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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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宏二郎展について(芸術の力)

[2012年03月11日(Sun)]
現在旅先ですが、少しの間インターネット環境を借りることができたので、ブログの更新をします。

宏次郎展 in 宏樹庵が3月11日の午後5時で終了したので改めて、宏二郎さんの作品について私が感じたことを書かせてください。

正直言って、私はこの絵に慰められたと言うか、私は、もしかしたらこの絵によって初めて芸術の力を思い知らされたような気がします。

ちょっと長くなるかもしれない話にお付き合いください。

私は、あの震災のことを、あまり語ることを今までしていませんでした。もちろん当事者ではないので、語るべきことがないのは当たり前と言えば当たり前なのです。当事者の大変さなど、もう私の想像力をはるかに超えていて、そのことを考えることすら許されないような気がしていました。

多少の寄付などはしました。それでも、何もできない自分に対する罪悪感のようなものは、例えば、もし、震災ボランティアに行ったとしてもぬぐいきれるものではないと感じていました。

当時、テレビやインターネットで流される恐ろしい映像をみて、どう対応していいのかわかりませんでした。知り合いなどの中には、そういった映像のためにとは最初気付かずに軽いうつ状態になって、ふとテレビなどを見るのをやめて少し気分が落ち着いたことを話していました。

そして、そういったもやもやした気持ちは、決して私の心から離れることはありませんでした。それは、原子力発電所の事故についても同じで、たまたま、原子力発電所の問題をとりあげた映画『東京原発』の上映会の副実行委員長として2010年の3月13日に上映会を行い、近くに建設予定の上関原発の現地も何度か訪れて、個人的には反対の意思表示をしていましたが、あの事故があって、逆に、私は、声を出すことがあまりできなくなっていました。あの事故を、自分の主張に利用するような気がして、何だか前に進めなくなっていたのです(表面的には、以前に比べて、原発反対であることを言いやすくなったのですが)。

例えば、国会の事故調査委員会ができたことや民間の事故調査委員会の報告が出たことを私のブログに取り上げたりしています。しかし、その事故によって被害を受けた人がいることについては、何も触れていなかった。どこか他人事のように書いていたのは、私の中で触れることができなかったからだと、今になって思います。

そして、3月4日、宏二郎さんのあの『火炎』をみて、私の目には少し涙がにじんで、私は変ったのです。

あの絵に描かれた、一本一本のろうそくのように、私たちは、いつ消えてしまうかもしれない本当にはかない存在です。それでも、それぞれかけがえのない光をもって、人と関わったり、時にはけんかをして気まずくなったり、必ずしもいい影響を与え合っているわけでもなく、それでも時にはお互いに助けあったりして、日々を暮らしています。

それで、どうしなきゃいけないとか、これからこうしようとか、そういう明確な確信を持ったわけではなくて、ただ、そのこと、ただ、そこにあること、いることを、あの絵を見て瞬時に実感できて、涙が出てきたのです。

とりあえず、私にできたのは、8日にもう一度宏二郎さんの絵を見に行き、少しだけ宏二郎さんとお話をして、チラシを分けていただき、9日になって、展覧会をできるだけみにいってくださいと身近な人に声をかけることでした(震災のことは、あまり強調しないようにして)。

でも、それで、私の心が少し晴れた気がするのです。あの震災や事故で大変な思いをしている人たちのことを背負うなんてことは、私にはできないし、して欲しいなんて思われてもいない。そんなことは、頭の中ではちゃんとわかっているのです。それでも、もやもやした気持ちが残って、何も語れないでいた私が、少しでも多くの人に、あの絵をみてもらいたいと思って、知り合いを誘うことによって、なんだか、少し救われた気がするのです。他の人に、自分と同じことを感じて欲しいと言う意味ではなくて、あの絵を少しでも多くの人にみてもらうことが、私にとっての救いになるような気がしたのです。

これから、私は一歩前に進めるような気がします。

もちろん、私個人がとどまっていようと、一歩前に進めるようになろうと、多くの人には関係ないし、大勢に影響はないのですが、私にとっては、1年を迎えて改めて報道が多くなってきたところで、あの絵に出会えたことによって、冷静に向き合うことができるようになったことはとても大きいのです。

極個人的なお話に付き合ってくれてありがとうございます。

誘った人が、あの絵を見る前に、こんな個人的な感想を書くことは、それぞれの人がそれぞれの感じ方でみることの妨げになると思われたので、展覧会が終わって書かせてもらいました。

どんな感じ方をするかは、その時のその人の状態にもよるし、考え方にもよると思うので、それぞれとは思います。

でも、できたら、どんなことを感じたか、感じなかったか。身近な人で会う機会のある人は直接聞かせてください。たまたま、このブログでみて、絵をみてくれた人がいたら、簡単でいいのでコメントいただけるとうれしいです。



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