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1453 カルト集団は、そもそも「信教の自由」の俎上には載らない。 [2022年09月21日(Wed)]
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家庭とは、
「“こころの交流ができる”状態にある、一緒に生活する“人と人との関係性”」。

家族とは、
「だれが扶養するか」(法律関係)の問題。

@  「血がつながっているから、家庭!」ではない。
A  「心が通わない」なら、家庭とは言えない
B  対話がないなら、同居していても「心理的虐待」
  である。
C  血がつながっていなくても、心が通うならある意味
  「家庭」と言える。
D  困ったとき、全力で応援できる。
E   家庭とは、「こころの交流ができる状態にある、
   『人との関係性』」。
F  赤ちゃん〜乳幼児〜子ども〜中高生であっても、
   一個の人間として=”尊厳ある存在”として見るのが、
   ”世界基準”。





子どもの“人としての尊厳”.png






@ カルト集団は、そもそも「信教の自由」の議論の
   俎上には載らない。
A 「家庭のあり方」(自己責任)だけで、社会の課題が
   解決するわけではない。
B 「社会制度(仕組み)の良否」が、「人間全体」の
   幸福を決定づける。
C 「社会の不条理」の原因を、「家庭のあり方」に
   集約するのは、洗脳詐欺集団の「目くらまし」である。





そもそも「信教の自由」ではない.png


家庭とは何か((図)).pdf









民法第七章 扶養
(扶養義務者)
第八百七十七条 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。

3 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。
(扶養の順位)
第八百七十八条 扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力がその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても、同様とする。
(扶養の程度又は方法)
第八百七十九条 扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。
(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)
第八百八十条 扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。
(扶養請求権の処分の禁止)
第八百八十一条 扶養を受ける権利は、処分することができない。









タグ:信教の自由
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