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大野修一(日本財団)
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第1回モンゴル伝統医療会議 [2009年10月02日(Fri)]
10月2日(金曜日)

     <第1回モンゴル伝統医療会議の会場は国会議事堂>

第1回モンゴル伝統医療会議が始まった。会場は、国会議事堂内の大会議室。800人は入れそうな二階席もある立派な会議場。ざっと見まわしたところ、約600人くらいの入りか。
保健省医政局長のエンフバットさんの司会で会議が始まる。出席が予定されていたエルベグドルジ大統領は結局欠席。WHO代表の挨拶のあと、私が日本財団を代表して挨拶。ワンセンブルウ顧問でモンゴル語の名手、内田さんが通訳してくれた。以下は私のスピーチのさわりの部分である。


    <ヒナ段の後ろに日本財団と保健省、ワンセンブルウのロゴが並ぶ>

このプロジェクトは、モンゴル方式として、今ではモンゴル国内だけではなく、国際的にも成功した伝統医療の活用事例として大きな注目を集めるまでに育っています。
昨年11月北京におきまして世界保健機関が初めて伝統医療を主なテーマとした会議を開催し、80か国から1000人もの代表者が出席いたしました。この会議では、各国伝統医療の現状、今後伝統医療をいかに活用していくかなどの報告があり、最終日には伝統医療を活用することの重要性をうたった「北京宣言」が採択されました。この宣言は、今年5月に開かれた世界保健機関の総会におきまして、伝統医療に対する正式な方針として承認されております。世界保健機関が設立されて以来60年の歴史の中でこれほど伝統医療を大きく取り上げたことは初めてであり、伝統医療の活用を促す歴史的な決議となったのです。
このきっかけをつくったのが、ワンセンブルウによるモンゴルでの置き薬事業であった、と言っても過言ではありません。2007年8月、日本財団はWHOと共催でウランバートルでモンゴル方式の置き薬事業を紹介する国際会議を実施しました。この時の様子はWHO本部の首脳に詳しく報告され、伝統医療活用の成功例として大きな注目を集めたのです。

     <約600人の聴衆が耳を傾ける>

また、この会議に参加したミャンマー、タイなどでもモンゴル方式をモデルにした伝統医療活用事業を実施したいと言う要請が両国政府から、日本財団に向けられた。現在、両国で置き薬を中心とする伝統医療事業が進行中です。カンボジアでも日本財団の支援を受けて、伝統医学の復活に向けた初の国立伝統医療学校が始まっています。さらに、現在、日本財団は、ラオス政府からもモンゴル方式の事業の要請を受け、実施に向けて準備中です。
また、この8月末、日本財団は、ASEAN事務局、タイ保健省と共同で、バンコクで第一回ASEAN伝統医療国際会議を開催しました。ASEAN加盟国を中心に16カ国から200人の関係者が集まりました。私は、唯一の民間人発表者として、モンゴル方式の事業のプレゼンを行いました。この結果、WHO西太平洋事務局やベトナム政府からもモンゴル方式の伝統医療事業での提携の申し入れがありました。
ワンセンブルウのこの事業は、もともと、モンゴル政府の求めに応じ、モンゴルの伝統医療専門家や伝統医療の復活に興味を持つ人々に呼びかけて始めたものです。モンゴルの皆様の熱意と支援に支えられて大きく育ったこのプロジェクトがモンゴルだけにとどまらず、アジアの、そして世界の人々の保健衛生の環境を大きく変えるきっかけとなりつつあることを皆様と共に喜びたいとおもいます。

何より、今回の会議で嬉しかったのは、開会式の後半で行われた功労者表彰式。5,6人の伝統医療関係者の名前が読み上げられ、壇上にて保健大臣から表彰されたのだが、その中で唯一の外国人として、しかも、一人だけ大きな勲章をもらったのは、我がワンセンブルウ理事長の森祐次さんであったことだ。

     <森さんが受勲した保健省の功労者勲章>

準備の段階も含めると、6年以上の長きにわたって、時には命の危険にまで直面しながら、さんざん苦労をして本事業を軌道に乗せたばかりか、保健省も伝統医療の活用の最大、最良の事業として認知させるに至った功績は誠に大きい。彼がいなかったら、この事業はそもそも始ってさえいなかったであろう、仮令、始まったとしても最初の1、2年で空中分解してしまっていたであろう。
何より、価値があると思うのは、この事業を現場の厳しい環境で置き薬を配り、代金を回収し、遊牧民に助言を与えているバグ・エムチと呼ばれる薄給の准医師たちが彼の受勲を自分のことのように喜んでくれたことだ。今回の会議にも、彼らは遠方からはるばる駆けつけてくれた訳だが、決してやさしいばかりではなく、時には極めて厳しいこともある森さんなのだが、彼とバグ・エムチらとの信頼関係は大変なものである。
3年ほど前に、地方の病院を訪ねたことがある。その時に、彼らが、ワンセンブルウの事業を評して、こんな風に言うのを聞いた。「今までの医療保健プログラムは、いつも、一方的な上からの押し付けで、自分たちの意見や考え方を聞かれることはなかった。今度の事業は、全く違う。だから、やっていて楽しい」
今では、仕事などでウランバートルに上京したバグ・エムチ達は、必ずワンセンブルウの事務所に立ち寄るのが通例である。何も用事がなくとも、世間話をしていったり、時には、人生相談まで持ちかけられることもあるという。
この日、閉会式の後、保健省主催の公式夕食会があったが、我々は、食事が終わり恒例のダンスパーティーになったところで抜け出して、別のレストランに急いだ。そこには、森さんの発案で、今回の会議にはるばる地方から参加しながらも、公式晩さん会には招待されなかった地方の准医師達を慰労のために呼んでいたのだ。
ところが、食事が始まったとたん、バグ・エムチ達はどこからか大きな花束とプレゼントを持ち出し、森さんに差し出した。そして、慰労会はバグ・エムチ達による、森さんのための受勲祝いの場所に置き換わってしまったのである。ハンカチで何度も眼をぬぐう森さんであった。


     <森さんにお祝いをする地方のお医者さんたち>

8時20分 ホテル出発
8時40分 国会議事堂到着
9時 モンゴル伝統医療会議開幕式
14時半 モンゴル国立経営大学院OBとの懇親会
16時 オユン前外務大臣訪問
17時 モンゴル伝統医療会議閉幕式
18時半 保健省主催夕食会
20時 ワンセンブルウ主催関係者慰労会
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