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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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バンコクの波紋はここにも [2008年12月03日(Wed)]
12月3日(水曜日)
朝食を取りながらエルウィンさんと打合せの後、シャン州で学校建設事業をやってもらっているNGOセィダナーの和田さんとスーさんに会う。昨日、保健省の伝統医療局から貰ってきた伝統医薬品の置き薬事業で使われる箱入りセット5つを手渡すためだ。シャン州の学校建設現場で日本財団独自のパイロット事業をやる計画でそのための見本として、保健省に掛け合って貰い受けてきたものだ。
ひとしきり説明して置き薬セットを手渡した後、一緒に昼食。そこで、スーさんがつい先週、結婚したことを聞く。気の毒なことに、披露宴に招くはずであったセィダナーの元スタッフの日本人でバンコクに住んでいる伊藤さんも、プノンペンの河本さんも、バンコクの空港閉鎖騒ぎのため、ミャンマーに来ることが出来ず、寂しい披露宴になってしまった、という。バンコクでの騒ぎはバンコク空港経由のフライトに依存しているミャンマーでも大きな影響を受けたのだった。事実、和田さんの知るある日本人グループはヤンゴンに閉じ込められてしまい、彼女にお金を借りて別の便のチケットを買い帰国する羽目になったとか。バンコクの波紋はここにも広がっていた。


     <緑と貧しさが同居するヤンゴン@>

     <緑と貧しさが同居するヤンゴンA>

今日は、ヤンゴンを発ち、シンガポールに移動しなくてはならない。元々のプランでは含まれていなかったジャカルタ行きが入ったためだ。ASEAN事務局でラジャさんと会わねばならない。シンガポールの空港ではフライトの案内板にバンコク行きの便のキャンセルを告げる表示があった。まだ、バンコク空港は完全には正常化していないのだ。


8時 エルウィンさん
11時 セィダナー和田さん
14時 ホテル出発 
16時40分 ヤンゴン発
21時15分 シンガポール着
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