都立大学 菊地俊夫教授 最終講義
風景から「地」の「理」を「学」ぶ
日 時:2021年3月13日(土)
所 :都立大学・南大沢キャンパス国際交流会館
挨 拶:沼田真也(都市環境学部 観光科学域長)
菊地先生は観光科学の創立を担われた貴重な先生で、個人的にもご指導を頂いた。今は、大学も大きな変化の時代で、今後もご指導を。
最終講義: 菊地俊夫教授(都市環境学部 観光科学)
・ 私は筑波大学で地理学を学び、群馬大学、都立大学で地理学、観光科学を研究し、教えてきた。
・ 最初の群馬大で桑園景観を見て、高刈りと根刈りを知り、霜の多い・少ないという地域気候差と分析し、風景から地域の生業の仕方を学ぶことになった。その時から、風景から「地」の「理」を「学」ぶことを始めている。ニュージーランドの酪農:酪農大国ニュージーランドに留学し、酪農を研究した。酪農は2タイプに分類でき、乳牛のホルスタイン種とチーズ・バターのジャージー種を知り、地形や気候が生業の棲み分けの大きな要因と痛感した。
ブドウの栽培方法は、垣根仕立てと棚仕立てに大別される。日本に多い棚仕立てはブドウ狩りに都合がよく、一本の木に500房もなる。垣根仕立ては20房前後で、ワイン造り用の濃厚なブ
ドウが収穫できるが、それは地形と気候などが大きな要因だ。
フランスの高級ワインのシャンパーニュ地方のブドウは霜害を防ぐために“カンテラ”を点灯している。山梨県勝沼のブドウ栽培は、斜面から平地にかけて(トップ写真)
@ 垣根仕立て A棚仕立て Bビニールハウス・キャップ栽培が巧く共存し、国内最大のブドウ産地になっている。イタリア・トスカーナ地方山上集落:中世の温暖期に低地の湿地帯ではなく山上の高台に住み、教会も建て、防災上も好都合だった。今では農業ツーリズム、農家民宿で繁栄している。
ロッキー山脈オカナガン:雨が少ない地域。リンゴで栄えたが、リンゴ果樹園の競合が激しくなり、ブドウに転じ、今ではワインツーリズムや高齢者の終の棲家地域になった。
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世界の家屋景観:渋沢栄一で有名な群馬の養蚕農家の住まいは豊かさ等の差で独特の違いがある。アメリカ合衆国では出身地由来の造りで南部は湿度対策で少し高床になっている。
パリでは、階層や職種などによる地域棲み分けが見られ、ユダヤ人街が特徴的だ。
地の理を学ぶとは:
@ 地理(学):人間の場所に対する好奇心(あの山の向こうは何か、この海の先に何があるか)から始まる。
A 「地(ち)」の「理(ことわり)」を「学(まなぶ)」:地表上で生じる諸現象の因果関係や法則性、特徴を知ること。
B 「地」の「理」を学ぶ原初的方法は、風景を見る、考える(分析)こと。
C 風景(景観)を見ることは、誰でも自由・簡単に、「地」の「理」を「学」ぶことができる。
Q$Aから
・ 今、「風水」に興味を持っている。奈良の平城京がなぜ短命で終わり、京都の平安京がなぜその後いつまでも続いたのか? 「風水」で決めたと思われるが、盆地で水回りが良くない奈良に対し、傾斜地で水回りが良い京都というのが要因ではないか?
・ 学生時代先行研究を十分把握したかと良く問われたが、まずは地域に入る・現地を重視することで研究を進めてきた。「地」の「理」を「学」ぶことが大切と思う。
・ 今後は、地理学を超えた「町おこし・街づくり・国づくり」提言を行っていきたい。
所感:大学院時代の恩師の最終講義を聞く機会を頂き、コロナ禍の厳しい時代に暖かい話を聴くことができた。ヨーロッパやニュージーランド、アメリカの農業や農業ツーリズムについての大変興味深い内容で、今後の日本の在り方に大きな示唆を与えてくれたのではないかと思う。
観光科学創設時に、高齢の私を迎え入れて頂いたのは「海洋観光立国のすすめ」の著書のお蔭と思い、感謝している。資源に乏しい日本ではあるが、水が豊かで、緑が多く、周囲を海に囲まれた安全で、世界一級の自然豊かな国と思う。今後は、地元の自然を大切にし、資源を外国に依存している「富国強兵」策を卒業し、「人間と自然に優しい富国」になるべきと思う。
最近、斎藤幸平氏が『人新世の「資本論」』を著し、人類の経済活動が肥大化し、このままでは地球が破滅すると危機意識を感じ、資本主義の根本的欠陥がコモンズの解体にあるとみる。「囲い込み」でコモンズを解体したように、人工的に希少性を作れば、市場は何にでも価格をつけるようになり、土地でも水でもビジネス化する。環境破壊で水資源が不足すれば、水が格好のビジネスチャンスになる。斎藤氏はこのような資本主義からコミュニティを再生するコミュニズムへの転換を提言している。アメリカ留学した大学時代にあまりに酷い貧富の格差を痛感し、フランスの大学院でマルクスを学んできた期待の新人だ。コロナ禍の収束を期待し、都市の人口
集中策を根本的に脱し、農林水産業・製造業・地域の土建業をベースにした持続可能な生物多様性立国を祈念したい。