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MI ジャーナル

―はたけと芸術を楽しみつつ、仮説を立てながらいろんな人と協働して問題解決を図り、子どもとともによりよい社会を目指していきたい、そんなことを考えている人のヒントになりたい―


キーワードは、農業(はたけ)・仮説実験授業・楽しさ・子ども劇場・芸術文化・冒険遊び場(プレイパーク)・チャイルドライン・協働などなど(ただし、私の中でつながっているだけで、それぞれに直接的な関係があるわけではありませんので、誤解のないようお願いします)


「MI ジャーナル」とは、Micro Intermideate Journal(マイクロ・インターミディエット・ジャーナル)。元のタイトル「農芸楽仮説変革子ども」は私の関心領域のキーワードをつないだだけだったので、2010年3月3日より、私の日々の情報発信という意味で、MI(村夏至)ジャーナルとしたのですが、2014年9月4日から、MIの意味を変えて、小さいながら何かのきっかけや何かと何かをつなぐ内容にしたいという意味の名称にしました(詳しくは、カテゴリー「21MIジャーナル」をご覧ください)。

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『アジア発酵紀行』

[2024年04月09日(Tue)]
『アジア発酵紀行』
(小倉ヒラク著、2023年、文藝春秋)

2403アジア発酵紀行.JPG

発酵デザイナーとして古くて新しい発酵に関する普及啓発活動を行い、『発酵文化人類学』や『日本発酵紀行』などの書籍も出版している著者が、「糀」(こうじ)の起源を求めてアジアの旅に出ることになるのだが、若かりし頃バックパッカーとして世界を旅していたからこそと思われるディープなものに。

日本の文化は中国南西部の雲南省だといわれることを私も聞いたことがあるような気がします。最初の舞台がそこで、高度差もある様々な環境の中で育まれた味噌や焼酎などを実際に作る現場を訪ねたりして、厳しい環境の中で保存や栄養を取るために発酵が活用されていることを解き明かしていきます。

中でも、お茶の古木から作られるプーアル茶については、お茶席で飲む機会があって興味深かったことを記憶していて、その地方では、それぞれがお茶を持ち寄って、ざっくばらんに楽しむお茶会が開かれているという話が面白かったです。

そして旅はむしろそこが始まりで、そこから民族紛争が勃発しているインドへとたどり着き、発酵文化を守るためにインド社会からはずれて森の中で暮らす人々の中に糀の起源があることを探り当て、その驚きの歴史と文化を紹介してくれています。


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『センス・オブ・ワンダー』

[2024年04月05日(Fri)]
『センス・オブ・ワンダー』
(レイチェル・カーソン著、森田真生 訳とそのつづき、2024年、筑摩書房)

2403センス・オブ・ワンダー.JPG

素敵な装丁とイラストの本で、個人的にもとりわけ思い入れを感じる本です。

というのも、訳とその続きを書いている現在京都在住の森田真生さんは、数学も音楽のように楽しみ事としてみんなを集めてお話をしてもいいのでは、という発想のもと「数学の演奏会」というイベントを全国各地で開催しており、周防大島での演奏会を聴きに行ったりしていたのですが、コロナ禍でそういうイベントが開催できなくなる中、「生命ラジオ」という週1回1時間程度のインターネットによるラジオ配信を、元銀杏BOYZのギタリストで周防大島に移住してきた中村明珍さんが聞き役となって2020年から始めることになり、これからの時代にどう生きていくのかといったことなどについて人や本などと接しながら考えていることを発信し続けていて、私は当初から拝聴させてもらっています。

この本自体は、70年前に世界的に環境問題を考えるきっかけとなった『沈黙の春』という本を書いたアメリカの水産生物学者のレイチェル・カーソンさんが、幼い甥っ子と自然の中で過ごしたことを描いた未完のエッセイである『センス・オブ・ワンダー』の新訳をしてほしいとの提案された森田さんが、すでに邦訳もある中、まずは原文を読んで刺激され、ちょうど自分の子どもが小さかったため、自分と子どもと自然とのかかわりを『センス・オブ・ワンダー』の続編的にPR誌「ちくま」に「僕たちの「センス・オブ・ワンダー」」として書き始め、紆余曲折あって、結果として、「センス・オブ・ワンダー」の新訳に、その続きを書き加えるという変則的な本になったものです。

「センス・オブ・ワンダー」の新訳部分は、何度も訳しなおしたものの、最終的には原文にできるだけ忠実に訳されているため、英語独特の言い回しが残る、原文が感じられるような訳になっています。

そして続編となっている、森田さんと子どもと自然とのかかわりで、おこなったり感じたり考えたことについては、ここ2年くらい毎週配信の「生命ラジオ」の中で森田さんが語っていたことの一部が凝縮されており、「生命ラジオ」自体は、平日の昼間の配信だったので、基本的にはアーカイブで何度も聞き直した内容だったため、読み進むたびに、森田さんの肉声がよみがえるような心地がして面白かったです。

翻訳とは、効率の悪い読書であり、また翻訳とは新たに書くことであるとも言われているらしく、この本は、丁寧に逐語訳を行い、その上でそこから新たな書き物が生まれるということを、きっちり分けつつ、一つの本に仕上げた形になっています。

そういった、一つの本ができあがる過程も含めて知ることができたという意味でなかなか感慨深いものがあります。

環境問題などについて、今私たちが足元からできることについて70年の時間の隔たりを経て、あらためて考えさせてくれる内容となっています。


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『つながりの哲学的思考―自分の頭で考えるためのレッスン』

[2024年03月27日(Wed)]
『つながりの哲学的思考―自分の頭で考えるためのレッスン』
(米山優著、2022年、ちくま新書)

2402つながりの哲学的思考.JPG

哲学するとは〈善く生きることに深く関わる知恵を愛すること〉と考え、それを「つながり」をキーワードに考えていこうとする本書は、近代の哲学者を中心話題にしつつ、フランス近代の哲学者 オーギュスト・コントさん(1798〜1857)の考え方を中心に、現代に生きる私たちの問題につなげていこうとしているようです。

私自身は哲学的なことを考えるのは好きなような気がしますが、哲学をきちんと学んだわけでもなく、コントさんのこともほとんど知らないので、彼が学問を6つ(数学、天文学、物理学、化学、生物学、社会学)に分類して、序列をつけていたというのは面白かったです。

「推論」を教えてくれる数学、「観察の術」を学ぶ天文学、「実験の策」を教えてくれる物理学、化学、生物学と順番に学んでいたることができる社会学を精度は低いが、相互のつながりとともに、総合的に考えなければ意味がないために「高級な研究」と位置づけており、経済学などは、計算できる部分だけを取り出して研究しているので学問として認められないと考えていたらしいのです。

とは言え、進歩主義的?な考えがあったためか、西洋中心の考えであったり、社会学の次に第七の学問として倫理学を構想したり、晩年には、人類教という宗教を考えるようになったりと、ついていけない面もあるし、現代とどうつながるのかというのは私にはわかりにくかったのですが、一つの考え方として興味深く読むことができました。


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『発達障害当事者研究 ゆっくりていねいにつながりたい』

[2024年03月14日(Thu)]
『発達障害当事者研究 ゆっくりていねいにつながりたい』
(綾屋紗月+熊谷晋一郎著、2008年、医学書院)

2402発達障害当事者研究.JPG

何度も書いてしまいます。医学書院から現在40冊以上出版されている「シリーズケアをひらく」は面白い(まだ数冊しか読んでいませんけど)。

この本は、アスペルガー症候群当事者と自認する綾屋さんが、友人である脳性まひ当事者で小児科医である熊谷さんと語り合うことで綾屋さんが個人的に感じている世界を丁寧に書き起こしてくれています。

身体内部からの情報がありすぎて、例えば「お腹がすいている」という状態であることをまとめ上げるのが大変で、しかもそれを解決するために何をするかという選択肢から一つに絞り込むのも大変。さらに外界から五感を刺激してくる情報も飽和状態で、商品などが語りかけてくる。人と対話していると、勝手に身体が相手の所作を真似してしまい、自分の自然な振る舞いが妨げられてしまう。極端な例では、同行していた障害者に対する相手の差別的な所作が自分に乗り移ってしまい、いろんな意味で傷ついてしまう。本当に幼いころ、自分の存在を確かめる手段として?言葉や質問を、声帯がおかしくなるほどしゃべり続け、医者からしゃべることを止められ、しゃべることが難しくなったが、大学生になって手話を知って、自分の会話手段としてぴったりだと思うようになった。などなど、自分との違いが大きかったり、そういうことわかるなあと思ったり。でも、程度の違いこそあれ、誰でもが感じることでもあるような気もします。

そしていかに自分が、いい加減(よい加減?)で日々を過ごしているかということにあらためて気づかされてしまいます。

こういうことって、もっと一般に知られていいと切に思います。


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『チョコレートで読み解く世界史』

[2024年03月03日(Sun)]
『チョコレートで読み解く世界史』
(増田ユリヤ著、2024年、ポプラ新書)

2402チョコレートで読み解く世界史.JPG

チョコレート好きなので、時々チョコレートに関する本は買ってしまいます。赤道近くの地方で取れるので、もともとは飲み物としてしか活用されていなかったものが、「大航海時代」にヨーロッパにもたらされて固形のチョコレートが作られるようになったこととか、カカオ豆に含まれている油脂の融点が28℃前後なので、口の中の温度でちょうど滑らかに溶けることだとか、その油脂の結晶のさせ方によって溶けやすさなどが変わることとか、カカオは日差しに弱いことなどのためいろんな植物と混植されて育つことだとか、いろいろもう少し詳しく知りたいなあと思うことが結構あります。

というわけで、私はどちらかというとチョコレートに関する科学的な部分により興味があるわけです。

この本は、チョコレートを切り口に、ヨーロッパの、特にキリスト教史を見てみようという趣旨で、一章分丸々ヨーロッパのキリスト教をメインにした歴史だけ書かれている部分もあったりするのですが、最初は貴重なもので薬的に使われたり、貴族しか食べることができなかったこと、プロテスタントやカトリック、また、ユダヤ教とチョコレートのかかわりや牛乳生産が盛んだったスイスでミルクチョコレートが作られるようになったことなど、雑学的に興味深く読むことができました。

私自身、歴史のことはあまり詳しくないので、こういったいろんな切り口(書く人によって強調する点や取り上げるところが違ったりする)での略史を少しずつ読むのは参考になります。

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『シンクロと自由』

[2024年02月19日(Mon)]
『シンクロと自由』
(村P孝生著、2022年、医学書院)

2402シンクロと自由.JPG

40冊以上出版されている「ケアを開くシリーズ」の一冊で、私はまだ数冊しか読んでいないのですが、このシリーズはなかなか深くて面白い。

「本シリーズでは、「科学性」「専門性」「主体性」といった言葉だけでは語りきれない視点から《ケア》の世界を探ります」と書いてあるのですが、まさにそんな感じです。

この本は、長年特別養護老人ホームに務め、現在は所長をしている村Pさんならではの実感のこもった体験や視点がつづられていて、そうそう、と思ったりびっくりすることばかり。

最初のほうに、こんなことが書かれています。ちょっと長いですけどそのまま引用すると、

「不自由になる体は私に新たな自由をもたらすのである。時間の見当がつかないことで時間から解放される。空間の見当がつかなければ場に応じた振る舞いに囚われることもない。たとえ寝たきりになってもその場に縛られていない。子どもの顔を忘れることで親の役割を免じられる。覚えていないことで毎日が新鮮になる。怒りや憎しみが留まりづらくなり喜びが訪れやすくなる。
それらは私の自己像が崩壊することであり、私が私に課していた規範からの解放でもある。私であると思い込んでいたことが解体されることで生まれる自由なのだ。
では私は私を失うのだろうか。そうではないと思う。私が変容して新たな「わたし」へと移行するだけである。介護とはその過程に付き合うことではないだろうか。」

これだけ読むと、なんか、うまいこと書いているけど、理想的にすぎないか、という感じがしないわけではありません。

しかし、読み進めるほどの繰り広げられる大変でありながら濃厚で、せつなくて、おかしみのある老人介護の世界に引き込まれていきます。

一つだけ強烈だったおばあさんの話をかいつまんで書くと、20年前におかあさんをその施設に預けて看取った女性自身が高齢になって、認知症と診断されたけど、まだできることもあるのでボランティアをしながら通わせてほしいと申し出るところから始まって、実際に入所することになって、すでに看取った母親がまだ生きていて入所している気になってしまい、それでも何度もやり取りするうちに母親が亡くなったことは理解したものの、「母は確か『死んだ』のですが、その『死んだ母』でも預かってくださって、いいんでしょうか」と話し、ついには「どうやら、私も死んだみたいで、母と一緒に居てもいいんでしょうか」とどんどん話がややこしくなり、果ては、自分が人を殺したと思い込むようなものがたりを作っていく、その過程を、ともに看取った経験があるからこそシンクロしてさまざまな感情とともに体感できた様子が何のてらいもなく書かれていたりします。

即物的に役立つノウハウ的な知識というよりも、なんとかかんとかやっていく方法はそのうち見つかるかもしれないし、その個別具体的な関係の中でお互いがシンクロし、自由になっていくような世界を感じられます。

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『もっと上手に小さい畑−15uで45品目をつくりこなす』

[2024年02月10日(Sat)]
『もっと上手に小さい畑−15uで45品目をつくりこなす』
(斎藤進著、2023年、農文協)

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私自身、自宅近くの小さなはたけと、少し離れたところ(こちらはもっぱら焚き火遊びの焼き芋用の薩摩芋(サツマイモ)を育てるのが目的)の2か所ではたけづくりを行っていて、経験年数としては30年以上、現在ではざっと30種類以上の野菜を育てています(ともに借りています)。

関係する本なども読んだり、はたけをしている知り合いと話したりして聞きながらも、勝手に工夫しつつ一貫して有機無農薬で行っていて、経験は積んでいると思っているのですが、まだまだ知らないことも多いし、野菜の育ち方を見ながら考えながら行っているので時々新しい本を買ったり読んだりしたくなります。

この本で、一番参考になったのは、12月に集めて、土嚢袋である程度発酵させた落ち葉を、春先に畝間に埋め込み、完熟したたい肥を秋にはたけに撒くというものです。

落ち葉の有効利用というのは気になっている課題で、私は、とりあえず西瓜(スイカ)や南瓜(カボチャ)やブロッコリーなどのマルチとしてはたけの表面に撒いて、徐々に粉々になって腐ってたい肥になっていくのを待つという利用の仕方です。

というのも、本格的に落ち葉をたい肥にするには広い場所が必要なので。この本に書かれている方法は、土嚢袋に入れて3週間ごとに切りかえしたりと若干手間がかかるものの、畝間に埋めてたい肥化するというのは、狭いはたけの有効利用として面白いなと思いました。

そのほか、狭いはたけでは栄養過多になりやすいこと、マップを作って作付け計画を立てること、作物ごとの難易度や養分や水の必要度などを一覧表にしていることなど、具体的な工夫が参考になります。

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『フラワー・オブ・ライフ1〜3』

[2024年01月23日(Tue)]
『フラワー・オブ・ライフ1〜3』
(よしながふみ著、白泉社文庫、2009年文庫化(連載期間は2003〜2007年))

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昨(2023)年2期にわけてよしながふみさん原作の漫画『大奥』がHKドラマ10で実写ドラマ化され、とても素晴らしかったので、よしながさんのほかの作品もと思って読んでみました。

白血病のため1年遅れて高校に入学した男の子が、漫画研究会に入り、徐々に友達ができたりする1年間の何気ない日常が、高校生ならではという面もありながらも、年齢にとは関係なく、ちょっとした思い違いや、それが解かれて成長する様など、さまざまな登場人物のキャラや人間関係の機微が絶妙に描かれていて、読み応えある作品になっています。

コミュニケーションをあきらめずに、一歩進めた結果としてお互いに見えてくる新しい地平、のようなものも描かれているのがいいなあと思います。


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『ザイム真理教』

[2024年01月13日(Sat)]
『ザイム真理教』
(森永卓郎著、2023年、三五館シンシャ)

2312ザイム真理教.JPG

「国はどれだけ借金をできるのか」(借金という言い方が正しいのかわかりませんが)という問いは古くからあり、私自身よくわかりません。

テレビやラジオで時々見かける森永さんの言っていることは正しそうな感じがするので読んでみたのですが、はっきりとは理解できなかったというのが正直なところです。

国債は、自分の国でほとんど買っていて、国債の発行権も自分の国でコントロールでき、インフレが急激に進みすぎないような歯止めをかけることに気を付ければ、大丈夫、ということのようです。

それと並行して、いかに財務省の考え方に偏りがあるか、それはほとんどカルト宗教のようであるということを、いろいろと具体的な数字なども示しながら書いてあり、なるほどと思うことも多かったです。

例えば消費税などは、私も以前は公平な税制だとも思っていたのですが、本当に生活に必要な消費はお金持ちでも貧乏人でもそれほど変わらないということを考えると、格差が広がりつつある今の状況で、一律にかけられる税金というのは結果として不公平になるのでしょう。所得の再配分機能としての税の役割から考えると、その在り方は、状況に合わせて柔軟に考えていく必要があるのだと思われます(変わりすぎるのは困りますが)。


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『実験の民主主義 トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ』

[2024年01月10日(Wed)]
『実験の民主主義 トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ』
(宇野重規著・聞き手 若林恵、2023年、中公新書)

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政治思想史、政治哲学が専門である宇野重規さんに、編集者である若林恵さんが聞き取る形でこれからの民主主義の在り方について考えていく示唆に富む本。

1800年代、貴族社会が揺らいでいた時代にフランス人貴族として生まれ、勃興期のアメリカを「民主主義の実験場」としてとらえたトクヴィルさんの考えからひも解いて、当時から進行してきた平等化が、ともすれば、個人の孤立化、無力感化を進めてしまい、その思いの回収(政治参加)の手段として選挙のみがクローズアップされるが、実際には、日々の暮らしの下支えをする行政機構が、市民とのやり取りによってよくなっていくことによって世の中が変わる可能性や、若者が多く参加するファンダムと呼ばれる「押し活」が、悪しきポピュリズムにからめとられる危険性を伴いながらも、共通の思いでつながり、それぞれが持ち寄ったり、貢献活動を行うことによってコミュニティを作り上げている良い面が、新しい民主主義の実験場になっていることについて縦横無尽に語っていて面白い。

特に個人的には、ファンダムというものにあまり関心を持っていなかったので興味深かったと同時に、行政機構のデジタル化や人と人との実感できるつながりについて考えるとき、現在の多くの政治家がいかにピント外れなことをしているかということにも違った面から思い至ったような気がした。

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