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2022年11月01日

[NPA隔月コラム]安倍氏銃撃を巡る雑感


安倍氏銃撃を巡る雑感

NPO政策研究所会員  室 雅博(奈良市在住)

 2022年7月8日、奈良市の近鉄大和西大寺駅北口で安倍元首相が銃撃されて亡くなった。奈良市民としては何かメモせざるを得ない。実は当日、30分後に現場付近を通る電車に乗っており、駅でいつもより長く停車したが、北口に背を向けて座っていたため事件には気づかなかった。帰宅後、TVニュースで知り「これはテロの一種だ」「アメリカ同様、日本でも一層分断が進むなぁ」と直感したが、その場で逮捕された容疑者が「(安倍の)政治信条とは関係ない」と言ったと報道され奇妙に感じた。
容疑者の母親は旧統一教会の信者で、財産をつぎ込んで家族崩壊に陥り、本人は大学進学も諦めて20年以上苦しんだようである。元首相にいまさら何故か―と思ったが、旧統一教会と岸信介から安倍元首相までの深いかかわりを知ったうえでの犯行のようで、後日精神鑑定に付されたのは、これまた奇妙な措置だった。
 岸田首相は7月14日に「国葬」の実施を表明し、理由として4点を挙げたが、いずれも根拠が薄いと言わざるを得ない。その後、旧統一教会と政治家との密接な関係が明らかになり、反対意見も多かった中、弔問外交を重視して9月27日に国葬儀が行われた。
 政治家が毀誉褒貶の指摘を受けるのはやむを得ないことであるが、海外で安倍政治の評判がよかったのは60兆円をばら撒いたからではなかったか。国内では、各種の人権の制限法や軍事拡大など民主主義を貶め、核共有まで提起した。地方分権改革は一定進んだが、一方で自治体との協議もなくモノゴトを進め、細かな規制で自治体や住民を縛ってきた。COVID-19対策では当初、日本は医療先進国であり大したことではないと過小評価し、対応は後手に回った。その後、法改正をしながら医療対応の基準を引き下げて災禍を小さく見えるようにし、同時に観光などの経済循環に力を入れてきた。後継の政権でも、政府はワクチンの確保と配分だけでコロナ対応は都道府県知事に丸投げしている。またマイナンバーカードを申請すれば最高2万円分のポイントを付与するなど、随所に個別のばら撒きを重ねている。コロナ禍や円安で住民がどれほど生活に困っているかを直視しているとは思えない。
「国家においては、個人一人一人が問題ではなく、統計技術によって集計される人口が重要な管理の対象になる」という言葉が思い出される。今回の事件で、地方自治が蔑ろにされていっていることを肝に銘じ、住民自治を中心に社会構造を変革していく大切さを痛感した次第である。
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2022年09月01日

[NPA隔月コラム]「社会教育の終焉」論争 の忘れ物

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「社会教育の終焉」論争 の忘れ物

2022年9月1日
NPO政策研究所 理事  埜下 昌宏(西宮市在住)

 NPAの読書会で選んだテーマ、「社会教育の終焉(以下「終焉論」)」とは、1980年以降、政治学者の松下圭一による社会教育をテーマにした政策提案の論考(1986.8初版)で、それまでの社会教育(成人教育・成人学習)を批判し、代わりにそれを市民文化活動と位置づけるべき、という提案である。
 「社会教育の終焉」論争(以下「終焉論争」)とは、この提案に対して、社会教育を担う立場からの反論−論争である。1980年以降10年ほど、社会教育や地方自治の領域において「終焉論」の是非をめぐって論争がまき起こった。「終焉論」の骨格はおおむね以下のとおりである。
a.成熟した成人市民を「オシエソダテル」社会教育は今日(当時)では、終焉する
b.基礎教育を終えた成人市民は行政の社会教育ではなく自由に文化活動を進めるべき
c.公民館(教育委員会)はコミュニティセンター(一般行政)として展開すべき
 「終焉論争」は事後約40年を経た今日、はっきりした決着はない。2022年の今、社会教育は終焉していないが、「終焉論」の趣旨は、自治体政策の現場では受け入れられつつある。また近年、社会教育学で「終焉論」を生かそうとする論考が見られるなど、「終焉論」がやや優勢な状況にある。
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 実は「終焉論争」では、「社会教育」を成人期に限定したため、「子どもに対する社会教育」が抜けていた。今日の「子どもの社会教育の貧困」状況は、並みいる有識者の「終焉論争」からは予測の外であった。折しも日本が長寿社会を迎える前夜、子どもの問題は放置され続け、今に至る。
 元々「社会教育」の用語は「学校教育」「家庭教育」という“場”の分類が起源で、教育時期の分類ではない(ただしこの3つは時系列に並びうる)。だから「社会教育」を成人期に限定した論争自体に無理があった。「子どもに対する社会教育」は、概念としても実態としても成立する。
 最近、学校教育で、クラブ活動を地域に委ねる方向性がある。子どもが初めて自分の意志で選ぶ貴重な教育・学習活動である。このアイデアは昔から存在したが、結局は元の木阿弥であった。今日、「学校教員のなり手がなく、学校教育が本当に危ない」と言われて再燃した話題である。
 今改めて、社会が子どもを支える「子どもの社会教育」が必要である。これは公民館勤めの身で感じるのだが、残念ながら今、公民館に子どもの問題・課題を一人で背負いこむパワーはない。市民や一般行政の底力を得ながら、今後の「子どもの社会教育」を進めていきたいと思う。

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2022年07月01日

[NPA隔月コラム]大都市のコミュニティを考える

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大都市のコミュニティを考える
2022年7月1日
福田 弘 (大阪市政調査会)

人材は地域に眠っている
 コミュニティの担い手が高齢化し、後継者もいないということがいわれる。確かに、地縁の人間関係やPTAなどを通じた既存のリクルートでは限界があり、結局は退職者か自営業者が担い手とならざるを得ないのが現状だ。

 だが、地域には眠っている人材がいる。バリバリの現役世代は地域と関わる時間がないと思われがちだが、テレワークの普及で時間を柔軟に使える人が増えている。よそから引っ越してきたママさんたちも、以前の職場等でさまざまなスキルを獲得している人が多い。転入者は、魅力を感じたからその地域を選んだのであり、生まれ育った人よりも地域に愛着を持っていたりする。人間関係が希薄といわれる大都市にこそ、豊富な人材がいる。

 私自身も含めて、このような人たちが地域に関わるようになった場面に出くわしたが、それは偶然であったり、団体の長の個性であったりして、意識的・組織的に地域からアプローチしたわけではない。人材不足を嘆く前に、SNSなど新たなツールを使い、潜在層にアプローチしていく必要がある。

地域のイベントにしても、当日参加だけでなく、企画・運営の段階から参加してみませんか、という呼びかけはできているだろうか。それに応じる人はごく少数だろう。それでいいのではないか。


防災はコミュニティをつなぐか
 大都市のコミュニティで課題とされるのがマンション住民である。オートロック式で防犯は警備会社、ごみも業者が収集、という環境では、地域に関わる機会や意識が低くなるのは当然だ。

 しかし「防災」という観点からは見方は一変する。長期の停電が起これば、高層マンションは居住自体が難しくなり、避難所生活や支援物資の配布などで否が応でも地域団体のお世話にならなければならない。一方で、津波での垂直避難では、既存の低層市街地の住民らが高層マンションのお世話になる。

 同様に防災では、その地域に通勤・通学している人とも双方向の関わりが生まれる。昼間の災害では、通勤・通学者は、帰宅困難者として地域のお世話になることが多いが、救助活動等で地域の貴重な「戦力」にもなりうる。流入者もまた大都市特有の資源である。

 防災は、これら一見分断されている存在をつなげる可能性を持っている。もちろん、後継者問題と同様に、地域の側からの働きかけが必須で、マンションの管理組合や企業に積極的にアプローチしていかなければならない。賃貸マンションに働きかけることによって、若者の生活困窮を発見できるかもしれない。

 いずれにせよ、担い手の高齢化やコミュニティ意識の希薄化を嘆いているだけでは問題は解決しない。ボールは地域の側にある。地域がいかに活動を発信し、外にアプローチしていくのかが、大都市のコミュニティの将来を左右するのではないか。
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2022年05月01日

[NPA隔月コラム]今も息づく縄文文化

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[縄文文化の片りんを感じさせる三内丸山遺跡]

今も息づく縄文文化
2022年5月1日
澤田 修(NPO政策研究所理事・香芝市在住) 


あることで10数年前から土偶ファンになった。今では土偶から、古代史としての縄文時代に関心が広がっている。縄文文化は奥深くロマンがあり、知ることは楽しみである。

旅行で、遺跡を訪ねるのも楽しみだ。4年前に三内丸山遺跡に訪れる機会があったが、書籍で読むのとは違う印象を受けた。歴史を知るには、現場に行くべきだと感じた。

縄文時代や弥生時代が認知されるようになったのは、ほんの50年程前からにすぎない。なぜ縄文時代は1万年も続いたのか。あのような土偶・土器がどうして生まれたのか。縄文文化がどのようにして弥生文化に引き継がれていったのか・・・今なおミステリーである。

1万5千年ほど前、気温上昇によって海面が上がり、ユーラシア大陸から切り離されて、島国・日本が誕生した。この辺境の島国で、縄文時代が1万年も続き、しかも独自の文化を築いた。辺境地だったからこそかもしれない。

遺跡の発掘は今なお進んでいるが、調査技術の進歩により、様々な発見がある。例えば、縄文人は狩猟採集で、その日暮らしの生活をしていたと考えられていたが、青森県の三内丸山遺跡の発掘によって、自然を計画的に管理し、自然との共存・共生の道を歩んでいたことが明らかになった。貝塚からの人骨により、筋萎縮症の肢体不自由者を、成人になって亡くなるまで面倒を見ていたことも分かり、さらに専門の武器がないことから、争いが相対的に少ない社会を築いていた、と推察できる。

縄文文化なくして、次の弥生文化は生まれなかった。稲作は、弥生時代に入ってからとされるが、私は縄文人は農耕を拒否してきたのではないか、と考えている。それはなぜか。稲作による生活の変化の問題点を知っていたからではないか。環境問題を意識し持続可能な社会をつくるうえで、今こそ縄文人に学ぶことは多い。

2010年に「百舌鳥・古市古墳群古代日本の墳墓群」が世界遺産に登録された。古墳は宮内庁が管理し、現在も残って形態が分かり、古墳にまつわる物語も作られる。一方、縄文遺跡は全国にあるが、その多くは土の中にあり、復元でしか見えない。北海道・北東北の縄文遺跡群は、都市化されず遺跡として残ったのだが、都市開発が進んで遺跡がつぶされていくのを残念に思う。

そんな中、2021年に「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界遺産に登録された。あの魅力的な土偶や土器が生まれた理由を探る上でも、保全と調査研究がさらに進むことを願う。縄文文化は、現在の我々の生活にも引き継がれているのだから。
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2022年03月01日

[NPA隔月コラム]人新世の自治論 仮説

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人新世の自治論 仮説 
田中健治(NPO政策研究所理事・東大阪市在住)


最近、斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』と、森靖絵氏の修士論文の原稿を読む機会を得た。これらに触発されて、「人新世の自治論 仮説」に挑戦してみたい。

斎藤氏は、コロナ禍も「人新世」の産物といい、晩期マルクスの真の思索を「使用価値経済への転換」「労働時間の短縮」「画一的な分業の廃止」「生産過程の民主化」そして「エッセンシャル・ワークの重視」の5点にまとめている。今幸いにも合理的でエコロジカルな都市改革の動きが、地方自治体に芽生えつつあるという。結局は、顔の見える関係であるコミュニテイや地方自治体をベースにして信頼関係を回復していくしか道はないとまで言い切っている。
翻って身近な基礎自治体の現状を鑑みるに、森靖絵氏の修士論文「まちづくり協議会の検討過程」は、この間の某市の取り組みを詳細に追っていて、極めて示唆的である。これに関連して、「地域自治の再定位と主体形成」という初谷勇氏の論稿は、入念な分析と詳細な定位で、これからの自治を考えていくうえでたいへん参考になるが、住民の自律性に課題がある。
これらについては、追って議論していくこととして、ここでは、自治体職員としての経験や政策研の研究員としての知見の中から、大胆な仮説を提示してみたい。

日本の地方公共団体は、概ね、都道府県と市町村という二層構造になっており、これが往々にして二重行政という批判を生んでいる。ここに、地域自治組織なり地域運営組織なりの議論が付加されてきて、ますます混迷の度を深めているといわざるを得ない。
一方、日本には団体自治はあっても住民自治はないとも言われている。基礎自治体においてもこれまで住民自治は必須ではなかった。某市では、「協働のまちづくり部」をつくって、独自の地域分権制度を立ち上げようとしたが、議会で承認を得られず、部も解体した。担当部署の職員は、幹部も含めてこの間、頻繁に入れ替わっていたという。
そこで、市町村が本気で住民自治やまちづくりに取り組むために、道州制や都構想とは違って、これまでの歴史的経過を生かしながら、都道府県と市町村の業務の再編成を提案したい。都道府県は、必須な行政サービスを提供する団体自治体として小さな市町村を合併することなくその業務を引き受け、市町村は、専ら「土地と人」とに根差した住民自治体となって「自治の基層を自律性と相互扶助、そして独自文化の形成に置き換えること」(若林雄一氏)に注力する。そうすることによって、役割分担が明確となり、二重行政の批判も払拭されるだろう。
結果として、斎藤氏のいう「合理的でエコロジカルな都市改革の動き」が、大きな都市から、小さな町村にも及び「中央と周辺という構図の再編」(若林雄一氏)が進み、人新世の「資本論」に資する「人新世の自治論 仮説」を確立することができると考える。
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2022年01月01日

[NPA隔月コラム]次世代を模索する地域がふえてきた

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次世代を模索する地域がふえてきた
仲野優子(NPO政策研究所理事・滋賀県在住)

新しい年は古墳巡りから始まる。近畿だけでも古墳は5万基あるのだから行き先には困らない。写真は滋賀県野洲市にある冨波古墳(3世紀築造の前方後方墳)である。前も後ろも「方(四角)」で、すっきりしていて好きな古墳のひとつだ。古墳はその数からいっても身近なものなのに現地ではほぼ人に出会わない。古墳巡りはコロナ禍向きといっていい。

古墳は群になって存在することもあり「こんなにいろいろな種類の古墳を一度によく造ったね」という声を聞いたりする。円墳、前方後円墳、前方後方墳、方墳、八角墳などバラエティに富んでいるのだが、隣合わせでも築造時期が300年隔たっているものもある。300年というと現代と江戸時代、タワーマンションの横に武家屋敷が建っているようなものだ。この間に幾多の政権が交代したのだろう。古墳はざっくりとした風景として地域に鎮座している。

そういえば最近これと共通する感覚を覚えた。それは地域での会議のことだ。どの地域でも高齢化の危機感から次世代確保が話題になるが、でもその議論は堂々巡りに終わることが多い。次世代の選択肢があまりにも少ないからだ。地域役員は男性がほとんどで、その跡継ぎとしては60歳未満の人はまず候補にあがらない。もう一言いえば女性は役員の想定外だ。結局、定年70歳時代になった今では理想の60歳台男性は見つからない。あまりにもざっくりとした光景だ。

さて、私の近隣の2つのまちづくり協議会では「次世代育成プロジェクト」なるものに取り組んでいる。メンバーは30〜50歳で男女半々くらい。活動内容はメンバーからの発案で「地元野菜の食イベント」「湖岸での野外活動」「畑を借りて野菜づくり&ピザ釜の組み立て」などである。PTAのように子どもたちのためにやるのではない。実施主体が楽しいと思うことが継続させるコツである。まずは自分たちで実行しながら地域の人に活動を広げるのが目標だ。フリーランスもいるし、また勤務時間が多様化しているので動ける人は案外多い。60歳以上はオブザーバーで、口を出さずバックアップに徹するルールだ。

メンバーの情報交換はLINEが主だ。また「まち協公式LINE」でイベントの告知や受付状況がスマホに流れてくる。タイムラインには記事や写真がストックされるしくみだ。800人程の登録者数で高齢者も多いという。家族ではLINEで連絡をとりあう時代になってきているのだ。

若者も高齢者も多様である。さまざまな関わりを通して見える多彩な姿は、地域で確実に認識されていくだろう。次世代のいろいろな形に目を向ける地域でいたい。

みなさんも古墳の形を見たときに、その特徴から歴史や文化の流れを感じて頂きたい。今あるものがそのまま次世代に移ることはない。だから古墳も形を変えてきた。
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2021年11月01日

[NPA隔月コラム]霞ヶ浦の循環社会がつくる風景

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霞ヶ浦の循環社会がつくる風景  
直田春夫(NPO政策研究所 理事長)


汚れるままであり、湖岸の植物も単相化してきた霞ヶ浦の環境を改善するために、かつては湖面に生い茂っていた「アサザ」という黄色い優しげな花の咲く水草を植えて、植物や水生生物などの多様性を確保しながら水質浄化を図ることが提案された。提案した主体は、実地に水に入り、アサザを植えた。しかし、しばらく経つとアサザは霞ヶ浦の強い風が引き起こす波によってみんな流されてしまった。それではと、アサザを植えた浅瀬の外側に波除けの堤防を造ることにした。もちろん環境破壊の元凶であるコンクリート製ではなく、丸太を格子状に組んでその中に粗朶(柴)を詰め込んだ木製の消波堤である。こういう構造をしているから、水はもちろん通過し、淀みをつくらない。小魚は通り抜けることができる。海老などの小生物の住処にもなる。この仕組みは、認定NPO法人アサザ基金が提案、コーディネートしたものである。

木製消波堤に使われた丸太と粗朶は、湖岸の里山の雑木林から「出荷」されたものだ。長年放置されていた里山は「カネになる」ことがわかり、手入れがされるようになった。消波堤工事の施主は国だが、現場で工事に携わるのは漁民たちが多く、霞ヶ浦のことなら掌を指すが如く知っており、水を慈しむにあまりある漁民であるから、最も効果のあるところに丁寧な仕事をする。ここでは、土木工事のお金が、里山を潤し、漁民の収入となり、地域内で循環しwin-winの関係をつくり、結果として霞ヶ浦の水質浄化、自然再生ができてきた。水がきれいで多様な生き物が生息する湖は美しい。秋にはアサザが可憐な黄色い花を咲かせる。この美しさは、人の生活とつながっている。だれもが「美」を志向していたわけでもないのに、結果として美しい景観を醸し出している。景観とはこのようにつくられていくものなのではないか。霞ヶ浦一帯ではお金や自然、多様な主体がつながり、動き、循環する関係が「地域の暮らし」として形作られている。であるからこそ、美しい環境は持続可能となる。

鳥越皓之氏は、「生活が環境をつくる」と指摘し、荒川康氏の論を引きながら「住民は利益を動因として、住民が責任をとるほどの主体性をもてば、彼らは恒常的に対象に働きかける(いつも対象を手入れするなど)ので、自然と人間の関係が“柔らかい”ものとなり」、あたたかい風景が生まれると言う。

このためには、地域にコミュニティ感覚が共有されていることが必要だろう。それは住民がゆるやかに地域に愛着や関心を持っている、地域の未来について少しばかり責任も感じているという程度で充分である。個人の「生活」がみんなの「生活」と重なり合う。その柔らかい、ゆるやかな関係から美しい景観が生まれる。

引用は、鳥越皓之他著『景観形成と地域コミュニティ 第1章』農文協(2009)より
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2021年09月01日

[NPA隔月コラム]防災月間に寄せて 相川康子(NPO政策研究所 専務理事)

2021年9月から、会員+αの皆様によるコラムを隔月で掲載することにしました。

初回は専務理事の相川康子が「防災月間に寄せて」のテーマで書いたものを掲載します。NPO政策研究所としても、地区防災計画の策定支援などに積極的にかかわっていきたいと思っています。

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防災月間に寄せて
                                                             2021年9月1日 記
相川康子(NPO政策研究所 専務理事)

新型コロナウィルスの感染拡大による医療逼迫や気温35度超の猛暑も“災害級”だそうだが、ここ100年で最大の災害といえば1923年9月1日に起きた関東大震災だろう。死者・行方不明者合わせて10万5千人余で、10年前の東日本大震災の約5.7倍にあたる。9月1日を「防災の日」、9月を「防災月間」と定めたゆえんである。死者の多くが地震後の大規模火災による焼死だったため、その後の日本では住宅不燃化や延焼を防ぐ都市計画事業が進められ、一定の成果を上げてきた。

いま、多くの人が恐れるのは風水害だろう。お盆の数日間、九州や中国地方で平年の8月降雨量の2倍以上の雨が降り、居座り続ける線状降水帯の画像に、被災地のみならず全国でため息をついた人が多かったのではないか。同月公表されたIPCCの第6次報告書では「人類が地球の気候を温暖化させた」と断言しており、温暖化防止の取り組みが重要なのは言うまでもないが、まずは既に起きている異常気象とそれらがもたらす各種災害(風水害だけでなく熱波等も)に対する被害軽減策が急がれる。

とりわけ災害関連死を防ぐことは最重要課題だ。防げる死であるにもかかわらず、2018年の熊本地震では、直接死の4倍以上の関連死が発生している。当日の避難支援にばかり重きが置かれ、その後の被災生活への支援が薄い災害対策を改める必要がある。

意外なことに、新型コロナウィルス対策は、そのきっかけになりうるかもしれない。従来、在宅被災者ら指定避難所以外の場所で過ごす人の存在はあまり意識されず、生活支援はおろか安否確認の方法さえ確立していない自治体が多かった。ライフラインの復旧も遅れがちな中での片づけ作業等で、心身に変調をきたし、医療や福祉的ケアが必要なケースもあったが、そのニーズは「取り残される人を出さない」という意思を持って地域を巡回しない限りは汲み取るのが難しかった。

ところが、昨年来、コロナ対策で指定避難所の収容人数が制限され、自宅での垂直避難や知人宅、旅館・ホテル、短期間の車中泊など“多様な避難”が推奨されるようになって、在宅避難等にも光が当たり始めた。コロナのステイホームで明らかになった課題や孤立を軽減する工夫は、在宅被災者らの支援に通じることが多い。

多様な避難生活を支え、取り残されがちな人を早期に見つけて関連死を防ぐには、地域住民主体で「地区防災計画」を検討するのが良いだろう。NPO政策研として支援スキルを磨いていきたい。
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