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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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大統領官邸で校舎修復プロジェクト調印式 [2011年01月11日(Tue)]
1月11日(火曜日)
朝の新聞によると水害の被害は更に拡大しているようだ。9つの州、22万世帯83万人が被災したとある。死傷者37万人、うち死者数は13人に拡大していた。家屋の損壊は約5000戸。しかも、天気予報によると北部地方の雨は小休止のあと、明日から再び強くなる見通しとか。
朝9時半、義肢装具士学校(SLSPO)プロジェクトのパートナーである英国のNGOカンボジアトラストのメアリーさんが、笹川ホールを運営するササカワトラストの会長で義肢装具士学校(SLSPO)理事のダヤシリさんらとやって来る。ホテルのロビーで、SLSPOのスリランカ政府への移管問題や、2ヶ月前に開設したばかりの北部バブーニヤの義肢装具クリニックの状況などにつき説明を受ける。バブーニヤのクリニックへは私たちは明日訪問する予定なのだ。洪水による道路への影響は今日、SLSPO講師の佐々木さんが現地に向かうので情報が入る筈とのこと。


              <コロンボ市内をどんよりとした空が覆う>

その後、12時前に、ホテルでセワランカ財団のハルシャ会長と落合い、一緒に大統領官邸へ。北部での50校分の校舎修復プロジェクトの調印式に臨むためだ。この事業は昨秋、大統領の弟で大統領特別顧問でもあるバジル・ラジャパクサ経済開発大臣が日本を訪問した際、懇意の日本財団の笹川会長との昼食会が、外務大臣も出席して開かれた。その際に、バジル大臣から北部の旧タミル反政府軍支配地域での復興に協力を求められ、その際に浮上したアイデアだ。
本来なら、この調印式は、管轄の教育省かバジル大臣のオフィスがある経済開発省で行われるところだが、大臣の肝いりで格式のある大統領官邸が特別に選ばれたもの。


             <校舎修復プロジェクト調印式の行われた大統領官邸>

協定書の調印そのものは、教育長官、実施団体であるセワランカ財団のハルシャ会長、と私の3人がおこなったが、バジル大臣のほか、北部地域州のチャンドラスリ知事らが立ち会ってくれた。また、調印の後もバジル大臣は30分以上もの間、会場に留まり、色々内戦後の復興に向けた構想を語ってくれた。国営テレビや新聞なども取材に訪れた。
この事業はは北部のタミル人地域で、内戦により破壊されたままの50の学校の校舎修復事業を開始するものだが、進捗が順調であれば年内にも50校分を追加する予定である


               <大統領の弟バジル大臣も立ち会ってくれた>

ハルシャ会長によれば、一昨年の内戦終結以来、旧タミル支配地域を中心としたスリランカの復興に対しては、日本や欧米各国の政府、国連機関などや、国際NGOなどからの支援はあるが、そのテンポは極めて緩やかで、金額的にも2004年の津波の被災時などと較べて大変少ないのだという。ここには、内戦終結前後にスリランカ政府軍がタミル系住民に対して行ったという所謂人権侵害問題が影を落としている。
一方、こうした隙に、中国が積極的にスリランカ支援に乗り出している。中国は、鉄道の近代化や高速道路の建設などインフラ建設に積極的で、過去3年ほどはスリランカの最大支援国は中国が、それまでの日本に取って代わるに至っているという。
大統領の出身地であるハンバントータでの飛行場建設、大規模港湾設備の建設など、政治的な臭いのする大規模なものが多いが、アフリカなどでの支援事業同様、建設労務者も中国から送り込んでおり、その数は3000人に達したと噂される。ただ、それら中国人は事業現場に作られた専用の住宅に共同生活しており、人目につくことは少ないのだという。


                <すっかり落ち着きを取り戻したコロンボ市内>

明日からは、校舎修復事業の予定地などを見るため、車で北部タミル地区へ向かう。国道9号線を縦走し、北部の旧タミル支配地区の町バブーニヤで一泊し、最終的には更に北上して、スリランカ本島最北の都市、キリノッチを目指す。
コロンボからの総距離は350キロ程度だが、高速道路の無いスリランカでは10時間近い行程だ。また、キリノッチなど旧タミル支配地区は一般の通行が認められておらず、特別の許可を受けることが必要だ。そのため、検問所もあるので、余計に時間が掛かることになる。明日は、早朝4時半起きで、5時半出発の予定だ。


             <明日からはスリランカ本島最北の町、キリノッチへ向かう>


8時 朝食                
9時半 カンボジアトラスト・メアリースコット代表、保健省アミル氏 
12時 ホテル出発
12時10分 大統領官邸到着
12時半 学校プロジェクト調印式
13時半 昼食
17時45分 ホテル出発
18時 調印式記念夕食会
エアポートレールリンクで空港へ [2011年01月10日(Mon)]
1月10日(月曜日)

                <パヤタイ駅で出発を待つエアポートリンク>

今日は夜の便でスリランカへ移動する日。ただその前に、打合せが二件入っている。
先ず、ASEAN事務局長特別顧問ラジャさんとホテルのロビーで落合い、4月に奈良で開く予定のBABAセミナーなどを中心に、諸々の共同事業について打合せ。昼食を挟んで4時間近く話し込む。
次いで、CIAT(国際熱帯農業センター)のアジア・キャッサバ事業本部に出向中の間遠さんとミーティング。今年度の事業計画について。
その後、ホテルの部屋で荷物を二つに仕分け。スリランカは数日だけで、またここバンコクに戻って来るので、機内持ち込みだけの軽装で行くことにしたため。冬物衣装などスリランカでは不要のものを、スーツケースに詰めホテルに預ける。
軽装にしたもう一つの理由は、夕方のラッシュ時の道路の混雑を避け、タクシーの利用では無く、電車だけで行けるようにする為。スカイトレイン(BTS)と昨年開通したばかりのエアポートレールリンク(ARL)を乗り継ぎ、スワンナプーム国際空港に行くのだ。前回国内便に乗ってチェンライに行くときに一度利用したので要領は分かっている。ホテルから徒歩5分のBTSの駅には、登りだけは、エスカレーターがあるにはあるが、かなり遠くなるので階段を利用せねばならないのだ


                <BTSの夕方のラッシュアワーは日本並み?>

荷物を持って、BTSの駅についてみるとこちらも夕方のラッシュアワー。いつも利用しているBTSだが、昼間の空いているときしか知らなかったので、これは実はちょっと想定外。
BTSにもラッシュアワーはあるのだなどと感心している場合ではない。荷物を持っているハンディもある。やむなく最初に入ってきた電車を一台見送る。しかし、今回は早めに出てきたし、勝手も分かっているので、焦ることも無い。
前回利用した際は、開業記念の割引価格で15バーツと格安だったのだが、今回は、通常料金の適用で45バーツ。それでも、BTSの25バーツと合わせても70バーツに過ぎないので、ホテルから空港まで200円ほどと格安。これで、BTSへの乗り降りがエレベーターかエスカレーターで出来るのなら、大きな荷物を持ったときでも、割高な空港タクシーを使わなくて済むのだが、、、。
パヤタイ駅からは空港地下駅まで25分ほど。BTSのラッシュアワーに遭遇したとは言え、結局、前回同様一時間ほどでスワンナプーム空港に無事到着。
但し、今回は出国管理のゲートが長蛇の列。45分も掛かってしまった。


           <空港では地下1階からチェックインカウンターのある4階へ昇る>

飛行機の中でスリランカの英字紙に目を通す。やはり、水害のニュースが一面トップ。水害による死者は5人、被災者は60万に及ぶと言う。人口2000万人足らずの国なので日本での感覚では、死者30人、被災者360万人という規模といったところか。
着陸前の機内アナウンスによれば、コロンボ市内は曇り、気温は26度。
空港には、別便で着いたばかりの日本財団職員の梅村君がセワランカ財団のウデニさんと一緒に待ってくれていた。一緒にホテルに向かう。


                  <新聞の1面は水害のニュース>

11時 ASEAN事務局長特別顧問ラジャさん
16時 CIAT間遠さん
18時 ホテル出発
20時55分 バンコク発
22時50分 コロンボ着
真冬の東京から真夏のバンコクへ [2011年01月09日(Sun)]
1月9日(日曜日)
今年初めての出張に出る。目的地はスリランカとベトナム、そしてバンコク。学校建設事業の調印やASEANオーケストラのフォローアップ、障害者公共政策大学院(IDPP)など。今月の出張はこれ一本のみ。
思えば、昨年の1月は異常だった。一ヶ月に海外出張を4回も繰り返した。今年はその反省も踏まえて一回にしたのだが、いくつもの用事を一回で済ますよう欲張りすぎて、二週間近い13日という行程になってしまった。しかも、その間にバンコクでの滞在が3回も。一回に纏められなかったのは先方の都合によるものとは言え、非効率なスケジュールである。
定刻にバンコクに到着。機内アナウンスによれば、バンコクの気温は30度。東京を朝出発した時の気温は2度だったので、28度という大きな温度差。


       <空港には新年の飾りつけ 仏教国だがメリークリスマスの文字も>

空港からホテルに移動する途中、スリランカのセワランカ財団の渉外部長、ウデニさんから電話が入る。携帯電話はどこにいても追いかけてくる。
明後日、11日の夕方に予定されていた、スリランカ北部での小中学校校舎の修繕事業の調印式の時間をお昼に繰り上げたい、との伝言。スリランカの中部、北部地方で大雨が降り、洪水により大きな被害が出たため大統領の弟バジル・ラジャパクサ大臣から変更の要請があったためだという。
スリランカの中部、北部とは、まさに私が行こうとしているところ。実際の移動は12日からなのでそれまでに状況が好転することを祈るのみだ。


             <ドラえもんはタイでも人気者 空港からの道で>

今日は日曜日で誰とも会う予定はないので、屋台で買ったタイ式弁当とスーパーで買い込んだビールで、ホテルの部屋で済ます。私のいつもの一人の夕食スタイル。
結局、夕食を買いに外出した以外は、ずっとホテルの部屋に篭って、資料に目を通したり本を読んだり。こういうのも悪くない。
ただ、一挙に真冬から真夏へ移動したためか、なんとなく熱っぽいようで体がだるい。出張はまだ始まったばかりで先は長い、大事を取って早めに寝てしまおう。


            <昨年の騒乱の中心だった公園も静けさを取り戻した>


10時55分 成田発
16時05分 バンコク着
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