
今晩は、もう直ぐ月曜日「海の日」の祝日だ。
私の兄は89歳で東京で独居生活をしている、が週に2、3度姪が実家訪問し様子を確認している。
先日、「青研」の葉取らず「りんごジュース」を陣中見舞いに送った。
電話で少し兄と話したら何やら
「岩手日報の論説のようなところに取り上げられた」
と、長年研究している一関出身の「外交官•高平小五郎」の論述を取り上げられた、と。
で、早速ネットで岩手日報にアクセスし「2026年3月22日」の朝刊を注文。
めっちゃんこ忙しい土曜日に届き「地方論」(ジカタロン)を読んだ。
母が死んだ平成9年2月の頃、92歳の父は兄夫婦と一緒に暮らしていた。
母の相続の手続き等で何度か60代の兄姉で顔あわせしていて、
その頃、口癖で「本を書いてるから忙しい」と言っていた。
母没後父は認知症が進み弘前の私のところで暮らした。
原稿依頼が兄の所にあり「本」を出版する予定だと、私は「まさか」と、思っていた。
それが、我々の郷里岩手県に関する「明治外交史」だったのだろう。
今の時代は、検索かければネットで詳しく教えてくれ「平野恵一」に幾つかヒットする。
「平野恵一と司馬遼太郎」とAIに質問すると、
“歴史小説「坂の上の雲」における
外交官•高平小五郎の「酷評」に対する反論という形で、展開されました。”
と、即、答えてくれた。
「地方論」の3月22日の論表も兄が文豪にさげすまれた外交官の「名誉回復」に情熱を傾けてきた。
89歳の今も「高平の足跡は不滅であり、その精神を今に生かしていくべき」と熱く語る、と記述。
1年前に6年間寝込んだ義姉を亡くしたが孤高を楽しみ読書著述そして散歩に勤しんでいる。
私は盛岡市の産まれだが残念ながら小学校一年生の冬迄で今は津軽人。
本日20日大森勝山縄文遺跡に関連する「縄文の会」バス研修で早朝より岩手県に。
へば、へば、おやすみなさい寝ます

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