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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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日本で大地震発生す [2011年03月11日(Fri)]
3月11日(金曜日)
いつものホテルに泊まっているのだが、何故か、今回に限って、自分の部屋からは何故かパソコンが繋がらない。仕方なく、ビジネスセンターへ行き、メールチェック。
その後、9時にホテルからタクシーに乗り、シンガポール国立大学リークアンユー公共政策大学院へ向かう。シンガポールではタクシーの運転手と会話を交わすことが多い。運転手に何故か話好きの人が多いからか、それとも、運転手でもみんな英語を解するか。
それにしても、今朝の運転手の話は、凄かった。彼は私が明日はバンコクに移動すると知ると、懐かしそうに、自分がタイに住んでいたときの話を始めた。そして、それは警察の指名手配を逃れるためだった、というのだ。「実は、若気の至りで、ギャングの抗争で人殺しをしてしまってね、、、」返事の言葉に詰まってしまった私に、彼は続けた。「勿論今はギャングとは足を洗って、堅気だよ。真面目な、タクシー運転手、という訳さ」

                 <リークアンユー公共政策大学院のビル>

リークアンユー公共政策大学院に着いてみると、ワシントンからやってきたデリック・コグバーン教授や、バンコクのAPCDの所長のニノミヤさんとアシスタントの堀内さん、日本財団の担当者、吉田君と手話通訳のお二人が待ち構えていた。早速、リークアンユー大学院副院長室の会議室で打ち合わせが始まった。
デリック教授から昨年8月の会議以降の進展につき報告。半年ほどの間にプロジェクト実現に向けて非常に大きな進展があり、沢山の作業が積み上げられた。トゥミネス院長補佐が一番驚いたのはアメリカン大学の修士号が付与されることになった、というニュースだった。普通なら3年はかかるところをデリックさん達は半年でやり遂げたのだ。
そして、4月4日にバンコクのマヒドン大学で行う調印式には、リークアンユー公共政策大学院を代表して、トゥミネス博士が出てくれることになった。



                          <障害者公共政策大学院について打合せ>
トゥミネス院長補佐との会議のあと、私はインドネシアからの盲人留学生、ジョニさんとの打ち合わせがあるというニノミヤさんたちを残し、面会の約束を取り付けてあった国立図書館のジョンソンさんと会うために、ホテルに戻った。
彼は、この春からシンガポール国立大学の南アジア研究センターの副所長に就任することになった。今後、可能な分野で日本財団との連携を深めたい、とのこと。
ジョンソンさんと昼食の後、部屋に戻って何気なくテレビをつけた私に、びっくり仰天する大地震のニュースが襲いかかった。
慌てて、東京に電話しようとするのだが、国際電話回線に通話者が殺到したためであろう、何べんやっても繋がらない。漸く、自宅とつながり家族全員の無事を確認。間もなく、東京の日本財団から中嶋君の電話が入る。全員無事とのこと。取り敢えずは一安心だ。
ただ、テレビは、NHKのヘリコプターが上空から生中継で流す恐ろしい津波が荒れ狂う様子を流している。どれもこれが今、日本で本当に起きているとは信じられない衝撃的な光景だ。私はテレビから目を離すこともできず、そのまま、夕方の約束の時間ぎりぎりまでテレビに噛り付いていた。


                <マリーナベイサンズ屋上からの眺め>
約束の時間が近づいたので、後ろ髪を惹かれる思いでテレビの前を離れ、今シンガポール中で話題のカジノのあるマリーナベイサンズのホテルへ。食事の前にこの新しいビルの屋上のスカイテラスへ登って見た。目の前には素晴らしい眺めが広がっていた。
開店したばかりの日本料理店での鉄板焼きの食事は美味しく、参加者の評判も上々であった。しかし、日本で発生した地震のことを皆気にかけていた。尤も、それが未曾有の大惨事であると知ったのはもっと後になってからのことである。
食事の後、デリック教授の音頭で、もう一度、今度は夜景を見るべくビルの屋上に登った。眼下に広がる景色は昼間以上に美しかったが、今、この瞬間に日本で起きている惨事を考えると、心から楽しむ気分にはなれなかった


                    <夜景も大変美しかったが、、、>

ホテルに戻り、再び、テレビを点ける。NHKは勿論、CNNやBBC、ドイツやフランス、地元シンガポールのテレビ局までどのチャンネルでも、日本のニュース一色であった。
地震直後に発生した巨大な津波が町を押し流し、建物を飲み込む様子が生々しく写し出される。目の前に広がる悪夢のような光景に、涙が止まらない。
私は、深夜晩くになって漸くテレビを消してベッドに横になったが、胸が息苦しく、頭も重く、なかなか寝付くことが出来なかった。


9時半 シンガポール国立大学リークアンユー公共政策大学院
13時 Johnson Paul氏
18時 関係者夕食会
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