『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
(ブレイディみかこ著、2019年、新潮社)
人口20万人くらいの海沿いのリゾートタウン ブライトンに20年以上アイルランド人の配偶者と暮らす、もともと子ども嫌いだった著者は、実際に子どもを授かってみて、保育士になるほど子ども好きになってしまう。
その息子が、公立ながら市のランキングで常にトップを走るカトリックの名門校である小学校で平和な7年間を過ごした後、英国社会を反映していじめもレイシズムもけんかもあるし、眉毛のないコワモテのお兄ちゃんやケバい化粧で場末のバーのママみたいになったお姉ちゃんもいる元・底辺中学校に入学してからの1年半を、16回に分けて雑誌に連載した文章をまとめたもの。
12歳の子どもが世界の縮図にさらされて、いろんな経験を母親とともに悩みながら重ねていく様子が、とてもリアルに感じられる。とても読みやすく、まるで、この世界の荒波の中を泳いで乗り越えていく冒険譚のような味わいさえある。
ただ、それはやはり、ブレイディさんのさばけた考え方や視点がいいので読んでいて共感を呼ぶという面は大きいように感じた。
そして、いろいろ問題が起こっているものの、シティズンシップ・エデュケーションや演劇教育というものがしっかり学校教育の中に位置づけられているのはうらやましいなあと感じた。特に、シティズンシップ・エデュケーションについて解説している部分を抜き書きすると、
―シティズンシップ・エデュケーションの目的として、「質の高いシティズンシップ・エデュケーションは、社会において充実した積極的な役割を果たす準備をするための知識とスキル。理解を生徒たちに提供することを助ける。シティズンシップ・エデュケーションは、とりわけデモクラシーと政府、法の制定と順守に対する生徒たちの強い認識と理解をはぐくむものでなくてはならない」と書かれてあり、「政治や社会の問題を批判的に探究し、エビデンスを見きわめ、ディベートし、根拠ある主張を行うためのスキルと知識を生徒たちに授ける授業でなくてはならない」とされている。―
『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』というタイトルは、著者の息子が言った言葉をそのまま雑誌への連載記事のタイトルに使っていて、アンニュイな感じなのですが、最後に、同じ息子が言い換えていて、素敵です。
子どもたちは、たくましい。多様性に満ちた困難で豊かな世界を何とかうまくやっていくすべを自ら生み出しつつある。私たちは、その芽を摘まずに、陰ながらサポートしてやるだけでいいのではないか。そう思わせる。
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(ブレイディみかこ著、2019年、新潮社)
人口20万人くらいの海沿いのリゾートタウン ブライトンに20年以上アイルランド人の配偶者と暮らす、もともと子ども嫌いだった著者は、実際に子どもを授かってみて、保育士になるほど子ども好きになってしまう。
その息子が、公立ながら市のランキングで常にトップを走るカトリックの名門校である小学校で平和な7年間を過ごした後、英国社会を反映していじめもレイシズムもけんかもあるし、眉毛のないコワモテのお兄ちゃんやケバい化粧で場末のバーのママみたいになったお姉ちゃんもいる元・底辺中学校に入学してからの1年半を、16回に分けて雑誌に連載した文章をまとめたもの。
12歳の子どもが世界の縮図にさらされて、いろんな経験を母親とともに悩みながら重ねていく様子が、とてもリアルに感じられる。とても読みやすく、まるで、この世界の荒波の中を泳いで乗り越えていく冒険譚のような味わいさえある。
ただ、それはやはり、ブレイディさんのさばけた考え方や視点がいいので読んでいて共感を呼ぶという面は大きいように感じた。
そして、いろいろ問題が起こっているものの、シティズンシップ・エデュケーションや演劇教育というものがしっかり学校教育の中に位置づけられているのはうらやましいなあと感じた。特に、シティズンシップ・エデュケーションについて解説している部分を抜き書きすると、
―シティズンシップ・エデュケーションの目的として、「質の高いシティズンシップ・エデュケーションは、社会において充実した積極的な役割を果たす準備をするための知識とスキル。理解を生徒たちに提供することを助ける。シティズンシップ・エデュケーションは、とりわけデモクラシーと政府、法の制定と順守に対する生徒たちの強い認識と理解をはぐくむものでなくてはならない」と書かれてあり、「政治や社会の問題を批判的に探究し、エビデンスを見きわめ、ディベートし、根拠ある主張を行うためのスキルと知識を生徒たちに授ける授業でなくてはならない」とされている。―
『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』というタイトルは、著者の息子が言った言葉をそのまま雑誌への連載記事のタイトルに使っていて、アンニュイな感じなのですが、最後に、同じ息子が言い換えていて、素敵です。
子どもたちは、たくましい。多様性に満ちた困難で豊かな世界を何とかうまくやっていくすべを自ら生み出しつつある。私たちは、その芽を摘まずに、陰ながらサポートしてやるだけでいいのではないか。そう思わせる。
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