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多摩丘陵にある日野市三井台、ここに住む高齢者のクラブ・三井台南窓会の会員が中心になって作っている団体ブログです。地元の季節毎の写真、南窓会の活動報告、会員の旅行記、俳句、地域の情報など、多様な記事が満載です。
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今月の俳句(令和元年十二月) [2019年12月25日(Wed)]
今月の俳句(令和元年十二月)


  今月の兼題は「冬至」です。冬至は二十四節気の一つで、今年は十二月二十二日です。傍題は「一陽来復」です。これらについては、次の藤戸さんの解説をお読みください。今月は、全部の俳句が兼題を入れています。今月の一句の選と評の担当は皆川瀧子さんです。

「鍋料理の蒟蒻(こんにゃく)煮えて今日冬至」
  宮ア 和子

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地域により冬至にいただく食材は南瓜、蒟蒻、餅、小豆粥と様々ですが、蒟蒻はお腹の掃除、南瓜は風を引かない(ビタミンが豊富)と昔の人の知恵でいただいたのでしょう。冬至から本格的な厳しい寒さとなりますから身体に良い物を食して来るべき厳しい季節への備えと覚悟をしたのかもしれません。現代は豊かな生活になりましたが味わい深い風習として引き継がれています。この句でも鍋物に入れられた蒟蒻、結んだ糸蒟蒻かもしれませんが、ぐつぐつと音たてて煮え立つ鍋から上がる湯気を囲んだ家族の楽し気な雰囲気が伝わってきます。

「薄日差し残り葉揺るる冬至かな」
  皆川 瀧子


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冬の日差しは室内からはいかにも暖かそうに見えますが、戸外に出てみると空気が冷たく感じられるものです。この句では薄日であり落葉となる寸前の残り葉が揺れているので風もあるようです。残り葉も数日後には落葉となる運命でしょう。冬至は昼の時間が最も短い日です。寒さはこれから厳しくなります。残り葉もすっかり落ちて木々は裸木(冬の季語)となり、荒涼とした冬の景色となります。先日センター周囲の落葉を皆さんと掃除をしましたが、落葉の中に沢山の小枝がありました。過日の台風で小枝が折れたのか、枯れた枝・傷ついた枝が落ちたのかはわかりませんが、木自体が本体を守る為に枝を落とし葉を落として冬眠に入ったことを実感いたしました。


「ほくほくと冬至南瓜の甘さかな」
  木原 義江


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冬至に南瓜(かぼちゃ)をいただく意は既に説明済みですので省きます。南瓜にはほくほくと焼芋や焼き栗の舌触りに似たものと、柔らかいジュ―シーなものに大別できるかと思います。この句の南瓜はどうやら前者のようですね。私の母はこの種の南瓜を栗南瓜と呼び好んでいましたが正しい呼称かどうかはわかりません。新鮮な南瓜を煮て余分な水分を飛ばした煮物の南瓜の甘いこと!まことに冬の家庭料理として絶品かと思います。寒さに向かう季節に熱々、ほくほくの南瓜をいただく気分は幸せそのものです。

「オペ後の窓の薄闇一陽来復」
  皆川 眞孝

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一陽来復(いちようらいふく)が冬の季語で冬至のことです。一陽来復が何故冬至のことかといいますと、そもそも一陽来復とは陰が極まって陽がかえってくるという意で、冬至を境に昼の時間が長くなっていくことからこの日から陽気が復すと考えられたようです。作者が手術を受けられ、麻酔から覚められた時の感慨をこの一句に詠まれました。麻酔から覚めた時病室の窓は薄闇に包まれていた(視力が完全に回復していなかったのかもしれない)。その日は丁度冬至の日であったとか。オペを受ける前の不安な気持ち。覚悟を決めて手術室に向かった気持ち。麻酔により何も感じないまま命を他人〈医師〉に預けた数時間、そして麻酔から覚めた一瞬(生きている!)、その感動が一陽来復に凝縮されています。陰から陽にという意から回復に向かう明るい期待と永く厳しい回復への道程に対峙する覚悟が窺われる一句となりました。一語一語が無駄なく響き合って感慨深い一句となりました。

「入相の里むらさきに冬至かな」
  小野 洋子

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入相(いりあい)とは日の入る頃、つまり夕暮れのことです。里に夕靄が立ち込めているのでしょう。夕日が屈折して、優しい薄紫に里一帯を染めている景が浮かびます。冬至というその日の薄紫の靄は寒さに向かう兆しかもしれません。ひっそりと静まる薄むらさきの里の景が一幅の画のように浮かび、いつかどこかで見た景に出合ったような懐かしい深い思いが沸き上がりました。

「療養の友に薄めの冬至粥」
     藤戸 紘子

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冬至には小豆の入ったお粥を食べるという風習があります。これは、小豆の赤が、邪気を払うからだとも言われています。これから日が長くなり、元気になって欲しいという縁起ものです。病気見舞いのために友人を訪問された作者が、ご自分で作ったお粥を病人に食べてもらっている景ですが、病人のために薄めの味にする気配りがあり、暖かい気持ちが伝わってくる俳句です。

冬至の他の句
「玻璃(はり)戸より日のやはらかき冬至かな」
  小野 洋子

「倫敦(ろんどん)の二時の夕闇冬至の日」
  皆川 眞孝

今月の一句(選と評: 皆川瀧子)

「日の満つる出窓や猫とポインセチア」
   藤戸紘子

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冬の日差しがたぷりと入る暖かい日の昼下がり、猫が堂々と気持ちよさそうに昼寝しています。その隣にはクリスマス用の装飾花として人気のある鮮紅色のポインセチアが置いてあります。こんな穏やかな情景が目に浮かびます。ポインセチアの赤い花(実は花ではなくて、茎先の苞葉)と鮮やかな緑の葉、その隣に眠る白い猫、上品な日本画を見ているような気分になります。なお、下五の「ポインセチア」は字余りですが、季語(冬)なので許されるとのことです。

<添削教室>(藤戸紘子)

原句「冬至湯の香りほんのり洗い髪」  宮ア和子

冬至には柚子をいれたお風呂に入る風習があります。湯上りの洗い髪に、香がほんのりと移っているという、女性らしいこまやかさが出たきれいな俳句ですが、大きな欠点があります。それは、「冬至湯」が冬の季語で、「洗い髪」が夏の季語なので、季重なりになっていることです。季節に関係なく髪を洗うのですが、歳時記では「髪洗う」「洗い髪」を夏の季語としています。この措辞を避けて、髪を洗ったた後の「髪を梳く」とすれば、良い句となります。
添削句
冬至湯の香ほんのり髪を梳く」
宮ア和子


Posted by 皆川眞孝 at 08:00
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