで、演劇功労者表彰受賞者14名の方が受賞。
最高年齢者は歌舞伎俳優 市川寿猿さん、オン年96歳。
いやあーお見事なユーモアたっぷりのお礼の言葉拍手喝采でした。
知ってるお人ばかりで皆さま93歳とかほぼ80歳代の方々。
宝塚歌劇団星組トップスター鳳蘭さん80歳も舞台の上で表彰。
とてもそんなお歳には見えない背筋しゅん、スタイル抜群で舞台映えのお姿拝顔。
表彰式の次に祝賀演目四項目の三番目が演じられた。
歌舞伎「鶴亀」長唄囃子連中、
皇帝: 松本白鵬、鶴: 松本幸四郎、亀: 市川染五郎
親子3代の縁も艶やかな鶴亀の親子の踊り、
そこに舞台に鎮座したまま祖父の白鵬さんが重厚で後光が指す皇帝役で声を発するのです。
涼風真世さんだけを観たくて上京したのに歌舞伎もええもんじゃって武者震い。
さて、次の演目が「東宝ミュージカルコンサート」
井上芳雄さん、涼風真世さん、佐藤隆紀さんの「エリザベート」出演ミュージシャン。
涼風真世さんは「昔、妖精〜 今〜〜○○」と、マイクを舞台下に向け我々に応えさせるのです。
「昔、妖精 今は〜〜妖怪」ってね、毎回、毎回。
涼風真世さんは今年で芸能生活45周年の宝塚歌劇団男役トップスター、次が天海祐希さん。
私だけの感想かもしれないが涼風真世さんの七色の声に、
中島みゆきさんの声に通底感するんです。
まあご贔屓のお2人なので良い気分で追っかけしてます。
涼風さん、自分の歌う場面終了したら、舞台上でバコっと井上芳雄さんに抱きついてハグ。
お見事な瞬間に井上芳雄さんもびっくり️
歌唱力抜群の安定感でお芝居も上手い涼風さんのコケティッシュな要素に何度も舞台で感動。
井上芳雄さんも今回初めて新橋演舞場を踏んだそうです。
「花道」からのエリザベートの「トート」役で「最後のダンス」歌いながら出てきたんです。
もう️です、私の席が「花道」の隣だったので、、、大興奮でした。
涼風真世さんも初めて新橋演舞場の楽屋に入ったそうです。
匂いがしましたか?って聞かれたら、涼風さんこう応えたんです。
「白粉の匂いがしました。宝塚ではシャベって言うんですけど」って。
ホッホー、宝塚歌劇団では日本もの演じる時の白塗りを「シャベ」って言うんだな。
物一つ覚えたじゃ。

Posted by 石澤育子 at 22:25
舟遊び [2026年08月23日(Sun)]
IMG_7644.jpeg
今晩は、日中の暑さも収まり日曜日も過ぎようとしてます。
「ひっぱれ! けっぱれ!弘前城」の11年ぶりの元の位置への天守閣曳戻しイベント真っ最中。
イヤ〜最高に風情あるのは西濠の桜のトンネル(今は深緑)を漕ぎ渡る「舟」
春陽橋を櫂くぐり昭和初期の観桜会を彷彿させます。
旧一洋造り酒屋さんの別宅がこの西堀に現存。
昭和初期の西堀に屋形船を浮かべ、芸者遊びをしたそうです。
きっと、白粉ぷんぷん日本酒ぷんぷん妖しく楽しかったべの。
天守閣曳戻しイベント会場に急いで行こうとしたら偶然このシーンに出会ってiPadでパシャ。
良いもの見たって一日中ワクワク。
へば、おやすみ

Posted by 石澤育子 at 20:55
常陸宮妃華子さま弘前に [2026年08月22日(Sat)]
IMG_7636.jpeg
「ひっぱれ!けっぱれ!弘前城」の開幕セレモニーに
津軽家14代当主津軽義孝さまの四女であられる常陸宮妃華子さまがご来席。
弘前城公園本丸で今まさに弘前城引戻しの世紀のイベント最中なのだ。
62年前にお国入りのお姿を一目見ようと
弘前公園内を小走りで駆け回り「見えた!」の感動が、今も鮮明に残ってる。
当時15歳の私も今じゃ77歳。
ありがたい事です、津軽の誇りそして新市長谷川政人氏巡り合わせに歴史に残りますね。
津軽家領地御守りの山番も、たいした名誉ですね。
今回は津軽家15代当主津軽 晋さまもご同行でした。
Posted by 石澤育子 at 08:02
1964年のお国入り津軽華子様 [2026年08月22日(Sat)]
IMG_7635.jpeg
お早う御座います。
津軽は快晴の朝です。
この貴重な写真は1964年8月3日、当時 義宮正仁親王殿下との10月にご結婚なさる前に、
津軽藩14代目のお父上津軽義孝様とお母上久子様とご一緒に弘前にお国入り写真。
場所は旧弘前相互銀行の藤田別邸(社長 唐牛敏世氏所有)での撮影です。
明治37年生まれの父が写ってます。
17歳でクリスチャンになりセントポールの立教大学を出て
日本国中旅をし青春を謳歌した話を聞くのが大好きでした。
父はその時、満60歳でした。
私は当時中学生で弘前公園をお歩きになってる華子様のお姿を、
カメラを持って追いかけてていました、、何処かのアルバムにバッチリのお写真があります。。
Posted by 石澤育子 at 07:33
弘高四一会同期会 [2026年08月19日(Wed)]
IMG_7621.jpeg
あっチチの弘前市ですね。
今朝の陸奥新報に夫の弘前高校同期会(8/14)記事が載ってました。
ほぼ全員が令和8年度(2026年度)中に満79歳になる。
よく頑張ってココまで生き残ってる。
楽しい懐かしい思い出横丁の土手町「弘前東栄ホテル」の夕べを紙面から想像してます。

同期会ワイはオメだがお盆の日
Posted by 石澤育子 at 13:18
人生最終章の手紙 [2026年08月18日(Tue)]
IMG_7618.jpeg
今晩は、探し物でほぼ半日が潰れた。
でも、アアこんなことあったなあって思う手紙が出てきた。
2021年に天国へ逝った方で、先に亡くなってたご主人は樺太の方で、
先祖はロシアになってしまいましたと。
1995年8月27日除幕式「眞岡鎮魂の碑」 サハリン•ホルムスク市 タタール海の夕日
と、印字された写真(多分テレホンカード)も私は保存してた(すっかり忘れてたが)
全てと縁を切りたいと、「墓」も、嫁ぎ先の「家」とも。
1人娘が東京の盲人学校教師在任中に若い1人息子を遺し膵臓癌で亡くなってた。
弘前市でたった1人になってからのお付き合い。
それまでは何かあると「師長」がご自宅に駆けつけ相談に乗ってた。
自宅からオリーブコート新町の「さ高住」へ転居し、自宅も売却。
この手紙が偶然今見つかって走馬灯のように次々思い出された。
私が何時も首につけてるトルコ石紛いの首飾りは彼女から遺品として頂いた。
人生の最後、たった一人ぼっちになる方は多いよ。
でも、この手紙に私に最後を任せて安心して過ごしてる、と。
孫と婿への手紙に自筆で書いてる97歳の元小学校教師。
2年くらいの濃密な時を過ごした。
Posted by 石澤育子 at 20:01
ベースアップ評価料実績報告&中間報告完了 [2026年08月18日(Tue)]
IMG_5730.jpeg
お早う御座います。
ほぼ徹夜で「ベースアップ評価料」令和7年度賃金改善実績報告&中間報告でかした。
火曜日の本日、東北厚生局に次男がメールで提出。
リミットが今月末。
事務方から初診•再来•在宅往診•入院等の実数を報告してもらい、
其々にレセプト加点を掛けて実績報告。
何時も報告するたびにこの「ベースアップ評価料」を選択して良かったのか疑問?
令和6年度から申請してるが医院の趨勢がよくわかる。
今は、医療事務受付やレセプトから離れてるが、
今期ほど外来数が落ち込んでる「年」は嘗てなかった。
次男がAIに問い経営判断報告書を作成してくれた。
それを叩きに法人役員が皆集まって患者数UPの意見をだしあった。
「改善策」は、院長が朝礼で発表済み。
「働き方改革」は弱小組織の経営者側は恩恵を被らない、当たり前のことだが、、。
さて、写真は「卵丼乗せカツ定食」(680円)の市役所4階食堂である。
昨日の昼食の様子である、午前11時ジャストでオーダー。
すごく美味かった嬉しい気分で炎天下歩いて15分、事務所に戻った。
そして、月曜日の帳がすっかり落ちて「宝塚」YouTubeも見尽くして、
火曜日の午前2時から朝5時までPCとデート、、、やり遂げた感グイグイです。
Posted by 石澤育子 at 08:29
| 次へ
プロフィール

石澤育子さんの画像
リンク集
https://blog.canpan.info/olive_kai/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/olive_kai/index2_0.xml