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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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初音ミクについての追記(日本が世界に誇る平和産業による技術開発)

[2012年03月29日(Thu)]
一つ前の記事で『初音ミク』について書きました。その後、インターネットで初音ミクを検索してみると(記事にまでしたわりに、そんなに知っているわけではないし、『初音ミク』のソフトも持っていません)、3月9日に大きなライブイベントがあったみたいで、そのダイジェスト版が正式にYou Tubeにアップされていました。

10分くらいのものなので見てみました。なかなかすごい。

3Dのアニメ映像に向かって沢山のだいの大人がペンライトを持って大盛り上がりなのです(私もちょっと気持ちがわかるのが怖い)。

3D映像もすごく発達してきているのですね。You Tubeの平面画像でみてもなかなかのものだと感じるくらいですから。

製作スタッフが、ライブに向けて徹夜で頑張ったみたいな書き込みがあって、少し感慨深いものがありました。

ああ、これって、日本がこれから目指すべき、世界にお手本を示すことのできる分野なんだなと。

これまで、多くの最先端の技術は、軍事産業の副産物のようにして生み出されてきました。インターネットだって、拠点施設が破壊されても通信が途絶えないようにコンピュータ同士が緩やかなネットワークを組むことによってできた技術だし、宇宙開発も軍事産業がベースになっている。数を上げればきりがないでしょう。

しかし、私はそういうのに対して、ちょっと苦々しいというか、後ろめたい気持ちを持っていました(そういった技術の恩恵に浴することが、結果として軍事産業に加担していることになっているのではないかと)。

例えば、ミサイルを正確に命中させるための技術開発として、GPSが開発されたり、その活用方法が考えられたりしていて、それは、もちろん開発する側からすると人道的な側面も持っている(正確に命中させることができれば、無駄な殺傷や破壊をしなくてすむ。だけど有益な殺傷ってあるの?)とは言え、結局人殺しのための技術開発ですから。

でも、『初音ミク』を実体化するために寝ずに3Dの技術開発をするのって、関係ない人には無駄なことのように見えるかもしれませんが、平和でいいですよね(いや、体は壊さない程度にやって欲しいですけど)。そして、それは、今後、例えば、離れて暮らす独居老人の家に、リアルに行くことができない家族が、3D映像で尋ねて、安否を確認したり、話をしたり、というところに技術転用することができる可能性を秘めているのです。

寝ずに頑張るほど好きな(平和的な)ことに熱中して、その技術開発の副産物で社会に役立つ技術が生まれるかもしれない。

これこそが、平和産業で戦後を乗り切って発展してきた日本が、世界に示すべきお手本なんじゃないかと思うのです。

アニメ文化は、日本が誇る文化であるということをいろんな人が言うのを、今までも聞いていたのですが、実は私はあんまりこれまでピンと来てなかったところがあったの(アニメ自体は嫌いじゃないですけど)ですが、たまたま『初音ミク』のことを考えていて、腑に落ちた気がします。

『初音ミク』さん、ありがとう、って人じゃないですから『初音ミク』は。



初音(はつね)ミクに萌える理由を考えてみた

[2012年03月29日(Thu)]
ヴァーチャル・シンガー『初音ミク』

2007年に発売された、音声合成デスクトップミュージックソフトウエア。メロディと歌詞を入力すると合成音声によって歌ってくれる。女性アイドルのキャラクター設定がされているので、自分の手の中でアイドルに歌を歌わせることができるという優れもの。ヴォーカルとアンドロイド(人造人間)を組み合わせて、ヴォーカロイドなどとも呼ばれていて、3D画像と合わせたコンサートも開かれるなど、人気急上昇中。

『初音ミク』は、私たちが歌で感動するとはどういうことかを考えさせてくれます。

私たちは、人が歌う歌を聴いて、心が動いたり感動したりするとき、やはり、その歌う人の人柄とかその人の経験とかを含めて聴いていて、だから感動するんだと思ったりします。

でも、『初音ミク』に私たちが与えることができるのは、音程とビブラートや強弱、テンポなどで、直接演奏するわけではないので想いをを込めることはできません(設定をした後はクリックするだけで自動的に演奏するのですから)。直接演奏すると想いが込められると言うのも謎ではありますが。

それでも多くの人が熱狂しているし、感動する人もいます(私もちょっと魅力を感じている一人です)。

それは錯覚なのか、それとも生身の人の歌を聴くのとは別の体験なのか。

そもそも、合成音声を創り出すシンセサイザー(もうこの言葉も死語か?)というのは、(限界はあるにしても)どのような音も創り出すことができます。

昔(20年くらい前?)富田勲さんが『展覧会の絵』や『惑星』をまったくシンセサイザーで演奏したとき、ある種のショックを受けて、これからどんな音楽が創られるのかと思ったものですが、その後そんなにびっくりするようなものが出てきたわけでもないような気がします。

とてつもなく広い選択肢の中から、音を創って積み上げて交響曲を創り上げるというのは、想像力を刺激されるにしても、ちょっと荷が重すぎる感じもします。既存の楽器で交響曲を創り上げるだけでもとてつもなく大変なのに。

歌はなぜ私たちを感動させるのか、ただ人工的な音で歌わせるのなら、そのメロディに相応しい音を新たに創り出して演奏するのではいけないのか、それは、それぞれの曲にあった既存の楽器で演奏するのとは違うのか。次々に疑問が沸き起こってきます。

そして、結局『初音ミク』の声はあたらに作った人工音ではなくて、現実にいる声優の声をサンプリングすることによって創られているということはどういうことなのか?ちょっと早いフレーズに、たどたどしくなってしまうことすら愛らしい感じがするは?

多分、完璧に人間が歌っているようなものになってしまうと、ちょっと違うのかもしれない。

「人を真似た人形は、人よりもかわいい」という言葉があります。素晴らしい人形劇を見たとき、その人形に人間を感じるのはなぜなのか?

『初音ミク』の魅力は、人が人をまねて創り出したものに人がこもっている魅力といえるのかなあと思ったりします。

音楽の専門家などに言わせると、多分、『初音ミク』の創り出す世界は、音楽ではないというのではないかと思いますが、これだけ人気があるとねえ。まあどちらかというと音楽というより、社会現象と言ったほうがいいのかもしれませんけど。

『初音ミク』は、楽器の一つと言っていいのか。だとすれば、例えば、リアルな交響楽団と『初音ミク』の共演は可能か?

その歌声に涙する人がいるとして・・・。
ロボットと人間の共存という問題は、こんなところから徐々に入ってきたりするのではと思います。



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