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犬山城 (01/18)
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国立銀行でも日本円の現地通貨チャットへの両替は出来ず [2012年11月29日(Thu)]
11月29日(木曜日)
エルウィンさんが前もって取り付けてくれていた今日のアポは3つ。先ず、9時に情報省の副大臣、11時が社会福祉大臣、午後が教育大臣の予定であった。ところが、2日前に教育大臣から、朝の9時にしてほしい、というリクエストが入り、エルウィンさんは急遽、情報副大臣に頼みこんで、午後1時からに変更してもらっていた。
ところが、昨日になって、通例午後から行われる閣議が突然、今日の午前に繰り上げられることになったという連絡が入った。従い、教育大臣の代わりに教育副大臣が会ってくれることになった。問題は、一番の目的の社会福祉大臣との面談である。11時からの予定は当然キャンセルだ。大臣官房の担当官の話では、午後も面談希望者が何人も入っているので、副大臣が代わりに会うことになるかもしれないが、最悪は、キャンセルになるかも知れないとのこと。
情報省からは、副大臣が変更後の予定通り、午後1時から会ってくれるというので、社会福祉大臣には3時以降の出来るだけ早い段階での面談の希望を伝える。余り遅くなると、ヤンゴンへの帰りが夜中になってしまう。
1129MoE.jpg
<教育省で副大臣に面会>

ホテルで朝食を取った後、教育省へ向かった。昨年末に初めてお会いした教育大臣は、日本語が流暢で、確か、北海道大学で博士号を取ったと仰っていた。IDPP(障害者公共政策大学院)事業の紹介と、ミャンマーでのパートナーとなりうる大学の斡旋を依頼しようと、数ヶ月前からレターを出して準備していたのだ。しかし、今回初めてお会いしたバシュエ副大臣も、我々に極めて好意的で、IDPPの意義を高く評価し、協力を約してくれた。また、カンボジアで行っているラジオ放送を利用した英語教育プログラムについても紹介、来年6月のプノンペンでの会議に招待することが出来た。
教育省での会議の後、午後の情報省でのアポまで時間があったので、日本円を現地通貨のチャットに替えようと国立銀行に連れて行ってもらった。
というのも、ヤンゴン空港到着時に空港内の2つの銀行いずれもで、日本円を両替しようとしたところ、日本円は取り扱っていないと断られたので、已むなく、手持ちのドル札を出したところ、新札であるにも拘らず、中央縦に一本の折り皺があるというだけで、両替を断られていたからである。
首都のネピドーの国立銀行なら、日本円の両替を拒否されることもあるまいと踏んでのことであった。
1200Dollar.jpg1200NewNotes.jpg
<折り目が入った100ドル札は両替拒否 右は、数ヶ月に発行が始まったばかりの一万チャット札>

ところが、驚いたことに、ここでも取り扱いは、ドルの他は、ユーロとシンガポールドルのみ、と言うではないか。これでは、現地通貨のチャット不足が心配だ。恐る恐る、しわの入ったドル札を出してみると、両替に応じるという。そこで、何とか、チャット札を入手することに成功。
エルウィンさんによると、皺一本でドル札の両替を拒否するというミャンマー独特の慣行は、偽ドル対策の行き過ぎから始まったものだが、不条理なものと外国人の顰蹙を買ったため、最近になって、中央政府が是正の指導に乗り出すことになったのだそうだ。
私が、数日前も空港の銀行で拒否されたばかりというと、エルウィンさんは、この国営銀行ですら通達後も両替を断っていたので、自分が、中央銀行の担当官を連れて来て抗議したので、ようやく、改まったのだと胸を張った。どうやら、政府の意向にも拘らず、まだ暫くはミャンマーへのドル札の持ち込みはピン札にしておいた方が安心かも。
1129pavementrepair.jpg
<ネピドー市内ではコンクリート鋪装の修理が進行中だった>

そうこうする内に、社会福祉省から連絡が入り、ミャッミャッオンキン大臣との面談が午後3時半からでOKになったという。そこで、ホテルに戻って昼食を取り、午後一番に情報省に向かった。
情報副大臣とは、以前、書面で受け取っていた放送設備支援の要請に対し、当方の事情と考え方、今後の取り扱いに付き協議。副大臣の了解を得ることが出来た。ここでも、カンボジアでのラジオ放送を利用した英語教育事業につき説明するとともに、日本のある私立音楽大学から預かって来た資料を手渡した。
そして、3時半からは社会福祉大臣と面談。現政権で唯一の女性閣僚であるミャッミャッオンキンさんとは、私は7、8年前にモンゴルの置き薬事業でお会いして以来、何度もお目にかかっている。元々、彼女はお医者さん。保健省では、伝統医療局次長や副大臣を務めたので、日本財団の伝統医療事業の良き理解者だ。障害者芸術祭について説明、社会福祉省の認知と支援を要請したところ、素晴らしいアイデアであり、省として全面的に支援すると約束してくれ、同席していた局長らにその場で指示を出してくれた。
社会福祉省を出ると、もう4時半。急いでヤンゴンに戻らねばならない。市内のロータリーには、国賓として間もなくネピドーを訪問するというベトナム大統領を歓迎する巨大な看板が立てられていた。そして、その横では、コンクリート鋪装をアフファルト鋪装に変える工事が進行中。これなら、市内走行中のガタツキは今後は減りそうだが、ヤンゴンへのハイウェイの鋪装もアスファルトにしてもらえるのはいつのことだろうか。

09時 教育副大臣 
13時 情報副大臣
15時半 社会福祉大臣
16時45分 ネピドー発
21時45分 ヤンゴン着
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