
今晩は、25、26日上京し89歳の兄宅にりご機嫌伺いをした。
2026年3月22日(日曜日)の岩手日報の地方論(ジカタロン)
「高平小五郎没後100年」の論を述べる記事に、
長年「高平小五郎外交官」を研究している兄、「平野恵一」が取り上げられた。
姪が伊勢丹デパ地下で購入してきた「今半」すき焼き弁当を食べながら、
また、それが話題になり、「俺の書いた本を贈る」と、写真の兄の著書を送ってくれた。
日露戦争辺りの歴史教科書にも出てくる「ポーツマス講和会議」で日露講和条約締結にあたった
外務大臣「小村寿太郎」と全権委員を務めた「高平小五郎」駐米特命全権公使を研究していた。
「高平小五郎」は岩手県一関の出身。
長く保護司を勤めていた故義姉も一関の出身。
多分、その関係に起因して「高平小五郎」駐米公使の研究に没頭したのではと想像する。
60歳で職務を退任した後「高平小五郎」に没頭し資料集め等のために
短期間、英国オックスフォード大学ハートホード•カレッジ短期留学もしていた。
また、ポーツマス市で開かれた日露講和条約調印100周年記念祝賀にも出席し、
パーティー主催者ポーツマス市長シレール市長とのツーショットの写真も、
「ニューヨークに輝く 高平小五郎」(平野恵一 著)に載っていた。
5人兄姉であるが明治生まれの両親が亡くなってはほぼ交流がなかった。
4年前75歳で三男の兄が突然亡くなって、
「死」は年功序列でやって来ない。
我々兄姉も人生最終章真っ只中だと気がついて、交流が再開した。
89歳の高齢であるが娘息子の孝行で人生最終章を謳歌して姿に触れ実に嬉しい。
へば、本日、頸椎手術後の5回目の受診で腸骨の1部を頸椎5、6番に植え込み補強。
11月ラストの月曜日受診して去年の11月手術の成果の塩梅が確認取れるのだそうだ。
8月の最後の金曜日も後3時間です、おやすみなさいね。