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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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「異次元の少子化対策」って?

[2023年01月07日(Sat)]
ツイッターは2010年から登録しているものの、すぐに自分はつぶやくことがないんだと思ってしまって、もっぱら読む専になっています。

今は、何となく私に近い考え方の人のつぶやきやトピックを眺めるという感じなのですが、その時々のトピックに関する大喜利的なヒット作が時々あるのが楽しみです。

最近秀逸だと思ったのは、

「「異次元の少子化対策」というのはつまり2次元の子を子供として育てようとかそういうことですか」

これについて何か書くのは野暮だし、ややこしくなってしまうのですが、この言葉に触発されて考えたことも含めてちょっと書かせてください。

「異次元の少子化対策」というのは、岸田首相の年始の記者会見の中で話された言葉で、この言葉自体謎ではあります。「異次元」というからには、よっぽどこれまでにない具体的な何かがありそうなものなのに、それに続くのがそれをこれから検討させるというのですからコケそうになります。

この違和感のある「異次元」に突っ込みを入れているところが面白い。昨年ついに日本の年間出生数80万人を割り込んだので、現実でない二次元の世界での子どもを産んで育てた数をカウントに入れれば100万人くらいに回復するかもしれないみたいなね。

二次元の世界での子育てということで思い出すのは「二次元コンプレックス(略して二次コン、英語でもnijikonと言うらしい)」という言葉で、アニメブームが起こって、二次元(平面)の漫画やアニメに恋愛とか性的な感情を抱く人が増えてきて、それを若干揶揄するような感じで1980年代に言われ始めた言葉で、今やもう日本語としては死語になっている感はあります。

しかし、そういう世界はいろんな形で着実に広がっていて、今でいえばメタバースなどのようにバーチャルな三次元的な(時間的なこととかを考えるとさらに異次元なのかも)世界ができ、そこに没入する人も出てきているのでしょう。それ自体は、そういった世界で居場所を見つけて救われている人も一定数いるだろうと思われるので一概に否定することができないばかりか、いい面もあると思われます。

それはそうと、漫画などの人間の創作物を元に、脳内で想像力を働かせて新しい世界を作ることがある意味発展したメタバースの世界では、自分がアバターを使ってその世界に参入することができて、社会もできつつあるらしいので、現実の世界とは別に、そこで結婚して子どもを産んで家庭を作って子育てを行っているということが起こりつつあるのかもしれません。

そのうち、メタバースの中での出生数のほうが、現実の出生数を上回ってしまい、それでいいのではないかという意見も出てくるのでしょう。

それは、ユートピアなのかディストピアなのか?

ほら、どんどんややこしくなってくる。

私としては、今のところ、日々の現実世界のこまごましたことのほうが圧倒的に楽しいので、その楽しさを少しでもこのブログで発信してそういう世界を知るきっかけになればと、思っている次第です。

思わず、久々にインターネット補完計画(CPI)的な記事になってしまいました。


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「シンギュラリティ」は、新しい「ノストラダムスの大予言」なのか?

[2017年06月17日(Sat)]
前の記事に書いた「シンギュラリティ(技術的特異点)」について考えていたら、これってもしかしたら、「ノストラダムスの大予言」みたいなものなのでは?と思いました。

「ノストラダムスの大予言」でピンと来る人は、50歳前後以上の人でしょう。1999年に空から大魔王が降ってきて世界が滅びるというもので、信じる信じないは別にしても、1999年にはこの世界はないのかも、ということが、頭の片隅(結構大きな位置を占めていた人もいるでしょう)にあり続けた人が多かったのではないでしょうか。

1970年代には、公害問題などを背景に、人災的に「ノストラダムスの大予言」が映画化され、子どもだった私もそれを見て、あんな世の中にしないために公害防止をしなければ、と思ったものです。

「シンギュラリティ」も、世の中の大きな転換点が訪れるという点で、似通っており、ただ、パラダイスが訪れるのか、それとも人が機械に操られるディストピアの時代になるのか、両極端な未来予想があるというということと、科学の名をまとっているために、少しばかり信憑性があるような気にさせてしまうのが違っていると言えるのでしょう。

まだまだ認知度の低い「シンギュラリティ」ですが、これから、認知度が増してくるのではないかと思います。そういう点では、これからの若い世代にとって、私たちにとっての「ノストラダムスの大予言」のような、共通の話題になる可能性はあるように思います(映画『ターミネーター』シリーズなどは、ある意味、「シンギュラリティ」以降の世界と今の世界とのことを描いています)。

しかし、冷静に考えると、前の記事に書いた『ビッグデータと人工知能』に書いてあるように、けっこうトンデモ話なことは機会があるごとに言うようにしなければと思っています(悪意のあるなしにかかわらず、それを喧伝することによって、思考停止社会に拍車をかけて、特定の人の利益につながる可能性があるからです)。

それよりも、高度な技術なので一般にはわかりにくいため、本当の意味で人工知能が社会のために活用できるように、技術者やその周辺の人が人工知能のことについて分かりやすく社会に説明していくとともに、私たちも、関心を持って、ちゃんと意見を発信して、適切な方向で技術開発が行われるように気を付けていかなければならないし、前の記事に書いたように、西洋追随でなくて、日本にこそ独自の役割があることを認識していかないといけないのではないでしょうか。

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ポインター(カーソル)が勝手に動いて困る件(インターネットも案外役に立つよ、的な話)から、「インターネット補完計画」の話へ

[2017年04月20日(Thu)]
家で使っているノートパソコン。
1、2年前にハードディスクが壊れてしまって、Windows9(のちに10に強制アップグレード)のものに買い換えてから、これまでにも増して、カーソルが勝手に別の位置に動いたり、文章を選択してしまっていて、次の操作をすると文章が消えて困っていました。

解決策をインターネットで調べたら見つかるだろうなあと思いながら、そのたびに、元に戻る(undo)にして復旧したりして何とかやり過ごしていていました(人に聞くほどでもないし)。

しかし、だんだんストレスがたまってきたので、昨日遂に、インターネットの助けを借りることにしました。

すると、やはり、というか、それで困っている人が多くいるようで、「カーソルが勝手に動く」で検索すると、解決策があっさり見つかりました。うすうすそうだとは思っていたとおり、キーの手前にあるタッチパッドに埃がついていたり、知らずに触ってしまっていることが主な原因のようで、マウスを使っているときには、タッチパッドの操作を受け付けないようにデバイスマネージャーで設定してやることによって解決しました。

その方法が(ほかの原因の場合も含めて)、細かく載っていますので、同じように困っている人は、検索してみてください。

このように、多くの人が困っているテクニック的な問題解決は、インターネットの得意とするところで、適切な検察ワードで検索(検索ワード候補も出てくる)すれば、一発で解決します。

しかし、逆に言えば、それに近い問題でも、少しマイナー(困っている人が相対的に少ない)問題の場合は、大多数が感じている疑問の解決方法がまず大量に出てくるため、その山に覆い隠されて、見つけるのが難しくなってしまいます。

この問題に関する解決策の一つとして、グーグルは、「強調スニペット」といって、ある問題について、信頼性が高く多くの人に役に立つと思われる記事を最初に囲み記事として持ってくるという方法を機械的(プログラム的)に提供しています(「強調スニペット」については、2017年2月2日の記事「グーグルの検索結果のレイアウトの変化」に少し書きました)。

ここで、少し話題が変わってしまいますが、

もう少し、人を介することによって、その問題を解決する方法はないものか、というのが、私がテーマの一つにしている「インターネット補完計画」の課題の一つなのです。単純なイメージで言うと、それぞれの問題についてその道のスペシャリストが連携している緩やかなグループのようなものがたくさんあり、インターネットがそのグループと個人を仲介することによって、問題解決に持っていく。

これは、例えばYahoo!知恵袋のような、公開質問・回答サイトみたいなものが部分的に実際にやっていることだったりしますが、まだまだ、個人と個人の仲介にとどまっていて、量ばかり膨大なものになり、しかもくだらない?問題が増えていたりするような気がします。

と、書いたところで、Yahoo!知恵袋のことが気になって、調べてみると(短時間なのでちゃんと調べきっていないのですが)、Yahoo!知恵袋も結構進化していて、いい答えをする人の知恵を取りまとめる仕組みがあったり、いい答えに対してポイントがつくとか、将来的にはそのことによって買い物ができるようなことを視野に入れている雰囲気が感じられます(ヤフーで買い物してもらって、ヤフーが儲かるという意図があることは別問題として)。

あっ、ちょっと話の収拾がつかなくなってしまいそうになってきたので、一旦やめます。

ただ、今回の問題に戻って考えてみると、あのタッチパッドというのは、どれくらいの割合の人が使っているのでしょうか(実は多くの人が使っていたりして)?そのパッドに、良かれと思っていろいろな機能を盛り込んでしまっている(ワードなどのソフトもそれに連携しようと多機能になっている)ために、マウスを使って普通に文章を書ければいいという私などにとっては、誤作動が起こって困るだけ、という基本的な問題も気になってしまいます。

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インスタグラムがヴィジュアル性の高いものに人々を集中させることについて

[2017年04月07日(Fri)]
2010年10月に始まったインスタグラム。

私自身は2014年に始めて、面白い画像や、伝えたい画像が撮れたときにぼちぼちアップしているようにしていて、使っているSNSの中ではこのブログに次いで2番目に活用しているものになります(ブログに比べると圧倒的に使用頻度は少ない。ラインは、日常的な連絡に使ってはいますが、グループではほとんど使っていないのでSNSと言えるのかよくわかりません)。

写真好きの私にとってインスタグラムは、1枚の写真で伝えられることがあるだろうか、とか、伝えたいことがうまく1枚の写真に納められるだろうかということを考えるきっかけになっているので、時々、これはインスタグラムにアップしてみようか、という気になるのです(現在77枚の写真をアップ)。

いろいろな技術というものは、そのアイデアを考え付いた人の意図や、実際にそれを設計していく人の意図などとは別のところで、活用・発展していくことはよくあることで、特にSNSのように、多くの人が直接・間接にかかわるものについては、そういう部分が大きくなるように思います。

携帯に付いているカメラで撮った写真をアップするだけ(より細かくは、ハッシュタグをどのようにつけるかなどあるでしょうが)という手軽さから、多くの人が参加していて、世の中を、四角い画面におさめたときの美しさや見栄えの良さで見るという傾向をどんどん強めているようです。

実際、朝のバラエティ番組などでは「インスタ映え」するかどうかということがよく取りあげられます。

世の中を観るときの一つの基準として、みんなが共有して来つつあるというか、悪く言うと重くのしかかって来つつあると言えるのかもしれません。

ヴィジュアルというものが、物事の、表面的なごく一部であるにもかかわらず、そこに多くの人が多くの時間を費やしている。

かつて、世の中にあふれるヴィジュアルの多くを創り出す人が、雑誌の編集者やカメラマンなどごく一部の人に限られていたことを考えると、大衆化という意味ではいいのかもしれませんが、昨日の記事で触れた「情報習慣病」ともかかわって来て、少し悩ましいような気もします。

いろいろな感覚の中で、視覚というものが大きな位置を占めている現代にあって、インスタグラムはその象徴ともいえる現象という気がして、今後も考察を続けていきたいテーマです。

170407インスタロゴ.JPG

私がインスタを始めたころに、たまたまもらったロゴマークシール

追記:私がインスタグラムを始める直前に、インスタグラムについてどんなことを考えていたかということについては、2014年5月17日の記事「インスタグラムについて考える」をご覧ください。

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グーグルの検索結果のレイアウトの進化

[2017年02月02日(Thu)]
調べものにどうしても使ってしまうグーグルの検索結果は、少しずつ進化していて、かねてより気になっています。

以前は、スポンサーサイトと言って、広告料を払って特定の検索をしたときに検索上位に来るように契約しているサイトについては、特にスポンサーサイトであることは書かずに背景に薄い色がついていて上位に来ていたように思いますが、その後、(苦情か要望が出たためか)バーで区切って、スポンサーサイトであることがわかるように右肩部分に書かれるようになったり。そして、そのスポンサーサイトが、通常の検索結果を上下で挟むようなレイアウトになったり。下のほうに、関連するキーワードが表示されるようになったり。

以前から、「番線とは?」という私の記事がなぜだか比較的よく見られていることが気になっていて、最近、「番線とは」で検索してみると、その私の記事が、一番上に来ていてしかも、薄い線で枠取りされ、記事の抜粋と写真が最初に配置され、下に記事のタイトルとブログ名書かれるなど強調される形で表示されているのです。

1701強調スニペット.JPG

もちろん、私は、「番線とは」で検索したときに上位に来るように広告料を支払ったりはしていません。

この表示は何だろうと思って、囲みの右下にある「この結果について」という部分をクリックしてみると、「強調スニペット」というものだと書いてあります。どうも、よく検索されたり、役に立ったり、いろんな条件を満たしていて、検索した人にとって上位に来ることが望ましいサイトを強調する形のようです(当然、勝手に自分記事を「強調スニペット」にすることはできません)。

グーグルのことですから、手作業で行っているわけではなくて、プログラムを組んで自動的に作られているものでしょう。グーグルは、広告収入が大きな財源でしょうから、できるだけたくさんの人にグーグルのサイトを見てほしい(グーグルで検索してほしい)ので、検索した人が見やすい、役に立つレイアウトになるように常に工夫をしている。あまり役に立たないただ面白おかしいだけのサイトが上位に来たのでは困るわけで、それは、グーグルにとっても検索する人にとっても理想的です。

改めて、検索結果をよく見てみると、検索ワードに関連するニュース記事が途中にまとめられていたり、関連する画像がまとめられていたり、どんどん工夫されたレイアウトになっているのが興味深い。

それにしも、疑問のままなのは、どうして、私の「番線とは?」という記事が「強調スニペット」されたかです。現時点での私の予想は、番線というのは、多くの人にとってはあまり関係のない言葉です。しかし、マイナーであるがゆえに仕事上とか趣味の分野で気になる人が一定程度いて、しかもマイナーであるがゆえにそんなに記事がたくさんないため、ちょっと違った視点で書いている私の記事が注目されているということでしょうか?

気になって、いくつかの言葉を検索してみたのですが、単純な言葉の場合は、ウィキペディアの記事が「強調スニペット」されている例が結構見られました。まあ、ウィキペディアは前から検索上位に来ていたので当たり前といえば当たり前なのですが、少し面白みがないような気もします。今後、グーグルが、単純にはウィキペディアが「協調スニペット」にならないようにプログラムを考えるのかどうか気になるところです(検証することは難しいでしょうが)。

それより先に、きっとよりわかりやすくて役に立つ新しい検索結果のレイアウトをつくるプログラムを考えるのでしょうけど。

半分以上は、自慢の記事になってしまいました。

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追記:その後、しばらくして改めて「番線とは」でグーグル検索すると、私の記事は、上位には来ているものの、協調スニペットではなくなっていました。一時的なものだったのか、また復活することがあるのかはわかりません。

インスタグラムの最近の使い方

[2014年10月10日(Fri)]
調べ物をしたりするほかで、私のインターネットへの参加は、ブログがあくまでメインという前提で、その他の今現在の関わりを書いておきます。

ツイッターは、かなり前(2010年2月)にはじめたのですが、13回つぶやいてそれっきりになっています。時々フォローしている人などのつぶやきを見るくらいです。時々なので、チャンスを逃すことしばしば。ツイッターは短すぎてどうも、性に合わないようです(比較的私の関心に近いテーマがあって、百数十字くらいの制約があったりするのは、楽しいので、オリンパスのホームページにあるブログにコメントするのは楽しく続けています。なので、字数だけの問題ではないのでしょう)。

フェイスブックは、相変わらず友達登録はお断りしていて(インターネットの世界で友達を作る気がないのと、フェイスブックの中で友達にする基準が自分の中にないので)、「いいね!」を押すためだけに参加しています。時々好きなものを登録したりはしています。

それに比べて、今年5月にはじめた、写真を投稿するインスタグラムは、私自身がもともと写真を見るのも撮るのも好きなので、意外とぼちぼち投稿したりしてます(頻度はそんなに多くない。どういう写真を投稿するかというのは、けっこう迷います)。

便利だなと思うのは、面白いものを見たりしたときの写真をアップしておくと、スマホで知り合いにすぐ見せることができるという点。
というか、これが主な利用法となっているような。

そういえば、たまたま知ってフォローしているモデルの石田ニコルさん(岩国市出身)のフォロアーが最近10万人を越えて、本人も一つの目標だったようで喜びのコメントをインスタグラムの中で書いています。10月初めに出演したガールズアワードというファッションショーでの一風景でしょうか、モデルの佐々木希さんとの写真がアップされたりしているのですが、全然負けてないではないか、と思うのは岩国びいき?(比べるものではない?)

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本やCDにサインをしてもらうことについて

[2014年06月21日(Sat)]
私はもともとは、本などにサインをしてもらうのがあまり好きではありませんでした。
何だか権威主義的というか、その人をまつりあげているような感じがして。

しかし、最近は、いつもではないのですが、著者などから買うときには、できるだけサインをしてもらうようにしています。

それは、なぜかというと、そのときに言葉を交わすことができるし、大体はその人の話を聞いた後だったりするので、そのときのことがより印象に残り、サインを見ると、そのときのことを思い出したりして、考えていたことが次の段階に進んだりすることがあるということを何度も経験したからです(もちろん、あまり面白くなかった場合には、本も買わないだろうし、サインももらいません)。

サインは、言わば、その時、そのにいた人たちによって残された1回性の実物の痕跡で、アナログなものの典型とも言えると思います。

実は、そういうことこそ、心の中に残るのですよね。そしてそれが、心に残ることによって何か(次の考えとか、知り合いの知り合いとか)につながっていく。

デジタルな機器は便利ですが、一つ一つの作業には時間がかからず(小さな作業の積み重ねになるので、結果としては多くの時間が費やされますが)どんどん流れていって過ぎ去ってくイメージがあります。

それぞれ特徴や特性があることですから、うまく使い分けていけるといいなと思いますが、アナログの良さが、大量なデジタル情報に押し流されてしまいがちなので、気をつけて伝えていかないと、と感じる今日この頃です。

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『色で見わけ五感で楽しむ野草図鑑』について(インターネットの効果)

[2014年06月12日(Thu)]
植物の名前を特定するのに、これまではインターネットに頼っていたけど、植物図鑑を買おうと思って、インターネットまたま刊行されたばかりの『色で見わけ五感で楽しむ植物図鑑』を購入し、実際読んでみると、とても楽しい本だったのでこのブログで紹介しました。

その後、著者の高橋修さんがホームページを持っていて、ブログもほぼ毎日書いていることを知り、早速遊びに行ってみたら、植物にまつわる話題が満載でなかなか興味深い。

ホームページにメールフォームがあったので、私のブログで簡単に紹介させてもらったことや、野草に関して気になったことを質問してみたりしました。

翌日には、メールが返ってきて納得できたりして、ますます野草の観察したくなりました。

今まで全く知らなかった人と、ちょっとしたきっかけで簡単にやり取りすることができることによって、さらに意欲が高まったりと、インターネットは活用次第で、とても役に立つものだなあと実感。

私の場合は、本を読んで、感心したり感動したりしたことを伝えたくて、メールがわかるとついついメールしてしまうのですが、よほどの有名人でない限り、結構早い段階でメールの返信があって、そのことに対する印象が強くなったり、ますます考えが進んだりします。

もちろん、本を選ぶ段階から気を使うので、こんな本は読むんじゃなかった、というのは珍しのですが、たまにはそういうこともあります。そういう否定的な場合は、メールをすることはありません。実際世の中には、自分がつまらないと思う本の方がむしろ多いわけで、そういうのは自分の選ぶ目が悪かったんだな、とあっさり忘れることにしています。

知らない人に、メールで否定的なことを書くと、お互いストレスが溜まるだけだからです。

以前にも書きましたが、インターネットを介して知らない人(知っている人の場合でも)とコミュニケーションを図るときは、いいことも悪いことも強調されてしまう可能性が高いようです。

それは、直に接したりする場合には感じることのできる、相手の表情や感情の機微といった他の情報が、感情を和らげてくれる場合が多いし、その場で、お互いにある程度やりとりしていくことで修復できるのに、インターネット上では言葉だけのやり取りがリアルタイムでできてしまうのにそういうことがしずらく、自分の中だけでいろいろと考えてしまうからだと思います。

だから、例えば、フェイスブックなどに「いいね!」ボタンしかないのは、そうしないと大変なことになる、という面もあるのでしょう。

しかし、それは、インターネット上の話で、実際の世界で、知り合いなどと、いい面も悪い面もある程度ぶつけ合って、その場で修復しながらやっていくというベースがあって、たまにインターネット上ではいい面を伸ばし合うというのが正しいバランスなのではないかと思うのです。

インターネット上だけで、「いいね!」を言い合うだけの関係がメインになってしまうと、本当は持っている感情面の負の部分が出て行く場所がなくなってしまって、そういう部分の処理の仕方さえわからなくなって、時に暴発してしまうことがあるのではないか、と思います。

インターネットは、あくまでリアルを補完するものであって、インターネットを補完するためにリアルがあるのではないのです。そんなの、当たり前でバカバカしいと思う人も多いでしょう。しかし、振り返ってみて、いかがでしょう?

表面的に面白いものがあったときに、「これフェイスブックに使える!」と思って、フェイスブックにアップすることだけに集中してしまい、実際にリアルにそのことを楽しむことを忘れてたりしません?(極端な例として)

自戒も含めて。

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村夏至を探せ!

[2014年05月28日(Wed)]
多分、どうでもいい人にはどうでもいい(多くの人は気にしていないみたい)けど、私にとっては気になる話(なので、できたら多くの人に気にしてほしい)。

私は、インターネット上では顔出しは避けていますし、他の人に関しても通常は個人が特定できる写真を掲載しないように気をつけています(特に子どもなど)。

それは、インターネットという不特定多数が見ることのできる環境では、本人に不本意な形でその画像が利用されたりすることを避けることができないからです(モノや風景など人格を持っていないものについては、訴える人がいないのでそういった悪用をされる可能性が低いと思われます)。

例外は、演奏家やパフォーマーなどのように、独自にホームページを持っていたり、顔を出すことが自分の生業と直結していてそれなりの覚悟を持っている(賞賛や批判を受けてもそれを芸の肥やしと考えて進むことができる)と考えられる人で、そういった人であっても、私の場合は、一応自分のブログに掲載していいかを本人に聞いて了承を貰って出すようにしています(自分がコントロールできないところで自分の画像が出るのを嫌う人もいると考えられるからです)。

しかも、ブログに掲載する写真については、写真に写っている小さなものを拡大してみてもらいたいなど特別な場合を除いて画像としては小さな解像度にして、拡大するとよくわからなくなるような程度のものにしています。これは、インターネット上で見る程度なら解像度が低くても実質的に問題がないというのと、容量を小さくしてサーバーの負担を減らすためと、一応は著作物である写真が、自分の知らないところで利用されることを避けるためです(私は基本的には自分で撮った写真しか掲載しない)。

私の場合は、自分を描いてもらったイラストは掲載していますので不思議に思うかもしれません。実は、イラストというのがいいなと思うのは、リアルに知っている人にとっては、自分のイメージを伝えることができて、リアルに知らない人にとってはそれによってリアルな顔を特定できないという点です[なぜ、そうなのかについては結構興味深いテーマで、イメージとリアルとか、イラストを描くという行為(人が介すること)によってイメージがより明確になるのはなぜか、といったことになりますが、これは、また別記事で考察したいと思っています]。

また、前置きが長くなってしまいました。

5月25日に開催された「高森クラフトガーデン」で、高森チンドン隊が島小(しまぐわ)とコラボして、「上を向いて歩こう」を演奏している様子が、いかにもチンドン隊のリーダーといった奇抜な格好をしたリーダーの演奏動画によって紹介されていて、その中に私の姿がチラッと映っているのをたまたま発見してしまったのです。

少し前の記事に書いたように、このとき、高森チンドン隊のメンバーに誘われて、私も後のほうで演奏していたので、結果として動画の最後に、右下に出ています。

まあ、今回は本当に少しなのでいいことにしましょう。

実はそれよりも、私にとって大きいのは、私の鼻笛演奏のインターネットデビューになってしまっていることです(まあ、これもどうでもいいことといえば、いいことなのですが)。

このとき、鼻笛の演奏は多分10人以上で行なっているのですが、私は日頃高めの音で演奏の練習をしていて、この時はぶっつけ本番で演奏しているので、全体で演奏している低目の音は出しにくかったため、1オクターブ高い音で演奏したのです。

結果として、私一人が高い音で演奏しているため、私の鼻笛の演奏がフィーチャーされている形になっているのです。

もう少し練習してから、正式にyou tubeにデビューしようと考えていたのですが、一足早くデビューしてしまいました。もし興味のある人がいれば、高森クラフトガーデンのフェイスブックの中に、シェアされている動画がありますのでご覧ください。

もっとうまくなってから正式デビューする予定です(あくまで予定)。

この記事って、もしかして、高森クラフトガーデンのフェイスブックを見てくださいっていう宣伝?(それとも、行事の告知には、フェイスブックがいいですねという例のお知らせ?)いえいえ、本題は、ネチケット(インターネット上のエチケット)のお話です。

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私のSNS(ソーシャルネットワーク)履歴のまとめ(2014年5月現在)

[2014年05月20日(Tue)]
近年パソコンやスマホ上でのコミュニケーション手段としてますます広がっているSNS。

アナログなコミュニケーション手段としては、挨拶、握手、ハグ、会話、手話、のろし、ジェンベ、アルプホルン、ホーミー、メガホン、手旗信号、手紙、モールス信号、電話などいろいろとあり、それぞれの特性があってそれ自体の向き不向きと、使う人にとっての向き不向きがあります。

そして、今ではデジタルなコミュニケーション手段として、メールやスカイプなどといったものの他に、SNSが盛んになってきています。

私の場合、SNSについては、なんとなくはじめたというより、何らかのきっかけがあってはじめているので、そのことをまとめてみましょう。メーリングリストなどは正確にはSNSに含まれないかもしれませんが、大きな意味で、複数の人がコミュニケーションを取れるものということで、私が実際に使っ(た)ているものを時系列で書いています。

メーリングリスト(時期不詳)
私が所属している研究会のなかで、研究を進めていくためにメーリングリストを立ち上げることになり、参加していました。しかし、参加メンバーの関心領域が多岐にわたり、同行をフォローしきれなくなったことと、十数名の知り合いのみの参加だったにもかかわらず、ちょっとした言葉の行き違いで、不穏な雰囲気になったりしたこともあり、自分的には、やはり、研究に関しては1人で進め、検討するときは実際に顔を合わせる場で行うほうが効率がいいと感じたので脱退。

掲示板(2007年4月〜)
大学の同級生どうしで、近況を報告しあったりするために2007年4月に立ち上げてくれたので参加(パスワードがあり、他の人は入れません)。これはとてもありがたい。おかげで、久々に会えたり、近況を知ることができたり。たまに行なう実際に集まって句会に、メールなども併用しながら、この掲示板で参加してもらったりと楽しさを倍増させてくれます。年齢的に、親の介護など重たい話題もありますが、同年代ならではで、共感しあえる。

ブログ(2008年6月〜)
私自身は、大学時代から、通信的なものを出すのが比較的好きで、サークルの通信などを(もちろん紙ベースで、当初はボールペン原紙などを使った印刷で)作成したりしていました。
はたけにまつわる話しを「はたけ通信」として書いていたとき、知り合いからブログはやっていないのかと言われ、当時、日本財団が比較的公益性を重視したインターネットサービスを行なっていることを知り、そこでならブログをやってみてもいいかもと思って2008年6月にはじめました。長期書かない時期もあったりしながら、現在に至るまで続けています。
私にとっては、これが一番合っているようです。自分でぼけ突っ込みするような部分もあり、コメントはあまりもらえませんが、着実に読者はいてくれているようです(現在のアクセス数は、1日あたり、100人、1000ページビューから200人、2000ページビューのあたり)。

ツイッター(2010年2月〜)
ツイッターについてはあまりつぶやくことがなさそうなので関心を持っていませんでしたが、2010年2月、国際宇宙ステーション(ISS)の中にインターネット環境があり、宇宙飛行士がツイッターをしているということを知り、地上の管制官としかコミュニケーション取れないと思っていた思い込みが覆され、宇宙飛行士のツイッターを読むために登録。自分のツイートは13回でストップするも、宇宙飛行士と知り合いと回文21面相という回文投稿ツイッター(下ネタが多くてそれはそれで楽しく、それ以外に時折秀逸なのがある)などをフォロー現在に至る。毎日チェックすることはなく、時々思い出したようにまとめて読むので、旬な情報をのがすことしばしば。

フェイスブック(2012年3月〜)
フェイスブックにもあまり関心がなかったものの、マスキングテープに関心を持つようになり、マスキングテープに「いいね!」を入れるために2012年3月に登録。ただし、友達登録に関しては、リアルな友達に限定するにしても、この人は登録するけどこの人は登録しないとかの区別ができないし、登録した人の細かな情報が流れてきてもとてもフォローしきれないので、友達登録をしないことを自分のフェイスブックの中で説明していますが、時々、友達申請をしてくる人がいるので、その場合はお断りのフェイスブックメールを返すことにしています。
というわけで、いいなと思うホームページや記事などに「いいね!」を入れたり、好きな本や映画を追加したりするくらい。
(イベントの告知にフェイスブックがよく活用されていますが、フェイスブックに適したいい活用法だと思います。)

インスタグラム(2014年5月〜)
インスタグラムについては、最近の記事に書いたとおり、2014年5月5日に、WWIM9 IN IWAKUNIというインスタグラムのイベントが5月18日に岩国で行われることを知り、そのイベントで最初の投稿をするために登録。これからどう活用するかは、ある程度前の記事に書いてありますが未定。

私の性格からして、こまめではないので、マイペースでできるブログが一番あっているようです(ブログはSNSとは言えないのかもしれませんが)。

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