「インターネット補完計画」の見直しについて
2010年1月あたりから、このブログの19番目のカテゴリーとして、インターネットの良さが発揮できるように個別の人がよい?発信をすることによって、少しずつ変えていくことを(半分冗談も込めて)「インターネット補完計画」と称して、巨大企業や超絶テクを持った人が、アルゴリズムを適正に調整することによって、インターネットがよりよく力を発揮できるようにする<インターネット補完計画>と対比させて、折に触れて考察してきました。
もともと初期のインターネット信奉者は、インターネットで自由に人と人がつながることによって安易に?民主主義が実現すると考えていたように思えます。それは、1980年代後半に、広島や長崎を訪問するためにアメリカからやって来た当時私と同年代の若者を、短期間受け入れたとき(当時タフツ大学に勤務していた秋葉さんが行っていたアキバプロジェクト)、まだインターネットのことを話しでしか知らなかった私たちに、インターネットが時代を変えていく夢を語っていたことを思い出すと同時に、その後インターネット黎明期の人たちの著作を読んだりして感じたものです。
私自身は紙ベースの通信(はたけにまつわるものや、サークルに関するもの)などを時折作っていて、顔の見える範囲でのコミュニケーション(メーリングリストに参加していたこともありましたが、あくまで顔を知っている人同士のものでした)にしか関心がなかった私が、知り合いから勧められて、2008年にブログを始めることになり、最初のうちは戸惑いながら、長期休止期間をはさみながら、発信し続ける中で、インターネットの効用と恐ろしさなどを実感して、巨人に向かう蟻(アリ)のような覚悟(?)で小さな努力をしていたわけです。
しかし、2020年代前半から急激に発達したチャットGPTをはじめとする生成AIは、人間の脳をかなり簡易にまねっこした仕組みで大量言語モデルを活用しながら、普通に生身の人と会話ができるようになったばかりか、今やインターネット上やサーバー上で行われているやり取りや計算は、最初は人間が発した質問だったにしても、それに関連してコンピュータ同士でやり取りや計算が行われている率のほうが高いのではないかと言われている状況になってきています(そのために、例えばグーグルの使っているサーバーが使っている電力よりも消費電力が少ない国が100か国を超えるし、サーバーを冷やすための水の消費もすざましいらしく、そのことは別問題としてあるのですが)。
もはや、人間の思いを超えて、新しい自然のようなもの、もしくは自然と一体化したものとしてインターネット空間が発展しつつあり、それはアルゴリズムがどうのこうのという話ではなくなりつつあるようです。
言い換えると、もともとインターネットは生身の人間をつなぐことに大きなメリットがあったように思うのですが、そこに計算する機械であるコンピュータがより積極的に(擬人的なのでよくない表現?)混ざってきていて、ベースは人間が作り出したアルゴリズムだったとしても、誰かが調整できるようなものではなくなってきているともいえるのでしょうか。
実は私自身は、生成AIなどの動向には関心を持っているのですが、いまだに使う気になれないので相変わらず自分で文章を書いています。それは、例えばこのブログでは、自分で見聞きしたり体験したりすることの楽しさを、事細かく伝えるというより、それぞれが自分の興味を持っている事で楽しんでほしいという思いで書いているので、私が何かを感じたり思っている、というところを勝手に書いてもらうわけにいかないということもあるのかもしれません(中身としては概略を書いているだけだとしても)。
状況が変わったので、考え直してみたほうがいいかなと思って書き始めたのですが、結局私がやろうとしていることはあまり変わりないのかな。インターネットや生成AIの楽しさ・便利さは時々活用させてもらうけど、リアルな楽しみで自分自身が小さくても新たな発見をしたり、充実した時を過ごすことはそういったものとは別のもので、個別の自分なりのリアルな楽しみを持っているからこそ、生成AIなどが生み出すものも楽しめるような気がします。
私は、それぞれの人が、自分なりに楽しんだり学んだりして自分を伸ばしているという状態が一番大切で、そういった個人個人がつながりやすくなっているインターネット空間の良さを活用することで、それぞれの楽しみをさらに質の高いものにしていく方向にしていきたいんだと思います。
少しだけ話題が変わりますが、最近感心した生成AIの使い方を紹介しておきたいと思います。
私の知り合いの話です。その人は、著作もあり、英語もできるのですが、最近アメリカへ民間交流でプレゼンをすることになり、その内容について、詳細に取材した内容や自分の考えなどを、そのニュアンスを含めて英語にするために、AIとやり取りを何度もすることによってかなり納得できるものになったそうです。英語はできて、読んではいるので、理想的な英文というのはわかるけど、一から作り上げるのにはハードルがあり、それまでの辞書を引きながら考えるのでは時間がかかっていたのが、AIに相談するとすぐにいろんな例を出してくれるので、その中からぴったりくるものを見つけることができてよかったとのこと。生成AIの一つの理想的な活用法だなと感じました。
とりちらかっていて、何を言っているのかわかりにくいかもしれませんが、とりあえず。

にほんブログ村

にほんブログ村
もともと初期のインターネット信奉者は、インターネットで自由に人と人がつながることによって安易に?民主主義が実現すると考えていたように思えます。それは、1980年代後半に、広島や長崎を訪問するためにアメリカからやって来た当時私と同年代の若者を、短期間受け入れたとき(当時タフツ大学に勤務していた秋葉さんが行っていたアキバプロジェクト)、まだインターネットのことを話しでしか知らなかった私たちに、インターネットが時代を変えていく夢を語っていたことを思い出すと同時に、その後インターネット黎明期の人たちの著作を読んだりして感じたものです。
私自身は紙ベースの通信(はたけにまつわるものや、サークルに関するもの)などを時折作っていて、顔の見える範囲でのコミュニケーション(メーリングリストに参加していたこともありましたが、あくまで顔を知っている人同士のものでした)にしか関心がなかった私が、知り合いから勧められて、2008年にブログを始めることになり、最初のうちは戸惑いながら、長期休止期間をはさみながら、発信し続ける中で、インターネットの効用と恐ろしさなどを実感して、巨人に向かう蟻(アリ)のような覚悟(?)で小さな努力をしていたわけです。
しかし、2020年代前半から急激に発達したチャットGPTをはじめとする生成AIは、人間の脳をかなり簡易にまねっこした仕組みで大量言語モデルを活用しながら、普通に生身の人と会話ができるようになったばかりか、今やインターネット上やサーバー上で行われているやり取りや計算は、最初は人間が発した質問だったにしても、それに関連してコンピュータ同士でやり取りや計算が行われている率のほうが高いのではないかと言われている状況になってきています(そのために、例えばグーグルの使っているサーバーが使っている電力よりも消費電力が少ない国が100か国を超えるし、サーバーを冷やすための水の消費もすざましいらしく、そのことは別問題としてあるのですが)。
もはや、人間の思いを超えて、新しい自然のようなもの、もしくは自然と一体化したものとしてインターネット空間が発展しつつあり、それはアルゴリズムがどうのこうのという話ではなくなりつつあるようです。
言い換えると、もともとインターネットは生身の人間をつなぐことに大きなメリットがあったように思うのですが、そこに計算する機械であるコンピュータがより積極的に(擬人的なのでよくない表現?)混ざってきていて、ベースは人間が作り出したアルゴリズムだったとしても、誰かが調整できるようなものではなくなってきているともいえるのでしょうか。
実は私自身は、生成AIなどの動向には関心を持っているのですが、いまだに使う気になれないので相変わらず自分で文章を書いています。それは、例えばこのブログでは、自分で見聞きしたり体験したりすることの楽しさを、事細かく伝えるというより、それぞれが自分の興味を持っている事で楽しんでほしいという思いで書いているので、私が何かを感じたり思っている、というところを勝手に書いてもらうわけにいかないということもあるのかもしれません(中身としては概略を書いているだけだとしても)。
状況が変わったので、考え直してみたほうがいいかなと思って書き始めたのですが、結局私がやろうとしていることはあまり変わりないのかな。インターネットや生成AIの楽しさ・便利さは時々活用させてもらうけど、リアルな楽しみで自分自身が小さくても新たな発見をしたり、充実した時を過ごすことはそういったものとは別のもので、個別の自分なりのリアルな楽しみを持っているからこそ、生成AIなどが生み出すものも楽しめるような気がします。
私は、それぞれの人が、自分なりに楽しんだり学んだりして自分を伸ばしているという状態が一番大切で、そういった個人個人がつながりやすくなっているインターネット空間の良さを活用することで、それぞれの楽しみをさらに質の高いものにしていく方向にしていきたいんだと思います。
少しだけ話題が変わりますが、最近感心した生成AIの使い方を紹介しておきたいと思います。
私の知り合いの話です。その人は、著作もあり、英語もできるのですが、最近アメリカへ民間交流でプレゼンをすることになり、その内容について、詳細に取材した内容や自分の考えなどを、そのニュアンスを含めて英語にするために、AIとやり取りを何度もすることによってかなり納得できるものになったそうです。英語はできて、読んではいるので、理想的な英文というのはわかるけど、一から作り上げるのにはハードルがあり、それまでの辞書を引きながら考えるのでは時間がかかっていたのが、AIに相談するとすぐにいろんな例を出してくれるので、その中からぴったりくるものを見つけることができてよかったとのこと。生成AIの一つの理想的な活用法だなと感じました。
とりちらかっていて、何を言っているのかわかりにくいかもしれませんが、とりあえず。
にほんブログ村
にほんブログ村







