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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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ベトナム社会政策銀行で調印 [2012年11月12日(Mon)]
11月12日(月曜日) 
1112VBSP.jpg
<ベトナム社会政策銀行の本店ビル>

外は薄曇り。ホテルの部屋で出かける準備をしていると、ドアをノックする音が。外に立っていたのはベトナム社会政策銀行国際局のハーさんと名乗る若い女性職員。
元々は、9時半に迎えがホテルにやって来ると聞いていたのだが、道路の渋滞の恐れもあるので早めに出た方が良いからという。
そこで、予定より20分ほど早く出発。しかし、道路は順調。予定時間より15分ほど早く、新市街の広々とした一画に立つベトナム社会政策銀行(VBSP)の立派な本店ビルに到着。程なく、総裁が現れて、障害者ビジネスを対象にした融資のためのパイロット事業のための調印式が始まった。
調印式の後は、ビル最上階の来賓食堂で昼食会。
1112MoU.jpg
<頭取と並んで合意文書に調印>

VBSPとのこの事業は、今後3年かけて日本財団がVBSPに60万ドルを供与。VBSPはそれを融資期間3年から5年、最大融資額5万ドルの設備資金として、障害者が事業主や従業員、顧客となる小規模ビジネスのために、低利で融資するというものだが、私の狙いは、日本財団が貸し付けの原資を提供するのではなく、担保を提供するなりして信用保証をすることで、その何倍もの貸し付けが可能になるスキーム。
そのような仕組みの可能性を求めて、意見交換するために、午後一番に、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)インドシナ地域本部のあるハノイ市内中心部の世銀オフィスを訪問、責任者と意見交換し、貴重な助言をもらうことが出来た。
1112Gucci.jpg
<世界銀行グループベトナムオフィスの入る市内中心部にある豪華なビル>

一旦、ホテルに戻り、今度は、世界保健機関(WHO)のハノイオフィスへカサイ所長やソッコロ博士と会う。ソッコロ博士は日本財団の助成で始まった置き薬方式による伝統医療普及事業のWHO側責任者である。ベトナム政府保健省とWHOベトナムオフィスによるこの事業は、最近、事業の正否を科学的に計るための基礎調査(ベースラインサーベイ)が終わったばかり。今後の進め方などについて意見交換。
夜は、NHKハノイ支局長の市原さんと、義足配布事業の現地パートナーNGOであるVNAHのハノイ所長のハイさんの3人で食事。
ハイさんによれば、ベトナム人の間では、野田首相の人気が高いのだとか。それは、彼が中国に決然と戦いを挑んでいるからだという。ベトナムと中国の間でも南沙諸島を巡る領土問題を抱えており、大国中国に果敢に挑むということで、日本の動きを痛快に思っているようだ。
しかし私が、野田首相は喧嘩を売ったのではなく、最初はむしろ、事を荒立てないようにと購入に踏み切ったのが思いがけず中国の強い反発を受け、総選挙をま近に控え、引くに引けなくなったに過ぎないという見方が普通だと思うと言うと、がっかりしていた。
1112lunch.jpg
<ベトナム料理で昼食>

夜、ホテルでは涼しいので冷房を切って寝る。ところが、夜中、思いがけず、耳元を飛び回る蚊の羽音に目を覚ます。涼しいので油断していたのだが、冷房が入っていないので、蚊も体力を取り戻したもののようだ。都心なのでマラリアの心配は全くないが、デング熱を移される危険は無視出来ない。
ただ、いつものようにスーツケースの中には、蚊取り線香も、虫除けスプレーも入っているのだが、明日は朝からバンコクに移動するため荷造りを済ませ、スーツケースには鍵をかけてしまったので、今更取り出すのはおっくうだ。そこで、クーラーを入れて、布団をかぶって眠てしまうことに。

09時20分  ホテル出発
10時 ベトナム社会政策銀行(VBSP)で調印式
13時 国際金融公社(IFC)ハノイオフィス訪問
15時半 世界保健機関(WHO)ハノイオフィス訪問
18時 NHKハノイ支局市原支局長
バンコク経由で飛行機を乗り継ぎ ハノイに到着 [2012年11月11日(Sun)]
11月11日(日曜日)
ウガンダを出発して23時間、ハノイに到着。ほぼ、丸一日かけてアフリカ大陸からアジア大陸の東南端に移動したことになる。
空港のタクシーに乗り込んで時計を見ると、現地の時間は午後2時半。とても涼しく外の気温は19度。東南アジアの国でありながらベトナム北部の冬は予想外に低温である。中国との国境付近では雪が降ることすらある。私自身、何度もハノイで寒さに震え上がったことがある。
それにしても、今日のハノイのこの涼しさはおかしい。この出張に出発する直前にチェックした段階では、ハノイの今週の気温は30度以上だった筈。
ハノイっ子は寒がりだ。少しでも気温が下がると、我々日本人からは大げさなほどの防寒具を身につける。今日も、路上には厚手のジャンパーやセーターで完全防備した人の姿が目立つ。
1111cold.jpg
<寒がりのハノイっ子は厚手のジャンパーで完全防備>

夜6時半、共同通信のハノイ支局長の三宅さんと落ち合う。気温は一層低下して、肌寒いほど。三宅さんによると、ハノイは、確かに昨日まで暑かったのだそうだ。それが、今日から急に涼しくなったのだとか。
こんな寒い時には、ヤギ鍋で暖まろうと、地元の人に人気のヤギ肉専門店に連れて行ってもらった。
ベトナムでは 元々はヤギ肉は精力剤。日本のスッポンのように、なぜか精力が付くと信じられている。スッポンも滋養のある健康食とのイメージだが、ヤギよりは一般的で、例えて言えば日本のうなぎのようなもの。そのような訳で、以前は、ヤギを食べるのはおじさんばかりだった筈。それが、最近ではヤギ肉食は一般化し、家族連れや若い男女でも普通に食べるようになったのだとか。
1111fullrestaurant.jpg
<ヤギ肉レストランは大人気>

三宅さんの説明にも半信半疑で付いて行った私は驚いた。オートバイ預かり所のような一階の入り口脇の階段を上に登ると、吹き抜けのフロアーに所狭しとテーブルが並び、親子連れや、若いグーループやカップルで大にぎわい。
ここでコースを頼むと、先ずは、金網の上での焼き肉となる。焼き上がった肉は、ベトナムらしく、ドクダミやミントなどの生野菜を入れてライスペーパーで挟んで生春巻き風にして、甘酸っぱいたれにつけて食べる。
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<先ずは、ヤギ肉を七輪で焼く>

焼き肉を食べ終わると、金網が下げられ、野菜などの具材と一緒に、スープの入った鍋が運ばれて来て、鍋焼きが始まる。
外気を遮るものもないので、寒いのではないかと心配したが杞憂であった。というのも、各テーブルの真ん中には穴があって、そこに赤々と燃える炭火の入った七輪を置く。その上に金網を置いて焼き肉風に肉を炙っていたり、スープの入った鍋を置いている。七輪の中で炭が燃え盛っているので、外の涼しい空気が心地よい。
三宅さんから洞察に満ちたベトナム政治社会論を伺いながら食べるヤギ肉料理は、ベトナムビールとも良く合い、涼しいハノイの夜を過ごすには最高の夕食であった。
1111potaufeu.jpg
<最後はヤギ鍋で締め>

06時59分 バンコク着
12時20分 バンコク発
14時10分 ハノイ着
18時半 共同通信 ハノイ支局三宅支局長
カタールに向けて出発 [2012年11月10日(Sat)]
11月10日(土曜日) 
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<Don't say good-byeと書かれたエンテベ空港ターミナル>

昨夜は、早く床に付いたので流石に、今朝は、3時頃に目が覚めてしまった。しかし、今日はもうこれからベトナムに移動するので、時差を考えると無理に眠らず、起きていた方が良い。
ホテルの前のビーチを散歩。朝日がとても美しかったので何枚も写真を撮った。その披露は後で。
今日も、8時からまた会議が始まった。本来は、今日はSAAの姉妹組織であるSAFE理事会の筈なのだが、昨日の会議で持ち越した来年度予算案など、SAAの問題に付いて討議。しかし、私は午後のフライトでカタールのドーハ経由でベトナムのハノイに移動しておかなくてはならない。
11時前に中座し、SAAの車に送ってもらって一人、ホテルを出発、エンテベ空港に向かった。
1110planes.jpg
<滑走路の向こうにビクトリア湖が見える>

空港の待合室で現地の英字新聞を読んでいて面白い記事を見つけた。若い男女が交際相手を求めるページである。男性から女性への部と、女性から男性への部に分かれており、それぞれに、自分の売り込み文句と相手に求める条件が数行にまとめられている。
面白いのは、男女とも結婚相手を求むというものと、恋愛相手を求むというのが混在していること。必ずしも、結婚を前提とした相手探しでもないらしい。
1110couple1.jpg
<待合室で見つけた現地の英字新聞の相手探し欄>

相手に求める条件には、学歴、収入や社会的ステータス、容姿などが並ぶが、中には、白人の相手を希望するというものもチラホラ。
具体的に国籍を指定しているものもある。面白かったのは、「白人の女性を求む、但し、イギリス、フランス、そして、日本人(!)に限る」というもの。ここでは、日本人は白人扱いなのだった。
1110couple2.jpg
<男性から女性への部と、女性から男性への部に分かれていた>

午後1時過ぎに出発した飛行機は、殆ど真北に向かって進み、5時間ほどで夕闇のなかのカタール、ドーハ空港に到着。今年の2月、ケニアのナイロビからバンコクへの途中、乗り継いだのと同じターミナル。あの時と同じ、夜8時45分のバンコク行きに乗り継ぐ。

08時 SAA/SAFE理事会
11時 ホテル出発
13時15分 エンテベ発
18時15分  ドーハ着
20時45分 ドーハ発
ウガンダでのSAA理事会 [2012年11月09日(Fri)]
11月9日(金曜日)
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<朝日を浴びるホテルの前の芝生 木々の向こうに湖面が見える>

時差があるので眠れないのではと心配したが、それは杞憂だったようで熟睡。朝7時、念のためにセットしておいた目覚まし時計のベルで辛うじて目を覚ます。
朝8時、昨夜もらったファイルに指定されていた会議室に行くと、もう他の理事メンバーは揃っていた。
笹川アフリカ協会の理事会は多国籍だ。ケニア人の元国会議員のルース・オニアンゴ教授、タンザニア人で現地プログラムの総責任者ジュリアナ・ルウェラミラ博士。以上の二人が女性メンバー。そして、カーターセンター理事長のハードマン博士、スイス人の弁護士ジャン・フレモンさん。今回は、日本人は、東京事務局長でもある宮本さん、ジェトロ・アジア経済研究所の地域研究センター長の平野さんと私の3人だけ。
理事会が始まった。冒頭に、前回の理事会の直後に亡くなったクリスさんの冥福を祈って黙祷。豊富な経験と該博な知識に基づく鋭い問題指摘を時に饒舌なまでに喋り続け周りを辟易させることもあったが、陽気な人柄で自分自身のことも笑いとばしてしまう温かなユーモアを振りまき、皆に愛されていたクリスさんだった。
1109SAA.jpg
<朝8時から、夕方6時まで終日続いたSAA理事会>

前回の理事会の議事録の確認や、今回の予定議題の承認などいつもの手順で始まった理事会は、途中で、一時中断。農業大臣の顧問ら3人のナイジェリア農業省高官が部屋に入って来た。
ナイジェリア連邦政府が最近打出した新農業政策について、力のこもったプレゼンテーション。これまで、産油国として外貨収入が豊富にあったことから、農業振興には殆ど無関心だったナイジエリアが、今後は農業振興に注力したい。ついては、笹川アフリカ協会(SAA)の力を借りたいという。
既に、始まっている4つの州政府との間の共同事業に加えて、連邦政府としても、SAA(笹川アフリカ協会)との間で正式に共同事業に向けたMOUを調印したいというのだ。費用は全額、ナイジェリア側が負担するのでSAAには資金負担の必要はない、政府と共同で農民を指導してほしい、とのこと。
エチオピア、ナイジェリア、マリ、ウガンダと笹川アフリカ協会の事業が行われている4カ国の事業報告の後、組織上や人事上の問題点に付いて討議。夜6時半、漸く今日の会議は終了。
7時からはホテルの食堂でウガンダ政府関係者らを招いて夕食会。私は、疲れたので早めに失礼し、部屋に戻った。
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<理事会が開かれたホテル>

08時 SAA理事会
19時 夕食会
深夜のエンテベに到着 [2012年11月08日(Thu)]
11月8日(木曜日) 
1108planes.jpg
<ロンドン出発の朝、今日は快晴>

ヒースローのホテルで夕食も取らず寝て、明け方に目を覚ます。今日は、厚い雲に覆われていた昨日は打って変わって快晴。相変わらず気温は低いが、青空なので気持ちが良い。
少し早めにホテルをチェックアウトし、出発ターミナル行きのバスに乗り込む。午前11時45分、ほぼ定刻にエンテベ行きの飛行機は出発。
南東に飛ぶこと8時間、予定時間より少し早く夜11時前にウガンダ到着。外の気温は23度。寒からず、暑からず、快適な温度だ。
明日からの笹川アフリカ協会の理事会が開かれるホテルは、いつものように首都のカンパラではなく、空港のある町エンテベ市内のホテルだ。深夜の道を10分ほど進むとホテルに到着。アフリカ最大の湖であるビクトリア湖の湖畔のホテルだそうだが、どこに湖があるのか、何も見ることが出来ない。想像していたよりずっと大きく立派なホテルだが、夜も遅いため広いロビーは無人、どこにも宿泊客の姿は見えない。
レセプションで、明日の理事会の資料が入ったファイルを受け取り、案内された4階の部屋に入る。なかなか立派な部屋だ。時間は夜中の12時過ぎだが、先ずは一浴びと、シャワールームに入り、コックをひねって見ると、生温いお湯がほんのわずか、ちょろちょろと出るばかり。立派な門構えと、部屋の調度に幻惑されて忘れていたが、ここは紛れも無いアフリカの地方都市だったのだ。ちょろちょろであっても、お湯が出るだけまだまし。水に変わってしまわないうちにと急いで身体を洗い、ベッドに潜り込む。
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<エンテベのホテルは予想外に立派なホテルだった>

09時半 ホテル出発
11時45分 ロンドン発
23時10分 エンテベ着
久し振りのロンドンだったが、、、 [2012年11月07日(Wed)]
11月7日(水曜日) 
今回は、ロンドンを経由して、アフリカのウガンダ。更に、ベトナムとタイに行き、合計11日間という、私としては久し振りに長距離にして長時間の出張。日本とは気温差の大きいところを移動する長期の旅なので、風邪を引かぬよう、体調を整えで出発。
成田を昼前に発ち、12時間余りのフライトで午後3時のロンドンに到着、気温は9度。空はどんよりした曇り空でまるで夕方のような薄暗さ。何十年も昔、学生時代に、冬を中心にした半年ほどをこの空の下で過ごしたことを思い出す。
ヒースロー空港はアフリカ出張の途中で立ち寄ることが少なくない。現に、今年の2月、ナイロビに行く途中で乗り継いだばかりだ。しかし、乗り継ぎ時間が比較的短いので、ロンドン市内へは、ここ何年も足を延ばしたことはない。
今回は、エンテベ行きに乗り継ぐまで丸一日近い時間があったので、久し振りにロンドン市内に入ることも考えたが、体調管理を最優先することにして市内に入ることは断念、空港に隣接するホテルを予約。空港のターミナルから伸びるホテルへの専用通路をスーツケースを転がしながら歩くこと約10分、無事チェックイン。
シャワーを浴びて、メールをチェックし、アフリカ行きに向けて荷物を再整理しただけで、夕食も食べず、早めにベッドに入り寝てしまう。
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<12時間余りのフライトの末、ロンドンに着いた>

11時35分 成田発
15時15分 ロンドン着
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