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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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『悩む力』

[2008年07月07日(Mon)]
『悩む力』(姜尚中著、集英社新書、2008年)

夜中に目が覚めて、ちょっと読んでみようかと思ってたら、一気に読んでしまった本。

百年前の激しく変化した時代を直視した夏目漱石とマックス・ウェーバーをヒントに、悩む大切さを説いています。

私にとっては、一種の謎解き本になってしまいました。

というのも、私は、昔から夏目漱石の『こころ』が好きで、何度となく読み返してしまっています。でも、登場人物に対して誰にも私だったらこの人のようにするだろうと思えないのに、なぜ、こんなに惹かれてしまうのだろうと不思議に思っていたのです。その答えの一つを与えてもらったような気がします。

だから、『こころ』について触れてある、第一章の「「私」とは何者か」は、特に私の心に響きました。
そして、最後のほうでまた『こころ』について取り上げ、

 (前略)漱石は、この本で、人がみずから死を選びうる自由についても書きました。が、それよりも、人が他者とのつながりを求める切実な気持ちについて、書きたかったのではないでしょうか。(後略)

と、書いてあり、この言葉に、「そうだったんだ」と気づかされました。私は、あの結末に「なぜ「先生」はもっと早くにちゃんと話して、生きて「私」と親しくなれなかったのだろう?」と思い、なのに、「なぜ、私はこの作品に惹かれてしまうのだろう」と思っていた疑問が、少し解けたような気がします。

そんなことにも気づいていなかったのか、と言われればそれまでの話ですけど。

ところで、この本、かなり売れているみたいで、気づくと、帯が変わっていて、最初の帯にはなかった、上野千鶴子さんのミーハーな感じのコメントが・・・。上野千鶴子さんの本には昔から親しんでいて、それが、最近、『おひとり様の老後』でいきなりブレイクして、この本で上野さんがブレイクするのって・・・と思っていたら・・・。あのコメントって、編集者の悪乗り、それとも上野さんの?

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