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世界の論調批評 

世界の流れは、時々刻々専門家によって分析考察されています。特に覇権国アメリカの評論は情勢をよく追っています。それらを紹介し、もう一度岡崎研究所の目、日本の目で分析考察します。

NPO法人岡崎研究所 理事長・所長 岡崎久彦


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米経済の日本化を警告 [2011年10月31日(Mon)]
ロイターのウェブサイト10月31日付で、米PIMCOのMohamed El-Erian社長が、米国経済で「日本化」が進行中だが、米国は、雇用や消費が伸びない低成長に日本のように上手く処すことはできないだろう、と断じています。

すなわち、「日本で起きたようなことは米国では起きない」などともはや言えなくなってきた。米国は自国の経済問題に対処できない日本を馬鹿にしてきたが、今やバブル崩壊後の事態に対処するのがいかに難しいかがわかってきた、

バランスシートを縮めることが緊要となるから、金融や財政支出による米国史上最大の景気刺激策も効果を発揮しない。低成長が続くと、債務の削減も思うに任せず、経済は上向かないどころか下降を続けてしまう。その間に悪化する雇用不安は弱年層を直撃する、

加えて構造問題がある。政治が必要な改革を実行する能力を失ってしまっているし、国際経済自体が逆風下にある中で、ただでさえ困難なバブル後不況からの脱却はなお一層難しくなる、

これこそが、日本がここずっと経験してきたことだ。ただ、日本は難局に対して「相対的に上手く」処してきた。それを可能にしたのは、@日本社会の一体性と、それがもたらすセーフティネットであり、A対外純債権だ。米国にはこれが決定的に欠けているので、外からの資金フローの変動に対するクッションがない、

だから結果はより深刻で、経済的コストはより高くなり、金融の脆弱性もより深刻になり、社会的混乱も大きくなるだろう。これは既に「ウォール街を占拠せよ」運動で現実化している、

処方箋はまず何よりも、米国当局者が頭を切り替え、日本で起きたことが自分たちに起きるはずはないなどという考えを捨て、マヒ状態の政治を建て直し、必要な施策を打つことに尽きる。早ければ早いほどよい。ただし、米国は下手をすると日本より悪くなる、と言っています。


日本人としては、一方では米国に弱くなられては困ると思いつつも、ようやくわかってくれたのかと言いたくなります。ポール・クルーグマンらを筆頭に、「いかに日本は特殊であって米国は大丈夫か」を主張する者ばかりが目立ったのが近年の米国の風潮だったからです。

不況が2〜3年続いただけで、米国、英国、その他欧州主要国では街頭運動が起き、治安維持が危機にさらされかねない状態になりました。他方、日本は不況と20年付き合い、そうした中でも社会構造は概して破綻がありません。通りに出て乱暴を働く者もいませんし、9.11の大震災を経ても事情は変わりませんでした。かつ、その間には不良債権をすっかり処理し、今では先進国の中で最も身ぎれいな銀行セクターを持っています。こうした能力はもっと評価されてよいのかもしれません。

なお、ピムコは約108兆円と巨額の運用資産総額を誇る、世界有数のアセットマネジメント会社であり、同社の最高経営責任者兼共同最高投資責任者であるエラリアンは、誰もが耳を傾けたがるトップスター級のエコノミストです。そうした人物の日本評価は強い浸透力があり、これは、この先しばらく日本についての言説を規定することになるかもしれません。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:31 | 米国 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
トルコの対シリア政策転換 [2011年10月31日(Mon)]
ウォールストリート・ジャーナル10月31日付社説が、トルコがシリアの反政府勢力支援に転じたが、これは、これまで躊躇ってきた米国が、シリアの体制転換支持へと変わる重要な契機になるかもしれない、と論じています。

すなわち、トルコは当初アサドに改革を促していたが、アサドはこれを聞かず、自国民を弾圧、3000人が殺され、多数がトルコに逃れた。今やトルコは反対派支持に転じ、先月、イスタンブールではシリア国民評議会が結成された。また、報道によれば、自由シリア軍(ある推計では1万5千名とされる)がトルコ領内で保護されている、

NATO加盟国であり、軍事的にも強い、トルコの対シリア政策転換は、アラブ連盟がリビアに飛行禁止区域を呼びかけたのと同様の重要性を持ちうる、

これによって、国連の枠外でシリアの体制転換を目指す有志連合を結成する機会が与えられよう。米国はシリア国民評議会と自由シリア軍を支援すべきだし、武器の供与も排除すべきではない。トルコがイランの同盟者であるアサド政権を倒すのを助けることで、米国が失うものはない、と言っています。


社説が指摘するように、トルコはアサド敵視になってきています。しかし、現実には、シリアの反体制派は今なおアサドを追い込む力に欠けているように思えます。厳しい報道管制をしいているシリアの国内事情はよく判りませんが、アサドは軍も動員して弾圧を続けており、デモも規模が縮小してきていると言われています。

3月のデモ開始の際には、パニックになったアサドも国内掌握に自信を得てきており、特に、中・上流階級は不安定の継続よりも安定を望んでいるというのが一般的な評価です。また、軍や政府からの大規模な離脱も起きていません。他方、自由シリア軍が1万5千名を擁するというのは、自由シリア軍の指導者が言っていることであり、誇張があるように思われます。

ただ、トルコだけでなく、サウジを筆頭にスンニ派アラブ諸国はイランと同盟関係にあるアサド政権を嫌っており、アサドは許せないとの雰囲気が出てきている中で、シリアの孤立は深まっています。

また、アサドが自信をつけて、反対派デモの犠牲者の葬列に発砲するなどを続ければ、アサドへの反発が再度噴出しかねず、反対派を勢いづけることは十分にありうるでしょう。

しかし、今後シリア情勢がどう展開するかは未知数な部分が多く、情勢判断が難しい今の状況の中で、米国としては米国の持つ基本的価値に基づき、トルコやアラブ諸国の意向を十分に斟酌し、対応していくべきでしょう。つまり、まさに「後ろからの指導」が適切であり、シリアについては地域諸国の主導にするのがよいと思われます。

なお、「シリアへの介入があれば、中東は火の海になる」とアサドは脅していますが、確かにあからさまな軍事力の行使は、シリアやヒズボラ、ハマスによるイスラエル攻撃、イランの参加、サウジ・イラン関係の緊迫などをもたらしかねず、あまり乱暴なやり方は不適切でしょう。


Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:28 | 中東 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
サイバー安全保障条約 [2011年10月27日(Thu)]
CNNの10月27日付サイトで米外交問題評議会のAdam Segalと Matthew Waxmanが、サイバー安全保障条約は夢物語だと言っています。

すなわち、サイバー攻撃は国境を超える脅威なので、これに対処するためにグローバルな条約が必要だとして、来週、英政府がサイバー空間に関する会議を開催する。しかし、世界的なサイバー安全保障条約は夢物語だ、

なぜなら、米欧を一方の極とし、中ロを他方の極として、世界各国はサイバー攻撃に戦争法や自衛権が適用されるか否か、市民から情報を遮断する権利を許すか否か、民間企業などが果たす役割は何か等について意見が激しく分かれているからだ。また、米英が損害や盗取からネットワークを守ることを重視するのに対し、中ロは政権を脅かす情報の統制に重点を置いているように、サイバー安全保障の定義自体も争われている、

そこで、米国は世界的な条約の成立は期待せず、国際社会が割れていることを認識して、戦略として次の4点を重視すべきだ。@NATO、豪州に加え、ブラジル、インド、南アフリカなどにも働きかけて、同じ考えの国を増やす努力をする、A法的に灰色の分野で活動していることを受け入れる。米国は自衛権の行使を正当化できる場合があるとしているが、伝統的安全保障とサイバー安全保障は別だと考える国もある。それに、サイバー空間ではスパイ行為(これは国際法上認められている)と攻撃の区別がはっきりしないので、外交の場でこれに対する「自衛行為」をどう正当化するかも考える必要がある、B中ロに対しては法的合意を求めるのではなく、レッドラインを示す。他方、信頼醸成にも努めるべきだ、C途上国と技術的パートナー関係を作り、米国と利害を共有するようにするとともに、中国の類似の努力に対抗する、

結局、サイバー安全保障は、世界的な条約ではなく、色々な国や民間事業者間の多くの取り決めによって徐々に進展していくだろう、と言っています。


サイバー攻撃の問題はますます重要性、緊急性を帯びてきており、そのため、条約を作ってこの問題に対処すべきだとする主張がありますが、こうした条約の作成は、論説も指摘するようにそう簡単ではないと思われます。

重要インフラに対するサイバー攻撃の加害者などは特定できないことがあるので、そうなると、自衛権を行使しようにもどうにもならず、結局は防御をしっかりするしかないでしょう。

実際、かつてテロリストによるサイバー攻撃について専門家の意見を聞いたところ、「防御には大変金がかかる、ダメージ・リミテイションの方が費用対効果がよい」との結論でした。もっともその後の技術的進展もあるので、この問題は再度検討してみる必要があります。

また、オープンな社会を促進する上で有効な手段であるインターネットについては、権威主義政権が情報の自由な流通を抑えるために条約作成を利用する怖れがあり、こういう試みには断固反対していくべきでしょう。

ただ、現時点では、論説も言うように、条約を作るより色々な手段をとるべしというのはその通りですが、条約作りを頭から排除する必要もありません。


Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:24 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
無極化時代の到来 [2011年10月26日(Wed)]
ニューヨーク・タイムズ10月26日付で、Ian Bremmer米Eurasia Group会長とDavid Gordon元国務省政策企画部長が、1980年代、90年代と異なり、世界は指導国のない状態にあり、米国はいわば「後ろからの指導」をしているが、それがうまくいくこともあり得る、と指摘しています。

すなわち、欧州危機の中で欧州の指導者たちの行動に注目が集まっているが、今回の危機への米国のアプローチに生じた大変な変化にはあまり注意が払われていない。米国は先頭に立ってリードはせず、欧州が実質的な措置を取った場合にのみ、米国も動くとしている。これは、リビアでの軍事的な「後ろからの指導」の金融版であり、もはや米国はリードすることを望まず、諸国は米国に従うことを望まない、リーダー無き世界――G-0世界――の表れと言える、

少し前と比べれば、違いは明らかで、1995年のメキシコのペソ危機や1997‐98年のアジア金融危機では米国は指導力を発揮したが、今回の危機では、オバマは、欧州の弱体化は、グローバルな危機管理における米国のリーダーシップではなく、自身が提案した雇用促進法案の即時通過を求めるなどと主張した、 

実際、もはや米国はIMFや世銀に資金提供を強制出来ないし、欧州に米国が望む解決策を押し付ける経済的、政治的な力も意思も持っていない。勿論そうしたものは米国以外の国にもないし、特に欧州にはない、

こうした状況は必ずしも危機を招くわけではないが、戦略の転換を要求するものであり、オバマ政権がこのことを認識したのは評価できる。米国が世界の金融危機の火消し役だった時代は去り、G-0世界では、米は同列者の中の第1人者に過ぎない。そうした中で「後ろからの指導」は、リビアで上手く行ったように、欧州の金融危機についてもあるいは有効かもしれない、と言っています。


論説は、米国のパワーが減退する中、米外交政策は表だった指導力の発揮ではなく、「後ろからの指導」にならざるを得ないが、それはそれでいいのではないかと論じているもので、一つの考え方と言えます。

ただ、世界のおける米の役割については、軍事戦略面と経済面で大きな違いがあり、軍事戦略面では、米国は今なお圧倒的に優勢ですが、経済・金融面では世界はかなり前から多極化し、主要国の協調による問題解決が図られてきました。従ってこの両面での米の指導力を「後ろからの指導」という言葉でひとくくりにする論法には、すこし問題があります。

例えば、リビアについて言うと、前面に立ったのはNATOでしたが、空爆目標の選定などは米国の情報機能に大きく頼るなど、決定的な役割は米国にあったと言えますが、欧州金融危機については、米国はそうした決定的な力は持っていません。

オバマ政権は最近内向き傾向を強めていますが、この論説は、識者の中にもそうした論が増えてきていることを示しています。
Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 17:06 | 米国 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
チュニジア選挙の成功 [2011年10月26日(Wed)]
10月23日のチュニジアの制憲議会選挙は、投票率が約90%、かつ1万4千名もの内外の監視員が見守る中で概ね自由、公正に行われたとされ、旧政権下で弾圧されてきたイスラム主義のナフダ党が第1党となって連立政権を作ると予想されています。これを受けて、米各紙がそれを歓迎する社説を掲げています。

ウォールストリート・ジャーナル26日付
チュニジアの1月革命はアラブ蜂起の始まりだったが、クリーンで投票率が約90%だった今回の選挙は、政治的自由のモデルになるものだ。イスラム政党ナフダ党がほぼ半数を得票するという結果は、自由選挙ではイスラム政党が強いことを示すもので、神経質にもなるが、トルコやイラクの例から見ても問題はない。新しく誕生した民主主義の最終的試金石は平和的な権力移譲だが、今回の選挙は希望の持てる一歩だ。このチュニジアの成功を過小評価してはならない、と言っています。

ワシントン・ポスト25日付
チュ二ジアは民主主義への移行の模範となる大きな一歩を記した。イスラム主義のナフダ党が組織力で勝ったが、イスラム政党の台頭は中東では不可避だろう。要は民主主義と人権の尊重をするかどうかだが、ナフダ党はそれを約束しているし、指導者ガヌーチはトルコのAKPをモデルにすると言明している。エジプトもチュニジアのように大量の選挙監視員を受け入れるなど、チュニジアの例に倣うべきだ、と言っています。

ロサンジェルス・タイムズ24日付
イスラム主義政党ナフダ党が勝利したが、同党は民主主義の枠内で活動するとしており、そうなればチュニジアにとって良いだけではない。他方、世界はアラブ諸国ではイスラム政党の訴求力が強いことを認め、そうした政党が民主主義とどう共存するかを考えて行くべきで、その際、トルコが模範になる。要は安定し、人権を尊重し、権力を平和的に移譲し、少数者を保護するか否かだ。もっとも、これらのアラブ諸国が米国と利害を共有するかどうかは別問題であり、反イスラエルになる可能性もある。しかし、民主主義は混乱を伴いがちであるが、それでも最良のシステムだ、と言っています。


社説はいずれもチュニジアの制憲議会選挙の成功を歓迎し、エジプトなどがチュニジアの例に倣うことへの期待を表明するとともに、イスラム主義政党ナフダ党の勝利に多少の心配は表明しつつも、選挙結果を尊重する姿勢を貫いています。

実際、1991年のアルジェリアの選挙でイスラム主義政党FISが勝利したのに対し、軍事クーデタが起き、西側もそれを支持したために、アルジェリアは10年余の泥沼の内戦に陥りました。また、パレスチナでも選挙で勝ったハマスの政権獲得をイスラエルや米国が妨害して、ガザと西岸の対立状況をもたらしました。今回のナフダ党の勝利に過剰な反応をしないことが肝要でしょう。

結局、国民の選択を尊重することが、長い目で見てアラブ諸国の政府を国民に説明責任を持つものにすると考えられます。イスラムと民主主義が両立することはトルコ、インドネシア、マレーシアなどで証明済みです。また、平等思想は儒教圏よりもイスラム圏でより強く、それは人権の尊重につながるものです。

エジプト、リビアは、チュニジアとは状況が違いますが、これらの国もチュニジアの例に倣うことが望まれます。なお、今後の注目点は、チュニジアの新憲法でイスラムがどう位置付けられるかでしょう。
Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:45 | 中東 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
米国のアジア貿易政策における戦略性欠如 [2011年10月26日(Wed)]
ウォールストリート・ジャーナル10月26日付でCenter for a New American SecurityのRichard Fontaineが、米国は対アジア貿易政策において戦略的に中国に後れをとっており、自由貿易協定の締結にもっと積極的になるべきだ、と論じています。

すなわち、米国は先週、米韓を含む3つの自由貿易協定を承認したが、これまで貿易拡大で指導力を発揮することに失敗しており、その悪影響が経済面のみならず戦略面にも出ている、

特にビジネスが重要なアジアでは、@米国の貿易政策はアジアにおける米国のプレゼンスの指標でもあり、また、A中国が多くの国の主要貿易相手国になっていることから、米国が自由貿易への関与を拡大することが望まれている。

しかし、米国がこのまま貿易面で消極的な態度を続けると、米国抜きで地域内貿易取り決めが網の目のように出来ることになろう。外交評議会の報告によれば、アジアでは既に300以上の貿易取り決めが締結されたか、交渉中だが、米国はそれに含まれていない。もっともこれ自体は米国にとって明白な戦略的脅威ではない、

ただ、中国は既にASEAN、シンガポール、パキスタン、ニュージーランド、チリ、ぺルー、コスタリカ、さらには台湾とさえ取り決めを結んでおり、北京がこれらを外交の一部として積極的に利用しているのは明らかだ、

オバマ政権がアジアにおける貿易協定の拡散に無関心な態度をとることのコストは拡大しつつあり、対アジア貿易政策は見直す必要がある。もっとも、オバマ政権は来月のAPECでTPPの枠組みを発表したいとしており、その動きは既に始まっているかもしれない、と言っています。


この論説はTPPが主題となるAPECホノルル会議前のものですが、日本の貿易政策にも当てはまる論点を提起しています。自由貿易が貿易を行う双方の国に利益をもたらすことは、経済理論的にもはっきりしており、国内調整は大変ですが、国家全体の利益を考えれば、推進しない選択はあり得ないように思われます。

実際、自由貿易協定が雨後のタケノコのように出現しているアジアで自由貿易に消極的な態度をとれば、日本の企業が競争上不利な立場に置かれることは目に見えています。自由貿易圏内の国への企業の移転も生じ、国内での雇用が失われることになるでしょう。

また、米国が自由貿易を推進する観点からアジアへの関与を深めることは歓迎すべきことです。特に中国がアジアで経済的影響力を強める中、日米はそれが政治的影響力に転化し、アジア諸国が冷戦当時のソ連に対するフィンランドのような立場になってしまわないようにすることが肝要でしょう。李大統領が言うように、FTAには経済を越える意味があるというのは、その通りです。

ただ、論説も指摘するように、自由貿易は、アジアにおける米国の軍事的プレゼンスの代替にはならないので、これはまた別にしっかり考える必要があります。




Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:11 | 米国 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
中国との戦争 [2011年10月25日(Tue)]
米ランド研究所のウェブサイト10月25日付で同研究所のJames Dobbinsらが、将来の米中衝突のシナリオについて論文を発表、このままでは米国の防衛態勢は次第に不利になると認めた上で、日韓豪などの協力に期待すると共に、それが中国包囲網と取られないよう、中国とも関与すべきだと論じています。

すなわち、中国はやがてGDPで米国を追い越すが、これは中国がかつてのソ連やナチス・ドイツよりも危険な敵となり得ることを意味する。今のところ戦争の可能性は無いが、それは米国が戦争抑止力を持っているからだ、

台湾については、両岸関係は改善しているが、統一か独立かという根本的問題は全く解決されていない。中国の攻撃から台湾を守るには、米国は中国の制海・制空能力を抑え、必要によっては中国内の基地を攻撃する必要があるが、これは中国によるこの地域の米軍基地の攻撃を招く恐れがあり、今後中国軍の増強によって米国の作戦は益々困難になるだろう、

米国の情報システムにサイバー戦争を仕掛けられたら、中国側の情報システムの特定は難しいので、中国の交通システムや軍事補給システムなど他部門の破壊によって報復することは出来る。双方が情報システムを破壊すれば、株、通貨、通商などに大変な影響が出るだろう、

日中関係は、歴史的背景と東シナ海の領土紛争のために緊張しているが、米国は日中紛争において日本を護るべきであり、そのためには日本に対するダメージを局限し、制海制空権を維持し、米国や日本による中国本土の攻撃も考えねばならない。ただ、中国軍の増強によって日本防衛のコストは増すだろうが、米国がアジアから引き揚げ、日本が防衛費を大幅に削減しない限り、今後20-30年は日本の防衛は大丈夫だろう、

経済制裁は、米中経済の相互依存度から考えて、経済相互確証破壊戦争となる恐れがある。つまり中国は輸出収入を失い、利子・投資収益を失い、石油や食料などの輸入ができなくなり、米国も株式市場、ドルの価値、インフレなどに少なからぬ影響を被るだろう。中国に対しては海洋石油ルートを遮断する方法もあるが、中国はそれに備えて備蓄や中央アジア・ルートの開発等に努めている。結局、経済相互確証破壊のバランスは現在米国にとって有利だが、米国が被る被害も大きいので相互抑止力が働いている、と述べ、

米国はこの地域に中国に対抗する意思を持つ日本、韓国、豪州など信頼すべき同盟国を持っており、この体制を維持できるかどうかは、米国がこれらの国を勇気づけられるかどうかにかかっている。ただ、注意すべきは、この体制は、@同盟国が米国に頼って自主防衛の意欲を弱める、A中国包囲網の結成ととられることであり、従って、中国には関与政策も同時に行う必要がある、と言っています。


ついに「米中もし戦わば」が公然と語られるようになり、従来は密かに考えられていた、台湾や日本有事に際して中国本土の基地を攻撃する必要についても、ここでは当然のように言及されています。

ただ、事実上、中国包囲網の結成を示唆しながら、中国にその印象を与えるなと言っているのは、米国内で対中政策のコンセンサスがまだ出来ていないことを示していますが、これは歴史の例から見ても当然でしょう。1907年に形成された英露協商も英仏協商も、ドイツについては一言も言っていませんが、対独包囲網であることは歴然としていました。

また、経済面の確証相互破壊論にも第一次大戦の先例があります。ノーマン・エンジェルは、欧州各国の経済相互依存度があまりにも高くなったので、欧州ではもう戦争は起きないと論じましたが、戦争は始まりました。その時、英仏独墺露の首脳の念頭には経済相互依存度のことなど一片もなかったと思われます。国家の尊厳や覇権の維持は経済計算外の問題なのでしょう。

日本については、かつての経済的脅威論も日本の防衛非協力に対する非難も全く無く、単に頼りになる要素と捉えています。焦点が中国の脅威に絞られれば当然そうなりますが、日本としては米国の期待を裏切らないことが肝要です。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:53 | 中国・台湾 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
アジアが抱える不安 [2011年10月25日(Tue)]
ニューヨーク・タイムズ10月25日付で、パネッタ米国防長官のアジア歴訪を前に、米AEIのMichael Auslinが、米国が今後10年間で5000億ドルの国防費削減を計画していることを背景に、アジアは将来について不安を募らせている、と論じています。

すなわち、アジアでは大国も小国も安全保障を求めて種々の関係を作っており、それがまた相手側の不安につながる中で、計算違いや民族主義的熱気が常識を圧倒する可能性が増している、

他方、中国の問題は、軍事力増強そのものよりも、軍事力の使い方にある。東シナ海では、米日の海軍力の前に中国の行動は抑制されているが、昨年の尖閣諸島をめぐる危機は中国が日本とも事を構えるのを恐れていないことを示している。また、強力な海軍力を持たない東南アジアの小国に対しては、もっと強硬で、中国海軍がベトナムの船舶に干渉、中国の漁業監視船がインドネシア海軍に砲を向ける、ベトナム訪問後のインド海軍に公海上で嫌がらせをするなどの事件が起きている、

また、南シナ海における排他的経済水域や領土紛争の背後には、中国が、米国の力は衰退しており、地域諸国に安全保障を提供しきれないと見ていることがあるかもしれない。さらに、来年は中国指導部が交代するが、新政権が不安定で弱ければ、対外強硬策や軍の発言力増大につながる可能性がある。軍事費削減の中で、アジアでどう信頼性ある米国のプレゼンスを維持するかがパネッタの課題であるが、それが出来るかどうかは、不幸にして北京の出方次第かもしれない、と言っています。


これは、中国の台頭とその軍事力行使のやり方に警告を発している点では的を射た論説ですが、米国がアジアで信頼性あるプレゼンスを維持できるかどうかは中国の出方による、という結論部分には違和感を覚えます。

中国が多くの問題を抱えながらも、民族的な勃興期を迎えていることに疑問の余地はありません。しかも中国は、毛沢東が「政権は銃口より生まれる」と言ったように、軍事力の行使を躊躇しない国です。従ってアジアのパワー・バランスを圧倒的に中国有利の方向に傾けてしまうのは、アジアの平和にとって望ましくないでしょう。こうした中国に「責任あるステークホルダー」になってほしいとか、戦略的互恵関係に基づく穏健な姿勢を求めるのは悪いことではありませんが、これはあくまで希望の表明であり、中国がそうならない場合を考えてパワー・バランスを維持していくのが政策です。

米国は確かに戦略的重心を中東からアジアに移しつつありますが、財政難の中で、米の軍事力は弱くならざるを得ないでしょう。それを踏まえて、日本がどうするかが大きな問題です。軍事的に弱い日本がアジアの平和にとって有益であった時代は既に遠く去り、日本が他国に脅威を与えるか否かではなく、日本がアジアの平和への脅威削減にどう貢献できるかを考える時期が来ています。



Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:02 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
カダフィ死亡 [2011年10月21日(Fri)]
カダフィの死亡について、10月20日、21日付の英米各紙は、リビア国内の部族対立や武器が野放しになっていることから、今後のリビア情勢は予断を許さないことを指摘し、リビア自身による統一への努力と、欧米各国の技術援助の必要を説く社説を載せています。

ニューヨーク・タイムズ
リビア暫定政府は、各武装勢力に武器を放棄させ、中央政府の下の治安部隊に編成すべきだ。また、リビアは石油収入のある国だから、欧米諸国は経済援助よりも、行政に対する技術援助を行うべきだ。

ワシントン・ポスト
リビアは、イスラム勢力も含めて20以上の武装勢力が不安定に共存している状況であり、先日現地を訪問したクリントン国務長官が、「これからより難しい問題が始まる」と言ったのは正しい。リビア暫定政府は治安部隊の訓練などについて米国の役割に期待しているのだから、これは援助すべきだ。

ウォールストリート・ジャーナル
リビアは、人口が少なく、石油があり、教育水準も比較的高いという利点がある。今後様々な転変は経験せざるを得ないだろうが、独裁者のいない国を建設するチャンスはある。他方、カダフィの運命は、シリアのアサドやイエメンのサレハにも影響を与えるだろう。米国は、衰退論が言われているが、世界の情勢を変え得る力を持つ唯一の国であり、この世界を独裁者から解放することは米国の戦略的利益にもなるし、米国の価値観にも適う。

ファイナンシャル・タイムズ
リビアには激しい民族・宗派対立はなく、石油収入もある。ただ、独裁制が長く続いたため、まともに機能する集団がない。そうした中で、最優先課題は、内戦を避け、統一を維持することだろう。西側の技術援助は必要だが、基本的には、今後はリビアはリビア人に任せ、欧米は長く留まるべきではない。


各社説とも、今後の見通しは不透明であり、内戦や過剰な報復を避けるべきだと述べながらも、欧米諸国が新国家の建設で果たすべき役割については、リビアは人口が少なく、石油収入のある豊かな国だということもあって、技術援助を示唆する程度で、関与には積極的ではありません。

積極的に関与しないのは妥当な政策でしょう。イラク、アフガニスタンの経験で、独裁政権の排除までは良いとして、その後の国づくりまで引き受けるとキリの無いことになるという教訓を得た米国として当然です。それに、しばらく情勢を見ないと、事態がどこに落ち着くかまだ分からない状況でもあります。
Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 15:59 | 中東 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
中東をめぐる新たなパワーゲーム [2011年10月20日(Thu)]
ニューヨーク・タイムズ10月20日付で、元NYT記者で現在ボストン大学で教鞭をとるStephen Kinzerが、中東では米国の影響力が縮小し、サウジとイランが影響力を競っているが、地域の民衆はむしろトルコに期待をかけているかもしれない、と観測しています。

すなわち、中東における米国の影響力は、イラク戦争や、ガザ及び西岸におけるイスラエルの政策を支持しているために衰退し、今や、湾岸地域ではイランとサウジが互いを競争相手を見て影響力の行使を争っている。最近、イランがメキシコのギャングを使ってサウジの駐米大使を暗殺させようとした奇妙な事件があったが、これもそうした争いの表れの一つだろう、

しかし、問題は、中東の人々にとって、サウジの体制もイランの体制も魅力がないことだ。また、エジプトは伝統的に指導国の立場にあったが、今後数年は国内問題に縛られて動けないだろう。そうした中で、トルコは敬虔なイスラム教の国でありながら、世俗主義と自由を受け入れ、西側との関係も良いので、一つのモデルになり得る、と論じています。


中東情勢をジャーナリスティックに捉えれば、このような観測も可能でしょう。ただ、キンザーの観測には種々の留保が必要なように思えます

先ず、米国の影響力がイラク介入前より衰退したという判断には疑問があります。確かに、米国はイラン革命政権に敵対していたサダム・フセイン政権をつぶしてしまい、さらに、イラクを米国の同盟国にしてその基地を使用するという構想も、イラク側が米軍兵士に特権免除を与えず、米軍の全面撤退となりそうな現状では成功していません。しかし、反面、イラクは民主体制となり、イラクはアラブの中では比較的米国に好意的な国として残るだろうと思われます。特に、親米的なクルド地域が今後もどの程度まで米国の影響力を受け容れ続けることになるかは、まだ決まっていない問題です。

トルコの影響力が増すことは、クルド問題を除いては、好ましい影響をもたらすように思えますが、トルコが中東の平和維持について頼りになる存在になるとまでは、現時点では予想できません。

ただ、パレスチナ問題に対するイスラエルの硬直した姿勢とそれを米国が支持していることが、米国の影響力低下の原因だという観察はその通りと思われます。

特に、千載一遇のチャンスを失したと思われるのは、パレスチナの自由選挙でハマスが勝った時に、米・イスラエルがこれを認めなかったことでしょう。行政経験のないハマス政権は、外国からの援助の減少もあって、2年もせずに行き詰ったでしょう。そうなれば次の選挙ではファタハが復活すると予想して、選挙結果通りハマスに政権を任せるべきだったと思われます。そうなったところで、イスラエルとハマスとの軍事力バランスを考えれば、イスラエルの安全が脅かされる恐れはなかったでしょう。

なお、これは今後エジプトでも大きな問題となるでしょう。エジプトが民主主義になれば、長期的には親米保守政権と反米アラブ・ナショナリズム政権との交代は必至と覚悟すべきであり、その場合は、エジプト=イスラエル平和条約の存続も問題となる可能性があります。これは、ハマスの一時的勝利よりも遥かに大きな国際政治上のインパクトがあるでしょう。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 15:45 | 中東 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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