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大野修一(日本財団)
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犬山城 (01/18)
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マリという国からもらったもの [2011年11月08日(Tue)]
11月8日(火曜日)
朝10時、ホテルを出てジュネーブ空港へ。12時00分発のパリ行き飛行機に乗り込む。成田行きの飛行機の出発まで、5時間ほどの時間を使って、空港の待合室で今回の出張分のブログ書き。パリでの滞在中に書き出したものに書き加える。
今回のマリでの式典に際して、日本財団の担当者が準備した資料の中に、今年の8月9日付けの産経ニュースの次のような記事が入っていたことを思い出した。
「アフリカ西部マリでは政府が3千万CFAフラン(約600万円)を寄付したが、4月、南部の村民が日本の支援でつくられた橋の引き渡し式の際、突然、10万CFAフランを手渡し、出席した日本の川田正博大使を驚かせた。質素な生活を送る村民には大金だ。
村民は村にいくつかしかないテレビを共同でみて、日本の被害を知った。「自国の復旧を差し置いて日本は支援の約束を果たした」。村民の目にはそう映った。橋は被災地の復興も祈って”KIBOH BASHI(希望橋)”と名付けられた」
これは、今回の東日本大震災に際し、世界中の特に貧しい国々から寄せられた支援に纏わる心温まるエピソードを集めた記事の一部分である。


        <25周年記念式典が行われたマディナ村の広場のいこいの大木>

今回の式典でも、我々の農業支援に対するマリの人々からの素朴な感謝の挨拶の中に、「はるばる遠い日本から我々のためにやってきてくれた日本の友人に感謝します」と言う言葉が何度も使われていたことを思い出す。
我々は、決して感謝してもらいたいために支援をしてきたわけではない。ましてや、マリのような貧しい国の人々から逆に支援を受ける立場になることなど、これまで想像すらしていなかったわけだが、こうして震災という大きな災厄に見舞われてみて初めて、我々がこれまでしてきたことに対し、世界中で日本人に対する感謝の心を密かに持ち続ける人たちがいてくれたことに気付かされたのだ。


        <25周年記念式典の進行を興味津々で見つめるマディナ村の子供たち>

今回のマリへの旅で私の目を楽しませてくれたのは、美しい声で朝の到来を知らせてくれた様々な野鳥たちの姿だった。特に、ホテルの部屋の窓の直ぐそばにまで、いつも色んな鳥が来てくれた。その総てに対し、タイミングよくシャッターが切れたわけではないので一部に過ぎないが、以下にそのうちの3枚をまとめて示すことにしよう。

                 <マリの野鳥(1) 外の木の枝に止まって鳴いていた小鳥>

<マリの野鳥(2) 窓の直ぐそばまで来ていた鳥 頭部は鳩に似るが色鮮やか 尾羽の模様が異なる>

                 <マリの野鳥(3) 白鷺に似た鳥もいた>


10時 ホテル出発
12時00分 ジュネーブ発
13時10分 パリ着
18時05分 パリ発
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