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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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外務省トミーコー無任所大使と会う [2012年12月03日(Mon)]
12月3日(月曜日) 
シンガポールの朝8時、ASEAN事務局長特別顧問のラジャさんとホテルのロビーで待ち合わせ。いつも忙しくジャカルタとシンガポールで二重生活をしている彼は、機内持ち込み用のキャリーバッグを持って現れた。今日はこの後空港に向かい、ヤンゴンに行くのだとか。彼と会うのは久し振り。色々懸案事項について意見交換。
二人で話しながらだったので、やや慌ただしく朝食を済ませ、シンガポール国立大学南アジア研究センターへ。副所長のジョンソンさんと会う。そして、そこから彼の運転で、外務省に向かう。シンガポール有数の知識人で、外務省の大物、トミー・コーさんに会うためだ。コーさんは、30歳にして、時の首相リークアンユーに国連大使に任命されたと言うエピソードの持ち主。その後、駐米大使、国連海洋法条約の議長を務めたと言うエリート外交官。75歳になった今も、無任所大使として外務省ビルの最上階にオフィスを構える。
1203MFA.jpg
<緑の木立に囲まれたシンガポール外務省ビル>

そんな大物に初めて会うというので、私は自分の服装をどうするか迷ったのだが、敢えて、背広・ネクタイはやめて、いつものサファリスーツで行くことに。背広・ネクタイは寒冷地のもので熱帯の気候にはそぐわない。省エネを考えても、シンガポールの暑い風土に合った服装の方が自然だ。
果たして、実際会ってみると、彼はラフなパティックシャツ姿だったのでほっとした。
いきなり、要件に入り、早口で、質問を繰り出すエネルギッシュなスタイル。全く年齢を感じさせない迫力のある人だった。今晩には長い米国出張に出発するという、忙しいタイミングだったが1時間ほども時間を割いてくれた。
話題は、専ら、彼が関心を寄せる障害者分野での日本財団の活動について。今回、ミャンマーの社会福祉大臣と確認したASEAN障害者芸術祭には大変関心を示し、支援を約束してくれた。そして、自分が関わっているシンガポールの障害者グループの中に、舞台芸術活動に熱心に取り組んでいるVSAという団体があるので紹介しよう、と言ってくれた。
外務省を辞して、昼食を取ろうとジョンソンさんの車に乗っていると、メールの着信メッセージ。何と、トミー・コーさんからのVSAを紹介するメールだった。驚いている私に、「コーさんはやることが速いんだよ」とジョンソンさん。確かに、有能さと効率を何よりも愛するリークアンユーに今も頼りにされている75歳であった。
1203Tommy.jpg
<シンガポールでもっとも有名な外交官、トミーコーさんと一緒に>

食事を取った後、雨が降りそうな気配に慌ててホテルに戻り、傘を持って、午後のアポイントの場所に急ぐ途中、雨が降り出した。晴れ男の私にとって、海外出張中に傘をさしたのは本当に久し振り。リークアンユー公共政策大学院のビーハグさんと会って、ミャンマー国境省と進めている、地方公務員のシンガポール研修について打合せ。公共政策大学院側3人の担当チームの内の2人が出張中などで、今回は、私とビーハグさんと二人だけ。
細かい点の議論を詰め、ほぼ打ち合わせを終えようというころになって、俄かに雨脚が強まり、外は暴風雨状態に。これでは、傘があっても外に出るのは困難だ。幸い、私は夜のアポイントまでまだ余裕がある。彼女の方も、今日は時間に余裕があると言うので、この機会にと、日本財団のその他の分野での活動を説明する。話が弾んでふと気が付くと、嵐はおさまり、外は小雨に。時計を見ると3時間にもなっていた。
夜は久し振りに、共同通信シンガポール支局の豊田支局長と。
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<突然の雨に久し振りに傘を出した>

08時 ASEAN事務局長特別顧問ラジャさん
09時半 シンガポール国立大学南アジア研究所ジョンソン副所長
10時半 外務省トミーコー無任所大使
14時 リークアンユー公共政策大学院ビーハグさん打合せ
19時 共同通信シンガポール支局豊田支局長
パアンを後に、飛行機でヤンゴンからシンガポールへ移動 [2012年12月02日(Sun)]
12月2日(日曜日) 
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<朝靄の中に美しいシルエットが浮かんでいた>

星空を見果てぬ夢に一夜明けたパアンの朝、素晴らしい朝焼けに思わず外へ散歩に出かける。ホテルの外には、信じられないほど美しいシルエット が浮かび上がっていた。朝日が登るのにつれ、美しく変化する。こんなに美しい場所で武力衝突が何十年も続いていたとは、、、。これからは、平和の中で観光客も増えて行くことだろう。
今日は私ひとりは、午後4時半の便でヤンゴン空港からシンガポールへ向かわねばならない。今夜、ヤンゴンで一泊し、明日の便でバルーチャンのあるカヤー州に向かう予定の本隊には申し訳なかったが、私の時間に合わせて、3台の車に分乗、全員で早朝7時にパアンを出発。
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<モン州名物のラグビー型スイカを売るスタンドが路傍に並ぶ>

ヤンゴンが近づくと、私と同乗していたカメラマンの富永さんは別の車に乗り換え、私一人を乗せた車は市内のホテルに向かう一行と別れ空港へ。しばらく、ロビーでチェックインが始まるのを待つ。そして、4時半の便でシンガポールへ。
飛行機の中で広げた、シンガポールの日曜紙、Sunday Timesのトップニュースは、違法ストに参加した中国人運転手のうち、29人が中国に送還されると言う話。今週の月曜日に、シンガポールに中国から出稼ぎに来ていた171人のバスの運転手が待遇の不満から、ストライキを敢行。シンガポールの法律では、2週間前に予告しないでストを行うのは違法とのこと。そのため、主犯格の5人は扇動罪で逮捕、中心になって騒いだ29人は強制送還となった次第。シンガポールでのスト騒ぎは25年ぶりとか。
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<違法ストの顛末を報じるシンガポールの新聞>

シンガポール特有の功利主義、合理主義に基づく制度だが、これから研修をおぜん立てするミャンマーの地方公務員たちはシンガポールのスト法制をどのように受け止めるのだろうか。
夜9時過ぎ、真っ暗になったチャンギー空港に到着。ホテルチェックインして早めに就寝。

07時 パアン出発
12時半 ヤンゴン到着
16時40分 ヤンゴン発
21時15分 シンガポール着
カレン州都パアンで置き薬とモバイルクリニック事業の開始式典 [2012年12月01日(Sat)]
12月1日(土曜日) 
早朝6時ホテルをチェックアウト。昨日、難行のモン州への旅から到着したばかりの笹川会長らとともに、マイクロバス3台に分乗してカレン州へ。その内の一台はモバイルクリニックの為に購入されたばかりの日本製の中古のバン。5年前の2007年型車だというが、内装も塗装もやり直して新車のよう。車の前後には、日本財団とミャンマー医師会のロゴが並ぶ。
ヤンゴン市内を出ると、先ず、ネピドーに向かう4車線のハイウェイを北上、39マイル地点まで行き、そこから一般道を東に向かって進む。きちんと舗装された道をスムーズに進む。タイとの国境沿いのモン州で、豪雨や悪路に難渋させられたばかりの笹川会長らは、「これは天国への道だ」と大感激。
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<モバイルクリニックのバンで出発>

今日は、伝統医薬品の置き薬配布事業第2フェーズの開始式典、続いて、モバイルクリニック事業のパアン支部訪問、州政府が保有する薬草農場の視察などの行事が予定されているので、遅れてはいけない。しかし、当初の朝9時からの予定がの午後1時からに繰り下げられたお陰で、行程には少し余裕ができた。
シッタン川を渡るとモン州に入る。ビリンを越えた辺りの小奇麗なドライブインでトイレ休憩を取っただけで、さらに東南へ進む。モン州とは言ってもこの辺りは、比較的なだらかな土地。道路の両側にはゴム林が続く。
しばらく進むうち、左手、遠方に高い山々が見えてきた。カレン族の住む高地である。反政府武装勢力が60年もの長い間政府軍に抵抗し、ゲリラ戦を続けてきた場所だ。これらの山の向こうはタイだ。
この辺りに来ると、橋の両側等の戦略地点には土嚢を積んでトーチカが作られている。しかし、今は兵士はいるが、止められることはない。
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<カレンの山並みが見えて来た>

モン州からカレン州に入り、しばらく進むと大きな川に差し掛かった。ミャンマー三大河川の一つ、サルウィン川である。ここを越えるとパアンの町だ。遠く中国の雲南省からミャンマー最大の少数民族州であるシャン州を貫いて流れるこの川の名前は、反政府勢力の記録を読むと何度も繰り返し出てくる。この上流にミャンマー最大の水力発電所のあるバルーチャン川がある。
日本の戦後賠償第一号として建設されたものであるが、これまでそのメンテナンスが叶わず、出力低下が問題になっていた。反政府勢力との間に真の和平が確立できれば、その補修工事も大きく進展することだろう。会長一行は、パアンの後、カヤー(カレニー)州都のロイコーに行く予定で、バルーチャンダムを見ることになるだろう。
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<雨の中、家族連れを乗せた乗り合いトラックが進む>

パアンへのドライブは無事終了し、我々は、12時まえにパアン市内の小さなホテルに到着した。そこで昼食を取った後、大きなホールに案内された。そこで、州政府のゾーミン首相主催のミャンマー伝統医薬品を使った置き薬事業第2フェーズの開始式典が始まった。中央政府からは、急な用事で欠席したペテッキン保健大臣の代理でウィンミン副大臣が出席、祝辞を述べた。
テインセイン大統領の要請により、日本財団と中央政府保健省との間では、カレン州では、2000カ村だけではなく、州内の全村に置き薬ボックスを配布することになった。当然ながら、反政府勢力支配地域もその対象となる。
中央政府とカレン族反政府武装勢力との間では昨年、60年ぶりの休戦協定が成立しているが、カレン側も武装を解いたわけではなく、双方は武装したまま対峙しているわけで、全村配布を実現するためにはカレン側との協力が不可欠である。従い、今日の式典の場には、カレン族の反政府武装グループKNUの代表者も2人出席すると聞かされていたが、結局、式典での来賓としての正式な紹介者には含まれておらず、式典の後でも、私的に紹介されるわけでもなく、確認は叶わなかった。カレン族と中央政府の微妙な関係を感じた。
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<置き薬第2フェーズの開始式典で挨拶する州政府首相>

置き薬式典の後、モバイルクリニックの実働チームが、設立されたばかりのパアン支部に案内してくれると言うので、州政府首相にその旨を告げると、自分も行ってみたいと仰るので、大勢で出かけることになった。ふと、前を見るとカービン銃を担いだ武装警官が5-6人乗り込んだ小型トラックが我々の車列を先導してくれていた。
程なくして、モバイルクリニックのパアン支部に到着。小ぶりの一軒家の民家を改造したもので、そこに医師や看護婦、薬剤師ら10数名の女性を中心にしたスタッフが、我々を出迎えてくれた。今回は、元々はプロジェクトの開始式を行うと言う話だったが、既に、スタッフのためのトレーニングなどがスタート。先週には、初のモバイル診察で70人以上に治療を施したと言うので、式典の代わりに、プロジェクト概要のプレゼンテーション。その後、建物の前に出て、会長、首相らとともに記念撮影。
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<モバイルクリニックのパアン支部のスタッフ>

その後は、パアン郊外に開発中の工業団地の一角にある州政府保有の農園へ。州首相自らが、栽培中の薬草の苗について熱心に説明。我々が提案している薬草栽培事業に対する期待を熱く語ると共に、州政府挙げての支援と協力を約束してくれた。
日本財団が中央政府の保健省と協力して進めている、生薬を使った置き薬事業は今年から第2フェーズを迎え、2014年には全国の約3万の村々への配置が終わる。ミャンマー全土の半分近くの村落部での生薬の使用が本格化するので、そのころには、原料となる薬草への需要が急増するものと予想される。そこで、主食のコメの生産には不適な山岳部が多い少数民族地域での薬草栽培を拡大することを計画している。カレン州はその事業の出発点になる見通しである。
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<カレン州政府のゾーミン首相自らが薬草園を案内してくれた>

薬草の視察を終えて、ようやくホテルにチェックインしたのは4時半過ぎ。今夜は、州政府主催の夕食会だ。夕食会の後、遮るもののない夜空を眺める。私は晴れ男。海外出張でもおよそ雨傘のお世話になったことはない。ただ、何故か、星空とは無縁。
果たして、今夜も月は満月、折角の遠隔地だが、やはり、満天の星空は見られず。
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<州首相警護のための武装警察隊>

06時 ホテル出発
13時 カレン州置き薬式典
14時15分 モバイルクリニックプロジェクト開所式
15時30分 州政府試験農場訪問
19時 州政府主催歓迎会
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