「土の記憶 土がつなぐもの」
2015年1月1日
仲野優子 NPO政策研究所/しがNPOセンター(滋賀県草津市在住)
「土」に関わる記憶を辿ってみる。大阪市内で育った私にとって最初の土の記憶は、かくれんぼで入り込んだ路地(ろおじ)の黴臭い苔のような匂い。その頃の道はコンクリートやアスファルト舗装で、定期的に散水車が走っていた。土埃(つちぼこり)を抑えるためと思っていたが、後になってアスファルトが溶けるのを防ぐためだと聞いた。そういえば炎天下、溶けたアスファルトに草履をとられ困っている人をよく見かけた。
教職で滋賀に赴任した当初は、田んぼと畑の違いがわからなかった。子どもたちに教えられたのは私の方で、授業中に棚田に行って、上のため池からおちてくる水の流れを追うのが新鮮だった。また「地べた遊び(けんぱや陣地とり)」の線をかくときに、子どもたちが木切れを使うのも珍しかった。大阪ではローセキ(蝋石)やチョークがいつもポケットにあった。今や「地べた遊び」もないようだが、数年前のイベントで、水で消せるチョークを使ったお絵描き体験を行ったらめちゃくちゃ盛り上がった。
教員を退職後、市民活動の相談窓口にいた時に、駅前マンションの住民から「プランターの土の捨て方」を聞かれた。「集めている団体はありますか」「ゴミに出すなら分別はどうすれば」と。川原や山に勝手に捨てると違法投棄になる、という。自然豊かな滋賀県でも、土の捨て場に困るんだと思った。園芸のボランティア団体につなぐことは可能だが、と答えた記憶がある。
2012年からは仕事で環境保全活動の助成金の事務局に携わり、滋賀・京都エリアで、毎年約60団体の活動を支援している。サイト上で採択団体をカテゴリーに分け、活動レポートを掲載しているのだが、水・水辺 (26団体)、森・林・里地 (67団体)、動物・生き物 (20団体)、植物 (47団体)、エネルギー・エコ (10団体)、子ども (43団体)と、土や水に関わる活動を地道に継続している団体が多い。
(夏原グラント:公益財団法人平和堂財団)
5年程前、地域のまちづくり協議会で「若者プロジェクト」を始めた際、若者が選んだ活動は畑の作業だった。「ツナガリ隊」として、枝豆やサツマイモ作りに励み、今ではふれあいまつりなどのイベントの主力にもなっている心強いメンバーである。新興住宅街に越してきた若者にとっては土が新鮮で、子どもたちと一緒に蛙に驚きながらも楽しんでいる。サポートするシニアは地元民が多く、草刈り機やマルチ張りのコツを伝授する。合間に夏野菜なども収穫できて家計にも優しい。作業はTシャツ着用(50色ある)なのだが、行くたびにTシャツの色が増えているのに驚く。今は、土を通して、驚きや共感のつながりが広がるのを実感している。
(笠縫ツナガリ隊)
写真1 「地面にお絵描き:まちづくりスポット大津」
写真2 「玉ねぎの収穫:笠縫ツナガリ隊」
2025年01月01日
2024年11月01日
[NPA隔月コラム]ガラスの天井を打ち破れ」
2024年11月1日
相川康子 NPO政策研究所専務理事(明石市在住)
伝えた方が良かったのか、伝えない方が良かったのかー。
先日、和歌山の県立高校の特別授業でジェンダーの問題を話す機会があった。大学で非常勤講師を務め、各地で防災研修等を行っているので、大学生や社会人の前で話すのは慣れているが、今回は純真な高校1年生が相手。時間枠も大学は1コマ90分だが、今回は半分の45分ということで、何をどう伝えるのか、かなり悩んだ。
私自身もそうだったが、高1では「ガラスの天井」という言葉を知らないか、聞いたことがあっても実感がない。今年度上期にNHKで放映されて話題になった『虎に翼』も観ていない生徒たちに、ジェンダーをどう伝えれば良いのか。私はその後、男女雇用機会均等法施行後の1期生として地方新聞社に入り、男社会の壁にぶつかって、寅ちゃん同様「はて?」という思いを散々してきたのだが、若者にとってそれは“昔話”で「いまは差別などない」と信じていることだろう。
まずは、前置きとして「今日は時間の制約から<男>と<女>に分けて話さざるを得ないが、本来、性は多様なもの」とLGBTQについて触れてみる。社会人だとここで首をひねったり顔をしかめたりする人もいるが、生徒一同「当たり前」という顔でうなずいてくれる。
次はデータの紹介。日本は、GDPは4位、PISA(国際学力調査)は3分野とも2〜5位と世界のトップクラスであることを示した上で「では、男女間格差を示す<ジェンダー・ギャップ指数>の順位はどのくらいだと思う?」と問いかける。低いとは思っていたようだが「146カ国中118位」(2004年、世界経済フォーラム発表)という数字に目を丸くしたところで、議員や企業の管理職における女性比率、賃金格差の実態など次々データを示し、いまなお残る「ガラスの天井」についても、米大統領選でのヒラリー・クリントンらのスピーチを引き合いに出しながら解説する。
古い性別役割分業意識は年齢層が低いほど薄れるとはいえ、若者の間でもステレオタイプの「男らしさ」「女らしさ」にとらわれている人が意外と多い。「『男らしくない』とか『女のくせに生意気』を批判されるのがイヤで、無理していませんか? 誰かを『型』にはめて無理させていませんか?」。若い彼ら・彼女らに、そして改めて還暦近い自分にも問いかける。
知らず知らず刷り込まれてきたジェンダーバイアスを自覚するのは、辛い作業かもしれない。高1生に、厳しい現実を伝えることの葛藤もある。でも障壁があることを知っておいた方が、心構えができ、打ち破る力も培いやすいはず…頑張れ、未来の開拓者たち!
相川康子 NPO政策研究所専務理事(明石市在住)
伝えた方が良かったのか、伝えない方が良かったのかー。
先日、和歌山の県立高校の特別授業でジェンダーの問題を話す機会があった。大学で非常勤講師を務め、各地で防災研修等を行っているので、大学生や社会人の前で話すのは慣れているが、今回は純真な高校1年生が相手。時間枠も大学は1コマ90分だが、今回は半分の45分ということで、何をどう伝えるのか、かなり悩んだ。
私自身もそうだったが、高1では「ガラスの天井」という言葉を知らないか、聞いたことがあっても実感がない。今年度上期にNHKで放映されて話題になった『虎に翼』も観ていない生徒たちに、ジェンダーをどう伝えれば良いのか。私はその後、男女雇用機会均等法施行後の1期生として地方新聞社に入り、男社会の壁にぶつかって、寅ちゃん同様「はて?」という思いを散々してきたのだが、若者にとってそれは“昔話”で「いまは差別などない」と信じていることだろう。
まずは、前置きとして「今日は時間の制約から<男>と<女>に分けて話さざるを得ないが、本来、性は多様なもの」とLGBTQについて触れてみる。社会人だとここで首をひねったり顔をしかめたりする人もいるが、生徒一同「当たり前」という顔でうなずいてくれる。
次はデータの紹介。日本は、GDPは4位、PISA(国際学力調査)は3分野とも2〜5位と世界のトップクラスであることを示した上で「では、男女間格差を示す<ジェンダー・ギャップ指数>の順位はどのくらいだと思う?」と問いかける。低いとは思っていたようだが「146カ国中118位」(2004年、世界経済フォーラム発表)という数字に目を丸くしたところで、議員や企業の管理職における女性比率、賃金格差の実態など次々データを示し、いまなお残る「ガラスの天井」についても、米大統領選でのヒラリー・クリントンらのスピーチを引き合いに出しながら解説する。
古い性別役割分業意識は年齢層が低いほど薄れるとはいえ、若者の間でもステレオタイプの「男らしさ」「女らしさ」にとらわれている人が意外と多い。「『男らしくない』とか『女のくせに生意気』を批判されるのがイヤで、無理していませんか? 誰かを『型』にはめて無理させていませんか?」。若い彼ら・彼女らに、そして改めて還暦近い自分にも問いかける。
知らず知らず刷り込まれてきたジェンダーバイアスを自覚するのは、辛い作業かもしれない。高1生に、厳しい現実を伝えることの葛藤もある。でも障壁があることを知っておいた方が、心構えができ、打ち破る力も培いやすいはず…頑張れ、未来の開拓者たち!
2024年09月01日
[NPA隔月コラム]異なる時間を生きてきた人々との共生〜 豊中市・沖縄市兄弟都市提携50周年 〜
2024年9月1日
田中 逸郎 NPO政策研究所理事 (豊中市在住)
▲「豊中まつり・沖縄音舞台」(2017年8月、豊中まつり市民実行委員会提供)
自治体間の交流提携は、姉妹都市と呼ばれることが多い。しかし、豊中市と沖縄市の関係は違う、兄弟都市だ。
沖縄が本土復帰する以前の1964年、ある会合でコザ市(現・沖縄市)市長と豊中市助役が出会ったのを機に、コザから沖縄戦で亡くなった豊中出身の兵士を供養する「霊石」(形見・遺品のかわりとなる石)が豊中の遺族らに贈られた。返礼として翌65年から、豊中市役所はコザ市の職員を受け入れ、本土復帰に備えて日本の地方自治制度をともに学んできた。延べ120人もの人材育成を支えたその試みは「豊中学校」と名付けられ、いつしかお互いを「ちょうでぇ(兄弟)」と呼び合うようになった。そして1974年、コザ市が美里村と合併して沖縄市となった際に、兄弟都市提携が結ばれた。平和への思いとそれを確かなものにしようとする人材交流から兄弟都市が誕生したのだ。
提携後の交流の核となっているのが、チャンプルー文化である。コザ市は、沖縄戦を生き延びた民衆、さまざまな出自や困難を抱えた人々が集まる嘉手納基地の門前町だ。価値観も生き方も違う人々の心の拠り所として、古典も民謡も洋楽も取り入れたチャンプルー文化が生まれたという。「多文化共生」の象徴・発露であるチャンプルー文化を担うアーティストたちを、豊中まつりの市民ボランティアが招いたことから、交流が広く市民に、多世代に広がっていった。
もう一つの交流の柱が平和学習だ。戦争体験の継承をテーマに事業を展開してきた中で感じるのは、本土と沖縄との認識の違いである。豊中を含む本土では、戦争は悲惨な出来事だった、と過去形で語られ「今は平和でよかった」となる。しかし、沖縄では違う。沖縄戦は、体験していない世代も含めて、今の自分につながることとして現在進行形で語られ、過去の出来事と封印してしまうことはできない。
実は、豊中にも戦争ゆかりのものはある。たとえば大阪国際空港(伊丹空港)は、敗戦後しばらく米軍基地として接収されていた。規模は異なるが、コザと同様に豊中も基地の門前町だったのだ。忘れてしまっている人、知らなかった人も多いだろうが、みんなで考えたい。戦争や基地を過去のことだと他人事にしていいのだろうか。自分たちとは異なる時間を生きてきた人々、生きざるを得ない人々に思いをはせる。そこから共生の途(みち)を拓(ひら)いていく取り組みが始まるのだと思う。違いを知り、認め合いながら共に生きる社会をつくることこそが、交流の意義であり、目標なのだから。
兄弟都市の源泉(平和と人材交流)に、市民による湧水(多様性と共生)が注ぎ込まれ、兄弟都市提携50周年を迎えた。未来へとつなぐ主体は私たちだ。
田中 逸郎 NPO政策研究所理事 (豊中市在住)
▲「豊中まつり・沖縄音舞台」(2017年8月、豊中まつり市民実行委員会提供)
自治体間の交流提携は、姉妹都市と呼ばれることが多い。しかし、豊中市と沖縄市の関係は違う、兄弟都市だ。
沖縄が本土復帰する以前の1964年、ある会合でコザ市(現・沖縄市)市長と豊中市助役が出会ったのを機に、コザから沖縄戦で亡くなった豊中出身の兵士を供養する「霊石」(形見・遺品のかわりとなる石)が豊中の遺族らに贈られた。返礼として翌65年から、豊中市役所はコザ市の職員を受け入れ、本土復帰に備えて日本の地方自治制度をともに学んできた。延べ120人もの人材育成を支えたその試みは「豊中学校」と名付けられ、いつしかお互いを「ちょうでぇ(兄弟)」と呼び合うようになった。そして1974年、コザ市が美里村と合併して沖縄市となった際に、兄弟都市提携が結ばれた。平和への思いとそれを確かなものにしようとする人材交流から兄弟都市が誕生したのだ。
提携後の交流の核となっているのが、チャンプルー文化である。コザ市は、沖縄戦を生き延びた民衆、さまざまな出自や困難を抱えた人々が集まる嘉手納基地の門前町だ。価値観も生き方も違う人々の心の拠り所として、古典も民謡も洋楽も取り入れたチャンプルー文化が生まれたという。「多文化共生」の象徴・発露であるチャンプルー文化を担うアーティストたちを、豊中まつりの市民ボランティアが招いたことから、交流が広く市民に、多世代に広がっていった。
もう一つの交流の柱が平和学習だ。戦争体験の継承をテーマに事業を展開してきた中で感じるのは、本土と沖縄との認識の違いである。豊中を含む本土では、戦争は悲惨な出来事だった、と過去形で語られ「今は平和でよかった」となる。しかし、沖縄では違う。沖縄戦は、体験していない世代も含めて、今の自分につながることとして現在進行形で語られ、過去の出来事と封印してしまうことはできない。
実は、豊中にも戦争ゆかりのものはある。たとえば大阪国際空港(伊丹空港)は、敗戦後しばらく米軍基地として接収されていた。規模は異なるが、コザと同様に豊中も基地の門前町だったのだ。忘れてしまっている人、知らなかった人も多いだろうが、みんなで考えたい。戦争や基地を過去のことだと他人事にしていいのだろうか。自分たちとは異なる時間を生きてきた人々、生きざるを得ない人々に思いをはせる。そこから共生の途(みち)を拓(ひら)いていく取り組みが始まるのだと思う。違いを知り、認め合いながら共に生きる社会をつくることこそが、交流の意義であり、目標なのだから。
兄弟都市の源泉(平和と人材交流)に、市民による湧水(多様性と共生)が注ぎ込まれ、兄弟都市提携50周年を迎えた。未来へとつなぐ主体は私たちだ。
2024年07月01日
[NPA隔月コラム]奈良教育大学付属小学校の「処分」を巡って
2024年7月1日公開
室 雅博 NPO政策研究所会員 (奈良市在住)
1月18日の新聞朝刊に、奈良教育大学付属小学校が大きく取り上げられた。前日に開かれた教育大学長と付属小校長らの記者会見のまとめで、朝日新聞の見出しには「奈教大付小で不適切指導」、「履修漏れ・授業不足」、「毛筆教えず筆ペン」、「卒業生含め対応検討」とあった。
昨年5月に付属小の教育課程が法令違反で不適切との指摘があったと奈良県教育委員会から教育大に連絡があり、奈良国立大学機構理事長の指示のもと調査委員会を設置。本年1月4日に報告書をまとめ、16日に保護者説明会を開いた翌日に記者会見を行った。
部外者からはマスメディアの報道程度しか分からないが、学習指導要領に沿わず教科書も使用していないなど不適切な事項があったこと、さらに管理運営面で2021年度から校長が専任になったにもかかわらず職員会議が優先され、校長や学長によるガバナンスが不十分だったことが問題とされ、健全化に向けて校長の権限を強めるとともに教員を順次、他校等に出向させて人事交流を図るというものであった。
昨年9月に調査委員会が「中間まとめ」を出し、翌月に学長と校長が文科省に出向いて報告を行った際に、厳しい指導を受けたのではないかと思われる。学校による記者会見の後、文科省は、付属小を持つ全国の国立大学に対して、学習指導要領に沿ったカリキュラムになっているか点検して報告するよう通知を出したらしい。
そもそも学習指導要領について、教育関係者には「大綱的基準に過ぎない」と考える人が多いが、文科省は法的拘束力があると突っぱねているようだ。同付属小のように研究・実践校として、保護者の合意を得ながら進めていても“裁量の余地のない下部組織“とみなし、校長を中心とする管理の強化を進める意図が伺える。付属小と県教委との関係もよく分からない。
これに対して、卒業生や元教員の有志が教員の出向に反対する署名活動を行い(その後「奈良教育大付属小を守る会」に移行)、いくつかの団体からも反対声明などが出されたが、3月末には学長や校長を含む8人が戒告や訓告、厳重注意などの処分を受けた。4月の異動では前年度に赴任したばかりの小学校長が県教委教育次長となり、4人の教員が他校に出向となった。うち女性教員3人は奈良国立大学機構を相手に、出向の無効を求め提訴している。
教育界では、激務で余裕がないためか教員の退職や病欠も相次ぎ、志願者も減っている。教育とは何か、何のためにあるのかなどを根本的に考えることなく、小手先の細工を続ける文科省の教育行政に、ますます危惧が高まっているのではないか。
室 雅博 NPO政策研究所会員 (奈良市在住)
1月18日の新聞朝刊に、奈良教育大学付属小学校が大きく取り上げられた。前日に開かれた教育大学長と付属小校長らの記者会見のまとめで、朝日新聞の見出しには「奈教大付小で不適切指導」、「履修漏れ・授業不足」、「毛筆教えず筆ペン」、「卒業生含め対応検討」とあった。
昨年5月に付属小の教育課程が法令違反で不適切との指摘があったと奈良県教育委員会から教育大に連絡があり、奈良国立大学機構理事長の指示のもと調査委員会を設置。本年1月4日に報告書をまとめ、16日に保護者説明会を開いた翌日に記者会見を行った。
部外者からはマスメディアの報道程度しか分からないが、学習指導要領に沿わず教科書も使用していないなど不適切な事項があったこと、さらに管理運営面で2021年度から校長が専任になったにもかかわらず職員会議が優先され、校長や学長によるガバナンスが不十分だったことが問題とされ、健全化に向けて校長の権限を強めるとともに教員を順次、他校等に出向させて人事交流を図るというものであった。
昨年9月に調査委員会が「中間まとめ」を出し、翌月に学長と校長が文科省に出向いて報告を行った際に、厳しい指導を受けたのではないかと思われる。学校による記者会見の後、文科省は、付属小を持つ全国の国立大学に対して、学習指導要領に沿ったカリキュラムになっているか点検して報告するよう通知を出したらしい。
そもそも学習指導要領について、教育関係者には「大綱的基準に過ぎない」と考える人が多いが、文科省は法的拘束力があると突っぱねているようだ。同付属小のように研究・実践校として、保護者の合意を得ながら進めていても“裁量の余地のない下部組織“とみなし、校長を中心とする管理の強化を進める意図が伺える。付属小と県教委との関係もよく分からない。
これに対して、卒業生や元教員の有志が教員の出向に反対する署名活動を行い(その後「奈良教育大付属小を守る会」に移行)、いくつかの団体からも反対声明などが出されたが、3月末には学長や校長を含む8人が戒告や訓告、厳重注意などの処分を受けた。4月の異動では前年度に赴任したばかりの小学校長が県教委教育次長となり、4人の教員が他校に出向となった。うち女性教員3人は奈良国立大学機構を相手に、出向の無効を求め提訴している。
教育界では、激務で余裕がないためか教員の退職や病欠も相次ぎ、志願者も減っている。教育とは何か、何のためにあるのかなどを根本的に考えることなく、小手先の細工を続ける文科省の教育行政に、ますます危惧が高まっているのではないか。
2024年03月01日
【NPA隔月コラム】 防災トイレ事情〜後々のことを考えたい
2024年3月1日
相川康子 NPO政策研究所専務理事(明石市在住)
元日の能登半島地震で被害に遭われた方に、心からお見舞い申し上げます。
被災者を苦しめる事柄の一つに、トイレ問題がある。自分が出したものとはいえ、水洗トイレに慣れた身にとって、汚物がたまり続ける状態というのは、なんともつらいものだ。
仮設トイレを設置すれば解決する、という問題ではない。仮設トイレには公共下水道接続型やし尿凝固型もあるが、一般的なのは工事現場や屋外イベントでおなじみの「くみ取り型」だ。タンクの中央に偏る汚物を棒でならす作業や、満杯になったらバキュームカーで吸い出すといったメンテナンスが欠かせない。下水道の普及に伴って全国的にバキュームカーが減り、能登の被災地でも、他の自治体や民間事業者の協力を得て、なんとか必要台数をかき集めている状況という。
マンホールや下水管につなぐタイプは、下水管が破損している場合は使えない(用を足すことはできるが、破損個所で漏れ出す恐れがある)。在宅避難でも多用される凝固剤は、固めた汚物をどうやって衛生的に保管・運搬・処理するのか、通常の方法とは異なるだけに注意が必要だ。
2022年に東京で開かれた日本トイレ研究所主催の防災トイレフォーラムで、阪神・淡路大震災時の“トイレパニック”の事例報告をした際、改めて最近の防災トイレ事情を調べてみた。衛生やバリアフリー面で進化した一方、汚物だけでなく用済みの仮設トイレも含めて誰がどう処分するのか、後々のことについては相変わらず顧みられていないと感じた。
能登の被災地では、完結型のトイレトレーラーも活躍している。清潔な水洗トイレが4台程載った車両で、断水でも使え、移動できるのが魅力だ。(一社)助けあいジャパンは、全国の自治体がトイレトレーラーを保有して災害時に融通しあう「みんな元気になるトイレ」事業を進めている。導入費用は約1500万円で、7割は国の緊急減災・防災事業債が使える。近畿では箕面市や亀岡市、奈良の田原本町が残りの経費をクラウドファンディングで集めて導入し、能登の地震後すぐに現地に派遣している。
さてトイレといえば、来年の大阪・関西万博での「2億円トイレ」が物議を醸している。報道によると、約40カ所整備するトイレの2割を若手建築家が設計する「デザイナーズトイレ」とし、うち2カ所を各2億円で契約したという。会期が終われば撤去するデザイナーズトイレに巨額の費用をかけるぐらいなら、トイレトレーラーを先行購入して、被災地に貸し出すぐらいの度量があってもいいのに…と思うのは私だけだろうか。
相川康子 NPO政策研究所専務理事(明石市在住)
元日の能登半島地震で被害に遭われた方に、心からお見舞い申し上げます。
被災者を苦しめる事柄の一つに、トイレ問題がある。自分が出したものとはいえ、水洗トイレに慣れた身にとって、汚物がたまり続ける状態というのは、なんともつらいものだ。
仮設トイレを設置すれば解決する、という問題ではない。仮設トイレには公共下水道接続型やし尿凝固型もあるが、一般的なのは工事現場や屋外イベントでおなじみの「くみ取り型」だ。タンクの中央に偏る汚物を棒でならす作業や、満杯になったらバキュームカーで吸い出すといったメンテナンスが欠かせない。下水道の普及に伴って全国的にバキュームカーが減り、能登の被災地でも、他の自治体や民間事業者の協力を得て、なんとか必要台数をかき集めている状況という。
マンホールや下水管につなぐタイプは、下水管が破損している場合は使えない(用を足すことはできるが、破損個所で漏れ出す恐れがある)。在宅避難でも多用される凝固剤は、固めた汚物をどうやって衛生的に保管・運搬・処理するのか、通常の方法とは異なるだけに注意が必要だ。
2022年に東京で開かれた日本トイレ研究所主催の防災トイレフォーラムで、阪神・淡路大震災時の“トイレパニック”の事例報告をした際、改めて最近の防災トイレ事情を調べてみた。衛生やバリアフリー面で進化した一方、汚物だけでなく用済みの仮設トイレも含めて誰がどう処分するのか、後々のことについては相変わらず顧みられていないと感じた。
能登の被災地では、完結型のトイレトレーラーも活躍している。清潔な水洗トイレが4台程載った車両で、断水でも使え、移動できるのが魅力だ。(一社)助けあいジャパンは、全国の自治体がトイレトレーラーを保有して災害時に融通しあう「みんな元気になるトイレ」事業を進めている。導入費用は約1500万円で、7割は国の緊急減災・防災事業債が使える。近畿では箕面市や亀岡市、奈良の田原本町が残りの経費をクラウドファンディングで集めて導入し、能登の地震後すぐに現地に派遣している。
さてトイレといえば、来年の大阪・関西万博での「2億円トイレ」が物議を醸している。報道によると、約40カ所整備するトイレの2割を若手建築家が設計する「デザイナーズトイレ」とし、うち2カ所を各2億円で契約したという。会期が終われば撤去するデザイナーズトイレに巨額の費用をかけるぐらいなら、トイレトレーラーを先行購入して、被災地に貸し出すぐらいの度量があってもいいのに…と思うのは私だけだろうか。
2024年01月01日
[NPA隔月コラム]誰もが“〇刀流”の時代へ
2024年1月コラム
NPO政策研究所会員 匿名希望(枚方市在住)
日本の人口が減少に転じてから約15年がたった。総人口は2008年の128,084千人から
2021年には125,502千人と、2,582千人も減少している。これは市町村別人口第3位の名古
屋市(2,327千人)を上回る規模であり、鳥取、島根、高知の3県の合計人口よりも多い
数字である。
昨年は、長時間勤務の抑制に向けた働き方改革の進展もあいまって、人口減少が、労働
力不足として顕在化した1年であった。新型コロナウイルス感染症の5類感染症への移行
に伴い、まちに賑わいが戻ってきたが、観光客を迎え入れる人材やタクシーの不足が話題
となった。公共交通や物流、医療など多くの業種で、労働力不足から様々なサービスの撤
退・縮小が打ち出された。コロナ禍にあっても懸命につなぎとめてきた糸が耐え切れなく
なって、様々なサービスが姿を消していった感がある。
改めて、使命感や多くの創意工夫、努力によって、様々なサービスが維持されてきたこ
とに気づいた。それが、地方部だけでなく都市部においても限界を迎えつつある。たとえ
景気がよくなったとしても、元には戻らない。今後は官民問わず様々なサービスの空白地
帯が、急速に拡大していくだろう。
では、どうすればよいのか。その手がかりは「考え方を変える」先にあるのだと思う。
人口減少のスピードを抑制しつつも、人口減少社会を前提として残したいもの・残した
いことを共有し、将来にありたい地域社会・暮らしの実現に向けたまちづくりに取り組む
。従来と大きく異なるのは、行政やコミュティのことだけでなく、民間のサービスやしご
とも含めて、大きな地域社会のビジョンを描くことである。ある日突然、大切やお店やサ
ービスがなくなる喪失感を少しでも減らすには、行政・地域・民間の分け隔てなく、互い
の事情を共有し、支えあっていくことが大事だ。
カギとなるのが「あるものを活かす」発想、「つなげていく」発想(多機能化)、「1
人がいくつもの役割を果たす」発想(多能工化)と、デジタルの活用(時間・空間を超え
てつながれる仕組み)ではないだろうか。様々なサービスの専門化・分業化は、人口が増
加し、市場が拡大していたからこそ成り立っていた。今後は、最低限の安全・安心を確保
しつつ、日替わりあるいは午前・午後で複数の仕事をかけもちすることなどで、少ない需
要に対応することになるだろう。毎日は無理だとしても、身近なところで必要なサービス
を利用し続けることができるような地域社会になればと願う。
誰もが“〇刀流”で、様々な役割を果たしていくことができれば、人口減少社会において
も豊かな暮らしを維持していけると思いたい。
NPO政策研究所会員 匿名希望(枚方市在住)
日本の人口が減少に転じてから約15年がたった。総人口は2008年の128,084千人から
2021年には125,502千人と、2,582千人も減少している。これは市町村別人口第3位の名古
屋市(2,327千人)を上回る規模であり、鳥取、島根、高知の3県の合計人口よりも多い
数字である。
昨年は、長時間勤務の抑制に向けた働き方改革の進展もあいまって、人口減少が、労働
力不足として顕在化した1年であった。新型コロナウイルス感染症の5類感染症への移行
に伴い、まちに賑わいが戻ってきたが、観光客を迎え入れる人材やタクシーの不足が話題
となった。公共交通や物流、医療など多くの業種で、労働力不足から様々なサービスの撤
退・縮小が打ち出された。コロナ禍にあっても懸命につなぎとめてきた糸が耐え切れなく
なって、様々なサービスが姿を消していった感がある。
改めて、使命感や多くの創意工夫、努力によって、様々なサービスが維持されてきたこ
とに気づいた。それが、地方部だけでなく都市部においても限界を迎えつつある。たとえ
景気がよくなったとしても、元には戻らない。今後は官民問わず様々なサービスの空白地
帯が、急速に拡大していくだろう。
では、どうすればよいのか。その手がかりは「考え方を変える」先にあるのだと思う。
人口減少のスピードを抑制しつつも、人口減少社会を前提として残したいもの・残した
いことを共有し、将来にありたい地域社会・暮らしの実現に向けたまちづくりに取り組む
。従来と大きく異なるのは、行政やコミュティのことだけでなく、民間のサービスやしご
とも含めて、大きな地域社会のビジョンを描くことである。ある日突然、大切やお店やサ
ービスがなくなる喪失感を少しでも減らすには、行政・地域・民間の分け隔てなく、互い
の事情を共有し、支えあっていくことが大事だ。
カギとなるのが「あるものを活かす」発想、「つなげていく」発想(多機能化)、「1
人がいくつもの役割を果たす」発想(多能工化)と、デジタルの活用(時間・空間を超え
てつながれる仕組み)ではないだろうか。様々なサービスの専門化・分業化は、人口が増
加し、市場が拡大していたからこそ成り立っていた。今後は、最低限の安全・安心を確保
しつつ、日替わりあるいは午前・午後で複数の仕事をかけもちすることなどで、少ない需
要に対応することになるだろう。毎日は無理だとしても、身近なところで必要なサービス
を利用し続けることができるような地域社会になればと願う。
誰もが“〇刀流”で、様々な役割を果たしていくことができれば、人口減少社会において
も豊かな暮らしを維持していけると思いたい。
2023年11月01日
[NPA隔月コラム]地域共生社会の現実
2023年11月1日コラム
NPO政策研究所会員 林沼敏弘(滋賀県彦根市在住)
【視察で訪れた、地域の空き家を改修した「大野木たまり場・よりどころ」】
少子高齢化が急速に進む日本。私が住む地域も小学生が急激に減る一方で、単身高齢者は増え続け、高齢化率が5割を超えた集落もある。地域住民の暮らしを守る仕組みづくりが急がれる。
国は、団塊世代が後期高齢者となる2025年を目処に、高齢者に住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の構築を進め、中学校区ごとに「地域包括支援センター」を設置してきた。しかし、地域には高齢者のケアだけでなく、ヤングケアラーやひきこもり、80・50問題など、既存の制度では対応できない問題が数多くある。
そこで提唱されたのが「地域共生社会」という考え方だ。厚生労働省のホームページによると「制度・分野ごとの『縦割り』や『支え手』『受け手』という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」という。
【注:詳細は[厚生労働省ホームページ_地域共生社会のポータルサイト]参照】
地域共生社会の核として注目されているのが「地域運営組織」である。総務省のホームページには、協議機能と実行機能を同一の組織が合わせ持つ一体型や、両機能を切り離しつつ連携させる分離型など様々な事例が紹介されている。
【注:定義などの詳細は[総務省ホームページ_地域自治組織]参照】
この地域運営組織のように多様な主体がつながって地域課題に取り組む組織は、平成の大合併直後から、国に先んじて多くの自治体で施策化されてきた。「地域づくり協議会」等として自治基本条例で位置付けている自治体もあれば、制度はなくても住民が自主的に取り組んでいるところもある。
その多くが「おおむね小学校区」を活動範囲に設定しているが、住民の感覚から言えば、小学校区単位ではきめ細かなサービスを供給するのが難しい。先日、町内会単位で取り組まれている米原市の大野木地区を視察したが、やはり小学校区では広すぎる、とのことだった。さらに私の地域は、町内会のエリア内に旧「小字」が点在し、町内会単位の取り組みも一筋縄ではいかない。地域共生の手始めに、そこに行けば誰かに会える、話せる“溜まり場”づくりを計画しているが、どこに設置するのかが悩ましい。
高齢者ばかりになる地域の現状を嘆く人は多いが、なんとかしようと動き出す人はなかなかいない。「まだなんとかやっていける」、「誰かが解決してくれる」では“茹でガエル”になりかねない。数年前、自治会長に選ばれた時、若者の流出を止めるための改革に取り組んだが、古い慣習の残る地域で新しいことをやることの難しさを身を以て痛感した。次は、しっかりと準備して「政策の窓」が開くタイミングを見逃さないでおこうと思っている。
NPO政策研究所会員 林沼敏弘(滋賀県彦根市在住)
【視察で訪れた、地域の空き家を改修した「大野木たまり場・よりどころ」】
少子高齢化が急速に進む日本。私が住む地域も小学生が急激に減る一方で、単身高齢者は増え続け、高齢化率が5割を超えた集落もある。地域住民の暮らしを守る仕組みづくりが急がれる。
国は、団塊世代が後期高齢者となる2025年を目処に、高齢者に住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の構築を進め、中学校区ごとに「地域包括支援センター」を設置してきた。しかし、地域には高齢者のケアだけでなく、ヤングケアラーやひきこもり、80・50問題など、既存の制度では対応できない問題が数多くある。
そこで提唱されたのが「地域共生社会」という考え方だ。厚生労働省のホームページによると「制度・分野ごとの『縦割り』や『支え手』『受け手』という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」という。
【注:詳細は[厚生労働省ホームページ_地域共生社会のポータルサイト]参照】
地域共生社会の核として注目されているのが「地域運営組織」である。総務省のホームページには、協議機能と実行機能を同一の組織が合わせ持つ一体型や、両機能を切り離しつつ連携させる分離型など様々な事例が紹介されている。
【注:定義などの詳細は[総務省ホームページ_地域自治組織]参照】
この地域運営組織のように多様な主体がつながって地域課題に取り組む組織は、平成の大合併直後から、国に先んじて多くの自治体で施策化されてきた。「地域づくり協議会」等として自治基本条例で位置付けている自治体もあれば、制度はなくても住民が自主的に取り組んでいるところもある。
その多くが「おおむね小学校区」を活動範囲に設定しているが、住民の感覚から言えば、小学校区単位ではきめ細かなサービスを供給するのが難しい。先日、町内会単位で取り組まれている米原市の大野木地区を視察したが、やはり小学校区では広すぎる、とのことだった。さらに私の地域は、町内会のエリア内に旧「小字」が点在し、町内会単位の取り組みも一筋縄ではいかない。地域共生の手始めに、そこに行けば誰かに会える、話せる“溜まり場”づくりを計画しているが、どこに設置するのかが悩ましい。
高齢者ばかりになる地域の現状を嘆く人は多いが、なんとかしようと動き出す人はなかなかいない。「まだなんとかやっていける」、「誰かが解決してくれる」では“茹でガエル”になりかねない。数年前、自治会長に選ばれた時、若者の流出を止めるための改革に取り組んだが、古い慣習の残る地域で新しいことをやることの難しさを身を以て痛感した。次は、しっかりと準備して「政策の窓」が開くタイミングを見逃さないでおこうと思っている。
2023年09月01日
[NPA隔月コラム]「協働」制度の点検はできていますか?
2023年9月コラム
NPO政策研究所理事
谷内博史(石川県七尾市在住)
筆者もアクティブブックダイアローグにてプレゼンをしている様子。協働の実施段階だけでなく企画段階やふり返りや改善段階での対話が必要である、との項目をまとめて解説を試み、その後、メンバーの間で対話をしました。
NPO政策研究所が得意とする活動として、自治体の協働の指針や自治基本条例の策定に関する事務局支援がある。検討委員の公募に始まり、ワークショップやタウンミーティングの企画運営、素案作りやパブリックコメントなど、策定のプロセス自体が協働のお手本となるよう、担当職員と話し合いながら進めていく。
NPO法制定後に各地で進んだ「行政とNPOとの協働」のしくみづくりは、近隣住民の支え合いや地域団体間の連携を促す「行政と地域との協働」に移行しつつある。政策研でも、おおむね小学校区単位の住民自治協議会(地域づくり協議会)の結成を促すため、学習会に講師を派遣し、地域ビジョンや地域づくり計画を住民主体で考えるワークショップの運営を各地でサポートしている。
私自身も、石川県七尾市や富山県氷見市で会計年度任用職員として勤務した際には、こうした市民ワークショップや対話の場でのファシリテーションを数多く担当した。今まさに条例の周知や計画づくりで「令和の協働」をスタートさせる自治体がある一方で、早くに着手したところでは、すでに10年以上が経過した。
条例等を生み出すときには、市民も行政職員も熱い思いを共有し、より良いまちにするための行政運営やNPO・地域活動のあり方について経験やノウハウを交換する中で、信頼関係も醸成されていく。しかし策定作業が済んでしまうと、参画や協働は“行政側がすすめる仕事”になってしまいがちだ。推進計画を定め、定期的な点検改定をしている自治体ばかりではないだろう。恥ずかしながら、私が関わった自治体でも、やや作りっぱなしの感が否めない。
かつて思い描いていた地域社会のあり様は、コロナ禍を経てさらに変化した。10年前にはあまり語られなかった地域社会での貧困の課題や、孤立・孤独の増加など、ますますNPOと行政の協働が必要な課題が山積している。今一度、自分たちの地域の「協働のしくみ」は、きちんとワークしているのか、協働にかかる提案事業やマニュアルは、いまの時代にあっているのかを点検する必要がある。
先般、勤務する市民活動サポートセンターの関係者で、愛知県の「あいち協働ハンドブック」や県内自治体の職員向け協働マニュアル、横浜市の「協働契約条例」などを題材に、アクティブブックダイアローグ(注1)を試みた。改善の余地に気づき、まだまだすべきことはたくさんあるね、と大いに盛り上がった。次回は現役の若手職員と一緒にやってもいいし、職員主体で草創期の先輩や市民に話をきくのも良いだろう。
ほぼ当たり前になってしまった「協働」、日々進化し変化していく「協働」について、あらためて点検をするような「市民と行政の協働対話」の場があれば、ぜひファシリテーターをさせていただきたいものである。
(注1) アクティブブックダイアローグについてはこちらのサイトを参照されたい。
A参加者それぞれで分担して読んできたところを3分ていどでまとめプレゼンしあい、ポイントを壁などに貼りながら視覚化していき対話を重ねます。
NPO政策研究所理事
谷内博史(石川県七尾市在住)
筆者もアクティブブックダイアローグにてプレゼンをしている様子。協働の実施段階だけでなく企画段階やふり返りや改善段階での対話が必要である、との項目をまとめて解説を試み、その後、メンバーの間で対話をしました。
NPO政策研究所が得意とする活動として、自治体の協働の指針や自治基本条例の策定に関する事務局支援がある。検討委員の公募に始まり、ワークショップやタウンミーティングの企画運営、素案作りやパブリックコメントなど、策定のプロセス自体が協働のお手本となるよう、担当職員と話し合いながら進めていく。
NPO法制定後に各地で進んだ「行政とNPOとの協働」のしくみづくりは、近隣住民の支え合いや地域団体間の連携を促す「行政と地域との協働」に移行しつつある。政策研でも、おおむね小学校区単位の住民自治協議会(地域づくり協議会)の結成を促すため、学習会に講師を派遣し、地域ビジョンや地域づくり計画を住民主体で考えるワークショップの運営を各地でサポートしている。
私自身も、石川県七尾市や富山県氷見市で会計年度任用職員として勤務した際には、こうした市民ワークショップや対話の場でのファシリテーションを数多く担当した。今まさに条例の周知や計画づくりで「令和の協働」をスタートさせる自治体がある一方で、早くに着手したところでは、すでに10年以上が経過した。
条例等を生み出すときには、市民も行政職員も熱い思いを共有し、より良いまちにするための行政運営やNPO・地域活動のあり方について経験やノウハウを交換する中で、信頼関係も醸成されていく。しかし策定作業が済んでしまうと、参画や協働は“行政側がすすめる仕事”になってしまいがちだ。推進計画を定め、定期的な点検改定をしている自治体ばかりではないだろう。恥ずかしながら、私が関わった自治体でも、やや作りっぱなしの感が否めない。
かつて思い描いていた地域社会のあり様は、コロナ禍を経てさらに変化した。10年前にはあまり語られなかった地域社会での貧困の課題や、孤立・孤独の増加など、ますますNPOと行政の協働が必要な課題が山積している。今一度、自分たちの地域の「協働のしくみ」は、きちんとワークしているのか、協働にかかる提案事業やマニュアルは、いまの時代にあっているのかを点検する必要がある。
先般、勤務する市民活動サポートセンターの関係者で、愛知県の「あいち協働ハンドブック」や県内自治体の職員向け協働マニュアル、横浜市の「協働契約条例」などを題材に、アクティブブックダイアローグ(注1)を試みた。改善の余地に気づき、まだまだすべきことはたくさんあるね、と大いに盛り上がった。次回は現役の若手職員と一緒にやってもいいし、職員主体で草創期の先輩や市民に話をきくのも良いだろう。
ほぼ当たり前になってしまった「協働」、日々進化し変化していく「協働」について、あらためて点検をするような「市民と行政の協働対話」の場があれば、ぜひファシリテーターをさせていただきたいものである。
(注1) アクティブブックダイアローグについてはこちらのサイトを参照されたい。
A参加者それぞれで分担して読んできたところを3分ていどでまとめプレゼンしあい、ポイントを壁などに貼りながら視覚化していき対話を重ねます。
2023年07月01日
「いくのパーク」を訪ねて〜 共生拠点に生まれ変わった廃校小学校 〜
2023年7月1日
NPO政策研究所理事
田中 逸郎(豊中市在住)
今年5月、NPO政策研究所の会員有志で、大阪市生野区内にオープンしたばかりの「いくのコーライブズパーク(通称:いくのパーク)」を訪れた。廃校となった御幸森小学校を丸ごと活用し、共生の拠点としてつくられた複合施設である。案内していただいたのは、NPO法人「IKUNO・多文化ふらっと」の理事兼事務局長の宋悟さん。プランづくりから開設、そして運営を担うキーパーソンの一人である(注)。
宋さんは、住民の2割以上が外国人で、差別や貧困など「共生課題の先進地」である生野区の状況や、施設の概要を説明。交流や学びの「機会と場」を提供するいくのパークが、集住地域・コリアタウンに集まる多様な人々(NPO等各種法人・団体、大学、行政、何よりも当事者)のネットワークと尽力により実現にこぎつけたこと、資金面をはじめ課題も多いが、想定以上のボランティアと利用者に支えられていることなどを力説され、私たちの質問にもお答えいただいた。
校舎・体育館、校庭、屋上すべてが活用され、図書室や保育園、農園、アート関連施設や専門学校、NPOや運営の共同事業体である(株)RETOWNの事務所などがある。喫茶やレストラン、地ビール販売といった事業者も参画し、屋上にはキャンプ場やBBQホールもある。さらにK―POPダンスやテコンドーの教室もできるという(詳しくは「IKUNO・多文化ふらっと」のホームページ を参照いただきたい)。
宋さんとともに廊下を渡り、階段を上り下りしながら考えた。
共生課題の解決は政治・行政の責務であり、その役割は大きいが、政治・行政には「マイナスを減らしゼロにする」、すなわち負を減らす取組みはできても(十分にできているとは言えないが)、「プラスの価値を生み出す」ことは難しいだろう。当事者をはじめ多様な人々が出会い、寄り合い、助け合い、支え合うことで、「共生」の価値を生み出すことができる。日本社会のウチとソトの分割線を越えてつながり合う、その壮大な試みの拠点が「いくのパーク」ではないか。これからも様々な困難が押し寄せるだろうが、それらに立ち向かうプロセスにおいて共生の魂が宿り、営みが育まれていくだろう。
たくさんのことを学んだ帰り道、コリアタウンは食やファッションを求めて多くの若者でにぎわっていた。宋さんによると、年間およそ200万人が訪れるという。この地から、どのような価値を創造し発信していくのか。共生の地域社会づくりとは、困難な社会の中で、同時代をともに生きるという行為に他ならない。問われているのは、私たち自身の生き方ではないだろうか。
注)プランの全体像や実現までのプロセスについては、『地域自治の仕組みづくり』(2022年発行、学芸出版社)で紹介しているので参照いただきたい。
@図書室「ふくろうの森」
Aオープン間近の「BBQホール」(屋上プールを活用)
NPO政策研究所理事
田中 逸郎(豊中市在住)
今年5月、NPO政策研究所の会員有志で、大阪市生野区内にオープンしたばかりの「いくのコーライブズパーク(通称:いくのパーク)」を訪れた。廃校となった御幸森小学校を丸ごと活用し、共生の拠点としてつくられた複合施設である。案内していただいたのは、NPO法人「IKUNO・多文化ふらっと」の理事兼事務局長の宋悟さん。プランづくりから開設、そして運営を担うキーパーソンの一人である(注)。
宋さんは、住民の2割以上が外国人で、差別や貧困など「共生課題の先進地」である生野区の状況や、施設の概要を説明。交流や学びの「機会と場」を提供するいくのパークが、集住地域・コリアタウンに集まる多様な人々(NPO等各種法人・団体、大学、行政、何よりも当事者)のネットワークと尽力により実現にこぎつけたこと、資金面をはじめ課題も多いが、想定以上のボランティアと利用者に支えられていることなどを力説され、私たちの質問にもお答えいただいた。
校舎・体育館、校庭、屋上すべてが活用され、図書室や保育園、農園、アート関連施設や専門学校、NPOや運営の共同事業体である(株)RETOWNの事務所などがある。喫茶やレストラン、地ビール販売といった事業者も参画し、屋上にはキャンプ場やBBQホールもある。さらにK―POPダンスやテコンドーの教室もできるという(詳しくは「IKUNO・多文化ふらっと」のホームページ を参照いただきたい)。
宋さんとともに廊下を渡り、階段を上り下りしながら考えた。
共生課題の解決は政治・行政の責務であり、その役割は大きいが、政治・行政には「マイナスを減らしゼロにする」、すなわち負を減らす取組みはできても(十分にできているとは言えないが)、「プラスの価値を生み出す」ことは難しいだろう。当事者をはじめ多様な人々が出会い、寄り合い、助け合い、支え合うことで、「共生」の価値を生み出すことができる。日本社会のウチとソトの分割線を越えてつながり合う、その壮大な試みの拠点が「いくのパーク」ではないか。これからも様々な困難が押し寄せるだろうが、それらに立ち向かうプロセスにおいて共生の魂が宿り、営みが育まれていくだろう。
たくさんのことを学んだ帰り道、コリアタウンは食やファッションを求めて多くの若者でにぎわっていた。宋さんによると、年間およそ200万人が訪れるという。この地から、どのような価値を創造し発信していくのか。共生の地域社会づくりとは、困難な社会の中で、同時代をともに生きるという行為に他ならない。問われているのは、私たち自身の生き方ではないだろうか。
注)プランの全体像や実現までのプロセスについては、『地域自治の仕組みづくり』(2022年発行、学芸出版社)で紹介しているので参照いただきたい。
@図書室「ふくろうの森」
Aオープン間近の「BBQホール」(屋上プールを活用)
2023年05月01日
[NPA隔月コラム]5月1日公開分は都合により休載します
5月1日公開分は都合により休載します。
次回の公開は7月1日を予定しています。
次回の公開は7月1日を予定しています。