
おはようございます寒い朝晩でストーブが燃えてます。
過日「また旅くらぶ宮越家離れ庭園」バスツアーに参加し、昼飯が「此処」。
「傍島家」は「金木町蒔田桑元39-2」に、明治4年建築の茅葺邸で現存。
太宰治の従姉妹が「傍島正守」に嫁いでる関係で、
「傍島家」と「津島家」は姻戚で、受験を控えた津島修治(太宰治)は、
教師である「傍島正守」に教えを乞うていた。
こんな事は「検索」すればガバガバ出てくる。
私は、この「かなぎ元気村」で、昼飯テーブル8人掛けの1人の告白に「ワイは」。
「斜陽館の向かいに住んでた○田です。明治41年生まれの兄が青森中学に進学。
太宰も明治42年生まれで、兄の1年後に青森中学にきたんです」
なんと何と、旧姓○田さんは飯食う手を止めとうとうと告白し出した。
ワイは、ンダのが、凄いね、の相槌をかけながら傾聴。
まあ、昼飯食って近くの鬼神社見学に外に出た、そして芦野公園散策に向かった。
「走れメロス」号の津軽鉄道にも乗り五所川原へ。
ここでもどってんびっくり。
「私の姉は弘前の一洋(造り酒屋)さ、嫁に行きカマドケシタ」と。
オイオイチョットまで、縁あって「一洋の西堀の別宅」を、
某皮膚科医が一洋の跡取りと同級で「別宅を譲り受け」ていた。
「宮越家のステンドグラス」を、見たいがために応募したバスツアーで、
抱腹絶倒の馬鹿笑いにバスと電車はなったのであります。
弘前市にお住みの「傍島家」は、石沢内科胃腸科の隣地に、
蟻塚学一級設計事務所設計の「ABC」院外薬局を11月1日より開局。
10月19日日曜日が頭の中で反芻し些細な記憶がベッタアとこびり付いてるのであります。(奇縁ってあるんだの)