霞ヶ浦の循環社会がつくる風景
直田春夫(NPO政策研究所 理事長)
汚れるままであり、湖岸の植物も単相化してきた霞ヶ浦の環境を改善するために、かつては湖面に生い茂っていた「アサザ」という黄色い優しげな花の咲く水草を植えて、植物や水生生物などの多様性を確保しながら水質浄化を図ることが提案された。提案した主体は、実地に水に入り、アサザを植えた。しかし、しばらく経つとアサザは霞ヶ浦の強い風が引き起こす波によってみんな流されてしまった。それではと、アサザを植えた浅瀬の外側に波除けの堤防を造ることにした。もちろん環境破壊の元凶であるコンクリート製ではなく、丸太を格子状に組んでその中に粗朶(柴)を詰め込んだ木製の消波堤である。こういう構造をしているから、水はもちろん通過し、淀みをつくらない。小魚は通り抜けることができる。海老などの小生物の住処にもなる。この仕組みは、認定NPO法人アサザ基金が提案、コーディネートしたものである。
木製消波堤に使われた丸太と粗朶は、湖岸の里山の雑木林から「出荷」されたものだ。長年放置されていた里山は「カネになる」ことがわかり、手入れがされるようになった。消波堤工事の施主は国だが、現場で工事に携わるのは漁民たちが多く、霞ヶ浦のことなら掌を指すが如く知っており、水を慈しむにあまりある漁民であるから、最も効果のあるところに丁寧な仕事をする。ここでは、土木工事のお金が、里山を潤し、漁民の収入となり、地域内で循環しwin-winの関係をつくり、結果として霞ヶ浦の水質浄化、自然再生ができてきた。水がきれいで多様な生き物が生息する湖は美しい。秋にはアサザが可憐な黄色い花を咲かせる。この美しさは、人の生活とつながっている。だれもが「美」を志向していたわけでもないのに、結果として美しい景観を醸し出している。景観とはこのようにつくられていくものなのではないか。霞ヶ浦一帯ではお金や自然、多様な主体がつながり、動き、循環する関係が「地域の暮らし」として形作られている。であるからこそ、美しい環境は持続可能となる。
鳥越皓之氏は、「生活が環境をつくる」と指摘し、荒川康氏の論を引きながら「住民は利益を動因として、住民が責任をとるほどの主体性をもてば、彼らは恒常的に対象に働きかける(いつも対象を手入れするなど)ので、自然と人間の関係が“柔らかい”ものとなり」、あたたかい風景が生まれると言う。
このためには、地域にコミュニティ感覚が共有されていることが必要だろう。それは住民がゆるやかに地域に愛着や関心を持っている、地域の未来について少しばかり責任も感じているという程度で充分である。個人の「生活」がみんなの「生活」と重なり合う。その柔らかい、ゆるやかな関係から美しい景観が生まれる。
引用は、鳥越皓之他著『景観形成と地域コミュニティ 第1章』農文協(2009)より