自死遺族フォーラム in 岩国_補足2_市民と行政の協働
今回のフォーラムは、山口県岩国健康福祉センター(いわゆる保健所)と自死遺族わかち合いの会「木漏れ陽」の両者の主催ということで、最後に岩国環境保健所長さんがあいさつをされました。
その時に、実感レベルのお話やこれまでこれほど自分が主催して自分たちに対する辛口の意見を言われたことはない、といった話をした後、実は、別に挨拶を用意していたのだけど、講演者におこられてはいけないので取り下げました。と、ある意味正直に言っておられました。
私自身、ここ数年これに似たような挨拶を何度か聞いたような気がします。行政は終りの挨拶を不備がないように事前にちゃんと準備しているのが普通です。
しかし、今回のように、多分民間が主導で、それに乗っかる形で行政が主催としてかかわるような場合、行政側からすれば何が起こるか分からないという不安があると思われますが、実際にやってみると、今回のように自分も勉強になるし、思わぬ成果をもたらすこともある(し、そうでない場合もある)のだと思います。
今回のような行事は、重要な課題である一方で、非常にデリケートであるだけに、行政だけでは本当に形だけに終わってしまう危険性があります。
そこで、お互いが歩み寄って行事をすることにより、お互いに学び合って、お互いの得意分野を補完し合える。それこそが市民と行政の協働の一歩だと思います。
内情を知らずに勝手に書いてしまいました。内部的には、いろいろあったかもしれませんが、一参加者として大変有意義なフォーラムだったと思いますので、主催した両者に敬意を表したいと思いますし、私もこういった協働の場面でできること(意見を述べるなど)があれば参画したいと思います。

その時に、実感レベルのお話やこれまでこれほど自分が主催して自分たちに対する辛口の意見を言われたことはない、といった話をした後、実は、別に挨拶を用意していたのだけど、講演者におこられてはいけないので取り下げました。と、ある意味正直に言っておられました。
私自身、ここ数年これに似たような挨拶を何度か聞いたような気がします。行政は終りの挨拶を不備がないように事前にちゃんと準備しているのが普通です。
しかし、今回のように、多分民間が主導で、それに乗っかる形で行政が主催としてかかわるような場合、行政側からすれば何が起こるか分からないという不安があると思われますが、実際にやってみると、今回のように自分も勉強になるし、思わぬ成果をもたらすこともある(し、そうでない場合もある)のだと思います。
今回のような行事は、重要な課題である一方で、非常にデリケートであるだけに、行政だけでは本当に形だけに終わってしまう危険性があります。
そこで、お互いが歩み寄って行事をすることにより、お互いに学び合って、お互いの得意分野を補完し合える。それこそが市民と行政の協働の一歩だと思います。
内情を知らずに勝手に書いてしまいました。内部的には、いろいろあったかもしれませんが、一参加者として大変有意義なフォーラムだったと思いますので、主催した両者に敬意を表したいと思いますし、私もこういった協働の場面でできること(意見を述べるなど)があれば参画したいと思います。







