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新年度の岩木山 [2026年04月04日(Sat)]
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お早う御座います。
4月3日は2番目の孫の弘前大学入学式の日でした。
4月2日の午後10時頃「オリーブコート城西一丁目」施設から緊急報告電話があり夫が往診。
「ああ、朝迄持つかどうかだなあ」
と、私に言って就寝。
日付が変わって又もや緊急電話があり結局看取り往診に娘が向かい午前1時07分看取りました。
1954年12月に生誕の夫の弟が硬膜外血腫術後全介助になり「障害施設」退去。
緊急手術後一命を取り留め退院先に「オリーブコート城西一丁目」ショート部門の利用開始。
2年前のこと。
職員に「めごいめごい」と介護され、兄で主治医でもある夫との週に一度の食事、
何もかもひっくるめて回復傾向に全介助から在位車椅子移動可能に。
ショートの食堂で過ごす時間が増えてきてました。
「全ての営みには時がある」
まさにそれを証明するように重度の障害を持って生まれた弟の存在を通し、
夫に「医者」になる志しの「種」を小学校1年生で神が撒いていたのです。
一心不乱と言えるような覇気を感じる青年期でした。
私の兄と同期であったので中1で夫の存在は知ってました。
「お見合い」という場面での出会いも「僕はクリスチャンとしか結婚しません」だと。
心の声が「へば、クリスチャンになればいいんだべなあ」って教会に通い聖書を熟読。
見合いのずっと後「僕には障害の弟がいるんだ」と告白され
大鰐町苦木の施設へ面会に行ったのが「義弟」と会った初めてでした。
「こんな弟がいるのに貴女は私と結婚しますか?」
まともに聞かれて「嫌だじゃあ」って言えねべなあ、、、で、今日まで波瀾万丈の日々です。
静と動のカップルを神様が導いてくれました。
「実弟」が取り次いだ結婚であり我々の運命が「実弟」の野辺送りを司る宿命に。
まだ元気な1年前に田鎖牧師に夫は弟に合わせたそうです。
信仰告白にコックリと頷いたそうです。
で、両親の仏教の墓には入りません。
葬式の儀は「弘前福音キリスト教」教会で、納骨も教会墓地に埋葬します。
きっと夫はこの世的に
「あん(兄)ちゃん僕はちゃんと正を見守るよ」
と、亡き兄の遺言を実行できることを喜んでいるビョン。
障害者を兄弟に持った心の機微を全て神が「良き訪れ」に昇華してくださった。
実兄にバトンを渡された社会福祉法人素樸会の理事。
結局、故櫻田理事長の後を継いで理事長に互選され、理事長を拝命した。
それがそれが楽しそうに月一で「大鰐療育センター」に通ってます。
私はもう好きにして残り少ない「命」やりたいようにやり抜いてと応援中。
本日の写真は「岩木山」と「五十石館」喫茶店と我が別宅「五十石町」の三つ巴です。
Posted by 石澤育子 at 09:53
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