CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

<< 2011年11月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
宮城県PTA連合会 奈須野毅
宮城県PTAの話 (11/13)
宮城県PTAの話 [2011年11月13日(Sun)]
昨日、11月12日(土)の午後。宮城県加美町にある「加美町文化会館」通称<バッハホール>で、宮城県PTA連合会の会がありました。

「東日本大震災からの復興会議」です。

本来は、記念すべき第60回の宮城県PTA連合会の研究大会が、東松島町で計画されていました。しかし、東松島町は、みなさんもご存じの通り、津波で大きな被害を受けました。
開催そのものの危機もありましが、宮城県PTA連合会の皆様は、形を「復興会議」と変更し、種々の表彰やパネルディスカッションを行われました。



席上、三行詩コンクールの表彰がありました。その中で、震災に関連する三行詩をご紹介します。

  しんさいで大切な物うしなったけど きぼうだけはもっている(小学5年生)
 
  大津波 父さんの店をのみこんだ 父さん負けるな 私がつぐその日まで(小学4年生)

  地震きた。停電になった。 テレビも電気もみんな消えた。
          でも、家族みんなの心に思いやりの火が灯った。(中学1年生)

  津波 来て 何もかもを失っても 
     ぼくたち家族のために いつもがんばるお父さん(小学6年生)

  大黒柱が星となり 家の支えを失った。大丈夫
       うちには強い母がいるから。(中学3年生)


また、善行・篤行児童生徒表彰には、5人の中学生(当時)が表彰されました。


彼らは3月11日の震災当日、避難所となった中学校に連れてこられた「溺れた地域住民」3人に対して、人工呼吸をおこなうなどの救命活動を行ったり、津波に流された瀕死の消防署員に対して、自分たちの服を脱ぎ、マッサージをしたり体温で温め、命を救ったそうです。

日ごろから救命救急講習を受けていても、いざ実践となるとなかなかできないものです。
心から拍手を送りたい活動です。

形こそ変化しても、復興会議として有意義な会議を開催された宮城県PTA連合会にも敬意を表します。

仙台市も一緒に、前を向いて歩いて行きましょう・・・

仙台市PTA協議会

内田 幸雄
【仙台市PTA協議会の最新記事】
福島に行きました<給食編> [2011年10月28日(Fri)]


中学生と同じ給食を試食しました。
パンとジャム、カレー、牛乳・・700kカロリー程度の食事です。

給食センターが、被災したため、全て業者に委託し、搬入しているそうです。
移送コストがかかるため、一食500円程度、半分は助成金でまかなってい
現状です。

配膳係りの中学生に話しかけると、屈託の無い笑顔で、質問に答えてくれま
したが、だいぶ改善されたとはいえ、まだまだメニューも、味も、本来の給
食には及びません。
食べ盛りの子ども達が、十分な栄養を得られる給食へ戻る日が、一日でも早
くくることを望まないではいられませんでした。
理由はわかりませんが、一部の保護者は、給食を拒否しているそうです。
そんな意味でも、みんなが楽しみに出来る給食に、戻してあげたいですね。

  震災対応委員会委員長
                山形県PTA連合会 武田岳彦
福島に行きました<いわき市教育長と会談編> [2011年10月27日(Thu)]
吉田教育長から、詳しい現状をお聞きしました。

「全国のPTA会員に伝えたいことは?」との問いに、意外な答えが・・
「東電の悪口を言わないようにと伝えてください。」
この言葉の背景には、避難している子どもたちの多くが、家族が、東電関係
の仕事に関わっているという現実があります。
そして、その子ども達の心が、今、一番傷ついているのだという現場の先生
方の認識があります。
少なくともPTAの方々は、大人が不用意に、口にする言葉に傷つく子ども達
がいることをわかって欲しい。
これは、本当に耳が痛い言葉でした。
家族が、危険な現場で、事故の収束に当たっている子どももいるでしょう。
地域を支えてきた誇りが、一転悪者扱い・・想像すれば、その痛みがどれほ
どのものかわかる気がします。
PTAの支援は、思いやりを忘れてはならないと改めて、心に刻みました。


震災対応委員会委員長
                山形県PTA連合会 武田岳彦

福島にいきました<豊間中学校編> [2011年10月26日(Wed)]
内田会長に続き、福島のご報告をいたします。

除染作業の視察の後は、直接、津波の被災を受けた豊間中学校へ・・

校長先生から、卒業式を終えたばかりの幸せが、一瞬で暗転した当日の様子
をお聞きしました。


生徒を引率し避難した高台から、校舎と周辺コミュニティーが崩壊していく
様子を目の当たりにして呆然としたこと・・
学校再開以前に、周辺の地域が壊滅したため、今後の見通しが全くたたない
と語る校長先生の無念さが伝わり、心が震えました。
学校や家を失った子どもたちは、今も全てが「仮」のまま生活をしています。
部活は?受験は? 学校を失った立場で抱える不安や葛藤と向き合う福島の
子どもたちに、出来ることはなんでしょう。
深く考えさせられました。


震災対応委員会委員長
                山形県PTA連合会 武田岳彦
福島へ行きました。 [2011年10月03日(Mon)]
日本PTAの震災対応委員会です。
全国の皆様から多くのご支援をいただいていることを感謝します。

震災対応委員会は、福島県を視察し、打ち合わせをしてきました。
前日にいわき市内に宿泊し、放射能との戦いの最前線まで行きました。

「J−ビレッジ」の入り口です。

普通ならば車がたくさん通るはずの国道6号線ですが、J-ビレッジの入り口で進入禁止です。
たくさんの警察官やガードマンが交通規制をしていて、人がいるにも関わらず、何とも言えない「静けさ」がありました。
そして「緊張感」・・・これが「福島の現状なんだ」という感じです。

先が見えない放射能との戦いが、いつ終わるのか・・・一日も早く終結し、再びこの町に子供たちが戻ってこられることを祈らずにはいられません。

いわき市立久之浜中学校では、グラウンドと建物の「除染」作業をしていました。
生徒がいない建物だけの学校も、本来の姿ではないことを実感します。
子供たちの声が大きく響きわたることが、学校の本来の姿でしょう。
グラウンドの土は、仮置きをされています。しっかりとした片付けの必要性を思います。
建物の除染は、作業の大変さを思うと同時に子供たちの健康のため、慎重に丁寧にお願いします。


一日も早い解決を願わずにはいられない視察でした。

仙台市PTA協議会 会長 内田幸雄

プロフィール

日P震災対応委員会さんの画像
日P震災対応委員会
プロフィール
ブログ
リンク集
https://blog.canpan.info/npta/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/npta/index2_0.xml