『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』
『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』
(藤田早苗著、2022年、集英社新書)
1999年にエセックス大学で国際人権法を学ぶために渡英し、その後研究員などを経て現在はフェローとして同大学に所属し、イギリス国内や日本の人権問題に国際人権法の立場からかかわる著者による本。
国連の女性差別撤廃委員会は、女性差別撤廃条約を批准している各国の取り組みを定期的に審査していて、この10月にも、2003年以降4度目となる夫婦の同姓を定めた日本の民法が条約に反するとして改正するよう勧告をしたことがニュースになっていました。
さすがに、4回目なので、何らかの動きがあるかもしれないのですが、これまで日本政府は、こういった国連機関の勧告に対して、法的拘束力がないとか一方的な意見だとかというコメントを出していて、それが報道されるので、その意味するところがどうもピンときにくい部分があるなあと感じていたことについて、仕組みなどが具体的な例も含めてわかるようになっています。
まず、前提として、日本での人権のイメージが、教育の場面で「思いやり」の面が強調されるために誤解されているとし、
「生まれてきた人間すべてに対して、その人が能力・可能性を発揮できるように、政府はそれを助ける義務がある。その助けを要求する権利が人権。人権は誰にでもある。」
という国連の人権高等弁務官事務所による人権の説明から始め、
人々の思いやりとかではなく、政府こそが人権を守る責務があり、政府がその責務を果たさなければ、それを正すように闘わなければならないものであるという考え方のもと、
その根拠として、1948年に採択された「世界人権宣言」がもととなって1966年に「経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約(社会権規約)」と「市民的、政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」という二つの人権条約ができ、さらに核となる国際人権条約として
「人種差別撤廃条約」「女性差別撤廃条約」「拷問等禁止条約」「子どもの権利条約」「
すべての移住労働者とその家族の権利保護に関する条約」「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約」「障害者権利条約」などが作られていること、
日本はそのほとんどを批准しているため、通例であれば、条約を批准するに際して、事前に国内法が条約に即していなければならないので、実際に改正する。
それでも、見落としやその後の条約に適合しない法律が制定される場合などがあるため、専門家がメンバーとして参加している国連の委員会が批准国の状況を定期的に審査して、問題があれば勧告を行うわけなので、勧告を受けて国は反論はできるにしても、是正の方向で考えなければならないし、多くの国はそうしている。という、言ってしまえばシンプルな話ではあるようです。
ただ、日本には、日本以外の先進国が受け入れている「個人通報制度」が適応されてないし、政府から独立し独立の調査権限を有する国内人権救済機関である「国内人権機関」もないという制度的な問題があって、改善が進みにくい面があるとのこと。
そして、国際人権から見た日本の人権問題である、貧困、経済活動に伴う人権、情報・表現の自由、女性差別、入管における人権侵害などについて具体的にどういう取り組みがなされているかについて詳しく書かれています。
最後に、勧告が具体的な改善につながっていくために、勧告を受けるメンバーに立法機関である国会の議員が加わるとか、弁護士など司法機関にかかわる人に対する国際人権法を学ぶ機会を増やす、国内人権機関の設置など改善のための提言も示されています。
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(藤田早苗著、2022年、集英社新書)
1999年にエセックス大学で国際人権法を学ぶために渡英し、その後研究員などを経て現在はフェローとして同大学に所属し、イギリス国内や日本の人権問題に国際人権法の立場からかかわる著者による本。
国連の女性差別撤廃委員会は、女性差別撤廃条約を批准している各国の取り組みを定期的に審査していて、この10月にも、2003年以降4度目となる夫婦の同姓を定めた日本の民法が条約に反するとして改正するよう勧告をしたことがニュースになっていました。
さすがに、4回目なので、何らかの動きがあるかもしれないのですが、これまで日本政府は、こういった国連機関の勧告に対して、法的拘束力がないとか一方的な意見だとかというコメントを出していて、それが報道されるので、その意味するところがどうもピンときにくい部分があるなあと感じていたことについて、仕組みなどが具体的な例も含めてわかるようになっています。
まず、前提として、日本での人権のイメージが、教育の場面で「思いやり」の面が強調されるために誤解されているとし、
「生まれてきた人間すべてに対して、その人が能力・可能性を発揮できるように、政府はそれを助ける義務がある。その助けを要求する権利が人権。人権は誰にでもある。」
という国連の人権高等弁務官事務所による人権の説明から始め、
人々の思いやりとかではなく、政府こそが人権を守る責務があり、政府がその責務を果たさなければ、それを正すように闘わなければならないものであるという考え方のもと、
その根拠として、1948年に採択された「世界人権宣言」がもととなって1966年に「経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約(社会権規約)」と「市民的、政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」という二つの人権条約ができ、さらに核となる国際人権条約として
「人種差別撤廃条約」「女性差別撤廃条約」「拷問等禁止条約」「子どもの権利条約」「
すべての移住労働者とその家族の権利保護に関する条約」「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約」「障害者権利条約」などが作られていること、
日本はそのほとんどを批准しているため、通例であれば、条約を批准するに際して、事前に国内法が条約に即していなければならないので、実際に改正する。
それでも、見落としやその後の条約に適合しない法律が制定される場合などがあるため、専門家がメンバーとして参加している国連の委員会が批准国の状況を定期的に審査して、問題があれば勧告を行うわけなので、勧告を受けて国は反論はできるにしても、是正の方向で考えなければならないし、多くの国はそうしている。という、言ってしまえばシンプルな話ではあるようです。
ただ、日本には、日本以外の先進国が受け入れている「個人通報制度」が適応されてないし、政府から独立し独立の調査権限を有する国内人権救済機関である「国内人権機関」もないという制度的な問題があって、改善が進みにくい面があるとのこと。
そして、国際人権から見た日本の人権問題である、貧困、経済活動に伴う人権、情報・表現の自由、女性差別、入管における人権侵害などについて具体的にどういう取り組みがなされているかについて詳しく書かれています。
最後に、勧告が具体的な改善につながっていくために、勧告を受けるメンバーに立法機関である国会の議員が加わるとか、弁護士など司法機関にかかわる人に対する国際人権法を学ぶ機会を増やす、国内人権機関の設置など改善のための提言も示されています。
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