今季も焚き火遊びをはじめた251207
12月から3月にかけて、月1回ペースで主に地元の小学校経由で全校生徒に案内をして開催している焚き火遊び。
初日は、穏やかな天気に恵まれました。やはり、冬は焚き火が楽しい。
竹滑り台や、竹シーソー、竹の間に設置したハンモック、座るところに竹を使って桜の木からぶら下げたブランコなどいつもの遊具も人気だったし、女の子たちは秘密基地を作って女子会を開いていたり、思い思いの過ごし方を楽しんでいました。
焚き火では、焼き芋のほか、勝手知ったる参加者は、マシュマロやソーセージ、パンなどを焼いたり、焼きバナナを楽しんだり(これがトロ甘でおいしい)。
ちょっと面白いなと思ったのは、ブランコを作るとき、ロープを結んだりほどいたりするときにロープに重さがかかるとロープを結んだりするのが難しくなるので、座る竹を持っておいてもらいます。
設置時は小学校3年生の子が、外すときには小学校5年生の子がそれぞれ手伝ってくれて、設置時に、ロープに重さがかかると結びにくいから竹を持っていてねと言って持ってもらうのですが、おしゃべりしながらロープを結んでいると、すぐに子どもが竹を手放してしまって、笑いながら、持っておいてと言ったじゃん、というと、ああ、と笑いながらまた持ち直してくれます。
ほどくときには、談笑しながらも、小学5年生の子どもはしっかり持ちつつけてくれたのです。やはり、小さい子は、集中力が続かないのですよね(もちろん、個人差があっていいのです)。それも、そんなに深刻な問題ではないので、ただただ面白いなあと笑いあってしまいます。
もう一つ、特に最近思うのは、少し前までは地元の高齢者の団体(すでに私も高齢者の域になってきてはいます)の何人かが手伝ってくれていたのですが、最近では主催者は私一人ということもあるので、焚き木(竹)を集めたり、遊具を設置したり、焼き芋の準備をしたり、ということがとても一人では間に合いません。そこで、何かをしながら、大声で〇〇してくれる人、とか〇〇手伝って、とかを、誰と特定したりしなかったり声掛けをします。すると、誰かが何となく手伝ってくれて進んでいきます。鋸(のこぎり)や木槌(きづち)など道具もある程度用意していて、シェアして使ってもらっていて、何かが使いたいけどないとき、私に言ってくるのですぐに、〇〇持っている人、と大声で言うと、誰かが探してくれたり、使い終わった人が持ってきてくれたりします。
どうしても、長年やっている私が全体を見渡せているので、私が声をかけることになるのですが、理想は、それぞれが困ったことを声に出して、助け合えるといいなと思うのです。人がある程度たくさんいれば、協力すれば解決することがたくさんあります。(何でも自分でできるようになるという)一般的な考え方(何でも自分でできるようになるという)とは違って、こういうことこそが自立することなのではないか、と思ったりします。
また、今書いたこととちょっとつながることで、今回ちょっとうれしかったことがありました。地元の小学校に通う足の不自由な子どもが参加したいという気持ちを、すでに参加している子どもを通して伝えてきたようで、伝えられた子どもの親が私に事前に連絡してくれて、参加できるだろうかと相談をしてくれたのです。
遊び場自体はかつての花見の場所だったので平地なのですが、そこに行くまでに急な坂道を歩いて行ったりしないといけないので心配してのことでしょうが、相談をしてくれるという時点で、ある程度信頼してもらっているんだなと思えて、車をできるだけ近くまで置ける駐車スペースの確保などを解決して、来てもらえるようになり、当日は友人のお父さんがだっこして現地まで連れて行ってくれたりして、無事参加してくれて、みんなと楽しんでくれたようです。

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初日は、穏やかな天気に恵まれました。やはり、冬は焚き火が楽しい。
竹滑り台や、竹シーソー、竹の間に設置したハンモック、座るところに竹を使って桜の木からぶら下げたブランコなどいつもの遊具も人気だったし、女の子たちは秘密基地を作って女子会を開いていたり、思い思いの過ごし方を楽しんでいました。
焚き火では、焼き芋のほか、勝手知ったる参加者は、マシュマロやソーセージ、パンなどを焼いたり、焼きバナナを楽しんだり(これがトロ甘でおいしい)。
ちょっと面白いなと思ったのは、ブランコを作るとき、ロープを結んだりほどいたりするときにロープに重さがかかるとロープを結んだりするのが難しくなるので、座る竹を持っておいてもらいます。
設置時は小学校3年生の子が、外すときには小学校5年生の子がそれぞれ手伝ってくれて、設置時に、ロープに重さがかかると結びにくいから竹を持っていてねと言って持ってもらうのですが、おしゃべりしながらロープを結んでいると、すぐに子どもが竹を手放してしまって、笑いながら、持っておいてと言ったじゃん、というと、ああ、と笑いながらまた持ち直してくれます。
ほどくときには、談笑しながらも、小学5年生の子どもはしっかり持ちつつけてくれたのです。やはり、小さい子は、集中力が続かないのですよね(もちろん、個人差があっていいのです)。それも、そんなに深刻な問題ではないので、ただただ面白いなあと笑いあってしまいます。
もう一つ、特に最近思うのは、少し前までは地元の高齢者の団体(すでに私も高齢者の域になってきてはいます)の何人かが手伝ってくれていたのですが、最近では主催者は私一人ということもあるので、焚き木(竹)を集めたり、遊具を設置したり、焼き芋の準備をしたり、ということがとても一人では間に合いません。そこで、何かをしながら、大声で〇〇してくれる人、とか〇〇手伝って、とかを、誰と特定したりしなかったり声掛けをします。すると、誰かが何となく手伝ってくれて進んでいきます。鋸(のこぎり)や木槌(きづち)など道具もある程度用意していて、シェアして使ってもらっていて、何かが使いたいけどないとき、私に言ってくるのですぐに、〇〇持っている人、と大声で言うと、誰かが探してくれたり、使い終わった人が持ってきてくれたりします。
どうしても、長年やっている私が全体を見渡せているので、私が声をかけることになるのですが、理想は、それぞれが困ったことを声に出して、助け合えるといいなと思うのです。人がある程度たくさんいれば、協力すれば解決することがたくさんあります。(何でも自分でできるようになるという)一般的な考え方(何でも自分でできるようになるという)とは違って、こういうことこそが自立することなのではないか、と思ったりします。
また、今書いたこととちょっとつながることで、今回ちょっとうれしかったことがありました。地元の小学校に通う足の不自由な子どもが参加したいという気持ちを、すでに参加している子どもを通して伝えてきたようで、伝えられた子どもの親が私に事前に連絡してくれて、参加できるだろうかと相談をしてくれたのです。
遊び場自体はかつての花見の場所だったので平地なのですが、そこに行くまでに急な坂道を歩いて行ったりしないといけないので心配してのことでしょうが、相談をしてくれるという時点で、ある程度信頼してもらっているんだなと思えて、車をできるだけ近くまで置ける駐車スペースの確保などを解決して、来てもらえるようになり、当日は友人のお父さんがだっこして現地まで連れて行ってくれたりして、無事参加してくれて、みんなと楽しんでくれたようです。
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