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世界の論調批評 

世界の流れは、時々刻々専門家によって分析考察されています。特に覇権国アメリカの評論は情勢をよく追っています。それらを紹介し、もう一度岡崎研究所の目、日本の目で分析考察します。

NPO法人岡崎研究所 理事長・所長 岡崎久彦


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台湾が抱える対中政策におけるジレンマ [2011年03月31日(Thu)]
ウォールストリート・ジャーナル3月31日付で豪州のシンクタンク、Centre for Independent StudiesのJohn Leeが、経済協力枠組み協定(ECFA)によって中台の経済的統合が進む中で、台湾側は、中台交流による中国のインテリの民主化を期待しているが、中国側の台湾併合の決意は非常に固く、台湾の期待通りにはならないだろう、と言っています。
 
すなわち、台湾の人々は、台湾に大きな経済的恩恵をもたらしているECFAが中国側の餌だということをよく承知している。しかし、年間何百万人もの中国人が台湾に来て、言論、報道、ネットの自由を満喫するようになれば、中国の台湾に対する態度も軟化するのではないかと期待している、

しかし、中国側の戦略の基本は第一列島線を我が物にすることであり、事実上の支配だけでは満足しない。また、中国のエリートは、中国共産党支配体制の受益者であり、中国共産党の歴史的解釈の信奉者でもある。その上、もはや毛沢東やケ小平のようなカリスマ的リーダーがいなくなった中国は、台湾問題について既存のコンセンサスだけで動き、柔軟な姿勢はとれなくなっている、

つまり、台湾は、経済統合は不可避と思いつつも、台湾の政治制度の優越を信じているが、北京にはその存続を許す気は無い、と言っています。


中台の経済統合が不可逆的な勢いで進展していることに対して危惧の念を表明している論説ですが、その危惧の念には同感すると同時に、論説よりは楽観的な見方をしてもよいように思われます。

将来の中台政治的統合に対する唯一の歯止めが、論説が言うように、中台の交流の拡大による中国本土の民主化であるならば、確かに悲観的にならざるを得ません。しかし、根本的には経済問題が政治問題を動かすことはなく、それは、第一次大戦前、欧州各国間の経済依存度の深化で戦争はなくなった、と予言したノーマン・エンジェルの誤りを見てもわかります。自由民主を謳歌する台湾の人々が、経済関係断絶の脅しによって、共産党一党支配の中国の支配下に入るとは思えません。結局、経済不況も天災も、政治とは別個のものです。

「経済協力協定」の次は「政治協定」と言うのは、国民党政権成立当時の公約ですが、この任期中には果たせそうもありません。理由は簡単で、政治協定は国民が支持しないので、次の選挙に不利になるからです。この民主主義の制約が働くとすれば、中国が共産党支配であるかぎり、台湾との政治的統一はあり得ないことになります。

他方、武力または武力の脅威による統一は、米国との戦争を冒すことになります。従って、米国が台湾に対する武力の行使および脅迫に断固反対している限り、台湾の民主主義は護られると思われます。


Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:03 | 中国・台湾 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
震災後の日本の経済展望 [2011年03月31日(Thu)]
仏ルモンド3月31日付で、未来研究国際情報センターのエコノミスト、Evelyne Dourille-Feerr女史がインタビューに応じ、大震災後の日本の経済を展望しています。

すなわち、災害は日本経済を直撃したが、世界経済に影響が出るのは一カ月後位からだろう。しかし、部品供給では既に影響が出ている。日本から部品が来なくなったため、欧州のルノーやノキアの工場は生産を一時中断しなければならなかった。特殊分野の国際分業は維持可能だろうか。問題は技術水準で、韓国や台湾も技術力はあるが、その水準は日本と同じではない。また、機微な技術を含む部品工場の移転には、知的財産保護の問題が生じる。さほど問題のない部品に関しては、欧米やアジアの組み立て工場や最終供給先の近くに移転するのも一案だが、日本の技術水準を考えると、まだまだ世界は日本とその細分化された製造工程に依存している、

他方、日本にとってはどう復興を行うかが大問題だが、その地域の発展に適した産業を選択することが必要だ。残るは、放射能汚染の問題で、どれだけの人々を退避させなければならないのか、まだ目途が立たない、

また、日本は都市計画も再検討しなければならない。人口減少地域をどうやって管理するのか。高齢者の要望を聞きつつ、被災地の復興を都市計画の中で考える必要がある。日本では経済社会構造の見直しが既に始まっていたが、今回の災害でこの動きはさらに加速することになるだろう、と述べ、

この数週間、日本では被災地への支援の輪が広がっている。また、災害は日本人にエネルギーの無駄使いと消費主義を考え直させるきっかけとなり、国民は一丸となって節電に努めており、商品不足にも何とかやりくりして対応している。寛容、団結という素晴らしい価値も見出されており、多くの若者がボランティア精神を発揮して被災地を支援している、と結んでいます。


パリ大学で日本経済を教えている知日派のDourille-Feer女史は、日本経済のプラス面、マイナス面を分かった上でインタビューに答えており、その中でいくつか傾聴に値する重要な指摘をしています。

その一つは、復興計画を、日本経済全体の将来ビジョンの中に位置づけて行なえと言っていることです。確かに多大な費用をかけて行なう復興支援と、日本経済全体の構造改革を同時に進めることは、両方を別々に進めるよりも、効率的です。

もう一つは、日本の特殊技術、特殊技能に着目していることで、女史は日本の特殊技術の移転の可能性も言っていますが、これを容易に他に渡してしまっては、日本は生き残れません。日本には特殊技術があり、他の物では代替が出来ないからこそ、外国は、日本を重要視し、支援もしてくれるのです。日本が世界の市場に依存しているとともに、世界経済も日本の技術に依存しています。この相互依存を深めることが、日本再生の鍵でもあるでしょう。


Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:02 | 日本 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
イスラム世界とアラブの覚醒 [2011年03月31日(Thu)]
エコノミスト誌4月2‐8日号が、今中東各国で起きている民主化の動きについて論じています。

すなわち、民主主義に触発され、フェースブックで団結したアラブ革命が続いているが、これまで世俗主義的だった動きの中にイスラムが役割を果たす兆候が出始めており、革命がイスラム主義者に乗っ取られることが一部で心配されている、

実際、リビアの暫定国民評議会には世俗的リベラルもイスラム主義者もジハド主義者もいる。また、ムスリム同胞団も、西側を安心させようと、暴力放棄、多党制や婦人の権利の擁護、シャリア法適用の制限を標榜してはいるが、そのイデオロギーの幅は広く、ジハド主義も包摂しており、例えば系列のハマスはイスラエルを攻撃している、

確かに、アラブ世界ではイスラムが政府で大きな役割を果たすことになるだろう。しかし、イスラムとイスラム主義者は同じではない。アルカイダは多くのアラブ人から嫌われており、ジハド主義者も少数派だ。また、現実に、アラブのレバノンやイラクは民主的であり、アラブではないが、トルコ、マレイシア、インドネシアではイスラムと民主主義が共生している。そして、今アラブ世界で手本とされているのは、イランの神政政治ではなく、トルコだ、

アラブ諸国が西側にとって心地よい選択をするとは限らないが、他に、長期的に、アラブや西側にとって利益になる選択肢はない。独裁者は国民から自由を奪って安定を約束したが、この方式は続かなかった。ムスリムが自らの生き方に責任を負えるようにならない限り、イスラムは近代民主主義に適応しないが、今、多くの人がその機会を得たのであり、それは心配されるよりも祝福されるべき事態だ、と言っています。


ユダヤ教徒やキリスト教徒はイスラムに偏見を持ちがちですが、これは、そうした偏見を乗り越えた、よく考えられた社説です。元々、イスラムは儒教やヒンズー教よりはずっと民主主義に親和的な宗教です。イスラムには人間は神の前で平等という強い平等思想があり、また、絶対性は神のみにあって統治者は絶対的存在ではないという意味では、制限された政府の思想もあり、政府に不満があれば、政府批判もします。他方、キリスト教の「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに」の思想はありませんが、それはユダヤ教も同じです。西洋的な世俗主義がイスラム圏内に根付くのは難しいでしょうが、別の形の宗教と世俗の適切な関係が成立することは十分あり得ます。

コーランを読むと、ムハンマドは色々なことを言っており、それをつまみ食いすれば、オサマ・ビンラーディンの論も組み立てられるし、その反対の論も組み立てられます。イスラムの思想でどれが主流になるかは、つまりは政治状況を含めた諸事情によります。

今回のアラブの覚醒がどこに行くのか、まだよく見通せませんが、アラブ人が自らの運命の主人になろうとしている現在の動きは、社説が言うように祝福されるべきものでしょう。
Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 14:25 | 中東 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
メルケル首相への大打撃  [2011年03月31日(Thu)]
ニューヨーク・タイムズ3月31日付社説が、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が地方選挙で大敗したが、メルケルは有権者の機嫌をとるのではなく、自らの原理原則とドイツのより大きな国益に沿った道を探るべきだ、と言っています。

すなわち、世界の目が福島原発事故に釘付けとなる中で行なわれたドイツ地方選挙で、与党CDUは牙城だったバーデン・ヴューテンベルク州などで大敗、反原発の緑の党が大勝し、メルケルに「日本の原発事故がもたらした痛恨の敗退」と言わせた、

しかし実はメルケルは、原発でもユーロ政策でも二股をかけてきた。対リビア国連決議でも、ロシア、中国、インドと共に棄権し、リビア介入に巻き込まれないよう地中海のドイツ戦艦をNATOの指揮下からはずしている。これまでの大多数のドイツ首相は、ドイツの経済発展は欧州連合に、安全保障はNATOとの絆に基盤があると信じていたが、メルケルは何を信じているのか分からなくなってきた、と言っています。


3月27日にバーデン・ヴューテンベルク州等で行なわれた選挙では、与党CDU、連立相手の自由民主党、最大野党の社会民主党のいずれもが議席を落とし、緑の党が大躍進を遂げましたが、これは、有権者の原発への不安がもたらした勝利と言えます。

一方、メルケル首相は、福島原発事故発生後、全原発の3カ月間の安全点検の実施と古い原発の一時運転停止を決定し、賢明な対策をとったものの、原発は絶対安全と主張して、それまでの原発廃止政策を覆した経緯があるため、国民の疑心を引き起こしています。

また、ユーロ圏のソブリン・金融危機では、社説も言うように、ドイツの納税者保護の名目で、成長の芽を摘むような緊縮財政策を他国に強要する一方、救済のための拠出を約束して国民の反発をかっており、対リビア国連決議では、同盟国の米、英、仏と袂を分かって、ロシアや中国と共に棄権しています。

戦後のドイツはEU、NATO、国連等の国際機関にがっちりと組みこまれることが、経済発展ばかりでなく信頼性回復と国際社会復帰への道としてきましたが、ユーロ危機は、そのためにドイツが支払う犠牲はあまりに大きいという印象を与えました。そこにタイミング悪く、ドイツ人が過敏に反応する原子力エネルギーと軍事行動に関する事件が重なり、ドイツ政府はパニック的反応を示してしまったわけです。

しかし、それは、これまで築いてきたドイツの堅実性への信頼、そして良き同盟国としての信頼を欧州のみならず、米国でも大きく失墜させ、そうした中で、EUが目指してきた統一エネルギー政策、ましてや統一外交政策や統一安全保障政策の夢は消えてしまいました。

今後メルケルはどちらに向かうのか。ドイツ再統合を果たし、統一通貨への道を切り開いたコールが、1998年、再統合にも統一通貨にも(当初)反対したシュローダーに選挙で敗れましたが、この時すでにドイツは欧州の一員としての責任や、国際問題での役割分担に背を向けて自己中心主義に傾いていたとされています。今さらメルケル首相が保守派の伝統に戻るのはむずかしい状況ですが、このことは、EUばかりでなく、世界の経済や安全保障・外交問題解決に深刻な打撃を与える恐れがあります。


Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 14:24 | 欧州 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
中東政策の要はエジプトとサウジ [2011年03月29日(Tue)]
ニューヨーク・タイムズ3月29日付で米外交問題評議会の中東問題専門家、Ray Takeyhが、米国はリビア問題の解決は欧州に任せ、中東地域全体の問題に集中すべきだ、と論じています。

すなわち、現在リビア情勢に注目が集まっているが、アラブ世界の動きの鍵を握るのはリビアではなく、エジプトとサウジアラビアだ、

例えば、エジプトは独立以来、一貫してアラブ世界の政治的モデルを提供してきており、エジプトでしっかりした代議政治が定着すれば、アラブ世界全体に前向きのインパクトを与えるだろう。エジプト軍に対し、以前彼らが約束した通り、政治の実権を段階的に文民政府に移譲するよう引き続き圧力をかける必要がある、

サウジも重要だ。サウジほどアラブ諸国の宗派的対立を鎮める力のある国はない。湾岸地域のシーア派住民は決してイランの手先などではなく、経済的正義と政治的代表制を求めているだけであり、サウジは湾岸地域の安定に大きな役割を果たすことができる、

そうした中で、米国は今こそサウジアラビアとの関係を見直す必要がある。米国がサウジの指導者に変革を受け入れさせることができれば、中東地域の宗派的亀裂が緩和されるだけでなく、湾岸地域の政治の近代化にとって大きな前進になるだろう。米国はリビアではなく中東地域全体の問題に集中すべきであり、リビア問題の解決の責任は欧州諸国が負うべきだ、と言っています。


リビア問題の本質は、欧州と北アフリカの相克であり、中東地域全体の問題ではないというタキーの主張は正に正鵠を得ています。

また、エジプト問題の本質は、これまで政治的実権を事実上独占してきた軍が、その実権をどの程度放棄し、内政外交の第一線から退いて、新興政治エリートと権力を共有する気があるかです。サウジも同様で、これまでイランの脅威を口実に政治改革を拒否してきたサウド王家が、どの程度権力独占を放棄するかが湾岸地域の将来を決めることは間違いなく、その点でもタキーの議論には説得力があります。

ただ、エジプト軍やサウド王家が、これまで享受してきた既得権を本気で放棄するかと言えば、実態はそれほど楽観できるものではありません。

6月に予定されていたエジプト議会選挙は最近になって9月に延期され、大統領選挙の時期も未定のままであり、サウジもタキーが主張するような政治の近代化を受け入れる兆候はほとんど全く見られません。

このことは中東の各指導者が従来同様、中長期的な国家・国民の発展と安寧よりも、足元のイスラム過激派の脅威と既得権の保持を優先するだろうことを暗示しています。残念ながら、タキーや米国政府の一部が望むような中東政治全体の近代化・民主化の道は遠いようです。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 17:26 | 中東 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
中国の対アフリカ開発援助 [2011年03月28日(Mon)]
ワシントン・ポスト3月28日付でコラムニストのMichael Gersonが、中国による対アフリカ投資の実態と米国の対外経済援助の減少を憂いています。

すなわち、中国の積極的な対アフリカ投資は、軍事基地の確保やイデオロギーの輸出を伴う「新植民地主義」よりも、死活的に重要な資源と安価な中国製品の輸出先を確保する「重商主義」に近い、

他方、アフリカの独裁的指導者たちにとって、相手国の内政に干渉しない中国の国家主導型開発は、西側の「経済的自由主義」に代わる手法として、益々魅力をましている、

しかし、現在のアフリカ諸国に最も必要なのは、経済改革と統治の向上であるとすれば、この中国の手法はアフリカ諸国にとって決して望ましいものではない。それどころか、特定資源への過度の依存、過小評価された人民元による対アフリカ輸出の増大、無償援助ではなく借款を重視する中国方式は、アフリカの開発途上国にとって重荷にすらなっている、

それよりも、経済自由化、統治改革、人々のニーズ、構造改革、人権・法の支配の尊重を重視する米国のアフリカ政策の方が、中国式の国家計画経済よりもアフリカの生産性を高めるものだ。ところが、現在米国は、アフリカを含む対外経済援助と国際的関与を減らしつつあり、これでは、今後もアフリカで中国の影響力が増大することになるだろう、と言っています。


アフリカにおける中国の「重商主義」的進出の問題点は従来から多くの識者が指摘していることであり、相手国に人権尊重や構造改革を求めない中国方式が、欧米諸国の内政干渉的圧力を快く思わない一部の独裁的指導者にとって都合が良いという指摘は、基本的に正しいと言えます。

しかし、現実には、多くのアフリカ諸国にとって、欧米型の開発戦略は政治的に実現不可能なもの、自国の政治・経済・社会の実態からかけ離れた「理想主義的な手法」と映るのではないかと思われます。

従って、問題の本質は、アフリカの指導者たちに、欧米式改革が中長期的にアフリカのためになることをいかに納得させるかですが、この論説にはそれに対する説得力ある解答はありません。ガーソンは米国の対外経済援助と国際的関与の低下を嘆いていますが、援助と関与を拡大して圧力を高めるだけではアフリカの指導者は決して納得しないでしょう。

残念ながらこの論説は、今後、アフリカで中国の優位が続くだけでなく、むしろ拡大していくだろうことを確信させるものと言えます。


Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:31 | アフリカ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
リビア介入支持 [2011年03月26日(Sat)]
ウォールストリート・ジャーナル3月26日付でJohn Kerry上院議員が、米国のリビア介入は、専制政府が民衆の正当な要求を弾圧してそれで済むわけではないということを示すために必要だ。ただ、今回は仏英が先に立ってくれているので米国のリスクは限られている、と論じています。

すなわち、今回のリビア介入は、自国民の改革要求を武力で弾圧して良いというものではないことを示すためであって、イスラム国に対して、米国が新たに大規模な軍事介入をするということではない。それに、今回はフランスと英国が主導しているので、アメリカは主たる責任を取らなくてよい。米国が既にアフガニスタンなどで犠牲を払っていることは皆知っている、

また、リビアでカダフィによる虐殺を防ぐことは、チュニジアとエジプトに始まったイスラム世界の改革に夢を与えることにもなる、言っています。


ジョン・ケリー元民主党大統領候補からのオバマのリビア介入支持の表明です。やはり、米国の政治において、カダフィによる反政府勢力の虐殺を見逃すわけにはいかないということでしょう。その結果、またもや新たな泥沼に捲きこまれることに対しては、今回は、仏英主導であるし、また、米国は今まではアフガンなどで犠牲を払ってきたのだから、米国の介入が限定的でも皆はわかってくれるだろう、という態度です。

スエズ紛争のときは、植民地帝国主義を擁護するかどうかという問題が絡んでいたため、米国は原則的立場上、英仏を見捨て、エジプトのナセルによるスエズ運河国有化に反対しませんでした。そのため、その後のベトナム戦争で英仏の協力を得られなかったということがありました。

しかし、今回は、もしうまくマネージすれば、米とNATO 間に、米国と協力し、米国の負担を減らす新しい協力関係が生まれる端緒となるかもしれません。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 19:57 | 中東 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
バーレーン情勢 [2011年03月26日(Sat)]
米国のシンクタンク、Middle East Policy Council のウェブサイト3月26日付で、Chas W. Freeman元米サウジアラビア大使が、バーレーンは、多数派のシーア派が差別待遇をされている特殊な国であり、現在は湾岸協力会議(GCC)が介入して事態の鎮静を図っているが、それが落ち着いたら、長期的安定のための住民と対話を行わないと、極めて危険だ、と論じています。

すなわち、バーレーンは、多数のシーア派が少数のスンニー派の支配下にあり、生活水準の格差もあるという、イラクのシーア派が解放された今、他に類例のない状況にある。そこへもってきて、バーレーンは過去の一時期、ペルシアの支配下にあったことから、イランが介入してくる恐れがある。また、サウジとは陸橋を隔てた隣国であり、米第五艦隊の基地であり、金融などの中心地であるので、サウジを初めとするGCCとしても介入せざるを得ない。しかし、それは、シーア派同士のイランとイラクを接近させる危険性がある、

さらに、バーレーン情勢は米サウジ間にも微妙な摩擦を生んでいる。米国はサウジの介入に反対はしていないが、バーレーン国王には、民衆の要求を受け入れるよう言っている。しかし、湾岸諸国の方は、反政府の民衆に譲歩すれば、つけ上がらせることになり、治安の回復こそが急務だと思っている、

しかし、バーレーンを過去の状態に戻すことはもはや出来ない状況になっている。従って、治安が回復したら、出来るだけ早い機会に民衆と対話し、改革を実施し、国民の統一と調和を達成することが必要だ、と言っています。


米紙上で、バーレーンに関する情報は少なく、それは、他にニュースが多いためもありますが、GCC諸国(主力は当然サウジ)は自分たちの武力介入について進んで新聞発表をするような国ではなく、他方、米国のメディアは、知っていても遠慮して大きく報道しないからでしょう。

バーレーン情勢の実態はここに書いてある通り、サウジ軍を主体とするGCC軍が反乱を抑え込んでいる状況なのだろうと思われます。今後の政策論としては、ただ抑え込むだけでなく、宗派的対立の宥和が必要なことも、フリーマンの言う通りだと思われます。



Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:14 | 中東 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)
オバマ・ドクトリンの限界 [2011年03月25日(Fri)]
ワシントン・ポスト3月25日付で米外交問題評議会のStephen Biddleが、リビア危機で生まれたオバマ・ドクトリンの有効性には限界がある、と論じています。

すなわち、今回のリビア介入を契機に、@人道上の理由で米の軍事行動は正当化できる、A軍事行動は厳格に制限されるべきで、地上軍は投入しない、B他国も参加する多数国間で行くべきだ、とするオバマ・ドクトリンが打ち出されたが、これは1990年代のボスニアやコソボの場合と同じで、安価な介入の考え方だ、

しかし、戦争では小さな投資で大きな成果を上げるのは難しい。また、ローテクでも必死になっている現地の連中には、ハイテクの空軍力はあまり効果を持たない場合がある。実際、リビアでは、カダフィの空軍などは無力化できたが、カダフィの地上部隊が都市部の市民の間に入り込めば、空軍力はたちまち有効性を失い、事態がこう着状態に陥ることが考えられる、

そうなると、効果のない空爆をいつまで続けるのか、空爆を越えて地上軍の配備に踏み出すのかが問題になるが、オバマ・ドクトリンはこうした根本的問題から脱する道を全く示していない。コソボではミロセビッチの降伏でこの問題は回避できたが、今後はこうした問題が起きるだろう、と言っています。


ビドルが言うように、空軍力が人道的介入の手段として限界があることはその通りです。いかに正確な空爆も民間人を巻き添えにする危険がありますし、不介入が人道上の危機の放置につながることもあります。

介入するのか、またどういう介入をするのかについては、国連や地域諸国の支持のあるなしや、介入のコストと利益を勘案した上で、ケースごとに適切な手段を考えるしか手はないように思われます。あらかじめドクトリンを設定して、対応のあり方が柔軟性を失うのは避けた方がよいと思われますし、もし設定するのであれば、秘密にしておくべきではないかと思われます。

また、米国でこうした介入消極論が出てきているのは、イラクやアフガニスタンへの国家再建を含む大規模な介入への反省があると思われますが、適切な場合には適切な規模で介入するという意思なしには、米国の超大国としての責任の放棄につながります。

朝鮮半島における有事への対処などを考えた場合、米国におけるこうした議論には警戒する必要があるでしょう。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:46 | 米国 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
交渉によるリビア問題の解決 [2011年03月23日(Wed)]
米ブルッキングス研究所のウェブサイト3月23日付で同研究所のMichael E. O’Hanlonが、リビア介入はもともとカダフィによる反乱勢力虐殺を防ぐのが目的なのだから、その目的を達成した後はカダフィとの話し合いによる解決を求めるべきだ、と論じています。

すなわち、米国の政策は矛盾に直面している。飛行禁止地域の設定は限定的な措置だと言いながら、カダフィ退陣が政策目的だと言っている。自分の予想が誤りであることを願うが、私の見通しでは戦争は膠着状況に陥るだろう、

これを解決するには、@休戦協定を結ぶ、Aカダフィに象徴的な地位を残す統一政府を作る、Bカダフィは政権を去るが、トリポリ市長のような名誉職を与える等の、不十分ではあるが、新たな長期戦を戦うよりはましな妥協案を考えるべきだろう。それは、反乱側を援け、カダフィの力を削ぎ、リビアの改革に資するという、本来のわれわれの目的にも沿っている、と言っています。


全く賛成です。というよりも、密かにこれしかないのではないかと思われるところと符合します。元々、今回のリビア介入は、戦略目標がはっきりしない介入で、最初から、カダフィの軍に打ち勝つほどの本格的介入はしないと言っています。また、反乱勢力がどういう分子を含むのか、どういう思想を持つのか、反乱政府がどういう政府になるのかもはっきりしていません。ただ、わかっているのは、放置すれば、カダフィの傭兵による反乱勢力の大虐殺は不可避だったということであり、そうした事態は、米国の価値観の上から到底放置はできず、また、米国が放置すれば、世界的に米国のクレディビリティーが大きく傷つき、国際政治に悪影響を与える状況だったということです。だからこそ、嫌がるオバマを、クリントン国務長官などが説得して行動に踏み切らせたのでしょう。

そういう状況であるならば、ベンガジの虐殺はどうにか防いだようなので、それから先はカダフィとの妥協による解決しかない、というのがオハンロンの主張であり、その論には賛成できるということです。

なお、その場合、何よりも重要なのは、油田をどちらが抑えるかでしょうが、カダフィ側と反乱側が大体半々を抑えるような状況ならば、妥協の可能性が高まると思われます。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 11:20 | 中東 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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