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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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個人を悪者やヒーローにして安心してませんか?

[2012年03月16日(Fri)]
民間の事故調査委員会の報告書が出たときは、菅元総理が補佐官らを寄せ付けずに勝手に判断したのがよくなかったといい、今日の報道では、原発から撤退しようとしていた東電社員をしかって踏みとどまらせたと言い、菅元総理を眼の敵にしたり、持ち上げたり。

マスコミの人たちは、多分悪気がなくて、ニュースとしてわかりやすいというか、原因結果のはっきりしたものを求めてそうなってしまったことだとは思います。

しかし、今回の原発事故で一番問題なのは、原発の原理自体は単純なのにもかかわらず、熱源である燃料棒を制御するためには常に電気が必要であるように設計されており、そのほかにもさまざまなテクノロジーを駆使する必要があり、それをコントロールするのは人間であることからして、いかなる危機的状況になっても、次から次へと組織として対応できるようにマニュアルを整備していなければならなかったのに、そういうマニュアルもなく、どうしようどうしようとタダの烏合の衆になってしまっていた組織的な問題であって、個人の判断に頼らなければならない状況にしかできないのなら、残念ですけど、原子力発電は人間が取り扱うものとしてはご遠慮いただかないといけないということなのだと思います。

それは、例えば、火力発電所が自然災害で大破して、大事故になったという状況とはまったく違う。

火力発電所にある燃料が事故で燃えたとして、時間がかかって多くの二酸化炭素や有毒ガスを出したにしても、被害の程度は予測できる。

しかし、原子力発電所の場合、燃料棒が制御できなくなった場合、そこから発生する放射能によって、非常に長い期間被害を出し続け、それを取り戻すためのコストは莫大なものになる。それを、その段階段階で、どういった対策を組織として取ることができるのかということが定まっていないということでは、天災と同じになってしまう。

例えば、地震などの天災は、まだまだ完全な予測なども難しいため、完璧な対策をとることは難しい。

一方、原子力発電所は、自然の摂理を活用しているものではありますが、人間が作ったものです。コントロールを失ったときに、甚大な被害をもたらすことはあらかじめわかっています。だったら、とる道は2つに一つしかありません。どんな事態に陥っても、常に次善の策をとって、被害を最小限に食い止めるような方策を考え抜いた上で作るか、それが(コスト的に)無理なら手を出さない。

百歩譲ったとして、研究は続けてもいい(研究をしているうちにさまざまな知見を得ることができるでしょうから)けれども、それは、巨大な被害をもたらすことのない規模のものにする(実際に大学の研究施設では、適正な規模での実験・研究は行われていると思います)。

結局、原子力発電所は、巨大装置型の産業であり、さまざまな利権がからんでいるがために、見切り発車してしまい、既成事実として、安全であると関係者は信じてしまって、緊急事態が起こったときに、なすすべがなかった。

コントロールを失ったときには大変なことになるということだけは、わかっていたので、逃げることしか考え付かなかったわけです。

個人に判断を委ねなくてはならず、組織として淡々と仕事をすることができなかったことが最も大きな問題なのだと思います。

繰り返しになりますが、コントロールを失えば取り返しの付かなくなる可能性を秘めた規模ものを、淡々と封じ込める方策がないのに、作ってはいけないのだと思います。


ワールド・カフェ方式って何だ!

[2012年03月16日(Fri)]
平成23年度県民活動促進事業「中核的人材育成事業」として、
つながろう!地域の力
「ワールドカフェ方式で、地域の力を結集した持続可能な新事業を開発してみよう!」
というイベントが2012年2月19日(日)に開催されました(いわくに市民活動支援センター主催)。

チラシによると、この会の趣旨は、

海・川・山の豊かな自然と文化がつなぐ岩国のまちには、そこに暮らす人々の郷土愛や志に育まれた多彩な地域の力があります。
これらをつなげばきっと、新しい“岩国の未来”が見えてくるはず。新しい事業や地域づくりの夢やアイデアなどは、くつろいだ雰囲気の中のほうが生まれやすいと言われています。おしゃれなカフェに立ち寄った気分で、お茶と菓子を楽しみながら、これまでのこと、これからのことなど、一緒に考えてみませんか。


私は残念ながら、仕事で参加できなかったのですが、昨日3月15日に、2月19日の参加者に呼びかけて振り返りをして、さらに話し合いを進めるということを聞いたので、休みを取って参加してみることにしました。

ワールドカフェ形式というのがちょっと気になっていたので。

この行事。鳩山さんが首相の時に盛んに言われていた「新しい公共」というものを進めるために国からの助成金を使って、新たに事業を作り出そうという趣旨のもののようで、いい事業であればモデル事業として助成金をもらえるようです。うかつにも、私はまったく知りませんでした。

10人ちょっとという少人数で、しかも、参加者はこれからのリーダー候補ということで、こういった会議のファシリテーター(司会兼進行役兼調整役のようなもの)としての心構えや具体的なテクニックなどの解説も交えながら、2グループに分かれて実際の事業を考えていきました。

2月19日に開催された会議の報告書を参考に話を進めていったのですが、これがなかなか秀逸なものでした。「新しい公共」や「ワールド・カフェ」などの用語解説もちゃんと入れ、グループで話し合われたことを簡潔に書いた上で、要点を3、4点にまとめてあり、参加していなかった私にも、会議の様子がある程度把握できました。

私のグループは、ある地域で実際に社会福祉協議会の会員として、地域の魅力を見つける活動をしている方がいたので、その地域にある休校予定の学校を活用して、人が集う場やグリーンツーリズムのようなものを展開する案を考えました。

いろいろとクリアしないといけない問題はあるにしても、うまくいけば十分実現可能な具体的な話になり、とても楽しかったです。

ワールド・カフェ形式とは、「“カフェ”のようなくつろいだ空間の中で、参加者がルールに沿って自由に会話を行い、創造的なアイデアや知識を生み出したり、互いの理解を深めることができる、という可能性を秘めた話し合いの手法」で、ワークショップの進化形と言えるものなのでしょう。

ファシリテーターの力量がとても重要になるのですが、それプラス今回は、実際に自分たちでも実践をしている人が集まっていたので、相乗効果で話がうまく進んだ実感があります。

ちなみに、講師というかファシリテーターをしたのは、コミュニケーション技研代表の中山淑子さん。<九州・山口を中心に活動する都市計画プランナー・地域づくりコーディネーター>という肩書をお持ちの方で、山口県の下関に住んでおられ、山口県農林水産審議会員など山口県のいろんな役職もお持ちです。「普通の講義だったら、いいお話を聴かせてもらってありがとうございましたで終われるけど、私は山口県に住んでいるし、岩国にも責任を持って関わっていこうと思っています」という力強い言葉をいただいたので、私もこの動きにか関わっていかないといけないなあと改めて思いました。



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