『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年、ドイツ・フランス、監督:ヴィム・ヴェンダース)
2つ前の記事で、この映画の第一印象を書き込みましたが、旅先のことでもあったので、あらためて書いてみます。
しかも、この映画の感動を、これから観る人のためにできるだけ内容に触れずに。
まず、この映画のことを表現する言葉として思いついたのは、
「技術が、その中身とともに適切に用いられたとき、そこには奇跡が生まれる」
3Dというものを、単に立体的に見える技術として用いただけなら、これほどの感動を呼び起こしてくれるはずはありません。
私などは、もう出だしから度肝を抜かれ、唖然として、涙が出そうになりました。
何度もコンテンポラリーダンスの生の舞台を見たことがありますが、それとは違う体験なのに、ダンスというものを体験させてくれる。
それは、例えば、群舞の場面では、俯瞰のアングルがあったと思えば、次にはダンサーに肉薄し、時にはデュエットの相手方の視点になり、自在に視点が変わるという点。
そして、リハーサルや事前準備を相当かけたにしても、一回性の芸術であるダンスをここまで完璧なまでのカメラワーク(フレームワーク)で追っており、画面構成が素晴らしすぎる点。
中に挿入される過去のフィルムを立体像の中に組みこむ巧みさ。
ピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踊団の個々のメンバーのインタビューを、個々のメンバーの顔と、声、そして、ソロダンスで表現している点。
出だしと最後に出てくる、シンプルだけど、心に響くある振付。
音楽とダンスの融合。ダンサーにカメラが近づいた時のダンサーの息遣いや動きによる音。
すべてにおいて、丁寧にピナ・バウシュに対するリスペクトの念がいかんなく表現されています。
いい映画にもいろいろなパタンがあります。大きく分けて2つ。
続けて何度でも観たくなるもの、そして、1度の出会いで十分なもの。
この映画は、続けて観たいと思うと同時に、とりあえずおなかいっぱいなのでもう少し時間をおいて、おなかの中(体の中?)で咀嚼して、しばらくしてからもう一度観たい(私の場合は、近くの広島でそのうち上映されるだろうと思われるので、その時に観たい)、と思わせるものでした。
江戸では、かなり話題になっているようです。ただ、ある意味それは当然と言えば当然。なぜなら、江戸には、以前にも書いた通り、3000万人以上住んでいるので、その0.01パーセントの人が関心を持ったとしても、3000人の人が関心を持っていることになるからです。
例えば、山口県では同じように0.01パーセントの人が関心を持ったとして、広い県土の中に150人の人しか関心を持つ人がいないことになるわけですから、なかなか興業的にはやっていけないわけです。
前の記事の繰り返しになりますが、有名な俳優がいないので話題性がなく、タイアップもないのでお金儲けにもならないので、なかなかマスコミなどでは取り上げられない部分があると思いますが、こういう時にこそ、個人個人が声を上げないといけないのではないかと思います。
こんな素晴らしい映像体験は、なかなかありません。しかも、劇場の広い画面ならでは(眼鏡型のプロジェクターで十分などと言わずに)ですから、是非劇場に足を運んで、その感動を身近な人に伝えたり、ブログなどで伝えましょう。
"dance,dance,otherwise we are lost"
「踊り続けなさい、そうしないと、私たちは迷い子になってしまう」(村夏至訳)
ピナの言葉は、まさに人生そのものに対する言葉なのです。
コンテンポラリーダンスなんてよくわからないから、という人にこそ見てほしい映画です。
何も映像がないとさみしいので映画のチラシを掲載しようと思ったのですが、最近、上映している映画のチラシは置いていないので、手に入ったら掲載しようと思います。

2つ前の記事で、この映画の第一印象を書き込みましたが、旅先のことでもあったので、あらためて書いてみます。
しかも、この映画の感動を、これから観る人のためにできるだけ内容に触れずに。
まず、この映画のことを表現する言葉として思いついたのは、
「技術が、その中身とともに適切に用いられたとき、そこには奇跡が生まれる」
3Dというものを、単に立体的に見える技術として用いただけなら、これほどの感動を呼び起こしてくれるはずはありません。
私などは、もう出だしから度肝を抜かれ、唖然として、涙が出そうになりました。
何度もコンテンポラリーダンスの生の舞台を見たことがありますが、それとは違う体験なのに、ダンスというものを体験させてくれる。
それは、例えば、群舞の場面では、俯瞰のアングルがあったと思えば、次にはダンサーに肉薄し、時にはデュエットの相手方の視点になり、自在に視点が変わるという点。
そして、リハーサルや事前準備を相当かけたにしても、一回性の芸術であるダンスをここまで完璧なまでのカメラワーク(フレームワーク)で追っており、画面構成が素晴らしすぎる点。
中に挿入される過去のフィルムを立体像の中に組みこむ巧みさ。
ピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踊団の個々のメンバーのインタビューを、個々のメンバーの顔と、声、そして、ソロダンスで表現している点。
出だしと最後に出てくる、シンプルだけど、心に響くある振付。
音楽とダンスの融合。ダンサーにカメラが近づいた時のダンサーの息遣いや動きによる音。
すべてにおいて、丁寧にピナ・バウシュに対するリスペクトの念がいかんなく表現されています。
いい映画にもいろいろなパタンがあります。大きく分けて2つ。
続けて何度でも観たくなるもの、そして、1度の出会いで十分なもの。
この映画は、続けて観たいと思うと同時に、とりあえずおなかいっぱいなのでもう少し時間をおいて、おなかの中(体の中?)で咀嚼して、しばらくしてからもう一度観たい(私の場合は、近くの広島でそのうち上映されるだろうと思われるので、その時に観たい)、と思わせるものでした。
江戸では、かなり話題になっているようです。ただ、ある意味それは当然と言えば当然。なぜなら、江戸には、以前にも書いた通り、3000万人以上住んでいるので、その0.01パーセントの人が関心を持ったとしても、3000人の人が関心を持っていることになるからです。
例えば、山口県では同じように0.01パーセントの人が関心を持ったとして、広い県土の中に150人の人しか関心を持つ人がいないことになるわけですから、なかなか興業的にはやっていけないわけです。
前の記事の繰り返しになりますが、有名な俳優がいないので話題性がなく、タイアップもないのでお金儲けにもならないので、なかなかマスコミなどでは取り上げられない部分があると思いますが、こういう時にこそ、個人個人が声を上げないといけないのではないかと思います。
こんな素晴らしい映像体験は、なかなかありません。しかも、劇場の広い画面ならでは(眼鏡型のプロジェクターで十分などと言わずに)ですから、是非劇場に足を運んで、その感動を身近な人に伝えたり、ブログなどで伝えましょう。
"dance,dance,otherwise we are lost"
「踊り続けなさい、そうしないと、私たちは迷い子になってしまう」(村夏至訳)
ピナの言葉は、まさに人生そのものに対する言葉なのです。
コンテンポラリーダンスなんてよくわからないから、という人にこそ見てほしい映画です。
何も映像がないとさみしいので映画のチラシを掲載しようと思ったのですが、最近、上映している映画のチラシは置いていないので、手に入ったら掲載しようと思います。







