CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«北京経由で帰国へ | Main | バゴー州での置き薬配布式典»
プロフィール

大野修一(日本財団)さんの画像
大野修一(日本財団)
プロフィール
ブログ
<< 2016年12月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
ブログ内の検索は
  こちらから ▼
Google 
カテゴリ
最新記事

コメント

トラックバック
犬山城 (01/18)
月別
リンク集
https://blog.canpan.info/ohno/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/ohno/index2_0.xml
アジア最後の楽園(?)ミャンマーへ [2009年10月24日(Sat)]
10月24日(土曜日)
笹川会長に同行してミャンマーとフィリピンへ。今回のミャンマー出張の目的は三つ。今年2月に始まったミャンマー伝統医学に基づく置き薬事業(https://blog.canpan.info/ohno/daily/200902/07)のバゴー州での開始式典への出席と、サイクロン被災地イラワジ州での学校校舎再建完工式典への出席、同じくサイクロン被災地であるヤンゴン州クンジャンゴン近郊でのマイクロファイナンス事業の現場視察。前二者は、私が担当する日本財団の事業であるが、最後のマイクロファイナンスは笹川会長が自らポケットマネーを出して始めたもの。ミャンマー外務省のOBで、元ASEAN局長のエイ・ルウィンさんが設立した現地NGOが手伝ってくれている。
成田に集合したのは、いつも通訳をお願いしている平野さんと、ミャンマーのみ同行取材していただくことになった国際開発ジャーナルの新海さん、笹川平和財団の関理事長、そして日本財団の富永、中嶋の計7名。
今回のミャンマー行きも、前回2月同様、バンコク駐在の日本のマスコミの皆さんに同行取材をお願いしようと、ミャンマー政府に掛け合ったが、保健省の必死の尽力も虚しく今回は駐タイ・ミャンマー大使館からの取材ビザは出なかった。国際公約の総選挙を来年に控え、ミャンマー側は異常なまでに神経質になっているようだ。結局、東京でビザを取った国際開発ジャーナルの新海記者と、共同通信の大熊記者のみが同行取材してくれることになった。大熊さんは一足先に今日の午前の便でバンコク経由ヤンゴン入り。
6時間の飛行でバンコクに到着。約3時間の乗り継ぎでヤンゴン行きの便に乗り継ぐ。ここからはほんの一時間ほどのフライトでヤンゴンだ。飛行場には外務省元ASEAN局長のエイ・ルウィンさん、国立ヤンゴン伝統病院院長のテインチョウさんらが迎えに来てくれていた。マイクロバスで宿舎のトレイダーズ・ホテルへ。
ミャンマーというと、多くの日本人にとっては軍政のイメージが強く、日常的に緊張感の強い国、と看做されているようだが、実態はかなり違う。私は、ミャンマーはアジアの最後の楽園ではないかと思っている。ヤンゴン市内には、みすぼらしい家が多く、道を走る車もその多くは凄まじいばかりのポンコツ車だが、英国の植民地時代に整備されたままの市内には緑が多く、素朴な魅力に溢れている。私にとっては、東南アジア各国の首都(正確には、ヤンゴンはもうミャンマーの首都ではないのだが)の中では一番好きな町だ。


     <穏やかな笑顔を絶やさないミャンマーの人たち>


     <ミャンマーでは今も水牛が農耕の主役>


     <多様な少数民族、これはカレン族のダンス>


     <タナカと呼ばれるお化粧兼日焼け止めをした少女たち>


     <サイクロンの被災地へ、イラワジ川を渡る>

10時30分 成田発
15時05分 バンコク着
17時50分 バンコク発
18時45分 ヤンゴン着

トラックバック
ご利用前に必ずご利用規約(別ウィンドウで開きます)をお読みください。
CanpanBlogにトラックバックした時点で本規約を承諾したものとみなします。
この記事へのトラックバックURL
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
トラックバックの受付は終了しました

コメントする
コメント
ブログパーツ レンタルCGI