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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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ネピドーへはヤンゴン航空の特別臨時便で [2009年02月06日(Fri)]
2月6日(金曜日)
昨夜日本から到着した笹川日本財団会長ら3名を加え、約20人になった一行は、早朝の特別臨時便で新首都ネピドーに向かう。一時間ほどの空の旅である。出発予定時刻は朝の6時15分。普通なら、ミャンマーでは、国内線でも出発時間の2時間前までには空港に着いていなければならないのがルール。それ以降では、予約してあった筈の席が無くなっても文句は言えない(尤も、2時間前に着いていても時には、政府の高級幹部の緊急の用のために召し上げられたりすることもあるらしいのだが)。
即ち、本来なら、4時15分までに空港に到着していなくてはならず、そのためにはホテルから空港まで30分はかかるので、本来なら、ホテルを深夜3時45分に出なくてはならないことになる。それなのに、保健省のテインチョウさんたちは早朝5時の出発で良いからという。特別に手配がしてあるから、というのがその理由だ(結局なぜか実際の出発時間は7時近くになったのだが)。
しかし、我々のネピドー行き飛行機が特別なのはそれだけではなかった。そもそも、現地で発表されていた国内線の飛行機の時刻表には、このような便はなかった。このネピドー行きは、我々のためにミャンマー政府が航空会社に頼んで飛ばしてくれた臨時便であった。
ところが、60人乗りのATR72-210の機内に案内されて我々が驚いたのは、機内はほぼ満席、我々以外にも外国からの観光客と思しき乗客で埋まっていたからである。はてな、ネピドーは観光客には解放されていない筈だが...。そして、我々が本当に驚いたのはその後、目的地のネピドーに着いたときであった。ネピドーで降りたのは我々のみ。他の乗客はというと、全員、そのまま機内に残ったのである。
その時になって、我々はこの飛行機の目的地が新首都ネピドーではなく、観光地のマンダレーであったことを知ったのである。即ち、この飛行機は元々マンダレー行であったものを、我々のために、ネピドーに「途中下車」させた、という訳だ。まさに、ミャンマー軍政の力を見せつけられた異例ずくめの飛行機だったのだ。


     <村の民家のたたずまい>

ネピドー空港に到着した我々は、ティンニュント伝統医療局長に迎えられ、ホテル街区にあるホテル内のレストランで朝食。食事の後、伝統医薬品の置き薬パイロット事業が2007年6月に始まったナウンボー村に案内される。ここは643世帯、3294人の村であるが、比較的大規模な村であるので、東西と中央部の3つの区画に分かれており置き薬は、例外的に3つ配置されているのだという。

     <置き薬担当者を取材するNHKクルー>

ミャンマー保健省が始めたこの「置き薬」配賦事業は、我々がモンゴルで4年前から実施し、好評を博している事業とは、主に二つの点で大きな違いがある。それは、@各家庭に1キットではなく、原則として1ヵ村に1キットを配賦、A「先用後利」の代金後払い方式ではなく、現金引換え、というところにある。但し、これまでは薬に手が届きにくかった地方の貧困層に、副作用の少ない伝統薬を取り揃え、初期的な健康管理に役立てる、という基本コンセプトは共通である。モンゴルの現場を視察するなど、モンゴル方式を参考にしつつ、自らの風土や環境に応じた独自の方式を、保健省の担当者たちが編み出した、ということのようであった。いかにも、自主独立を重んじるミャンマー人らしい対応である。

     <村の散髪屋さん>

10時半、取材陣をあとに残し、私は笹川会長と保健省へ、チョウミン保健大臣と笹川会長との面談に臨むため。親しい友人同士であるお二人の会談は極めて友好的な雰囲気のうちに進む。会談の後、再びホテルのレストランへ。取材を終えたマスコミの皆さんらと合流。
その後、ネピドーの街を取材するマスコミの皆さんを残し、今度は辺境発展省(NATALA)へ。辺境発展大臣のテインスエ大佐と笹川会長の会談に同席。日本財団が辺境発展省管轄の少数民族地域であるシャン州で実施中の学校建設プロジェクトや、サイクロン被災地での復興事業などについて意見交換。
辺境発展大臣との会談を終えて、国立薬草園でマスコミのみなさんらと合流。暫し見学の後、今度は、陸路でヤンゴンへ向かう。建設中の自動車専用道を、赤色灯を付けた保健省の車に先導されて進む。旧道では8時間乃至10時間からるところを5時間ほどでヤンゴンに着いてしまう。


     <工事中の高速道路を走る>


5時 ホテル出発
6時55分 ヤンゴン発
7時50分 ネピドー着
8時半 ゴールデンゲストホテルで朝食
9時 伝統医薬品配布事業視察
11時10分 笹川会長保健大臣面談
12時 伝統医療局長主催昼食会
13時 笹川会長辺境管理省(NATALA)大臣面談
13時45分 国立薬草園
14時15分 ネピドー出発
19時半 ヤンゴン到着
20時 WMU(世界海運大学)卒業生

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