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世界の論調批評 

世界の流れは、時々刻々専門家によって分析考察されています。特に覇権国アメリカの評論は情勢をよく追っています。それらを紹介し、もう一度岡崎研究所の目、日本の目で分析考察します。

NPO法人岡崎研究所 理事長・所長 岡崎久彦


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中国建国60周年 [2009年09月30日(Wed)]
中国建国60周年記念式典について、エコノミスト誌(10月3日)が、またニューヨーク・タイムズ10月4日付で、Ezra Vogelハーバード大学教授とKang Zhengguoエール大学教授がそれぞれ論評しています。

エコノミスト誌は、60年間の発展を描写した上で、中国はこれだけの立派な国になったが、二つ欠点がある。一つは、国内の弾圧の話になるとヒステリックになること、もう一つは、経済的利益の追求、特に資源確保の幻想を追って国際常識を無視することだ、と述べ、

中国政府の正統性は国民の委託によるものではなく、富と力を基盤とするので、式典は外国でなく、国民に成果を誇示するためのものであり、そこに中国政府の自信の無さが透けて見える、と評しています。

文化大革命時代を回想した、“Confessions: An Innocent Life in Communist China.”の著者であるZhengguoは、中学生として1959年の10周年式典に、大学一年生として「大躍進」を讃える1963年の式典に出席し、1968年の式典の前日に、ドクトル・ジバゴの本をモスクワに発注した罪で逮捕され、3年間強制労働に課せられた自らの経験を語り、今回は米国で式典を見ていたが、今でも毛沢東は中国共産党の長なのだという感を新たにした、と特にコメントを加えずに淡々と語っています。

また、ヴォーゲルは、中国は毛沢東の肖像の下に革命記念式典を祝っていたが、中国が今の繁栄を達成できたのはケ小平革命のお陰だ、と短く述べています。

皆同じことを言っています。つまり、毛沢東の肖像の下の式典に空しさとシラジラしさを感じたということです。これは、今でも毛沢東に帰るのが一番安全であり、誇り得るのは武力と統制力だ(変える気があれば別の道もあるかもしれないが、誰も変える勇気がない)、という自信のない状況に、皆シラけているということです。

ただ、不吉なのは、その裏に全体主義国家支持の再確認、そして、逆に、その腐敗や貧富の格差拡大への反発として毛沢東的平等主義への復帰の流れがあるかもしれないことです。また、甘やかされて肥大した軍が、権力維持のために尖閣や台湾問題で冒険主義に走る可能性もないとは言い切れません。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 13:17 | 中国・台湾 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
パックス・アメリカーナの黄昏 [2009年09月29日(Tue)]
ロサンジェルス・タイムズ9月29日付で、テキサスA&M大学教授でNational Intelligence Council顧問のChristopher LayneとThe Atlantic誌編集長のBenjamin Schwarzが米帝国衰亡論を展開しています。

すなわち、問題は中国の勃興と米国の財政破綻だ。中国はドルに代わる国際通貨を言っているし、日本の鳩山総理は、アジアの経済的統一と共通アジア通貨を支持している。こうした中で、米国は財政を立て直すためには、予算削減か、増税か、高利子に訴えることになるが、後の二つは景気に悪影響を与えるので、予算を削減するしかない。しかし、それは軍事費の削減につながり、米国の国際的影響力は減じることになろう。こうして、全世界の資金源であり市場であった米国の役割と米国の軍事的優越が失われていく、と述べ、

そうなると、各国がそれぞれsphere of interest(影響範囲)を確保しようと動き出し、日本も、今までは米国に抑えられていた国家主義的方向に向かうことになるだろう。その結果、世界は重商主義と国家主義の場となり、パックス・アメリカーナの長い休日を享受してきた世界は、また元の状態に戻ることになる、と言っています。

Foreign Affairs 9-10月号で独ツァイト紙編集発行人のJosef Joffeが、10年に一度は必ず米国衰退論が表れる、と言っていますが、これもその一つかもしれません。そうだとすれば、パックス・アメリカーナに代わる新たな体制が出現しないままに、やがて米国が自信を回復するというパターンが繰り返されることになります。

ただ、この論説は、財政悪化の影響を強く指摘しているのが特色です。確かに、ベトナム戦争の頃は、米国があまりに富んでいるので刺絡(静脈から悪血を抜き取る中世医術)が必要だと言われ、濫費も美徳のように言われましたが、もうそういう時代ではなく、その意味では、今はベトナム戦争の繰り返しでなく、新しい事態とも言えます。アフガン戦争もベトナム戦争より長く続いています。

しかし、米国は冷戦をGDPの6%支出で乗り切りましたが、現在はアフガン、イラクの戦費を入れても軍備支出は4%程度です。歳入の増加が見込めないので危機感はありますが、帝国の維持費としてはそう高いわけではありません。今後とも、現在の米軍事力の圧倒的優勢を維持できるだけの予算を維持できれば(平時ならば3%で十分でしょう)、パックス・アメリカーナは何とか続くと想定して良いのではないかと思われます。
Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 12:21 | 米国 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
イラン政権の転覆 [2009年09月27日(Sun)]
ウォール・ストリート・ジャーナル9月27日付で、ネオコンのウォルフォヴィッツの系統であり、ブッシュ政権末期に政権のアドヴァイザーも務めたジョンズホプキンス大学SAISのEliot A. Cohen が、米国はイラン現政権の転覆に政策の的を絞るべきだと論じています。

それによれば、コーエンは、もはやイランに核開発を断念させる方法は無く、このままでは、核施設を今攻撃して戦争になるか、イランに核保有を許していずれ戦争になるかのどちらかしかない。しかし、約束したアフガン増派にさえまだ踏み切れないオバマにイラン攻撃の度胸があるとは思えない、と述べ、

問題は、米国にまともに対抗する軍事力は無いが、テロリストを組織化して武器を与えることには長け、国内ではひどい弾圧を行っている現イラン政権なのだから、米国はあらゆる方法でその転覆を図るべきだ。もし本当にイランが核武装したら、米国内は、医療制度改革を巡る今の騒動どころではなくなることを覚悟すべきだ、と言っています。

コーエンは、最も望ましいのは米国が今武力行使をして核施設を破壊することだが、オバマにはその度胸がないだろうから、イランの現政権打倒を目指すべきだ、と言っているわけです。しかし、その論理も現状分析も理解はできますが、既存の政権打倒を政策目標とするのは、2000年代初めのブッシュの対北朝鮮政策が失敗したことからもわかるように、実現の可能性は保証されず、実現しなければ野放しの核拡散につながることになります。

当面はオバマ政権としては、中欧ミサイル計画放棄の代償として得たロシアの限定的協力の下に、イラン制裁を強化して行くほかに選択肢はないでしょう。政策を抜本的に変えるとすれば、政権発足早々に対イラン交渉を試みるのは年末までと言明し、イスラエルのネタニヤフ首相にも約束したことから、時間的には年末までに決断しなければなりません。しかし、制裁の効果が現れるには時間がかかりますから、イスラエルとの約束の再調整も必要となるでしょう。またオバマは、その前にアフガン増派について決断を下さねばなりません。新政権のハネムーンも終わり、オバマ政権はいよいよ重大な政策決定をしなければならない時期に来たようです。


Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 17:13 | イラン | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
東アジア共同体 [2009年09月27日(Sun)]
中国の勃興にいかに対処するかについてのCNASの研究報告の第5章で、Ikenberryプリンストン大教授は、東アジア国際機構を提案したものとして、田中均・元外務審議官の論文――日本国際交流センターが2008年3月に刊行したEast Asia at a Crossroadsの第6章に掲載――にも言及しています。

それによると、田中氏は、正式の「アジア共同体」は究極目標としては維持されるべきだが、アジアの多様性を考えると、当面はそれを築こうとする努力の過程そのものに意味がある。そうした努力の第一は、経済成長と政治自由化の好循環であり、それが東アジアの長期的安定に貢献する。第二は、共通の価値観よりも共通の規範の上に立って、大国の支配によらず、各国の自発的参加による包括的多国間主義を追求する、つまり、各国の共通利益である具体的な問題について、共通の規範の下に積極的に取り組もうとする行動重視の地域主義を追求することだ、と述べ、

懐疑的な意見もあるが、共通の規範は世界の平和と繁栄にとって重要だ。中国のWTO加入は、国内の政治自由化を実現していない国でも、規範に基づく開放された制度に参加できることを示している。そして加盟国が、透明性の拡大等に関する国際規範に従い、多国間による問題解決を求めるようになれば、国家間の摩擦減少にも貢献するだろう、

現状では米国を中心とする安全保障体制は不可欠だが、それだけでは東アジアの長期的安定には不十分だ。最終目標は、東アジア・サミット構成国とASEANで作るTreaty of Amity and Cooperationに加入した米国をフル・メンバーとして、東アジア安全保障フォーラムを設立することだ、と言っています。(ただし、米国は2009年7月にTACに加入したので加入の障壁は無くなったわけです)

緻密でソフィスティケイトされた提案であり、提案それ自体は結構なことと言えるでしょう。ただ、地域の最大課題である台湾海峡問題と、その背後にある中国の軍事態勢の透明性や政治的自由化の問題は、高度の政治的解決を要するものであり、こうした機構的な手段で解決される性質のものではありません。そのため、全体として、これは、中国問題を中心とする21世紀の大問題ではなく、ASEANを中心とする問題意識から出た発想のような感があります。

実は、東アジア共同体の発想は元々中国から出たもので、中国は北京にASEAN10カ国と日韓の首脳を集めてアジア共同体を宣言することを狙っていました。つまり春秋時代の覇者が会盟の牛耳を執ったのと同じ発想です。これに対し、日本とASEAN諸国は、構成国がASEAN+3と同じであり、屋上屋を重ねるとして、豪州やインドの参加を求め、更に最初の開催地をクアラルンプールとしたため、中国は急速に東アジア・サミットへの熱意を失い、その後は単なる付き合い程度の態度になったという経緯があったようです。



Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:36 | 東アジア | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
東アジア地域機構 [2009年09月26日(Sat)]
中国の勃興にいかに対処するかについてのCNASの研究報告の第5章では、G. John Ikenberryプリンストン大学教授が、中国の勃興とアジアの地域機構との関係について論じていますが、Michael J. GreenやDaniel Twiningが欧州モデルを東アジアに当てはめ、民主主義国の連帯を主張していることには疑念を表し、反論しています。
 
それによれば、欧州では統一ドイツが強大になることへの欧州諸国の危惧を払拭するために、ドイツが率先して地域機構を推進したが、中国も地域機構をそのように使える。グリーンは、民主主義国間でないと地域協力は難しいと言うが、地域協力はそもそも自由民主主義国間でも簡単なことではないし、専制国家でも自制を示すことは出来る。また、周辺諸国も中国が地域機構の中で行動を制限されることを望んでいる、

さらに、中国を含む地域機構の形成と、米国とアジアの民主主義国との同盟強化とは矛盾しない。中国の将来は予測不可能であり、万一に備えること(hedging)が必要であるし、中国の側にも、地域機構に参加しようとしている背後には中国封じ込め政策に対する憂慮がある。従って、中国を地域機構に関与させることと、民主主義諸国との同盟強化の二重路線は機能する、

ただし米国としては、ASEAN+3のような米国が入らないアジア地域機構が本格的な地域機構となることは受け入れられない。米国はアジアの地域機構に積極的に参加すべきであり、そうすれば、アジア諸国は米国との同盟と地域機構との間で選択を迫られることもなくなる、と論じています。

CNASの提言する政策は、少なくとも東アジアについては、現オバマ政権の政策志向を反映するものと考えて良いでしょう。そしてCNAS報告の第5章、第6章からわかることは、米国は、アジアの地域機構については、中国を取り込み、中国の将来の行動を予測可能なものとする手段として歓迎するが、米国がそれから除外されることには反対であり、また、地域の民主主義諸国との同盟はそれと並行して堅持する方針だということです。
  



Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:53 | 東アジア | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
中国勃興対策 [2009年09月26日(Sat)]
オバマ政権に多くの人材を送り込んだCenter for a New American Securityが、中国の勃興にいかに対処するかについて、9月に研究報告を発表。報告の序文は、今までのように、米中関係を深めるか、あるいは、米中対決に備えるかという単純な二者択一ではなく、「中国と関与し、中国を国際社会に取り込みつつ、影響力の均衡を維持する」必要に焦点を当てた、と述べており、第6章では、米CSIS日本部長のMichael J. Greenと米ドイツ・マーシャル基金のDaniel Twiningが、balance of powerよりもbalance of influenceの観点から、価値観を共有するアジア諸国との連携の必要を強調しています。

それによると、民主主義の大義を掲げたイラク戦争の挫折以来、価値観外交が批判されているが、価値観外交は歴史的に米国に深く根ざすものであり、米国にとって、同じ価値観に立つアジア諸国との連携は利益となる、として、あらゆる角度から論理を展開しています。

論文に沿ってアジアの大きな流れを見ると、ブッシュ時代に始まった米印の蜜月はその後も続いていますし、当初は親中と思われた豪州の労働党政権も中国の軍事的脅威を重視する姿勢を示しています。特にこの論文で改めて印象付けられたのは、韓国とインドネシアの変貌です。韓国は反米だった盧武鉉時代とは大きく変わり、またインドネシアでは、ユドヨノ民主政権が国内的にも国際的に確固たる地位を築きつつあります。日本の政権が変わっても、アジアの趨勢、特にインド、豪州、韓国、インドネシアは、この論文が言うように、民主主義国間の友好協力の方向に向かっていると言えます。

また、中国との関与政策と民主主義国の結束とは両立する、というのがこの報告全体のテーマですが、それは日本にとってのテーマでもあるでしょう。特に、今後の六カ国協議で、事態が米中協議だけで進められるよりも、日米韓の間に事前に意志の疎通があった方が良いことには誰も異存はないでしょう。もっとも、事前の日中間の意思疎通については、おそらくは中国にとっては米国との意思疎通だけで十分であり、外交的に形だけ付き合ってくれることはあっても、実際の必要は認めないだろうと思われます。
Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:50 | 中国・台湾 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
アフガン政策に残された道 [2009年09月24日(Thu)]
USA Today 9月24日付で、CIA出身の情報専門家Bruce Riedelとブルッキングス研究所のMichael E. O'Hanlonが、小規模の人員で無人機などを使ってアフガン戦争を続ける、という提案が実行不可能なことを論じています。

即ち、これは、ラムズフェルドのlight footprint戦略と同じであり、それがうまく行かないのが現状だ。なぜなら、@敵は携帯電話を使わなくなったので人工衛星では情報が集まらないが、人間情報は人手が要るし、現状ではアフガン人はタリバンに脅迫されて情報を提供できない、A米軍支配地域が縮小すると無人機を飛ばすのに必要な基地が失われる、B兵力を削減すれば、アフガン人は米国に見捨てられたと思うからだ、と述べ、

アルカイダはどっち道さほど聖域を必要としないと言う向きもあるが、聖域を持っている場合といない場合とでは大きな違いがある。結局はオバマが3月に言ったように、アフガンの治安部隊が増強されるまで米国がアフガン人の安全を守るしかない。これは時間と金がかかるが、それ以外の選択肢は無い、と言っています。

実はオハンロンは、この論説が出た2日前の9月22日付ファイナンシャル・タイムズで、Jane Harman 民主党下院議員と連名で、アフガン政策で最も大事なのは、汚職や腐敗を失くすことであり、そのためにはオンブズマンの設置や汚職官吏の懲罰的罷免などを実施すべきだと論じています。両論とも、オハンロンらしい、核心をついた、現実的、建設的な提案です。端的に言えば、今のままではアフガンでは敗けてしまう。ここまで来たら、米国は、アフガン治安部隊が自力で治安を守れるように増強されるまで、兵力と資金を増やしてもう一息頑張ってみるしかない、という主張であり、これは全く正しい議論だと思われます。というよりもそれしかないと言えるでしょう。

汚職腐敗の問題も、米国内政治を考えれば、最優先の課題と思われます。ベトナム撤兵も、サイゴン政府の腐敗と無能に米国民や米議会に嫌気がさしたことが大きな理由の一つでした。当時、現地の米軍としては、自由を享受しているサイゴン市民を見捨てるのは断腸の思いでしたが、ベトナム政府が米議会の信用を失ってはどうしようもありませんでした。ベトナムのボート・ピープルのような悲惨さを、現在自由を謳歌しているカブール市民に味わわせないためにも、米議会のアフガン政府への信用を高めることが急務でしょう。増派するなら、汚職腐敗対策を講じるべきだ、というオハンロンの議論は、これまた、正鵠を射ていると言えます。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:31 | 中央・南アジア | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
オバマ氏の政治哲学の限界 [2009年09月24日(Thu)]
創刊まもないナショナル・アフェアーズ誌で、ハドソン研究所のWilliam A. Schambraが、オバマ大統領の政治哲学とそれに基づく政策はなぜ失敗するかを分析、大ベテランの政治評論家David S. Broderがワシントン・ポスト9月24日付でそれを取り上げています。

それによると、シャンブラは、オバマは一度に多くの問題を取り上げ、ホワイトハウスのスタッフの管理下にそれらを集中させようとするが、これは彼が政策主導型の大統領であることを表している。オバマにとって国家の統治とは、個別の問題が発生する度に取り上げるのではなく、社会制度全体や社会そのものに合理的で一貫した形や機能を与える政策を形成することを意味する。つまりオバマを含めて進歩派は、統治に社会科学の新たな英知を投影すれば、イテオロギーの衝突や狭い利害は克服できると信じている、

確かにオバマはあらゆる問題に対し同じアプローチをしているが、これは、問題を個別のものと捉えず、長期的な全体構造の中で見て、客観的なデータに基づいた国家政策を構築すれば、効果的かつコストの低い解決策に達することができる、と考えているからだ。しかしカーターやクリントンがそうだったように、このやり方はこれまで成功していない。なぜならこうした非常に合理的で包括的なアプローチは、政策の個別部分に関心のある様々なプレーヤーに権力を分散する米国の政治体制と上手く合致しないからだ、と述べており、

ブローダーは、このシャンブラの分析に賛成し、民主主義や代議政府というのは、オバマたち進歩派が認めたがるよりははるかに混沌としたものであり、だからこそ彼らはしばしばフラストレーションに苦しむのだ、と言っています。

指導者の根底にある信念や哲学、国家観を捉えると、全ての政策の方向性や意味合い、国民の反応、政策の成否を決める要因が突然はっきり見えてくることがありますが、ブローダーにとってシャンブラの論文はまさにそうしたものだったのでしょう。

建国の父たちが創った米国の三権分立という政治制度は、権力集中を嫌い、チェックス・アンド・バランセス、競争、有権者の幅広い意見の反映を重視するものであり、よほどの国家危機でない限り、三権が協力して政府が上手く機能するようにはできていません。ところがシャンブラが解説するオバマの理想はまさにその逆で、中央に権力を集中し、理性と合理的理論で国家の形を作ろうというものであり、米国のように個の独立を重視する、混乱した草の根民主主義のお国柄にはそぐわないものです。

このシャンブラの分析は、オバマ政権の国内政策のみならず外交政策を理解する上でも役立つものと言えるでしょう。米国の政治体質がオバマ政権の理想に合致しないように、他国との交流においても、理論や合理性に重点を置きすぎれば、ロシアやイランだけでなく、同盟国との関係も上手く行かなくなる可能性があります。



Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 13:52 | 米国 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
指導力を欠くアジア [2009年09月22日(Tue)]
ウォール・ストリート・ジャーナル9月22日付で、韓国のJongryn Mo延世大学教授が、インドも含めてアジア諸国はその経済力にもかかわらず、G20等でまとまった勢力として発言していない、世界の舞台でもっとリーダーシップを発揮すべきだ、と論じています。

それによると、アジア諸国はG20等でまとまった行動をとらず、構想も示さず、リーダーシップも取らない。これは、アジアでは従来から一体感が乏しく、また歴史的経緯から今も相互に猜疑心を抱いているためだ。また東アジアの指導者たちはグローバルなリーダーシップを取ることに慣れていない。サルコジ仏大統領は欧州諸国の意思を代弁してG20で発言しているが、それを見習うべきだ。アジアは世界にとって魅力的な新しいアイデア(具体的には、例えば、輸出依存の是正)を提示すべきであるし、さらに、グローバル・ガバナンス強化に資するために、地域的調整の仕組みも強化すべきだ、と言っています。

東アジア諸国はこの10年ほど、政治的紛争を棚上げして経済的利益の獲得に専心してきたと言えます。ちょうど、17世紀の欧州で30年戦争のかたわら、イタリアの諸都市国家が繁栄を続けた現象とも似て、没イデオロギーなのです。しかしそうした中でも、チェンマイ・イニシャティブ、APEC、東アジア首脳会議などは既に実施されてきています。それらへの言及がないのは遺憾ですが、これは、特に反対するところもない論評と言えるでしょう。特に、地域的調整の仕組みも強化すべきだ、という提案は、東アジア共同体の結成にとっては前向きの要因です。

また最近、国力の増大に応じて韓国の専門家がグローバルな発言をすることが増えているのは歓迎すべきことであり、日本も彼らと協力できる部分は多いでしょう。ただし、「グローバルなリーダーシップ」を取るためには、イデオロギー的大義、金融力、軍事力、情報伝播力を持たなければ駄目であり、いたずらに発言をあせっても、十分な効果はあげられないでしょう。しかも東アジアの繁栄は対米輸出に依存している部分が大きく、そうした中で、「自分達は豊かになったのだ。他の国も豊かになれ」という程度のメッセージしか出せないのでは意味がありません。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 16:19 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
太平洋を失うのか? [2009年09月21日(Mon)]
キーティング太平洋軍総司令官が近く、ロバート・ウィラードに交替することを受けて、ウォール・ストリート・ジャーナル9月21日付で、同紙社説欄編集者のMary Kisselが、キーティングが中国に甘かったことを批判し、ウィラードに対中政策の見直しを求めています。

それによると、米国の同盟国である豪州は、その防衛白書の中で、中国の急速な軍備拡大と周辺海域における対米挑発行為、そして米国側の軍事費削減の傾向に憂慮を示し、それを正確に指摘している。ところが、キーティングはそうした豪州の憂慮を不正確だと言って否定し、中国については、ただ、中国に関与せよ、とだけ言ってきた、

キーティンが在任中に何を達成したかは明らかでない。就任早々、中国の空母建造計画に協力すると言ったが、これはワシントンで棚上げにされ、また、今月初めには、米豪中の共同演習を示唆したが、中国からはまだ反応がない。他方、中国はその間、海上衝突を避けたいのであれば、米国は対中哨戒活動をやめるべきだ、と関与のカケラも匂わせないことを言っている。キーティング自身も過去2年半、彼の関与政策の成果が余り上がっていないことを認めている。ウィラードは、就任にあたって、米国が太平洋で中国に譲れる余地がどれだけあるか、見直すべきだ、と言っています。

対中国政策については、中国の経済成長、特に、今回の金融危機を乗り切ったことから、いわゆるG-2推進論のような中国重視政策と、中国の急速な軍備増強を警戒する中国脅威論とに分極化する傾向があります。しかし、この両論は必ずしも互いに矛盾するものではなく、併存して当然です。それだけに、たとえオバマ政権の下で関与論が主流になっても、軍事専門家、現実主義者、保守派の間では脅威論は生き続けると考えられます。キッセルなどはその最たるものでしょう。

Posted by NPO法人 岡崎研究所 at 14:26 | 米国 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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