おはよう水曜日の2日。
甘く見てました。
宮越家のステンドグラス見学チョチョイのチョイで見学切符ゲットを。
10月4日(金曜日)から11月10日(日曜日)まで後期公開。
で、ネット予約が9月17日から始まっていた。
昨日、元締め「中泊町文化観光交流会」のネットに登録してアクセス。
ウヒャー満杯状態で10月30日分迄全てペケ。
やっと31日分午前と午後ラスト一枚づつチケットポチっとゲット。
宮越家のステンドグラスは全国区になったね地元民は気軽に拝見難しいね。
何たって宮越家の離れ「詩夢庵」(しむあん)の金襖絵が、メジャーになりそうな気配。
さかのぼれば青森県大地主大財閥中泊町尾別の旧家、宮越家9代正治氏が1920年(大正9)
愛する妻(イハ夫人)のかぞえ33歳の時の誕生祝いとして離れ「詩夢庵」をプレゼント。
粋だね結果家的に一流の贅沢品というか芸術品が青森県中泊町宮越家に鎮座。
尊皇攘夷や廃藩置県、廃仏毀釈等々でそれらの物が入札等で手に入れられるチャンスを
活かし、大地主撲滅の戦後施作「農地改革」の激動にも生き残り奇跡的に残った。
しかも「小川三知」作のステンドグラスが存在するだけでなく襖絵群が
大英博物館およびシアトル美術館所蔵作品と一連のものと判明した報道を受けての、
秋の「〜大正浪漫〜宮越家離れ•庭園ものがたり」開催なんだと自覚した。
ほんと、田舎だから人も居ねべ、「見でやるが」気持ちは木っ端微塵に打ち砕かれるよ。
中泊町界隈は北前船交易で南蛮物品や人の交流で「知識人」が流れ住んだんだビョン。
ちょっと走れば「龍飛」岬(青函トンネル青森側掘た場所)、
太宰治の「津軽」小説に出て来る「小泊」(婆やと運動会で再開した銅像が鎮座)
そして彼の出身地金木町に「斜陽館」が太宰治の資料館として賑わっている。
先日訪れた外ヶ浜町(蟹田)の縄文遺跡「大平山元縄文遺跡」なんてすぐ側だ。
電話で繋がらない全然、ネットアクセスでしか入場券手に入れられない、でも、満杯。
庭は大石武学流ですよ、、、草茫茫を抜き取って抜き取って「拝み石」を剥き出しに、
これはやっぱり「大石武学流」のお庭だって「縄文の会」会長 今井二三夫氏が宣言。
彼も、津軽藩の名門家老の血筋者、、、血脈って生きてるね。